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魔物資源活用機構  作者: Ichen
前舞台開始
3198/3228

3198. 北東地下迷宮・船頭

 

 時間の分からない夜。北部東、大山岳地帯端の雪が残る谷の遺跡で、妖精センダラが最初に待っていた。



 彼女が来て、イーアンは、心底ホッとする。

 まずこの妖精が負ける気はしない。負けないといえば、タンクラッドやオーリン、シャンガマックもだが、センダラには出していない力がある。


 彼女は一度も『妖精の正体』になったことがないのだ―――



「どうやって降りるの?」


 旧教の神殿柱を左右に置いた、洞窟迷宮入り口で、金髪の妖精は奥へ顔を傾ける。はい、と答えたイーアンが一歩奥へ進んで、階段の間際に立つ。


 イーアンとセンダラの光は自然に起きているものなので、今は岩の反射もあって見やすい状態にあり、タンクラッドたちは下がる階段と、その続きに分かれる通路を眺める。


「とても深いので・・・私が彼(・)ら(・)に(・)触(・)れ(・)た(・)状(・)態(・)で直下を考えていました」


 仮に、間に合わなかった場合はどうしたか。緊急手段も考えたが、できれば知られたくない方法。センダラは『もしも女龍がいなかったら』を気に留めず、その質問はしなかった。


『ふぅん』と軽く頷き、真っ直ぐな髪を片手でかき上げた妖精は、『じゃあ』と、もう片手で足元を指差す。合理的なセンダラに安心する女龍。


「私は、あなたについて行けば、目的地入りするの?」


「そうして頂けたら問題ないはずです。とはいえ、普通の場所ではありませんから、センダラが物質をすり抜けて通れるかどうか」


「何言ってるの?私だって、旅の仲間なんだから、そのくらい許されてるわよ」


 失礼ね、くらいの感じで返す妖精に、イーアンはすぐ謝る。無駄に過ごす時間はないので、『抜ける』と決まったら向かうのみ。男4人に声をかけ、振り返った彼らに手を伸ばし、尻尾を出す。



「一まとめで連れて行きます。私の尾と腕を掴んで離れないで下さい。飛びますからね、離れたらどこにめ(・)り(・)込(・)ん(・)で(・)死ぬか」


「行く前に、嫌な前置きするな」


 オーリンが注意し、黙った女龍の左腕を、ベルトのように自分の腰に回す。抱えてもらうに一番安定した位置で、オーリンは『めり込む不安』を恐れたと分かった。タンクラッドも右腕側に来たが、彼より早くシャンガマックが収まり、剣職人とロゼールは尻尾にする。


「一応巻き付けますけれど。絶対に抜けないよう、掴んで下さい」


『言われなくてもそうする』『離れませんから』と、同時に白い巻き毛の尾に巻かれた二人が答え、イーアンは十数段下の踊り場へ目を向けた。


「通路がいくつもあります。踊り場もあれば、部屋もありますが、入ると感知して回転する部屋もあります。一気に直下します。危険ですから、腕を伸ばしたり動いたりはご注意下さい」


 言いながら、エスカレーターや電車の注意事項みたいだなと思うイーアンだが、男4人は大真面目に頷き、イーアンの体が白く発光し、水色の粒子の密度が上がったセンダラも『いいわよ』の一声。


 王城行きのメンバーを抱え、女龍は地下迷宮の最初の床を、するっと抜ける。


 それは、敷石の溝に、水が染みこむより早く―― 



 *****



 落下に等しい。

 落ちてゆく感覚に、巻いた尻尾に抱きつく具合で、タンクラッドは揺れる体を丸める。立っていただけの足は落下の状態では空圧で揺れ、つられる体も不安定にぐらついてしまうため、投げ出されないよう尻尾にしがみつくよりない。


 傍から見たら怯えていそうかと過るが、そんなこと言っていられない状態。ロゼールも同じ体感らしく、彼も枝に沿う動物さながら、きちっと尻尾に貼りついて体を固定する。


 女龍の尾にしがみつく男二人とは逆に、両腕に抱えられる男二人は安定している姿勢だが、こちらも別の恐れを持つ。それは、床が迫っては抜け・・・の繰り返し。


 どの一室も、天井から床までかなり開いており、天井を抜けて床に激突しそうな視覚効果はきつい。


 頭っから突っ込んでいく状態も、恐れを上乗せする。

 床だったり階段だったり、彫刻の塊だったり、ばんばんすり抜けては、ばんばんぶつかる(※衝突はしない)直行の間、オーリンもシャンガマックも、早い内から目を瞑ってどうにかしのいだ。


 なまじイーアンの明かりで見える分、見てしまうと、ぶつかりかけてすり抜ける連続は、実際の衝突がないのに体が強張る。何か当たる印象もあり、想像で打撃の対応をする体に、『これは当たっていない』と心で言い聞かせた。



「この辺りでは」


 女龍の呟きが、落下の風に乗る。イーアンは『塩素のプール』の匂いに気づき、そして人の気配を感じ取った。



 ―――『時は来たとでも叫べば迎が来る』(※3065話参照)魔導士は二度目の旅路で、そうして連れて行ってもらったと話していたが。


 イーアンは、魔導士の話を思い出しながら、速度を落として入った一室で止まり、続いてセンダラが横に並ぶ。



「い(・)る(・)のね」


「はい。ちょっと待っていて下さい。一度話をします」


「そんなゆとりあるの?」


「ゆとりではなく、二度目の旅と三度目が、違(・)う(・)目(・)的(・)を持つために」


 女龍の返事に嫌味はないので、センダラは黙り、広い空間の闇に待つ。イーアンは数mほど進んで、枯れ葉を見つけ、この場所で間違いないと確信。男4人に黙っているようお願いしてから、『来ました』と大きな声を響かせる。


