3109. ナーブヤム VS サブパメントゥ『一枚』・ニダと妖精
サブパメントゥに気づいたナーブヤムは即、魔法で対抗―――
瞬く間に大海原から大樹が突き出て、青く透ける森が二人の進む道を包み上げる。
夜は島で眠るつもりだったが、胸騒ぎがしたナーブヤムは、ニダを寝かせて進んでいた。来たか!と追手に応じたものの、闇さえあれば入り込む種族が相手。どう通じるやら分からない。
せめて、昼なら。光の反射で海面下にも光を渡らせるが、夜はその技が使えない。島にいるより、水上は影は少ないと思っての移動だが。
契約した時は、光を取り込んで近寄せない術が功を奏した。そしてサブパメントゥも、攻撃ではなく用事だったことから、あれで済んだが・・・
撃退は出来なくとも、朝が来るまで手出し無用の環境を完全にすれば。
炎を使うことも出来ないではないが、リオラヌのように、至るところ・欲しいところに炎を出す魔法ではない。使えたとして大火でもなし、隙を突かれて馬鹿を見るより無難に追い払う方を選ぶ。
普通の人間であれば『闇の人』サブパメントゥに敵うわけがないが―――
「ウィハニの女が、世にも稀有な魔法と言ったんだ。そして私の魔力は枯渇しないことも教えた。師が私に偽ったとしても、ニダの使命を守るにふさわしい力が私にはある」
派手でもなく、一見して攻撃向きではない魔法であっても、それは使われたことが歴史上で非常に少ないから、知らない人間の思い込みでしかない。師ヴィボは『地面にいる限り、この魔法で制御できないことは一つもない』と豪語した。それを証明したのは、師が対決した種族の全滅・・・
「海だけどな。地面代わりを用意するだけだ」
ざわざわと、あるはずのない葉擦れが魔法使いとその子供を覆い隠す。薄く透ける太い枝が二人を乗せて樹上に移動させる間も、突如現れた海上の森は根を伸ばし続け、分厚い床を作り上げる。
移動した海面からの高さは、船の高い帆と同等(※トップゲルン参照)。下からそこそこ、距離を開けた気がするが・・・
眠るニダをしっかり腕に抱えた魔法使いは、闇夜へ顔を向ける。今日に限って、星一つなしとは。厚い雲に覆われた夜空は、周囲に島もないため広がる風景を黒く染め、ナーブヤムの魔法がやんわりと光を放つ程度だった。
「光に全く抵抗がない、というわけではなさそうなんだよな。薄曇りくらいだと出てくる話もある」
ヨライデに住み続けて聞いた『闇の人』は、日中でも雨や曇天に姿を現す噂はあり、月夜でも影を渡って移動する・月光に照らされるなどの表現も。
ナーブヤムが初めて会った相手も、松明の明かりに嫌がった感じで、逃げはしなかった。
それで光を反射させる術を使って交渉に持ち込んだのだが。
静かに吐息を漏らし、早まる鼓動に落ち着くよう心で言う。心の声も読まれるので、気をつけねば。胸の道具入れに『光の石』も付けているが、これで追い払えるのは追われていない場合だろう。過信は禁物。
「さて、どうくるか。光の要素は微々たるもの。私の魔法はサブパメントゥ除けでもない。だが、そんじょそこらの魔法とも違う」
相手を見極めるにもいい機会だと、我が子を守るナーブヤムは樹上から見渡す。気配は感じるが、今は海面のさざ波も消す密度で、根が張り巡らされている状態。これを掻い潜るか・・・
そう。掻い潜る―――
稀有な魔法と、ウィハニの女は言ったが。
サブパメントゥは人間が敵わない、とも言った。
様々な性質を備えるサブパメントゥの一人が撃退できても、次の一人を退かせるとは限らない。
逃亡したらしき魔法使いナーブヤムを追い、サブパメントゥは彼を見つけ出す。
―――呼び出されたサブパメントゥは、リオラヌに用事を聞いた後(※3103話参照)、ナーブヤムのいる所を見に行った。
