3113. ニダへ『歌の波と龍の鱗』・存在意義再確認・悪鬼退治の次善策
☆前回までの流れ
フォラヴが帰還。夜にティヤー海域で見かけたナーブヤムとニダを手伝った後、ヨライデを視察して明け方に戻った彼は、皆の歓迎と新人レムネアクの挨拶を済ませ、ニダ親子にイーアンを案内することに。
今回は、ティヤーへ向かう朝の空から始まります。
「イーアン。渡したら、少しお時間あります?」
「・・・はい」
女龍の横を飛ぶ透明の妖精は、朝の空に溶け込みそうな美しさ。久しぶりのフォラヴに見惚れつつ、イーアンは彼の目的を思う。
「私は昨日、ニダたちと離れてからヨライデを見ました。すると魔物よりも別の敵が目立ち、それらも倒したのです」
倒した相手の特徴を教えたフォラヴに、イーアンは『悪鬼だ』とピンと来たが不安も過った。『血の祠』への刺激が・・・ フォラヴは悪鬼溜まりを発見し、倒した方が良いと判断して消していた。
「あれは、まだありそうに思いました。それであなたがご存じではないかと」
「ええ。ちょっとね、事情が混み合っています。それは―― 」
ティヤーの空を飛びながら、イーアンは掻い摘んで事情を説明。
アイエラダハッドで散々だった『原初の悪』が、ティヤー戦以降は静かだったが、刺激したと思しき『祠』への手出しで、また動き出す可能性が高い懸念を話した。
フォラヴは、自分が消したのはまずかったと知るが、でも・・・・・
「ねぇ、イーアン。あなたはもっとご存じなのか。その刺激は、意図しない扱いですら刺激と捉えると仰いますが、仮に祠自体に気づかず悪鬼が側で消えた場合は」
「それも同じだと思いますよ。血の祠が流している川があるようで、私は目視できませんがシャンガマックは見ています。ドルドレンとルオロフも別の場所で、祠から出る川を目撃しました。その川に悪鬼が溜まるため、悪鬼諸共、川を消す行為は攻撃として映るのでは」
「そうですか。少し気になります」
何が?とイーアンが尋ね返したところで、前方にナーブヤムたちを発見したフォラヴが『いました』と指差し、話はまた後で。
幾つかの島が近距離で続く瀬を、不思議な薄い色の木々が出たり消えたりしている状態に『あんな魔法を見たことがない』と二人で少し笑い、枝が現れる先へ降りた。
「イーアンだ!」
ハッとしたニダが叫び、白い6翼が太陽に縁どられる姿に目を細める。
ナーブヤムも魔法を止めて枝に立ったまま『イーアンと』と、隣の姿に気づいた。あの妖精に気づいたすぐ、空から降りた女龍と妖精が挨拶する。
「昨晩は乗り切ったようですね」
透明の妖精が笑顔で尋ね、ナーブヤムは頭を下げて礼を言う。ニダがなぜか嬉しそうで、イーアンは親子を交互に見たが、それはともかく道具を渡す。
「ニダ。昨日何があったか、フォラヴから聞きました」
はい、と渡される革袋を受け取ったニダは、『フォラヴ』の名に、浮かぶ妖精を見る。視線の移動でイーアンが『あ、名前を言っていなかった?』と妖精に聞いた。
「ええ。でも構いません。たまたま名乗らずに終わっただけですので」
「ごめんなさい、勝手に。ええと、話を戻しますねニダ。鱗は私ので、石は・・・」
イーアンは業務的。袋の口を開いたニダに、使い方と効力をてきぱき教え、ニダは感動しながら何度も有難うを言い、使い方確認をジェスチャーで教えたり、まめ知識『十二の司りが本当の危機は助けてくれそう』との話も聞く。
その横で。ナーブヤムは一緒に話を聞いているのだけど、ちらちらと『フォラヴ』を見ては、目が合ってはにかみ俯いていた。
その様子に可笑しくなるフォラヴだが、彼の人生のあらすじも馬車で聞いたばかり・・・ 同情を持ちつつ、一度敵対したとはいえ、願い叶った子供への再会や協力の姿勢に、少なからず敬意も生まれているので。
「解りました」
「うん。鱗を投げたら、それで逃げると思うので。私の龍の風は追い回しますし」
天敵の龍が追いかけるなら来ないはず。来てもまた投げたら良い話。多めに鱗を引っぺがしたので、革袋は鱗でパンパンだし、勿体ながらないで使うように言われたニダは、大きく頷く。
