3108. 夜 ~馬車へ報告『鉈』の制限・死霊と刺青女の物語
※不器用な歩み寄りの話が殆どで、緊張感が薄い回です~
夕方に戻ったイーアンは、まず皆にイソロピアモの死から報告した。
悪鬼溜まりについては、シャンガマックと同様に手が出せず、教えてもらった三ヵ所の対処をしたが、現状どうにも出来ない。また見つけて消してを繰り返すだけになりそうである。それもシャンガマックたちは頷く。
イーアンが死霊経由で知った新たな情報は、皆の想像をまた掻き立て、イソロピアモの次が現れる予想に話は移った。
この間、イーアンはレムネアクとドルドレンを端へ連れて行き、『鉈』の使用について懸念を伝え・・・皆の意見は挟まないよう、自分が率直に感じる『安全な使い方』を頼んだ。
レムネアクは、イーアンに従う。欲がない男なので、『死霊をまとめる存在すら平伏す鉈』と聞いても、使ってみたいとは思わないし、その行為が人間の存続に影を投げるとまで言われたら、自発的に制限を考える。
ドルドレンも、イーアンがレムネアクと自分にだけ話した理由を理解した。
皆も慎重ではあるが、それぞれ思うところの意見が飛び交っては、聞く側のレムネアクに迷う要素が含まれていないとも限らない。
それを危惧し、イーアンは余計な意見を入れず、『聖なる道具を正しく・誤用しない』ことを強調した。
レムネアクは大きな存在に楯突かない性格で、ドルドレンも尊重する方を選ぶ。レムネアクは鉈の所持者であり、ドルドレンは指示と許可を下す立場。この二人が解っていたら良いことだった。
*****
同じ頃、サブパメントゥと人間の『黒い剣』探しを、横目で見送った死霊の長は、小脇に抱えた女を見て、早く休ませることにと決めた。
『暇そう』――― 女龍の呟きに引っ掛かる。
「もう、今日は終わりですか」
デオプソロが、ふと顔を上げる。勘が良いだけで読心術が使えるでもないくせに、的中率が高いのもうんざりする。じろっと見下ろすと目を逸らしたので、『話がある』と短く答えた。
また顔を上げたデオプソロに溜息一つ渡して、寝床にしている遺跡へ到着。デオプソロは振り向いて、すぐに質問した。
「話ですか?」
『お前が離れる未来だ』
冷たく聞こえた死霊の言葉に、デオプソロの目が見開かれ、死霊の長もまた・・・自分が言い出そうとする内容に、実のところ、少々面食らいつつ。
火を焚く台に近寄り、死霊は手をかざして大きな火を出す。それがいつもより丈が高い炎で、デオプソロは不安になり、同時に覚悟をなぞった。
私はいつ命を取られても良い覚悟でいた。このお方の気が変わったり事情があれば、今でも・・・ そう自分に言い聞かせた時、おい、と声を掛けられる。下げていた視線を向けると、筋肉剥き出しの顔がこちらを見ていた。
「失礼しました。はい、話を伺います」
『緊張しているか』
「そうかもしれません。ですが、あなたの手に私の命はありますから、今がその時であっても」
『決めつけるな』
え、と返した声は驚いて聞こえたのか。死霊は、呆れたよう眉間を開く。どうして何も話していない内に勝手に決めるんだとぼやかれ、デオプソロは戸惑った。
「申し訳ありません。てっきり」
『これから話す。黙って聞け』
大きな体は、炎とデオプソロの間に立つが、炎の明るさは遮られず、また死霊の長の足元に影は伸びず。鮮やかな明るさと熱の届き方に、彼は人と全く異なると分かっていても、デオプソロは不思議な感じがいつもする。
不機嫌そうな眼差しに当てられながら、デオプソロは彼のクロークが炎に触れても燃えない様子をチラチラ見つつ、黙れと言われたので・・・小さく頷いた。
ちょっと話すだけでこれだ――― 面倒臭い女め。
死霊が振り回されている気がして、毎度のようにうんざりする。ただ、うんざりしているのは事実でも。
『デオプソロ、俺の情でお前はここにいる。仮に、この先もお前が生きているとして、世界を去る日が来たとする。その時、俺と離れるだろう』
「・・・そ、それは。死ではなく?と仰っていますか?」
『生きているとして、と言った。命がある状態で、別の世界へ強制送還だ』
突飛な話にぽかんとするデオプソロが、素の反応と見て、死霊の長は少し鼻で笑った。
