3114. 悪鬼退治~妖精の意義説明・魔物退治と道の迂回
祠を指差し『私が』と言いかけた妖精に、イーアンは遠慮ない胡乱な目。フォラヴは言葉を一度切り、黒い祠を宙からつつくようにトントンと指先をはねた。
「よく見て、イーアン。祠自体には影響していません。祠が何の計画を立て、何をしでかしているか、私たち妖精が知ったとしても、妖精が攻撃したのは『悪鬼』であり、余波の影響は『浄化と原因排除』で終わります。つまり」
しつこいくらい説明を繰り返しているので、賢いイーアンが理解していないわけがない。
これで同意できないなら、それは彼女が心配性だから・・・ フォラヴは、ゆったり瞬きして『おわかり?』で結ぶ。鳶色の瞳は疑わしそうで、でも小さく頷いた。
「解りましたが、確証が欲しいですね。本当に問題ないと分かる証」
ぼそっと低い声で呟いた女龍に苦笑し、フォラヴは下へ降りようと誘った。すぐに降下する妖精を追い、イーアンも仕方なし、雑草茂る平原へ着陸する。
午前の北部。少し冷えた風が青草の頭を撫でて過ぎ、フォラヴは人の姿に戻った。イーアンの背中に手を添えて『ご覧下さい』と静かな祠に注目を促す。
「あちらも、妖精の力が及んだと理解していますよ。そうでなければ、私に歯向かう」
「まだ反応していないだけかもしれません。反応が遅いし」
「イーアン、疑わなくても。私は・・・そうだ、センダラにならそう言う?」
え、と嫌そうに一歩下がった女龍。フォラヴは少し微笑んで『センダラが実行したら、受け入れるのではなくて?』と突っ込む。
・・・本当は、『私が妖精の女王と同じ強さを発揮したから大丈夫』と言いたかったところだが、それを今伝えるのは違うと思って、ここはセンダラにした。案の定、センダラと仲良くするイーアンは言葉に詰まって唸った。
大きな角を抱えた、空最強の女龍が言い返せずに唸っているのが可愛くて、フォラヴは角を撫でる。じろっと見られて『ワンちゃんみたい』と言うと、余計にむくれた。
「そんなにむくれてはいけません・・・イーアン、祠がもしも私の動きに怒ったなら、恐らく人の姿をとっているこの時点で、何かしらの警告が起きているはず。あちらが滲む、空気が澱む、警告音、時空の歪みなどの」
「解りました」
ムスッとして遮る女龍は、まだ半信半疑。だがフォラヴの説明は覆しにくい。黒い祠が静まり返っているので、『存在意義の仕業』その効力と認知に頷かざるを得なかった。
「では。この祠に群がる悪鬼は、私が担当することにしましょう。いかがです」
さっきもそう言いたかった。フォラヴは白金の髪を陽光に煌めかせ、何てことなさそうな柔らかい笑顔。
彼の自信に、前と変わったのを感じるイーアンは、『妖精が引き受ける以上、問題ないと保障されるなら』と少し釘刺す言い方で答えた。
保障を求めたい自分がいる。下手したら全部を背負うのは私たち龍族で、責任をとる時、それは女龍なのだから。
これは話せないが、女龍にミスを求める『原初の悪』が絡んでくる話はしてある。ふーっと息を吐いたイーアンが、黒い祠を見た横顔。もの言いたげで押し留めたような雰囲気に、フォラヴは彼女の肩を撫でた。
「もし。あなた方に文句をつけられたら、私が引き取ります」
「話が通じる相手ではないですよ」
「いいえ。大丈夫・・・ 信じて下さい。『あなたを決して離さない』と、約束した日を覚えているでしょう?(※57話参照)全責任に応じます」
ざぁ、と追い風が草を走り抜ける。黒い巻き毛が顔にかかり、白い角に絡む。白金の波打つ髪も風に踊り、人の姿の両者―― 龍と妖精は、視線を重ね黙った。