「それじゃ、行きましょうか」
振り向いたイーアンに妖精は頷くと、ニダへ手を伸ばした。握手?と驚いたニダが出した手をフォラヴは握る。
ニダはお父さんを見て、お父さんも無論、握手を見つめる数秒。フォラヴはちょっと笑い、離した手をナーブヤムにも向けた。はたと我に返る魔法使いの驚く顔に、『あなたも』と妖精は微笑む。
「は、はい。有難うございます」
ナーブヤム、思わぬおこぼれ(?)に緊張する。冷めた目で見ているイーアンに気づかない。魔法使いは妖精の手を握り、親として感謝を伝えるので精いっぱいだった。
「私の羽根は消えていませんか?」
「羽根、大丈夫です。ちゃんとあります。大事にここに」
「フフフ。そんなに緊張しないで下さい・・・私からも、もう一枚差し上げます。どうぞ」
どうぞの声と共に大きな白い翼がバサッとナーブヤムの横に寄せられ、ナーブヤムは驚いて手が出せない。取っていいと言われても、抜くなんて恐れ多く、しどろもどろ。
コロコロと笑ったフォラヴは、彼の代わりに羽根を一枚抜き、ナーブヤムに持たせた。
「有難うございます!大切に、出来るだけ使わないように努力します」
「使うために差し上げたのに!身を守って下さい」
そうでしたねと焦る様子が・・・フォラヴは楽しんでいるようで。
イーアンは、フォラヴが男に対してこんな風に楽しんでいるのを珍しく思った(※あんまりない)。横のニダも可笑しそうだったが、性格の良い子なので親を茶化したりはせずに終わる。
「ではね。気を付けて!」
「有難う、イーアン。有難う、フォラヴ!」
翼を持つ二人の異種族は、空へ上がってゆく。ニダは千切れんばかりに腕を振り、ナーブヤムも手を振って見送った。
「良かったね、お父さん」
パッと振り返った子供に言われ、ナーブヤムは目を逸らし『誉あることだ』と真面目な返事を戻す。
でも真顔ではなく、何度も瞬きしたり視線を彷徨わせているので、お父さんの嬉しさが伝わるニダは、浸らせてあげようと、移動は黙って過した。
ヨライデへ戻る空の道、イーアンはフォラヴに少し問う。
「フォラヴ。話したと思いますが、あの男がレムネアクを」
「ええ。そうですね」
「握手してあげるほどですか?」
「誰であれ、運命に翻弄されます。彼は自覚もあれば、良き悪きの境も持っていそうでした。イーアンも、レムネアクにはそう思うのでしょう?彼が傷付けられた恨みも分かりますけれど」
「恨むほどでは、もうないですよ。でも」
「ナーブヤムの心が気に入りました。それだけのことです」
え。 思いっきり、『え。』と発した女龍の驚きに、妖精は笑って『何て顔されてるのです』と頭を振った。
「さて、イーアン。『血の祠』についてですが、伺ったお話から、もう少し詰めたいと思います。結局あの黒い輩が、倒すべき相手であるに変わらないので、まずは現場へ行きませんか?」
話を変えたフォラヴに、イーアンも仕事モードへ切り替わる。どうする気?と瞬きした女龍に、フォラヴはヨライデの陸地を見つめて『妖精なら』と意味深に呟いた。
「妖精なら?センダラやあなたなら?」
「そう。センダラはきっと躊躇しません。あの性格だからというのもありますが、彼女は本質のみ重視し、間違えませんので」
「一体、それは。フォラヴも同じように行動する、と聞こえます」
「はい。せっかく力をつけて戻りました。私も堂々と、妖精にしか出来ない行いで振る舞いたいです」
にこっと美しい笑顔を向けたフォラヴに、イーアンはざわッとする。
とんでもないこと考えているのではと慄く女龍(※妖精の強いやつが底知れない)にフォラヴは笑い・・・二人は、悪鬼退治へ向かう。
こんな形で、話を逸らしたフォラヴだが。ナーブヤムへの好感は少し胸の内に留めている。
それは、自分の国に起きた、長き因縁の続きを重ねて。
親である、妖精の女王が選んだ行動。犠牲を強いられたセンと自分の運命。
