3199. 女龍入城・ファタス ~①出現・転がる警告
地下迷宮で待つ『過去の馬車の民』に後を頼み、仲間を預けたイーアンは、ミレイオの連絡をもらい、ヨライデ王城へ―――
暗い空に冷たい風が時折混じり、気づけば星が見えない。ヨライデ王城が視界に入って、直接降りるものか考えたが、この部分は情報が少なくて他の選択肢はなかった。
「・・・統一前に起きる事や、ヨライデ王と決戦に因む過去は、少しずつ占いで知ったけれど。肝心の『どう入るか』とかは、ほとんど謎のまま」
呟いたイーアンは首を傾げ、溜息を落として深夜の森端に降下する。背後の森と林の先には、第二王城があり、逆側がヨライデ王城。双方の距離は開いており、レムネアクが話していた二つの城を繋ぐ小川を見た。
「現物のヨライデ王城は・・・ 」
ヨライデ王がいるわけでもなく、無論、他の人間もいない噂。だろうな、と夜闇に濃い影を作る不穏な城に思う。ヨライデ人たちすら、ここへ近づかずに長い年月が流れた。
イーアンは小川に沿って少し歩き、城の裏へ続く様子を大体確認する。悠長にしている暇もないのだけれど、如何せん、情報量の少なさでぶっつけ本番が多すぎることに、少し足が鈍った。
「入った途端、警報機とか。そんな感じだったら困る」
もしそうなら全て、パァ・・・無事の潜入を祈り、女龍は城の敷地前で物質置換を使った。
*****
この、少し前―――
馬車を離れたフォラヴ、ミレイオ、ルオロフは少し海沿いを歩いて、目的の島を呼び出すために立ち止まった。
馬車は遠ざかり、磯まで進んだところで、雨がまた強く降り出す。真夜中の雨を見据えたミレイオが『ファタス島風景の特徴そのもの』と呟き、突き出た磯の先で海を見下ろした。
「クノキアの占いでは、『光を投げ、操り、受け止める者が知る。この世と半ばの鍵が開ける』って・・・(※3116話参照)光をここから投げて、戻ってくる合図を受け止めるのよね?」
続けた質問に、妖精の騎士は小さく息を吸い込み、両手に光の塊を生む。それは近くの雨に反射し、フォラヴだけを一層明るく照らす、澄んだ光。
フォラヴは黙って光の塊を前に向けると、探るように両手を動かす。
彼の動きで両手から離れた二つの光は、それぞれ掠りながら左右へ往復し始めた。真暗な雨に、薄青い光が横に走っては戻り、互いにすれ違っては進む。光は、磯で待つフォラヴたちに見守られ、数分後に結果を出した。
風景の中央にキラッと光が瞬き、気づいた三人に合図を送り出す。キラ、キラ、と強弱を見せる光。目を細めたミレイオが呟く。
「道が出てきたわ」
光で信号を送るのは、海の少し上辺り。ミレイオの指差した先にはまだ何もないが、フォラヴも目を凝らして『あれですか』と頷いた。続いてルオロフも、薄っすら伸びてくる白っぽい帯を視認し『いよいよ』と気を引き締める。
巻いた絨毯を転がして広げるように。黒く波打つ海面に伸びる砂の道。
フォラヴたちの立つ磯は、水際から10mほど離れた高さのある磯で、海面伝いに届く砂の道は、段差も無視して『訪問者』前で止まった。
最初の一歩をフォラヴは踏み出す。緊張する妖精の騎士にミレイオとルオロフも黙ってついて行くのみ。少しすると、光のちらつくそこに島影が現れた。
ザブ、ザブ、と大きく打つ波にも干渉されない、一本道。フォラヴの放った光は、まだ宙を飛び回っていて、客が島に着くまでなのか。灯台に似た光も、信号を消さなかった。
海の匂い。雨の匂い。なぜかカビ臭さも混じる空気。冷たい飛沫と冷たい雨が、三人を濡らし続け、風は消え、波の音だけが鼓膜に残る。
ミレイオの背負うお皿ちゃんは、やんわりと発光しており、後ろを歩くルオロフは『龍の灯し』が心強い。自分が失敗しないよう、足を引っ張らないよう、上陸前で龍に願掛けした。どうか、誰も命を落とさないように・・・と。
