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魔物資源活用機構  作者: Ichen
前舞台開始
3200/3224

3200. ファタス ~②待ち人来たれり・特例の死霊リオラヌ

 

 地面にあいた黒い影。石の枠組みから地下へ階段が続き、数段降りて、すぐに床があった。流れ込む雨は床に水を張っているが、どんどん入ってくるわりに溢れはしない様子。


 暗い石室に足を踏み入れた三人は、階段を振り返る。地下室はせいぜい、階段が十数段程度の深さで、扉も何もない。石の部屋は天井が低く、奥行きと幅はそこそこあるが戦(・)う(・)に(・)は(・)狭(・)い(・)。


 濡れた顔を手で拭った三人は、階段と部屋の境目になる溝に気づき、『これを跨いだら始まる』と察して、互いを見る。この溝が、雨をどこかへ運ぶのか・・・ だが、非常口にはならないだろうことも分かる。フォラヴは微笑み、ミレイオとルオロフの返事をもらう前に、溝を跨いだ。


 二人も急いで溝の跨ぎ、フォラヴと一緒に石の部屋・その床に両足を揃える。


 部屋は奥へ向かってやや傾斜しており、一番奥に棺桶と思しき大きさの台。棺の接する壁には、彫られた文字が並んでいた。


 ミレイオが文字を読もうと目を細めた時、横一列に書かれた文字が怪しく光り、棺とフォラヴたちの間に―――



「出た」


 ルオロフは剣を片手に、小声を落とす。ミレイオも、揺らいだ靄(もや)が形作る様を睨みながら『醜悪』と呟いた。フォラヴは、敵が現れ始めたところで、妖精の体に変わる。


 完全に形となるまで10秒くらいだったが、ボコボコと出てくる手足頭部を目で追う時間はもっと長く感じた。

 壁の一行が光を帯び、漏れ出た靄が少量の光に縁どられながら、魔物と相違ない化け物の厚みに影を作る。


 二足歩行で、足は蹄あり。牛や馬に近い形。両腕は二本らしいが、一本は肩から下が、ない。もう片腕は肘関節の有無が分かりにくい棒状(※3181参照)。

 体は左右非対称に見えるほど陥没した個所が目立ち、千切れた襤褸の布が腰骨にかかる。ブツブツと大きい粒影が皮膚一面にあり、頭部は更に異様で、顔の中心に大きすぎる目が一つ。


 片や、透明の妖精は、畳まれた純白の翼と清い光に包まれる。

 化け物が姿を確立する前に、石の室で変化した妖精は、現れた相手を正面から見据えた。澄んだ空色の瞳を向けられたエハリディオは、口をぐわっと開け、声を絞り出す。



『お・・・う・・お・・・ま、え!』


 何の動物ともつかない声で、たどたどしいヨライデ語の『おまえ』という一言が零れ、ミレイオは眉根を寄せた。


「『お前』って言ったわ」


 たった一言、喋った化け物は、怒りの咆哮を上げる。フォラヴは少し首を傾げ・・・ 吼えた後で肩を揺すって苛立つ相手に、自分の内に眠る記憶が騒めくのを感じた。


 だが、考える余裕はなし。


 急に迫ったエハリディオは、真横から腕を振り、フォラヴは難なくすり抜ける。ミレイオとルオロフも構えるが、二人はフォラヴが対戦と見て、狭い室内の壁沿いに下がった。追い詰められたら終わるかも知れないが、と思いきや。


 フォラヴに避けられた化け物は、次の瞬間、ミレイオの真横に移動。ミレイオはサブパメントゥの力で撥ねつける。消滅技は通用しなかったが、相手は阻まれて警戒した。


 後ずさったエハリディオを、間髪入れず、フォラヴの翼が引っ叩いて吹っ飛ばす。


 天井までの高さは3m強、奥行きは14~15m。左右の壁までの幅は、それより若干広く、吹っ飛んだ化け物は奥の壁手前で蹄の足を付き、ガリガリと床に音立てて激突を免れた。


 跳躍や飛行は難しい狭さだが、妖精の大きな翼は実体があってないようなもの。飛べなくても攻撃は可能なので、部屋の大きさに問題はなし。水平に薙いだ片翼を戻し、フォラヴはミレイオを背に守る。


 ミレイオと反対側になってしまったルオロフも、一緒にいた方が良いと判断して駆け出した。

 これに反応したエハリディオは貴族の動きに合わせ、ルオロフよりも早く、ほんの一秒で彼の前に立ちはだかった。だが、攻撃には至らない。化け物の不格好な腕が振り下ろされる前に、ルオロフはそれを剣で刺して止めた。