互いのクロークは忙しくはためき、青草のうねりが陽光を受けたさざ波のように足元を包む中、最初の頃と全く様相が変化したイーアンは、強張っていた表情を解いて口元に微笑みを浮かべる。女龍の微笑みを見つめ、フォラヴもにこりと笑った。
「今も昔も。私は約束を守る男です」
「存じています」
「大丈夫です、イーアン。根拠のない口約束はしないので」
「はい」
久しぶりに見る、支部にいた時のようなフォラヴの微笑み。いつも涼し気で、どこかこの世のものではない印象のあの微笑みに、イーアンは頼みを了解する。
「でもフォラヴ。あなたの、なんと言いますか。少し変わりましたね」
「そう?良い方に変わったならお礼を言います」
「良い方にですよ、いつでも」
クスリと笑った妖精が、有難うを言い、イーアンと二人でまた黒い祠を見た。祠は無反応で、消し切った悪鬼の名残りも失せた、青草に佇んでいるだけだった。
*****
フォラヴが退治する分には問題ない。
あくまでも彼がそう言い切ったのだが、信用し任せるイーアンは、この後も馬車へすぐ戻らずに、彼と共に北部を巡った。
シャンガマック親子が調べ、見てきた話では、北部でも城の方に祠は多くあり、悪鬼の数は北部中央の比ではない。今し方、対応した地も城方面なので、退治続行の流れになった次第―――
女龍と妖精が昼も戻らず・・・ そして、連絡を入れるのも忘れて、悪鬼退治をしている間。馬車は午前の道を進む途中、魔物退治で停止した。
広範囲はヨライデに多く、この魔物も土手から道の先まで埋め尽くす。
付近が煙臭く、何か燃えているようで、近づくにつれ熱を含む空気で気づいた。道の向こう、雑草が消え、土から煙が上がる風景。
疎らにある木々は、少しずつ根元から燃えているようで、地面は乾いた土色が広がり、よく見ると地面ではなく魔物だった。奥の土手にも食い込んでおり、『以前の陥没(※2978話参照)』を連想・・・
今回は動かない魔物ではなく、近寄ったら鈍くさい動きでも攻撃してきた。
これが少々厄介な攻撃で、飛ばす粘液が燃える。切りつけると粘液が発火を伴い、避けても落ちた粘液は地面で火を上げた。仕方なし、被害を抑えるために刺激しないよう注意しながら倒す。
姿の全貌は、魔物が動いた時にはっきり見えた。
一体の大きさは2m未満。カメのような甲羅と、妙に細い手足を持ち、手足は植物の根にしか見えなかった。背の甲羅は薄く、地面には甲羅だけが見えている状態と知る。
腹側はひび割れ、隙間から人間の小さな顔が沢山出ている。身体を動かすと、ひび割れが押されて、潰れた顔がはみ出る薄気味悪い魔物。
・・・何が何でも、人間の顔や頭部を使う魔物は、理由でもあるのかとうんざりする。
ただこれらは、頭とは違って胴体で、体の前後にある穴が液を吹く。
仲間同士では燃えないが、急な発火は高温で、土でも何でも火が上がる。それに、一体が動くと他もつられて動き出す。少し離れると動かないが、連鎖反応すると分かった。
最初に比べ、見た目の気持ち悪さ、地面や川へ及ぼす害も増している。こんな奴らがヨライデを蝕むのかと思うと、愛国心の低いレムネアクでも苛立った。
今回は刃物を使うルオロフたちは、下がって待機。タンクラッドの技も、炎を散らす恐れから待機。
光線を攻撃の主体にする勇者の剣、サブパメントゥの消滅技、シュンディーンの魔法で応じる。オーリンは龍を呼ぼうとしたが、獅子に『下手に煽るな』と注意されて、彼も馬車待ちになった。
ミレイオ、獅子、ドルドレン、シュンディーンが応戦で、連鎖しない端にいる魔物は待機組が受け持つ。
範囲は広いし、土に食い込む魔物は以前同様に奥にも詰まっていたため、陥没を免れない場所もあり、注意して退治していても時間はかかり、魔物退治は長引いた。
