3201. 旅の五百四十日目 ~馬車着・予感、大陸、地上絵・ヨライデ城内、墓室探し
日付が変わった後―――
バロタータが守る馬車は、あれから雨を抜けて移動した先、北西の遺跡で休んでいた。
旧教の遺跡で、ヨライデの砦に使われたこともあり、それも遥か昔のこと。ここ百年ほどは、『太陽の御者』が休憩する地の一つだった。
小高い丘の上だが、バロタータと一緒に進んだ三台の馬車とブルーラは坂道を苦労なく通り、丘上の広い遺跡の一画に入って、海と城と町を眺望する壁際に落ち着いた。
馬車に残った、レムネアク、シュンディーン、ザッカリア。
まともに御者が出来るのは、レムネアクだけでも、シュンディーンは馬を誘導し、ザッカリアはブルーラに乗って、バロタータが先頭の馬車を導いたため、賢い馬たちは気疲れもなく済む。
長距離、休憩のない半日以上も、精霊に癒されながら過ぎ、馬への負担はとても少なかった。到着してバロタータが結界を張ると、馬はすぐ眠り、犬は三人を集めて少し話をしてから、彼らにも眠るよう促し・・・
「ロゼールは、まだか」
犬は、結界の外へ鼻先を向ける。もう、どこもかしこも通常時のヨライデではない。あちこちで時空の歪みが生まれ、時間も場所で変わっていることだろう。
「ただでさえ、時間の曖昧な場所(※地下迷宮)へ出かけたのだ。早く戻ってくるように」
独り言を夜の空に呟き、壊れた砦の塀沿いを進んで、海を見下ろす中庭へ。
中庭と言っても、古代に沿う使われていた場所というだけで、今は庭として跡形もない。壊れた塀に囲まれ、雑草と低木が茂るそこは、海側の塀一部が、かつての出入りの名残りで広く空き、傾斜する丘の下方に黒く広がる海と、右に流れ込む川、そして川を挟んだ奥の第二王城が見える。
ここから見える城は、皆が向かった城ではない―――
イーアンはあの城から直接入っただろうが、城は別の空間へ続いているはずで・・・ 勿論、ドルドレンもあの城に掠らない。彼は精霊ポルトカリフティグが案内するようだし、面倒な順序を飛ばすだろう。
アイエラダハッドから来た、大型動物の姿を持つ精霊。彼はどこまで、勇者のために身を張る気でいるやら。
焦げ茶の犬は、静かな夜の海を・・・ 沖に感じる、動く陸地を緑の目で捉えた。
『幻の大陸』と呼ばれる、あれが近づいてくる。『サブパメントゥの地上絵』が、ヨライデの国で同じ方向を見ていることだろう。
あそこへ、サブパメントゥは打ち飛ばされるのか。あの大陸を守るために、各種族の地上絵が在ったと、そんな風に覚えていたが。
消え去る種族を方々から集める手段として、用いられる切なさを思う。
「ふむ・・・ あれは」
物思いに耽る精霊の犬は、静まり返った周囲にどこからか、風が起きるのを感じ、もしやと結界の外へ出て待った。
それは風を切って走る、青白い大きな魂・・・サブパメントゥにいるそうだが、しかし、魂の力と化身とな。複雑な立ち位置に、種族も設けない存在。
揺れる青白さはぐんぐん近づき、その背中に乗り手が見えた時、犬は前へ進んだ。
「バロタータ」
駆けてきた骨の狼が結界の手前で止まり、勢いで丸めた背からロゼールが飛び降りる。犬の精霊は、奇怪な骨の狼に少し笑って『東の山脈から駆けたか』と褒めた。ロゼールも、スフレトゥリクラトリの骨の前足を撫で『ありがとうね』と礼を言う。
骨の狼はその場で地面に吸い込まれて消え、ロゼールは犬に付き添われて結界へ。
「あの者は、難を逃れると思うが」
「え?あの者って・・・あ、スフレトゥリクラトリですか?」
「そうだ。あれはサブパメントゥではないな」
「はい」
はい、と答えたロゼールが俯く。犬は自分が、少し遠慮なかったかと瞬き。『ロゼール』と呼び掛けて顔を向けた騎士に、眠るように言い、ロゼールは力なく頷いてから、寝台馬車へ上がった。
彼は報告をしなかったが、バロタータはこの時間に話をさせる気もなかったし、一人で戻って来た様子も、向こうで順調だったと分かること。