すると、家は蛻の殻。そして周囲に、点々と龍の鱗があることから、ナーブヤムを取り返したかと勘違いした。龍に連れて行かれたなら追う気はなかったが・・・もう一つ気づいたのは、『残り声』。
強すぎるナーブヤムの思いが『残り声』で家に染みついて、残留思念を聴き取った。
途切れがちでも、感情が詰め込まれた凝縮の思いは、心を読む種族にすれば走り書きを読むよう。大方の見当をつけた時、サブパメントゥは移動する。
龍が関わったが、ナーブヤムを逃がしただけの可能性は高い。
ティヤーの海のどこにいるか。空を動く龍に連れられたなら、おいそれと探し出せないのは承知の上で、サブパメントゥは逃げた魔法使いを追った。
このサブパメントゥは、僧兵ロナチェワとニアバートゥテを連れる『一枚』。リオラヌを動かすサブパメントゥでもある。この日、ニアバートゥテは別件でいない。
『おいそれと探し出せない』にしても、思考を辿る。人間はティヤーに少なく、拾っていけば当たると考えた。魔法使いに執着するのではなく、龍に傾いたらしきそいつを捕まえておけば、使う機会があると気づいて。
コルステインたちに見つからないよう移動に気遣いながら、『一枚』は心の音を拾い始める。直接交わした約束の、わずかな印を手繰りながら。
印は、『約束する』と答えた声の染み。染みは『一枚』の布のような体に付き、思念を通すと微動して本体に反応し始める。
こんなものに頼ることは普段ないが、力を使わずして探す方法の一つ・・・ そして、魔法使いがいる方向を探り当てたサブパメントゥは、そちらへ進み、闇の海に広がるおかしな風景に、いるのを確定した―――
なんとも大がかり。大袈裟なその風景。これで俺を遠ざけたつもりかと、サブパメントゥは少し呆れた。
奇妙な技で海に森が現れているが、複雑に絡む根や枝は、影だらけ。つるりとした面で遮られるなら上がれないだろうが、織物の如く途切れることない細かな影は、小道が密集しているのと変わらない。
『待っているようだな。挨拶してくるか』
ふふっと笑ったサブパメントゥが大判の布のような姿を、しゅっと糸に変える。魔法の灯りも重なる影に遮られ、魔法自体は特に影響しない様子。折り重なる影に入り込んだ『一枚』の邪魔は何もなく、黒い糸はするすると根だらけの層を抜け、幹を伝い、幻の葉が生い茂る上に潜んだ、人間の足を掴んだ。
「あ!」
グッと掴まれた足首にナーブヤムが驚く。左足に貼りついた黒い影を見て、急いで呪文を唱える。足を置いていた枝がフワッと発光し、影が一瞬引いた。
とはいえ、発光量は控えめで連続もしない。まさか足を掴まれるとは!
急に来た相手に驚いている暇などなく、ナーブヤムはまず全体の密度を上げる魔法を使う。魔法を掛けると発光を伴うので、一時しのぎに光を増やし、すぐさま別の枝へ移る。別の木、次の木、次の枝。
子を抱えた腕が大きく揺れるので、ニダもさすがに目覚めて事態を察する。『お父さん』と怯えた顔に、ナーブヤムは『大丈夫』と一言かけるが、飛び移る足は止めない。
枝は魔法使いの急ぐ足をしっかり受け止め、森の樹上を走る男の移動を手伝う。一ヵ所に留まったらやられる・・・ ナーブヤムが次に使える手段を考えながら忙しく移動していると、突如、前方の木に黒が広がった。ハッとして止まると、頭の中にあの声が滑り込む。
『愚かなやつだ。お前が走る方に俺が来ないと思っている。魔法が通用すると思っている。広がる幻で俺を遮ると思っている。サブパメントゥに敵う人間はいない』
声はニダにも聞こえており、ぎゅっと父のクロークを握る。ナーブヤムは顎を引き、『どうかな』と強気で返した。その瞬間、自分の足場にも影が伸び、両足を包まれた。
