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魔物資源活用機構  作者: Ichen
整い
3115/3118

3115. 幻に待つ里・ヨライデ9番歌・馬車歌の道

 

 ここは馬車歌の道―――



 バロタータが徐に告げた時、馬車は低い柵が囲む里に入った後だった。


 夕陽に照らされた埃が、きらきらと空中を泳ぎ、小さな民家がいくつも並ぶ。道は広かったが、道と呼ぶには家々の敷地の延長。石畳も踏み固めもない地面で、造られた道ではなく、家と家の間が広いところを抜ける感じ。


 町や村を幾つか抜けたが、ここは田舎にしてもヨライデと雰囲気が違った。


 極彩色や原色を好むヨライデの木造建築ではなくて、麦色の石が詰まれた石造家屋で円筒型。

 夕日の色に馴染んで消えてしまいそうな明るい麦色の石は、表面に素朴な凹凸やざらつきが見え、それより濃い色の石が屋根に使われている。屋根も円錐形で統一されており、ヨライデに馴染まない。

 薄くした石の板を瓦にした屋根は、重なる分だけ影が多そうなものが、家々は影も淡く黒さを感じなかった。


 白っぽい土、麦色の建物、影にも黒が差さない明るい風景・・・しかし、バロタータが案内する割に、生き物の声一つ聞こえない奇妙が、対照的で気になる。


 ドルドレンは見逃さないよう注意しているけれど、人も動物も現れる気配がない。ささやかな声は空耳なのか。


里から発せられる『寄っていけ』との感覚に応じた、バロタータ。なのに、迎えられている雰囲気もないとは。



「バロタータ、誰も」 「ドルドレン、歌いなさい」


 入って数分何もないから、ドルドレンが先頭の犬に声を掛けると、犬も振り向いていつもの要求をした。


 歌?と聞き返した彼に、バロタータは『馬車歌の道だから、()()()()()()()()()()のが普通』と言った。


 変に納得するドルドレン横で、ロゼールが『歌で誰か現れるんですかね』と辺りを見回すが、まだ変化はない。自分たちのひそひそ話くらいしか、風に乗らない里の道、緑色の輝く目を向けて待つ犬に、ドルドレンはちょっと笑うと、息を吸い込み歌い出した。



『荷物は小さい方が良い。野原で踊る時のため。衣の紐は彷徨わせて、重たく熟れた実を食べろ。腹に満ちたり両手は草に、緑の丘に転がって、心は雲を渡る鳥。丸天井は世界の遠く、星屑散らした蒼い大気の真下で仰ぐ。停まった車輪に寄りかかり、遥かな先へ照らす陽へ・・・ 』


 馬車の言葉で、ハイザンジェルの歌。幾つにも分かれる複雑な構成の中でも、子供が歌えるのんびりと覚えやすい一曲で、素朴な歌詞がドルドレンは好きだった。


 急に聞こえた歌声で後ろの馬車は少し驚くも、歌い終わるとミレイオが拍手し、タンクラッドたちも拍手する。

 続けてくれ、と繰り返しを願われ、ドルドレンはまた歌い出す。バロタータも気分が良さそうに、斜陽の道を、家影に紛れながら馬車を導き・・・


「何も起きないなぁ」


 ぼそっと呟いたロゼールだが、総長は気にしている感じもないから、水を差さないように馬の背から周囲を観察する。


 家と家の合間が広いところを移動しているため、道として覚えていないけれど、ゆっくりとはいえ、入り口からはかなり進んだはず。高低差がなく、家の間隔もあるため、振り返ると来た方が見えるのだけど・・・ あまり離れていない気がして、『よくある不思議系』の実感が高まった。


 それに、夕日が動いていない気もするし。


 もしかして、違う歌が良いんじゃないかな・・・ロゼールがぼんやり思ったことは、ドルドレンに通じないが、代わりに―――


 バロタータはのんびりしたもので、勇者の歌声が好きだから楽しんでいる。しかし、それでいいと思わない忠実な部下が前に来て、歌っている総長の横、御者台にひょいと乗った。


「どうした、シャンガマック」


「総長が今歌っているのは、どこの国のですか」


 片手に馬車歌集を持った褐色の騎士は、乗るなり尋ねて、『ハイザンジェルだ』と答えたドルドレンは彼の手を見た。シャンガマックの漆黒の瞳は、角度に変化ない斜陽へ向けられ『時間が動いていない』とまず現状を教える。


「む。そうか、お父さんが教えてくれたのか?」


「父は()()()()()()()のがイヤみたいで」


 苦笑した総長と一緒に笑いながら、咳払いしたシャンガマックは馬車歌集を適当に開き『ヨライデの馬車歌にしたら状況に変化が出るかも』と提案した。荷馬車に並ぶロゼールも、展開を期待する。