目が覚めた時。『今日の朝』か、『明日の朝』か。はたまた、『数日後の朝』か。
沖に黒く、うっすらと。水平線を太く見せる大陸影。あれは、もうじき近くに寄る。
時間も場所も、掻き回される世界。こればかりは表に出ない方が良いので、精霊の犬は結界を解かずに、全てを見守ることを選んだ。
*****
物質置換でヨライデ王城に入った女龍は、自分の龍気がどこまで薄れているかを気にする。薄まっていてほしい方で。
ビルガメスが、私の能力の幅を増した。
受け取った時に、まっさら本当に空気化する感覚を得たから、そうなっているのだろうけれど、如何せん、自分で確認が効かないのが心配である。
腰袋には、史上最強の女龍の鱗もあり。
今は、鱗もひっそりしてくれているので、とにかくバレないように・・・ ホントに大丈夫だろうな~と思いつつ、イーアンは『空気』として城内を移動する。
空気状態で進むと、翼を出していても当然どこに掠めることもないので、歩かずに済むのは助かるが、どこから異界リンクかもわからない。不意に入ってしまわないよう、周囲に注意を怠らず。
石積み壁を抜け出た最初は、壁に沿う通路だった。
家で表現すると、回り廊下のような通路。長い長い通路に従うと、各部屋へつながる別の通路や、小部屋、大部屋裏の扉がある。
どんな感じなのかを少し見た後で、とりあえず地下へ移動する階段を探した。
地下へすり抜けたいところだが、それで墓室に入ったら目も当てられないので・・・
城裏から来たイーアンは、地下室行きの階段がありそうな部屋・上がる階段の近くを探し続ける。
どこも古く暗く、陰気なものだが、覆いのない窓が点々とあるため、奥まった部屋でもなければ『周囲が暗くて見えない』ことはない。
誰もいないのは当たり前だけれど、違和感もある。廃城とは思っていたが、どのくらい放置されているかが気になった。
普通は古くカビ臭い廃城なんて、ネズミや虫が湧き、積年の振動でそこかしこ埃だらけとか、あちこち石の崩れた印象だが、それらはない。
あまりにも放置され過ぎて、棲みつく生き物もいないような。埃も砂も瓦礫も、目立つ汚さはなく、時間にも自然現象にも見放された城。
そう思うと『カビ臭さ』は、唯一の生きている時間にも感じる。カビだけは、城を見捨てなかった・・・のかな、と。
切羽詰まっていても、どこか冗談めかした性質のイーアンは、真面目にそんなことを考えながら―― サミヘニの教えてくれた『生者の気配』に集中する。
この城で生きているのはカビだけ、と思いつつ。『生者の気配』は菌の生きる気配とも違って、『これがそう?』と思える不思議な感覚を帯びる。
置き去りにされた誰かが、息をひそめて呼吸する音に似て。
意識を忘れた人の、うわごとのようにちらつく声に近く。
『死ねない続き』は、この城を彷徨う。彷徨いながら、出口のない城を行ったり来たりしているのか。
それにしても。
ふと、巡る通路半ばで止まったイーアンは、呪いが掛かっている割に、何もないことが気になる。
物質置換『空気』だから、無反応で済んでいる、それなら良いのだけど。
普通はこの城に入ることすらできないとか、近づくと危険など、大まかな噂が取り巻いて、誰一人足を踏み入れなかった。となると。
今、入ったのに何もない状態は、私がまだ干渉していない状態、とも取れる。
干渉しなければ、ただの廃城のままなのか。『気配』を辿っても距離が縮まらない理由は、良くも悪くも私が空気状のため?
そうだとしたら『手伝い役』も、私に関わってこない可能性が高くなるか・・・
時間制限もあるし、ファタス島の現状を知りようがないので、『墓室』にしろ『手伝い役』にしろ早く見つけたい。
かといって、物質置換を緩めるのも危険。やはり急いで墓室を見つけるしかない。『手伝う』のは、人か物かも不明だが、墓室近くで会える気もする・・・けど。
地下階段、どこ?