海渡る道は砂浜に三人を導き、背後の道は波に呑まれた。
クノキアの占いで見たのは、もっと明るい時間で雨でもなかったから、異質な雰囲気を広げる島に妙な緊張を高める。ただの島ではないと分かっていても、舞台設定が巧妙で来客を怯ませるような。
腰近くまで伸びた草むらは、雨に濡れた衣服に追い打ちをかけ、丘を進む三人に水分の重さが加わる。革靴は重く、靴の中も水が動き、歩くごとにへばりつく。衣服も手袋も肌にまとわりついて鬱陶しい。
慣れないルオロフは、挑む前からやる気を挫かれるが。綺麗好きとはいえ、遠征でこなしてきた悪天候の経験を持つフォラヴは、気が張っているのもあり、この状態にも寡黙だった。
黙々と丘の上を目指して歩く妖精の騎士、その背中を見つめるミレイオは、雫の垂れる顎を拭いながら、騎士の張りつめる気配を感じ続ける。
そうして、足腰に絡む草を抜け、丘に出た。
*****
ここまで来て、ミレイオは思い出す。イーアンに連絡しなければ!と慌てて腰袋から連絡珠を取り出した。
「ごめん、ちょっと待ってて!連絡を・・・繋がるかな」
もし繋がらなかったら引き返すのか。今?と驚いたのはフォラヴたちも同じ。大急ぎでイーアンを呼び出すミレイオが、祈るように応答を求めて―――
「繋がった!」
パッと二人に顔を向け、すぐにイーアンに現在地を伝える。繋がるまでに数分待ったが、イーアンも連絡珠が使えない場所にいたようで、これから王城と言う。
『もうこれが、最後の交信になると思うわ。あんたも頑張って!』
『ミレイオたちも頑張って下さい。次は直接会いましょう』
冷静に。いつもと変わらないイーアンの返事は穏やかで、ミレイオは少し笑って連絡を終えた。珠を腰袋に入れ、『間に合って良かったわ』と安心する。
「こんなところでも使えるんですね」
ルオロフの言葉、こんなところ=実在不明の島の意味。本当なら使えなかったかもしれない、そう思ったのはフォラヴで・・・何となく、『今・仲間と連絡した』行為は、異例な印象を受けた。
「では、彼女が動き出すので。私たちも入り口を探しましょう」
視界の悪い、雨の夜。丘の上は、占いで見たように木の一本もなく、斜面より丈の低い雑草が覆う地面には、人工物の石影が所々にある。倒れて壊れた石板は、一般的に見かける墓石よりも大きく、この場所が仕切られていた名残りのよう。
着いてみれば、当然だろうが灯台らしい建物もない。あれはただ、呼び込む見せかけだったのも分かる。
降り注ぐ止まない雨を、倒れた石板に気をつけながら、フォラヴは丘の中央へ歩き始め、ミレイオたちもそれに倣うが、ふと、ミレイオは足元の石板に彫られている言葉を読んだ。
「ね。ちょっと、待って」
跨ごうとした石板の欠片。傾いた濡れる表面に、刻まれているのはヨライデの古語で、そこに『守り人』とあるのを目端が捉えた。
「どうしましたか?」
後ろを見た妖精の騎士が戻り、右を歩いていたルオロフも、ミレイオの立ち止まった石を見下ろす。
「これ。『守り人』と書いてあるの。もしかすると」
「読めるなら、読んでみて下さい」
大したことじゃないかもしれない。だけど、少しでも情報になるならと促した騎士に、ミレイオも近くにある別の欠片をひっくり返す。
欠けたところに必ずあるわけではない文字。だが、『守り人』の側には『潰えは主に』と彫られ、ぞわっとする。
「これ・・・ 出来るだけ急ぐから、とりあえず調べた方が良いかも。イーアンの都合もあるけど」
ギョッとした顔を上げたミレイオに、フォラヴは『構わず早く』と急かし、とにかく文字が刻まれているかどうかそれだけでもと、二人も手伝い、石板と散らかる欠片をひっくり返し始めた。