「?」


 剣先が刺さったが、同時にエハリディオが腕を引き抜いて・・・ 

 引(・)き(・)抜(・)か(・)れ(・)て(・)真後ろへ転がる。倒れた化け物の後ろに透明の妖精が立ち、ミレイオを指差して、ルオロフもすぐさま走った。


 転がって起き上がる化け物に、フォラヴの手から銀の矢が飛ぶ。銀粉を散らす矢は、至近距離のエハリディオを射って止め、強弓さながらの威力で相手の足をぐらつかせた。


 妖精の矢で崩れないのは驚くが・・・ 動きは確実に押さえつけられる。一つ目の横にも銀の矢は突き刺さり、呻いたエハリディオは、顔に入った矢を引き抜かんとして、しかし曲がらない片腕にもがく。


 化け物の左半身、上から下まで、銀に輝く矢が立つ。その数は二十本ほどで、醜く歪んだエハリディオを戸惑わせ、攻撃に移れない状態へ。妖精がこのもがきを待つこともなく、純白の翼が容赦なく斜めに振り上げられた。


 翼から羽根が飛び、羽根は矢よりも深く、化け物の右半身を貫く。

 押されて足がもつれるエハリディオは体勢を崩し、床に倒れた。妖精の矢と羽軸に燻ぶる、守り人。息か声かつかない音を出しながら、床の水にまみれて体を捻り、急に消えた。



「死んだわけじゃないでしょ?」


 ハッとしたミレイオが驚いて、フォラヴは振り向かないまま首を横に振った。


「動かないで下さい。まだい(・)ま(・)す(・)。この部屋全体に気配が散ったので、どうなっているか。一時逃げた、と思うべきか」



 フォラヴ、優勢――― ミレイオもルオロフも、圧倒的に妖精の方が強いと感じたし、フォラヴも『これが?』の感覚で対戦相手を疑う。これが、私を待っていた敵なのか?


 ここで死ぬと言われたのは?私がこ(・)れ(・)に負けるのだろうか?



 疑問は、もう一つの気がかりに繋がり、こちらが問題に思えた。

 最初にエハリディオを見た時、何かが脳裏に。直感で、自分の前(・)世(・)の(・)記(・)憶(・)だと思うのだけれど。


 ―――『ベルドゥガディン』。


 記憶の端に引っ掛かった、前世の名。この妖精の記憶から『終わっていない何か』を感じる。まだ重要な出来事が、エハリディオとの対戦に潜んでいるような。


 エハリディオは、妖精フォラヴの姿を見た時、明らかに既知の態度を示した。

『お前』と見開いた、一つ目。その意味は。



 雨水が流れ込む音が響く。生臭さやカビの臭いは、雨の湿気で空気に充満する。

 壁の文字列の明度が下がったが、フォラヴやお皿ちゃんのまとう白い光が、足元の水と囲む石壁に反射し、自分たち以外いない部屋に、三人は神経を研ぎ澄ます。



 *****



 あの日から一日以上が過ぎた、『死者リオラヌ』は、死霊の長が引き留めた事情を見せつけられ、返答に悩んでいた(※3184話参照)。



 一日以上経過、そんなことも霊となった男には関係ないのだが、死霊の長は時(・)間(・)の(・)調(・)整(・)を気にする。


 もう少しで・・・物事が動く。それまでに、間に合わせるのかもしれない・・・ この状況でこの男が問題付きの死を経たのは、思うにそ(・)れ(・)く(・)ら(・)い(・)しか理由がない。



『どうするんだ』


「まだ答えが決まらない」


『はー・・・ 早く決めろ』


 待ちくたびれて呆れる、死霊の長。そうは言うが、と霊になったリオラヌは、実体のない顔を残(・)っ(・)た(・)片(・)手(・)でこする。


 自分が死んだ姿を見て、死んだ理由と、宙ぶらりんで一時保留されている理由、そして今から決める身の振り方が、あまりにも矢継ぎ早。そして、望(・)ま(・)な(・)い(・)二(・)択(・)しかないため、答えが出しにくい。


 こんな話なら、いっそのこと何も聞かずに、死後の世界へ連れて行ってくれれば良かったのに、とすら思う。



 ―――死んだ理由。ヨライデ王の棺の部屋に侵入したため、殺された。


 即死だ。バカでかい槍のような攻撃を食らい、後ろにいたもう一人(※メーヴェ)にも貫通。あいつは生き延びたようだが、俺はそのまま死んで出された。そして、浜に死体が流れ着いたのを、見た。