「歌の変更で、変化が起きると?」


「総長の歌で思いついたんです。入る前に、バロタータが導く里と聞いたし、総長が馬車歌を歌い始めたので、ヨライデ馬車歌が鍵ではないかと」


「ふむ。では、ヨライデ馬車歌の歌詞を、馬車の言葉にして歌うか」


 はい、と答えたシャンガマックは膝上に開いた書を捲り、横から覗き込んだドルドレンに『暗くない歌詞もある』と冗談めかして教える。


「深刻な内容ばかりでもありません。珍しいけど『9番歌』は比較的―― 」



『鵞ペンの文は必要ない。食べたいものは何なりと。

 時の針は止まってくれる。騙されたなど盲目の苦言。架空の迷いに浸るでもなし、太初にありき扉は開く。

 悩む乾きに、閉じる道、飢えに耐えることは置き、霊が目覚ましめる淡い頃。差し遣わされた導きに、狭い輪を抜け故郷へ帰れ。本然のままに迷誤の谷を後にして、翼のはためく夕映えに、小径に馬車は遠ざかる。』



 翻訳を読んだドルドレンは、ネストルとピランデル兄弟にも聞いた歌詞を考え・・・ 部下の翻訳はどうかを尋ねる。でもシャンガマックは『これは重要度が低いと判断して、後回しにした』と話し、まぁそうかと頷いた。


「気になるのは、『太初にありき扉』や、『故郷へ帰れ』の部分ですが、世界の最後に関わる歌の一つとして見るなら、他の歌はもっと中枢に関わる印象が強いので」


「わかる。では、これにするか」


 決めた9番歌は、単に他の歌に比べて堅苦しい印象がないからだったが。


 ドルドレンが訳して歌い始めると、すぐにバロタータが振り向き、少し聞いて『そこは違うな』と言った。


 どう違うのかを聞いてみたら、犬は『こういう雰囲気』と馬車の言葉の違いを指摘し、了解したドルドレンが合う言葉に換えるや、その表現が良いと犬は頷く。


 横で見ているロゼールとシャンガマックは、バロタータが修正したことで、歌を総長に急かす。まだ修正してくれるかもと思った通り、ドルドレンの訳が気になると、バロタータは止めて言い換えを求めた。


 ドルドレンも意外な指導に楽しい。シャンガマックは『正解が分かるとは!』と興奮気味に、腰袋から急いで炭棒を出し、変更箇所をドルドレンに聞いて書き足し・・・思いがけない訂正指導(?)が精霊によって行われる。


 なぜ、()()()()()()訂正するのか気づいたロゼールは不思議だったが、ドルドレンとシャンガマックは直される言葉に夢中。


 バロタータは、今までもヨライデ馬車歌を総長に歌わせていたが、こんなことはなかったなと、ロゼールが真横を向いた一瞬。



 どこからか、ぴぃ、と高い笛が鳴った。そして静まり返っていた家々の煙突から煙が上がり始める。


「そ。総長!」


「なん・・・あっ。煙が」


「こっちに人が」


 ロゼールが驚いたすぐ。次々に生活が溢れる風景は現れ、人の幻が馬車前後左右に出て、慌ててドルドレンは手綱を引く。

 後ろの馬車も驚いて馬車を止めるが、幻の人々は掠れ気味ではっきりしないまま、夕日の里を歩き回る。家畜の声、物音、少し騒がしくなった道の上で、ドルドレンたちに声を掛けたの者がいた。



「太陽の御者ではない。どこの国から」


 耳が拾った、不意の声。ドルドレンが急いで答えようとすると、精霊の犬が前から少しずれて、霞む人物に『勇者が来た』と短く教える。この紹介で、正体が曖昧な人物は『こちらに』と招いた。


「どこへ向かえばいいのだ、バロタータ」


「ついて来なさい、ドルドレン。皆にも降りないよう言いなさい。シャンガマックは戻らずに座って」


 バロタータが白い土の道を振り返り、ロゼールは了解して後続の馬車へ伝えに行った。

 シャンガマックも御者台に留まり、横に仔牛が来ると(※気にする)バロタータは仔牛にも『そのままついてくるように』と言い、命令は嫌いで不本意そうな仔牛も、ここは従う。



 いつまでも続く夕焼けの空気を受けながら、霞む人と精霊の犬の後をゆっくりついて行く馬車の列。数件並んだ家の横で、彼らが止まり馬車も停まった。


 四~五軒の家は間隔が狭く、通り過ぎる手前で停められて、裏へ回るよう指示を受ける。

 バロタータは知った場所なので、御者のドルドレンより馬に声をかけ、ドルドレンは馬任せ。麦色の壁を左手に、建物奥へ馬を進めると、白い土しかなかった場所に黄緑色の柔らかい草が生す裏庭があった。


 庭と呼ぶより、近いのは『ただの野原』だが、黄金色の夕日に染まる草は慈しまれて育ったように丈が揃い、きちんと手入れされている印象を持つ。広い裏庭を囲う小柄な木々が数本、敷地を主張しているけれど、ドルドレンには、木々が今、現れたように感じた。