状態の良いものは一列の文で残っており、倒れた面が下に向いていそうな石板は、ルオロフが裏返す。
力が残っていて良かった・・・ 口にはしないが、怪力の維持に感謝しつつ、貴族は石の重さ関係なく石板を表に向けた。
これでミレイオが文字を拾い、読み、繋げて、分かったのは。
「全部、警告よ」
島穿ちて、其処に心臓は非ず。
眠る守り人を欺かば、
招かれざる者。汝が手の内の、血と肉を砕きぬ。
招かれし者。勝負に挑むを許されん。
守り人の潰えは主に届く。
心臓の消え失せなば、守り人もまた潰え去るべし。
「どんな警告ですか」
戸惑うミレイオが石板から体を起こしたので、フォラヴはすぐに尋ねた。ミレイオの明るい金色の瞳はフォラヴに同情を伝え、妖精の騎士は嫌な予感がする。
「ミレイオ、時間が」
「そ、そうよね。えっと、訳すと・・・エハリディオに勝負を挑める者と、挑めない者がいるのよ。招かれざる客は命を落とすけれど、招かれている者は戦えるらしい、のよね」
歯切れが悪い。ミレイオが言えるのはここまで・・・ エハリディオの死が示す結果は、フォラヴに言えない。言えば、気にして手加減してしまうかもしれない。
いくつもの警告は、一つでは伝わらないが(※3162話参照)、集め合わせると『何が起こるか』を教えていた。
―――心臓を求めたら、眠るエハリディオを起こして戦うことになるが、望まれない客は戦いにも及ばなかった。即死かもしれない。望まれる客であれば、対決できるようだけれど・・・
エハリディオの死は、心臓の主に伝わってしまう、とある。そして心臓が消えたら、エハリディオも死ぬ。
要は、ここで奴を倒しても魔物の王に伝わるし、イーアンが城で心臓を取っても、エハリディオは死ぬから、それも魔物の王に伝わるのだ。
どうにもならない・・・・・ イーアンはもう心臓を取りに向かったはず。
魔物の王は、エハリディオか心臓が消えた時点で気づく―――
今は、濁そうと決めた。
聞いたら動揺する。どっちみち、もう始まったこと。魔物の王に気づかれたらどうなるのか、全く分からないけれど。
せいぜい、イーアンが奪うまで、エハリディオが倒れずにいることが望みか。
決戦の囮になるフォラヴは、招かれない挑戦者ではないと思う。守り人が彼を待っていたのだとすれば、戦いらしい戦いになるだろう。
ここまで来てしまった、フォラヴの運命で。やるべきことを行うしかない。やはり『囮』を完璧に遂行するのが、最善。
「ミレイオ。私たちが招かれているのだということですね」
数秒間の沈黙を挟み、フォラヴが島の一ヵ所へ目を向ける。雑草が一部ない場所に、大きな黒い影あり、自分たちこそ招かれていると、妖精の騎士は濡れた髪を手の甲で払い、入り口へ歩き出した。
「ここも、時間の流れがおかしいと思いますか?」
後ろに続くルオロフに、あり得ますと答えたフォラヴは、地面の暗い入り口前で足を止める。古い石の階段が、何も見えない地下を示し、降り続く雨が階段を流れていた。
「私たちの『仕事』が、表でどれくらいの経つか」
フォラヴがルオロフに答えたすぐ、入り口脇の石板が突如ぐらりと傾いた。それは、言葉を読めというように。
石板の上部に刻まれた『今は亡きエハリディオに続く(※3116話参照』を読んだミレイオ。
『なんて書いてありますか』とルオロフがミレイオを見上げ、雨に濡れた顔を拭った手をそのまま、ミレイオは『クノキアの占いで言われたことよ』と教えた。
今は亡き、守り人―――
つまり、相手は死んでいる状態なのだろう。
そして『彼に続く』とあるなら。
エハリディオが死んだら、例え招かれた挑戦者の勝利で終わっても、挑戦者も死ぬ。
フォラヴ、ミレイオ、ルオロフは階段を降りる。
お読みいただき有難うございます。