 霊体で死体を見てもすぐに気づかなかったのは、自分の死に気づいていなかったのもあるらしい。


 海に輝いた『魂の通過点』へ行けない理由。

 俺のような魂は即消滅するとやら。端折った言い方だが、『魂の通過点』へは進めない。質(・)が(・)違(・)う(・)話だった。


 本来『魂の通過点』を、俺のような霊が見ることもないそうだが、これが事情で、問題でもある。


 呪いを受けた腕は、死霊の標的だった。死霊に殺される前に別の死で終わり、腕は外れ、呪い諸共・・・霊体になった今も、片腕がない。


 あの腕は、死霊の目印。俺の霊魂は、死霊の呪いを完(・)了(・)し(・)て(・)お(・)ら(・)ず(・)、死霊の長が引き取りに来た。


 ただ、俺は『メーヴェを守って死んだ』ことになっていて、呪い軽量の条件が発生したという。


 守った気はないが。守るために、自分が先に進んだのもある。結果、俺は殺され、あの女は命拾い。他の命を生かす行為で死に至った場合、呪いが軽くなる・・・ これが問題。


 軽くなるとは、自由と同義ではない。


 ちなみに、呪いの完了は『消滅』。消滅させるための目印で、腕は痛みが取れなかった。死霊に殺されようが、他所で死のうが、死んだら目印は外れ、魂は呪いの完了のために潰される、はずだった。


 そこへ、軽減する条件が発生したことから、死霊の長は俺に二つの選択肢を与える。


 一つは、このまま浮かばれない霊として魂の回帰をせず、暫くの間、こき使われる。消滅しないだけ良いと思え、だそうだ。


 もう一つも似たようなものだが・・・捉えようによっては、呪い放免。

 死の直接の原因となった、『守った命』の補佐に就いて働(・)く(・)。補佐する相手が死ぬ頃、働きが認められると、普通の霊魂同様の扱いを受け取れる。つまり、『魂の通過点』を抜けられるのだ。


 が、俺の場合は『メーヴェ』の補佐に就くわけで、『メーヴェ』はこれから異世界へ向かう。俺も異世界へ付き添うことになるが、死霊の長は『違う世界ではどうか分からん』と言うのだ。



 異世界では、そちらの世界の死霊の決め事がある。『続きがどうなるか知らない』そうで、二択に悩む。


 補佐やら仕事やらは、生きる時間の手伝い全般。その辺を詳しく教えられたものの、あくまでこちらの世界での話であり、行った先で通じる保証はない。


 二(・)重(・)の(・)知(・)恵(・)者(・)たちも、言ってみれば、別世界から来た『補佐』状態らしいが、あれは明らかに悪人増長の因子と、死霊の長は話す。そのため、宿主が死ぬと消滅の一路を辿る。


 俺も別の世界では、そうなる可能性もあり―――




『どうするんだ。早くしろ』


「急に言われても」


『面倒臭い男だ。生き返るわけじゃあるまいし。悩むことか?』


「もう少し考えたい」


『無理だ。時間がない。お前の都合だけではない』



 死霊として期限未確定の、こき使われ方か。

 メーヴェの補佐で異世界行きを決行し、あっちで消滅する可能性か。


 霊魂になっても悩むとは思わなかった。いろいろと思い出すと、誇り高い生前の気質が邪魔して、余計に決定を遠のかせる。



『リオラヌ。こうしている間に、一択へ近づいているぞ』


「何?どっちの」


『俺に、こき使われる方だ』


 片腕のリオラヌは、筋肉剥き出しの死霊を見つめ、覚悟を決める。どのみち自分は、死んでいるのだ。ただ、こんな終わり方はイヤだと、最後まで否定するが。


「メーヴェに」


 渋々下した決定。死霊の長の腕が伸び、リオラヌの霊体を押さえる。


『いいだろう。特別に連れて行ってやる。離れたくても、そいつが死ぬまでは無理だろう。まぁ、別の世界でどうなるか・・・ 』


 分からないけどなと――― 死霊の長の声が急激に小さくなり、リオラヌは暗い海岸に出た。


 海岸の右側は、城の影。左側には、馬の頭の男と、横たわる女・・・ メーヴェがいた。


お読みいただきありがとうございます。


ファタス島の設定絵があるので持ってきました。

午前中に一度貼ったのだけど、見にくいかと思って少し手入れした絵です。

普段は自分だけが見るので、気にしないのですが…



挿絵(By みてみん)

階段を降りた入り口に、フォラヴたちがいます。

奥に、エハリディオと棺。

室内の水色パネルは、『3m四方』の目安です。天井までの高さも3mくらいの設定で。


赤い✕印は、リオラヌが戦った位置です。右でも左でも良かったのですが、彼は『階段近くで逃げられない』状態でした。



挿絵(By みてみん)

これは、石室の天井高に合わせた、入場者の身長目安です。雑で恥ずかしいですけれど。

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