慌てた女は目を逸らして『分かりました』と穴埋めの返答をよこしたが、全く理解が追い付いていないのも伝わる。
『分かったのか?本当に』
「問題ありません。あなたと離れ、強制的に別の世界へ・・・ちょっと考えますけれど。別の世界を知らないわけではありませんので」
ん?となるのは、今度は死霊の長。知らないわけではない?オウム返しに尋ねると、デオプソロは焦り頷いて『何度か』と経験を教えた。それは、黒い剣で入る別世界であり、野原が続き穏やかな場所だったそうで・・・
『そことは限らないぞ』
「はい、何もそうとは思っていません。信じられないということはないと、お伝えしています」
『・・・・・座れ』
はい、と素直に寝台に腰かける女を見つめ、死霊の長は炎から離れる。デオプソロの前で止まり、仰向く顔の戸惑いに、言うか言わぬか迷った言葉が滑り出た。
『嫌なら。死んで残る手もある』
「し、死んだら。ええ、死ねば終わりますからね」
『そうじゃない』
ぐっと片手で顔を拭った死霊。人間が言い難そうにする雰囲気と重ねたデオプソロ。
どういう意味で言ったのか、何を言いたいのか、まるで察することが出来なくて、怒らせないように緊張しながら、小声で『詳しく教えて下さい』と頼んだ。
死霊は片手を顔にあてたまま、指の隙間でデオプソロを見る。
落ち窪んだ眼窩に動く、眼球。じっと見ても、以前のような怖さはもう感じないデオプソロは、彼が言い難い理由はもしやと過り、すぐに、とんでもないことを考えてしまった気がした。でも、あながち遠くはないと知る。
少し息を吐いた死霊は、手を降ろして視線を彷徨わせ、全く違う方へ顔を背けると、言葉を選ぶ気も失せたか、直接伝えた。
『死んだ後。残る、だろう?その後もお前といてやって・・・かまわないと言ったつもりだ』
*****
あながち遠くはなかった。けれど。その不器用な言い方と、立場上(※死霊)のため。
残念なことに、デオプソロには足りない言葉だらけの不十分な告白であり、『行きたくないなら死んで、魂を管理する』と捉えた。死霊にしろ、魂にしろ、デオプソロには似たようなもので、雰囲気や役目が違うくらいの認識。
死ぬ=魂、もしくは死霊呼びの解釈しかないヨライデ人にとって、言い直されたとしても似たような雰囲気を帯びる言葉は、真っ向から放たれても・・・判別しにくい。
これは、デオプソロのせいではない。でも死霊の長には、女の薄い反応が気に障った。せっかく、一緒で良いと言ってやったものを。と思いきや、頭を下げられる。
「有難うございます。私の魂がどのようにお役に立てるか、そのようなご提案を頂き、精いっぱい役立とうと思います。今は生身の身体から出る言葉ですが、死してあなたのためになるよう、今から意識して努めます」
微妙な返事で・・・死霊の長は、少々違う気がした(※正)。
男慣れしていない女だし、こう、仕事のような挨拶も理解しないではないが。死んだら直結で、魂に変換すると思い込んでいる。
詳しく説明したことはなかったか・・・ デオプソロの従者的解釈に、これまでの期間を振り返る死霊の長。
そういうつもりで言ったわけではなかった。これをどう説明して良いか悩む。
片や、下げた頭を戻し、じーっと見ている死霊に目を合わせ、少し微笑んでから視線を外したデオプソロとしては。
『他へ行かずに良い計らいを提案してくれた』と受け取り、死霊なりの気遣い(※一度は死ぬ経路要)に感謝する。少しの期間を共に過ごした影響は、新鮮な驚きと純粋な感謝の展開を生んだ。
相容れない部分は互いに仕方ないことだけど、情で近づいた不思議な関係。
今後も構わないと伝えてくれた気持ちに感謝して、提案を受けようと思えた。それが死を跨がなければいけなくても、この世界に骨を埋め・・・ なんて考えていたら、不意に沈黙は終わる。
『死ぬのは抵抗ないんだな』
はい?と顔を上げる。意識を引き戻されて、何のことかと目で問うと、死霊は溜息を一つ吐いた。また呆れられているような態度に、デオプソロは質問の意味を考える。
「死ぬことに抵抗・・・無いわけではありませんが。肉体の終わりの続き、あなたによって留まることに抵抗はありません。知らない相手ではないし」