空気状態で壁もすり抜けてあちこち見たけれど、一階から地下へ降りる階段は二ヵ所くらい。その二つは貯蔵庫止まりで、他はせいぜい浅い地下収納。それらは床に木蓋がはめ込まれ、蓋下の凹みには、雑用具や備品が収まっていた。
もしや表にあるのかと、首を傾げたイーアンだが。ここではたと思い出した。
通らなかった部屋。広いホールなどは無視していた。客を集める目的の部屋に、辛気臭い地下への階段があるはずはないと思って・・・でも、逆かもしれない。
ここの国は、水葬があったこと。
そして、死体を割って材料にする習慣もある。
それらはヨライデ人にとって大切な習わしであり、隠されるようなものではない。
ヘズロンの博物館に行ったミレイオは、『上の階へ行く展示階段から、地下の解体現場と墓室に下りる』と話していた。死が身近に認められるヨライデは、死後の解体も墓も、飾ったり行事にしたり、生者のために使ったりと、生活の場にとても近く置かれる。
そうだった・・・!
サッと通路壁を抜けたイーアンは、低層の広間が見えた階段口で止まり、そこから半地下の広間へ入った。
『生者の気配』は薄れたが、窓際から奥へ進んだ個室に入ると、急にまた気配が漂い、個室の衝立裏に回って発見―――
在った・・・・・
階段を包む黒い枠木を、厳かな彫刻が飾る。蓋のような長方形の扉が床にあり、よく見ると棺桶のサイズ。『生者の気配』も、ここに流れている。
この下・・・扉を抜け、降りかけたが、イーアンはまた止まった。
三段ほど降りた、左右の壁。ここで初めて、ヨライデ語の刻まれた石板に会う。
獅子の教えてくれた、標準のヨライデ語ではない単語がいくつもあり、覚えた繋ぎ方のまま、この文章が読めることに感謝した。
左右の壁に彫られた文は、降りた地下で何が起きるかではなく、入った者が被ること、被害の影響を示す。
―――警告じゃないんだわ。呪い。この先へ行くと・・・破滅を引き起こす、と。まず、入室した者は壊される。もしも部屋に何かしようものなら、魔物の王が怒り、破滅へ叩き落されることになる?
『呪う血砕きぬ曲者は、巨魁の怒りを焚きつけて(※3066話参照)』の言葉が脳裏に過る。
あの日、シャンガマックとドルドレンが、馬車歌7番歌を意訳して、ヨライデ王と城に歌詞をあてがった。
すぐにイーアンは上に出て周囲を見回し、変化がないことを確認。とりあえず、刺激していない様子。
今入るには、準備が足りない。この下が間違いなく墓室だろうが、階段を降りたらもう踏み込んでしまうかもと思った。さてどうするか。手伝いは?
壁に彫られた文字が『手伝い』ではないはず。『血が流れる壁』や、『使い方を教える導き』は別の形で見つける必要がある。
女龍は棺型の扉を少し離れ、衝立の反対の広間で考える。幅4mほど、高さ2m弱の、金属製衝立は・・・千年以上も倒れず立っているのかと、変なところに目が行き、焦りながらも衝立の頑丈さに感心するが。
あれ?と目を凝らす。衝立は表面こそ腐食反応が出て汚れているが、腐食を免れている端々に、どこかで見たような絵がある。
腕組みして悩んでいたイーアンは、衝立の側へ行き、腐食の隙間に残る古代の絵を観察し、そこに何があるか知った。
空気のイーアン。そっと指で、衝立に触る。『秘宝の町』の壁画の・・・ 最初の方の場面だと気づいて、指先をずらしながら物語の続きを追うと、腐食で青っぽく崩れた金属屑が突然、落ちた。
びくっとしたが、落ちたのは1㎝程度の屑で、そしてイーアンは空気なのだから物理的な力で落としていない。
勝手に落ちた屑を見て、それから剥がれた個所に目を戻す。女龍が視線を止めた途端、絵の人物の首が動いた。
『兄を倒してくれないか』
イーアンを見た、絵の人はそう言った。
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