ズッ、と引きずられ、ニダが目を閉じ、ナーブヤムの目が見開く。幾つもの目玉が散らばる黒い布。大小さまざまな目玉と目が合い、同時に呪文を呟くナーブヤムの唇。
呪文は、サブパメントゥの覆った下に広がる無数の葉を一斉に光らせ、張った布状の姿に反射する。びくっとしたサブパメントゥが引っ込み、影は足元から消えた。
『余裕は、考えているからだろ?』
逃げたと思いきや、次の不穏。つっ、と髪の毛でも抜かれるように、魔法使いは意識を取られる。急に体が動かなくなったナーブヤムは焦ったが、再び姿を現した黒い幕が、魔法使いの足を包んで一秒―――
バッと、粒状の光が側の枝から飛び散る。意識への攻撃に備えたナーブヤムが危険を感じ、条件反応した仕掛け魔法が輝く木の実を飛ばした。またも光で意表を突かれたサブパメントゥが、手を離さざる得ず・・・ そしてこの時、重なる。
ガラ・・・・・ 闇夜の雲に雷の音が揺れた。
その一瞬で、稲妻が海を割る。ガガン!と雲を壊し落ちた稲妻。魔法の森は外周を残して一発で消滅し、サブパメントゥもいなくなり、中心にいたナーブヤムとニダは。
「人間?人間ですね?」
話しかけられ、本能で唇が震える二人。雷に打たれたはずが何ともなく・・・ 眩い白い光に現れた、真っ白な鳥の翼を広げる透き通った人を凝視する。夜の空が透けるのに、ひたすら明るいその人は静かに尋ねた。
「悪い人たちではなさそう。今、サブパメントゥがいましたでしょう」
「あ。あな、たは」
雷の残光など忘れてしまう、温かな光とこの姿に目を奪われるナーブヤムは、この存在が敵ではないと感じる。ニダも驚き過ぎて声が出ないが怖くはなかった。
透き通る体は輪郭線が輝きに縁どられ、神々しく聖なる雰囲気を帯びる。その人が微笑んだ美しさ。救われた奇跡。一体、何が起きたのだろうと、目が点の二人に相手はクスッと笑った。
「私は、妖精です。落ち着いて下さい。あなた方は人間ですね?」
「人間です」
返答が覚束ないナーブヤム。あまりの美しさに目が離せず、ぼんやりと答える。妖精はそんな人間の反応をちょっと可笑しそうに、下へ視線を流す。
「緊張しないで。サブパメントゥに襲われていらした?」
「そう、です」
「よく似て・・・ご兄弟」
「あ、いえ。親子です。あの」
「お二人とも、ご無事ですか?」
静かな軽やかな声が、先ほどまでの緊張と戦いを拭い去ってしまう・・・柔らかな眩しさは、照らされているだけで癒される。不思議な心地良さと安心を受ける二人は、無事を聞かれてゆっくり頷いた。
妖精は少し笑みを深め、ニダはこんなに美しい顔を初めて見たと呟き、嬉しそうに笑った妖精の顔は、ニダの心まで明るく照らした。
「お怪我がなくて良かった。それで・・・この、不思議な幻の木はあなたの技でしょうか」
「はい、私は魔法使いで。その、助けて下さって有難うございました」
「・・・海の真ん中。子供さん連れの魔法使いが木を使って、サブパメントゥと戦っていた事情。伺ってもよろしい?」
妖精の質問は尤もではあるが、驚き続きで飽和するナーブヤムは、言われてハッとする。
普通に考えたら何の騒ぎかと思われて当然で、この聖なる存在に問われたなら・・・もしかして、ニダを守る力かもしれない!と思い、慌てて頷いた。
「失礼しました。妖精のあなたは・・・この子の旅路を守って下さる御方ですね?助けて頂き、本当にありがとうございました!実は」
父親のこの言葉に、妖精もニダもきょとんとする。ニダは『え?』と父を見上げて遮り、ナーブヤムは『だって、十二の司りの一人じゃないのか?イーアンと同じような立場の』と早口で確認。ここで妖精が空色の瞳を父親に向けた。
「龍の、イーアン?」
お読みいただき有難うございます。
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