 霞む人物は姿を定めることもなくて、目に捉えようとしても落ち着かない。ふら、ふら、と光に当たる面だけしか見えず、見えたとしても斜線を越すような具合で分かりにくかった。


 これはドルドレン他、シャンガマックもロゼールも同じらしく、『見えにくい』『目が疲れる』『目がちかちかする』と困って視認を諦める。


 馬車を降りてきたタンクラッドたちも『人がいるのは確かだろうが』と目を細め、目を擦り・・・ 無理に見ようとするのはやめよう、と意見が一致した。これを側で聞いているはずの、霞む人物は反応無し。


 柔らかい草を食べ始めた馬たちは、ここから逃げることもない。バロタータは先にそれを伝え、馬を轅から外し、自由にしてあげたところで、ちらつく人物が増え、振り返った旅人を招いた。


 手招きが夕陽に当たって遠ざかる。

 バロタータと一緒に、不思議な相手について行き、入って来た家の脇から出て、その一軒先へ着く。家の中に霞む影が入った途端、彼らの姿は明確になり、戸口で振り返った。ドルドレン以下驚く。


 驚いて、思わず声に出たのは、これまた意外なタンクラッド―――



「サドゥ?」



 ******



 一風変わった里は、馬車の民に通じると聞いていたので、てっきり馬車の民関連を想像していたものが。


 驚いたタンクラッドの口から零れたのは、テイワグナ・アイエラダハッドで見た『サドゥ』。彼らの衣装と同じような・・・イーアンがここにいたら判別しそうだが、タンクラッドの記憶では彼らの衣装と重なった。


 何重にも着た、豪華で繊細な織布の服。素朴な家や外の雰囲気と、全く合わない衣装は差があり過ぎて、つい玄関口周囲を見回す。

 タンクラッドの一声は皆の視線を集めたが、まだ誰も家に入っていないので、バロタータが中へ促した。話は入ってからと言われ、大人数の団体は小さな家にお邪魔する。


 レムネアクも初めて見る、場所、人、雰囲気。ヨライデにこんな秘境があったとは。


 同じくミレイオも、ヨライデらしからぬ場所に興味は持っていたけれど、現れた人々の文化感じる衣装佇まいに、全然ヨライデ人ではないと思った。


 顔つきはどこか人離れしている。じろじろ見るわけにいかないが、目はガラス玉のように丸く一色。面長の顔は鼻柱と眉間の高さがなだらかで、平たんではないが凹凸の極めて目立たない顔つき。



 でも、まとう雰囲気だけは・・・シャンガマックが過らせたのは、アイエラダハッドのファナリ(※2410話参照)と、ティヤーのイザタハ(※2629話参照)。ロゼールも海底で出会ったイザタハと、どことなく重ねた。



 首が長く、服の縦襟が良く似合う。焦げ茶の毛を一つにまとめた髪型は、多くの飾りで包まれて、小さな動き一つにも房になる花の如くそれは揺れた。


 表から見るに狭そうな家は、旅人を連れて通路を数分歩く距離があり、もう、誰もがこの家は別次元と疑わない。入ったところから違うのだろうと、慣れた感覚で理解した。


 原色を差し色にした植物模様の柄が、羽織った上着を惜しみなく包み、黒や藍が基調の衣服なのに、とても華やか。長い丈は踵まであり、幅広い帯が腹部でまとめ、歩くたびに、先端が反る硬そうな靴が裾から覗く。


 長く、ふくらみの極端な袖は、膝に届くほど幅があり、隠れた手がほとんど見えないが・・・ ドルドレンのすぐ後ろへ移動して、じっと見ていたタンクラッドは、その手がちらっと見えた時、やはりサドゥを思った。

 あの手。鱗のような艶。顔の皮膚は黄褐色でも、手の色が茜色とは。

 玄関で思わず口にしたが、バロタータも彼らも無反応で、言ってはいけなかったのかもしれない。



 皆の胸中様々。気になりつつ、誰もが無駄口を控えて歩き続ける通路は、家全体を作る麦色の石で、飾りも彫刻もなく素朴そのもの。

 天上の高さは3mほどで、住人の背丈は170㎝と人間の平均的な高さ。通路は二人分ほどの幅があり、通過する両側の壁には、窓も扉もなかった。


 そうして、どこへ連れて行かれるやらと、何度目かの角を曲がり、出たところは円形の広い部屋で、中央に焚火と小さな櫓付き。天上は吹き抜けで、円錐の天辺は空が見えた。その空は()()・・・


 扉のない、出入り口一つ。

 他の部屋と同様の石材で、せいぜい円錐屋根の梁に古い木材があるくらい。がらんとした部屋は、何の櫓か分からない質素な組みのそれ一つ、下に焚火だけだった。


 焚火の前まで進んだ三人の内、一人がドルドレンと犬を見て『ご用は』と尋ねた。



 ここで旅人は、踏み間違いのない未来への示唆を得る―――

お読み頂きありがとうございます。

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