後半、土手の半分を獅子が消すことで、土中に詰まった魔物の群れを全て倒し、それと同時に土手上の地面はドサッと下がり、被害地を通過する道も消える。
どうにか終わった頃には、昼下がりも過ぎ、馬は休ませていたこともあって、ドルドレンたちは馬車を出した。
陥没は今回も・・・困ったことに道を落とした。仕方なし、不安定で危険な地面を避け、大きく迂回するが。
「その先を曲がると良い」
馬の横を歩くバロタータがロゼールにそう言い、ロゼールは聞こえている総長に振り向いた。
『先を曲がるそうです』と方向を指差す。通過する迂回の丘は、ただでさえ道らしい平坦さがなく、先の道へ出るまで長いのだが。バロタータの示す方向は、もっと遠ざかる・・・・・
「バロタータ。この先を知っているのか」
どうやっても馬車は入れない雑木林と、斜めの草むらが前方に待っている。
ドルドレンは斜面の草むらではなく、林の外側を大回りして街道近くへ行こうと考えたが、犬は勇者を振り返って『行ける』と言った。
心配気に目を見交わす、ロゼールとドルドレンの胸中くらい、精霊も分かる。馬車がゆっくりと雑木林を抱える斜面へ近寄ることで、後ろの馬車からも声が聴こえた。
「ドルドレン、車輪がマズイぞ」
タンクラッドの大声が飛び、ドルドレンも少し焦る。バロタータが行けると言うなら安全だろうが、何も風景が変わらないので、犬を側に呼び『どう、進めるのか教えてくれ』と、続く馬車のためにもお願いしたところ―――
「道を行くだけが、太陽の御者ではなかった。今、直面する状況に似た出来事は、過去にいくらもある。そうした時、道を失う馬車を迎えた里もまたあり」
「里」
「どこにでもあるわけではないが。私の覚えている感覚が漂い、良ければ寄るよう、呼んでいる」
「呼ぶ?寄る?」
どこ、誰が、と目で探すドルドレン。馬は手綱が小刻みに揺れるのを気にせず、犬の精霊を信じて進む。
ロゼールの跨るブルーラも、警戒する様子なく自然体・・・ ドルドレンとは『うしろへ』と告げるようロゼールに多のみ、彼は馬を下げる。
すぐにタンクラッドやオーリンの『このまま?』と素っ頓狂な声が聴こえたが、バロタータは先頭の馬横の定位置に戻り、丘の傾斜が始まる草むらに馬車を導いた。大型犬よりも大きいバロタータですら、肩まで草先が伸びる中を進む。
少し傾き、馬も斜面を歩く足取りに変わり、ブルーラも慎重に草を分けて踏む。
これ以上に車輪が傾いては危険と判断したドルドレンが、『バロタータ、もう少し平らな場所を進みたい』と急いで伝えた、その時。
目の前の斜面は逆の角度に、ぐらーっと・・・ 船の甲板で、波に揺られた光景と同じ現象が、陸で起きる。
うわ、と思わず手綱を引きかけたが、ドルドレンとロゼールを犬が振り返ったのと同時、前方の風景は平らに変化する。慣れたようで慣れない、精霊の道への変わりよう。
「すごいな」
ぼそっとロゼールが呟いた側で、御者台のドルドレンも凝視して頷く。
風景は平らになった上、夕方近い太陽の位置も違う。差し込んでいた光は左後ろからだったが、急に左前から橙色の光が伸びた。
そして斜面だった雑草だらけの地面は、きらきらと小石に光を撥ねる道が現れ、ぽかんとして馬車を進めるドルドレンとロゼールの視界に、小さな人里らしき淡い影が現れる。
「総長、村ですか。なんか不鮮明だけど」
「里には違いない」
夕陽の茜に、溶け込むような民家の並び。道は直進で続いており、緑色の目を向けたバロタータが『休める』と事も無げに伝えた。
夕焼けの風は、花の香りを運ぶ。夕時の里なら、煮炊きの煙や料理の匂いがしてもいいのにと、ロゼールは馬の背で思う。
馬車は、イーアンとフォラヴが戻らないまま、幻の里入り―――
お読みいただきありがとうございます。