汚く欺瞞に埋もれた泥濘の一面を見た後で、ナーブヤムの人生の端に触れ、こんな親もいると・・・ そこに少し敬意を払ったこと。そして、決して途絶えず歪まなかった愛情へ、好感を伝えたかったこと。
強烈な期間の後で出会ったナーブヤムだから、そう感じたに過ぎないだろうが、それでも心を少し癒してくれる、優しく熱い生きざまに、関係ないとはいえフォラヴは感謝したかった。
「あー。やっぱりまた溜まってる」
黒々した塊を前方に見た女龍が、鬱陶しそうな声を上げ、フォラヴは悪鬼退治を引き受ける。それは唐突だったし、強引にも見える勢いで―――
黒い地面、人工的な黒い祠、悪臭、おかしな音と騒めきを見つけたイーアンが、少し後ろを飛んでいたフォラヴに『あれが』と振り返った一瞬だった。
キィン――! 甲高い金属音が鋭く空気を裂くや、下方の平原と林境に広がった黒さがシャッと払われる音と一緒に消えた。祠はあるが、枯れ色の平原と林が揺れた数秒、青々した波打つ草と葉が蘇る。
唖然としたイーアンが下方と妖精を交互に見て、口を開けたまま凝視。フフッと笑ったフォラヴに『な、何したんです』と引きつりながら聞いた(※お前何してくれたの意味)。
「あれらを消し去り、土と植物の復活を手伝いました」
「フォラヴ・・・私の話をどう、解釈したら」
「イーアンは、黒い祠に触れないように退治したと、仰いませんでした?」
だってそれとこれ違うじゃないですか!と叫んだ女龍の必死さが可笑しく映るのか、妖精はまた笑って『私は妖精ですもの』と・・・・・ 口をあんぐり開け、イーアンは信じられないとばかりに眉根を寄せた。
「黒い祠は『原初の悪』の持ち物だって言ったはず。私も昨日、悪鬼を退治しましたが、もっと慎重に動いたのです。でもあなたは今、何の遠慮もせず」
戦慄いていそうなイーアンが、この始末は迷惑と捉えていそうな言い方に、フォラヴは真顔に戻って首を傾げ、彼女の真横に移動した。顔を覗き込む仕草が少しふざけているようで、イーアンは大きく息を吸い込み『龍族が警戒していると言ったのに』とやや怒った。
「イーアン。聞いて下さい。あなた方、龍が破壊するのと・・・妖精が消すのでは意味が違います。存在意義が違うから」
「だとしても」
「聞いて」
我慢している女龍に、そっと、強く、フォラヴは喋らせるように頼み、触れられはしない相手に言い聞かせる。青草の戻った大地へ目を移し、『あれは私たちの力』と前置きした。分かってますよ、とぶっきら棒な返事が呟かれたが、フォラヴは首を横に一振りする。
「解っていらっしゃるなら、怒らないと思いますが。妖精の力が働くと、自然は戻されます。海はまた別ですけれど、森や地面は浄化されるのを何度も見ているでしょう」
「・・・そうですが」
「イーアンは龍です。あなた方は、存在の全てに渡り、消滅の判断と実行を許される。裏を返した見方をするなら、事情が何であれ、あなた方が力を振るうと『消す気で行動した』と受け取られても仕方ない」
妖精の透明な顔を見つめるイーアンは、じっと彼の言葉に耳を傾け、フォラヴは少し頷いて続ける。
「それは、龍が破壊と再生を司るからです。精霊相手に行うと、精霊が龍の意味を知らないわけもなく、間違いなく『破壊目的』と決定されるでしょうね。例えそんな事情ではないにせよ、利用できることでもあります。ですが、妖精は違います」
「妖精が破壊しても、存在意義が違えば言い返せますか?『原初の悪』相手、言い合いでも勝てるとフォラヴは思うのです?」
「言い合いなどしませんよ。妖精が預かった範囲と権利を実行したに過ぎないから、言い合いに至るまでもありません。
彼の祠から出る川を消したとしても、それは『大地の汚れと原因が取り除かれた』だけで、妖精の非ではありません。
それこそ、『事情があっても』ね。これも裏を返してみますと、『悪鬼と繋がる栄養を断ち切る行為』であれど、責められる謂れに含まれません」
黙っている不安そうな女龍に、透明な妖精は微笑み『大丈夫』としっかり頷き、また下へ視線を落とし、祠を指差した。
「ですので、これからは私が―――」




