3101. 夕食時の報告・妖精の国 ~①紡がれる接点、援軍
☆前回までの流れ
ナーブヤムとニダを引き合わせたイーアンは、すぐさま親子を他から引き離し、二人で出発させました。ナーブヤムの登場により、一時的な親代わり、その立場を失ったオーリンと話し合い、オーリンは馬車へ戻ります。
今回は、夕方の馬車から始まります。そして、久しいあの人の状況も。
そうして、イーアンとオーリンは日が暮れた頃に馬車へ戻り、夕食時に『ニダと魔法使い』の一部始終を報告した。魔導士へは夕食後に伝えることにする。
シャンガマックは獅子と一緒に偵察へ出ていた。北部が近いから状況を見るらしく、彼には明日『魔法使い一人脱落』を話す。
そう―― ナーブヤムがヨライデを出たということは、魔法使いの敵・『鉈』を狙う者が一人減ったわけで、これに関しては確実に大丈夫。
そこを重視した報告だったのだが、イーアンが思っていた通りというか、魔法使いの敵云々よりも。
「(ド)涙が止まらない」
報告の前半から涙する総長は、目元に当てた布から手が離せず、バロタータがぴったり寄り添う(※温める)。ドルドレンはこうした話に弱いので、とりあえず泣かせておいて。
他の仲間も、似たり寄ったりの反応で、ミレイオが目尻を拭う。隣に座るシュンディーンは、そこまで感情移入なし。
「(ミ)ちょっと泣けるわ。でもあれよ、レムネアクの大怪我は別だけど」
「(レ)私はまぁ、イーアンのおかげで回復しましたので」
「(ロ)なんか、非情な敵と思っていただけに、意外だ。ニダは我慢しちゃうところあるけど、大丈夫かな」
「(イ)それは平気でしょう。ナーブヤムは子供に我慢させないと思います・・・よ。あの態度見た後だから、そうとしか」
「(タ)だとしても、言うべきことは言ってるんだろ?」
「(ル)ニダは25年前に別れた時、既に3~4歳とあれば、ロゼールと同じくらいの年齢なんですね」
タンクラッドとルオロフが、全然別の意見を重ね、お互いを見てちょっと笑う。どうぞ、とルオロフが譲り、親方は『ナーブヤムは親として注意していそうだ、ってだけだ』と終わらせた。
「まぁな。ようやく会えた子供のワガママ、一つ二つは聞くと思うが、世界が掛かってるとなれば、遅れは推奨しないもんだ。その辺はナーブヤムが舵を取るところか」
付け足した言葉で、オーリンがこちらを見たので(※遅れ推奨を嫌味に捉えた)タンクラッドは、ルオロフに話を譲る。
「年齢は分からないな」
「ええ・・・ニダは20代前半と思っていました。私より若いかなと」
「ふーむ。その、言えないが。特徴がそうした外見にさせているかもしれん」
特徴。ニダの性別がないことが、年齢も見かけも不確かに繕う。この話題は繊細なので、ルオロフは咳払いして頷き『そうですね』とここで切り替える。
「とにかく、伝道の旅がずっと早く進むのは、世界が求めた流れだったと思えますね。ニダの努力が実を結んで・・・ 人々がまたこの大地に戻る可能性が、高まったのかな」
ニダが背負った、十二の精霊との約束は、人々への伝言。
もし、残った人たちがニダから聞いた『精霊の心』を礎に生きるようになれば、戻ってくる人たちに彼らから広がる。
人が戻る傾向は見えず、これといった動きもないけれど。
ナーブヤムという移動手段を導かれたニダの話は、その可能性の灯を増やす。
人間が戻ってくる兆しが一つ増えた、とドルドレンが思う。
ニダの伝道の旅の終結点が、世界の時間に間に合うかどうかが境目、とタンクラッドは考える。
そして、これとは関係ないが、タンクラッドには心配がまだある。
人間が戻るなら。戻らないなら。とにかく人間の状態に左右されるその時、トゥは。あいつはどうなるのか。
同じ時間、コルステインは『残党』の悪足掻きに心が疲れて、友達になった黒いダルナを回想していたし・・・
仲間と離れていたシャンガマックは、偶然にも白灰のフェルルフィヨバルを思い出していた。血の精霊の祠が、動いているのを見つけて。
そして、全く誰も、繋げようがない遠い遠い線から、絡まった導きが引き起こす偶然の―――
*****
「あなたは、ダルナ」
「・・・お前は妖精か?精霊、じゃないな」
銀色の光に包まれて、真っ暗な闇の世界に翼を広げた大きなダルナは、周囲の気配をザッと感じ取り、向かいに浮かぶ透明な相手に尋ねたが、それは答えを求めていなかった。
ダルナは後ろを振り向き、背後に広がる空間のねじれへ声を掛ける。
「イーアンたちの世界じゃなさそうだ」