 カサ、カサ、と床に溜まった枯れ葉の音が聞こえ、少しして『龍ですか』と返った。


「イーアンです。覚えていらっしゃいますか。今日こそ行く日です」


「承知しました」


 最初の滲む細い声に、肉声の厚みが加わる。男の声が空気に渡り、枯れ葉の床は気づけば雑草の生す森の土に変化していた。目を瞠るタンクラッドたちと、そろそろ抜けないとまずいかもと勘が告げるロゼール。


 石の床が森の地面になり、枯れ葉は木々の根元を覆っていた。水の匂いは、消毒瓶の転がる川辺から。森の間を流れる幅1m程度の川の先は、山の洞窟が見える。


 表は夜だが、ここは薄暗く、夜明け前のような明度。皆の右を流れている川の側から男が現れて、皆は一斉にそちらを見た。


 馬車の民だ、とオーリンが呟きそうになり、女龍の手が顔を塞ぐ。


 馬車の民・・・男は力なく出てきて、後ろに一艘の木彫り舟が揺れる様子・・・ あれに乗るのだと、タンクラッドの内に眠る、遠い記憶が告げた。


「全員ではありません。私と、この者は引き返します。あとの皆を宜しくお願いいたします。それと」


 女龍は急ぐ。舟と自分たちの間に足を止めた馬車の民の若者に、『勇者が戦い始めたら出発。それは可能ですか?』と尋ねた。え?とセンダラが振り向き、イーアンは彼女に軽く頷いて、船頭を見る。



 やつれて頬のこけた若い船頭は、女龍をじっと見つめて『龍よ。許して下さい』と返事ではない答えを戻し、『それはいいから』とイーアンが面倒で即答。この前も言っていたけれど、少し忘れている様子・・・


「決戦が始まった時に出発は、できます?それとも、すぐに舟を」


「できます。魔物の王と勇者が揃った時。あの場所の門が開く。舟はその時に入るからです」


 あ、なるほど、とイーアンは了解し、抱えていた男たちを下ろすと『彼に任せるので』と若者を手で示す。不安そうなシャンガマックが瞬きして、ちょっと口を挟んだ。


「本当に、これで王城の・・・戦う場に行けるのか?」


「大丈夫です。そうですよね、タンクラッド」


「ここしかないからな。手記にも、俺のこびりついた記憶にも・・・ だが、一つ聞きたい。あとから仲間が参戦する場合、ここからしか行けないのか?」


 タンクラッドの質問は実は二つあるが、一つはこの場に関係ないので置いておき、『参戦の場合は』を尋ねると、船頭は少し考えてから、頭を横に一振りした。その顔は怯えていそうで、イーアンが『駄目なのですね?』と言葉で断るよう、促す。


「今回で最後なんですよね?確か」


 最後の仕事。そのはずと、イーアンが確認すると、戸惑いがちに後ろの男たちを見た若者は、秘密を教えた。


「・・・そう、思うけれど。私の役目はこれだけで。ただ、時(・)空(・)を(・)自(・)在(・)に(・)動(・)く(・)なら、ヨライデ王城へ」



 この一言で、シャンガマックの目が大きく開く。ヨーマイテスは来れる!―――


 意外そうにタンクラッドが『ほう』と首を傾げ、イーアンも思いもよらない返答に、獅子の参戦を想像。オーリンとロゼールはピンとこないが、センダラも気づいたよう。


「じゃ、戦うのは『5人』ね」


 若者は、冷たい響きの妖精を見て、何かを思い出したように瞬きした。それから背の高い剣職人に視線を回し、彼と背中の剣の柄を見つめて、ハッとする。


 その驚きの意味を、イーアンは同時に理解し『よろしく頼みます』と遮った。自分を見させ、落ち着かせ、若者に『彼らを頼みます』そうもう一度伝えると、若者も引き受ける。



「また、この人たちと会うとは。でも妖精は私の舟に乗る時、僧(・)侶(・)の(・)姿(・)で」


「・・・あの。もう、喋らないで」



 二度目の旅路のことを話しているのか。今は誰の気持ちも揺らされたくないので、イーアンは余計なことを言わないよう頼み、怪訝そうに見守る仲間を振り返って『あなたたちも、彼に問いかけないで下さい』とお願いする。


 センダラは興味もないので、『舟の側で待つ』と一言置き、すたすたと川辺へ歩き出し、驚いた若者も勝手に乗られないよう、慌てて付いて行った。



「では。無事で。勝って会いましょう」


 イーアンの短い挨拶。タンクラッドは女龍を一度抱きしめ、『勝って会おう』と体を離す。オーリンもイーアンを抱き寄せて『あとでな』と口端を上げる。シャンガマックも少し抱擁し、『もしかすると、強力な味方が来るかな』と・・・ 父ホーミットの参戦を仄めかして微笑んだ。イーアンも微笑み、頷く。


「行ってらっしゃい。全部が片付いたら、祝い酒です」


「おう」


 舟へ歩き出した男三人が片手を振り、イーアンも手を振って、ロゼールを抱える。


『ここ、どうやって出るんですか』と声を潜めたロゼールに答えず、イーアンは森の川と仲間を少し見つめて祈ってから・・・ 入った時と同じ、物質置換で迷宮を上昇―――


 王城行き、直行舟に待機。そして、次は。



 *****



『イーアン?!』


『すみません、ミレイ』


『これから入るわ!良かった、出てくれて』


 迷宮外へ出てすぐ、光る腰袋に急いだ手が連絡珠を掴むや、ミレイオの声を届ける。

お読みいただきありがとうございます。

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