また見当はずれなことを言っているので、死霊の長は改めて言い直すことにした。
『お前が人間である以上、違う世界へ飛ばされる可能性がある。ふたを開ければそうした話だ。戻れる確率は不明。嫌ならここで死を迎え、俺が留めてやると言ったんだ』
「人間だから。違う世界へ行く?嫌であれば、死んであなたの保護の内に留まる」
『そうだ。この先も俺が・・・今と大して変わらん。俺が保護するんだ』
死んでしまえば人間でなくなる。だから、世界から外されない。さっきから同じことを伝えているが、事情や前置きが加わると印象も変わる。
『生きている体で→違う世界へ強制的に移行。嫌なら死んで残る手を使う』。話の出だしはこうだったが。
『人間であるがため→違う世界へ強制的に移行。嫌なら人間の状態をやめて、留めてくれる』と聞けば、似て非なるかな。
最初は、自己選択に焦点が当たったが、換言したら死霊の思い遣りが浮き彫りになった。
どちらであっても死霊の長は『死んだ後、引き取ってやる』と伝えていたのだが、デオプソロに響いたのは言い換えた方で、思い遣りの厚みに気づき、暫し言葉が消えた。
ぽかんとした顔は、最初の反応と同じに見えるので、死霊の長は『またこいつ』と思ったのだが、それは撤回。デオプソロは数秒見つめてから、口を開きかけて止め、また言おうとして黙った。
『どうなんだ。すぐ答えられないのか』
「あの。いいえ。わた、私が人間だから気にして下さって?」
『他にどう聞こえるんだ』
「あなたの情だと、思っています。ええ、それは。勘違いもしておりませんし確かに。ただ、人間の私を思って手段を教え、死を介して留め、保護しようと考えて下さるのは」
『死なずに留める方法があれば、そうしてやるつもりだ。ただ、いつ強制収集されるか誰も知らない。お前が消える手前、間に合えば魂を取る。もう蘇ることはないが、魂を返さずにお前を側においても構わ・・・ない・・・と』
ここまで話して、死霊の長は言葉を切った。途中で座っていた腰を上げたデオプソロが前に進み、自分の両腕に手を置いたから。
「魂を返さず、の意味ですが。留めて下さった後も側にいられるなら、そうして下さい。それは、私も死霊として、あなたと同じ状態にあるのですか」
頷いた死霊の長に、デオプソロはニコッと笑う。不利から引き留めるだけでなく、一緒に過ごそうとする気持ちが分かった。死霊と魂の違いがさほど理解できていなかったのも、この後、教えてもらえた。
魂を抱えて逃れられない霊は、死霊。魂を返すべき場所へ戻したら、死霊は終わること。
死霊の長は、この世界の死霊を管理する、魂を抱えたままの存在なのだろう。そして、私もそうなるのを―― 魂の束縛状態を選ぶか?と聞かれていたのだ。
束縛は歪みや未練を積もらせそう。死霊とはいつもそうした印象だった。でも。
「あなたの側に、いさせてほしいです」
『いいだろう』
「すぐに魂になる場合、その人は幸せなのでしょうか」
『気になるか?どうとも言えん。生前と断ち切れる分、楽だろうが。完璧な幸せなど、魂の全てが得る条件なら、生まれ変わることも不要なはずだ。生まれ変わりで引き継ぐのは、魂に染みこんで取れなかった面倒。魂になった時点で幸せなど、言い切れる気がしないがな』
こんな話を聞いたのは初めてで・・・ デオプソロは学ぶと同時に、惹かれる。
「では。私も魂で幸せになる期待はせず、死霊であなたと過ごす幸せを探します」
『ん?俺と過ごす幸せ?どう飛躍するとそうなるんだ』
デオプソロは笑い、死霊の長はついて行けずに首を傾げる。幸せかどうかじゃなく、一緒にいてやってもいいだけの話だったはずが。女は、妄想が横に広がる・・・
だが、一緒にいてやろうと思った自分も、少しは。少しは・・・こいつの妄想と似たものを含んだ気がした。
本人たちに大きな自覚なく、心が近寄った夜。
サブパメントゥの一人がティヤーへ向かい、夜の真っ暗な海に大樹の森が現れる。そして、海面に根を張り巡らせる大樹の影を縫い、闇の手が人の足に触れる時。
ガラ・・・ 空に重い雷が動いた―――
お読みいただき有難うございます。