「どこだ、ここは」
「あれ?こいつ、イーアンの仲間にいたやつか?」
「おお・・・随分と荒んだ世界に出たもんだ。これが『用事』?」
先頭に現れた、大きな青紫のダルナに続き、ぞろぞろと色とりどりのダルナが、新しい場所へ入り込む。凝視する妖精―― フォラヴは、何が何だか。
荒廃した妖精の世界に、なぜダルナが。妖精の女王が呼んだのか。援軍に、『異界の精霊』が来て問題ないのだろうか。
侵攻される妖精の世界を、魔族から守るために、ひたすら戦い続けたフォラヴは、この奇妙な展開に保っていた精神が動転しそう。
―――妖精の女王は、手出し無用の戦い。
兄弟のセンを取り返し、魔族を殲滅させる時が来て、フォラヴと多くの妖精が魔族の世界へ踏み込んだ後、境界線が壊れ、魔族の侵入も広がってしまった今。
仲間の妖精が、一人減り二人減り、森が荒らされ、土が腐敗し、風に死の臭いが詰まり、気づけば空すら夜が明けない闇に変わり果てていた。
あまりにも魔族が蔓延り過ぎて、妖精の世界を包む気が澱んでしまうまでに。
『世界の変わり目が来る前に、魔族との因縁を終わらせ、妖精の世界に長しえの安寧を』と、女王が伝えたあの日以降・・・ 希望は削れていく一方で、兄弟のセンを取り戻すどころか、妖精を食いものに増える魔族を抑える危機に陥った―――
「妖精。お前は」
「私は、フォラヴです。あなたは、イング」
「ああ・・・そうだったな。フォラヴ、思い出した。ここは?」
「私たちの世界です。なぜダルナが、こんなに大勢、こちらへ入っているのですか?ここは危険で」
「ん?危険・・・ 」
ちらっと、暗く汚れ切った大地を見たダルナは、フンと鼻で笑う。飽きるほど壊滅を見て来たダルナにすれば、この程度。
その笑い方に、必死のフォラヴが咎めようと口を開けた時、ダルナの群れの一番最後にいた、銀色の双頭が宙に浮かんだ。
「イング、どこから手をつけるんだ」
「トゥ」
長い二本の首を揺らしたトゥが、下方の妖精一人を見下ろす。その清らかで尊い姿は、終わりかけている世界に儚く残る小さな蝶々のよう。
「精霊が俺たちをここへ導いた。出口で、用事を片付けろと」
「出口?用事?」
降って来た声を繰り返すフォラヴだが、彼に答えるよりもダルナたちは動き出す。え、ちょっと待って、と慌てる妖精など見向きもせず、空に浮上したトゥに倣い、ダルナは翼をバサバサ広げて黒い空へ上がっていく。
「待って下さい!何をする気です。妖精の」
「言っただろう、精霊が『出た場所の面倒を片付けろ』って、俺たちを檻から解放したんだ」
サッと遮った黒いガラスのような翼。振り返ったフォラヴに、黒いスヴァウティヤッシュが顔を寄せ『お疲れだろ?』と冗談めかした。唖然として、息切れするフォラヴを少し笑い、ほらよと手を差し出す。
「な。何を」
「乗れ。お前が何をしてほしいか、何をしてほしくないか、ダルナに教えろ。ここを一気に焼け野原で消毒しかねない奴が、先頭切ってるんだ」
ギョッとしたフォラヴの目が見開き、あっち、と指差された方にトゥ。瞬きする巨大な目をつける翼が広がり、トゥの二つの口が、カーッと白熱・・・
「待って下さい!待って、待って、トゥ!ダメです!仲間がいます!」
慌てて叫んだフォラヴが飛び、彼より早いスヴァウティヤッシュが片手にパンと妖精を掴む。トゥはこちらを見て、スヴァウティヤッシュが『妖精も燃やすとまずいぞ』と、他人事のように止める。
「面倒だな。判別条件を言え。下手をして責められてもかなわん」
「あ、あの・・・ あ。本当に?本当に、あなた方が私たちの援軍に」
「援軍かどうかは知らないが、用事ではある」
イングの正確な答えに戸惑うも、ここでダルナと喋っているのは・・・悲しいが、フォラヴ一人。生き残っている妖精で、戦いに応じた者は方々へ散っている。戦う魔法を持たない妖精たちは銀の城に集まっており、フォラヴが決定するよりない。
「私たちは・・・ イング、まず聞いて下さい。魔族という宿敵を、全滅させないといけません。でも捕らわれの、私の兄弟が。彼を助け出さねばならず、まだ近寄ってもいないのです。
魔族は妖精に寄生し、浸食し、魔族に変えてしまう。触れるどころか、飛ばされる種を受けたら、妖精は魔族になってしまいます。種を受けなければ、魔族を倒すことは出来ても」
一気に話して、自分を取り巻き、じっと見ているダルナたちを見回す。
「私は、イーアンたちの旅に帰ります。でもその前に、自分の世界を守らねばいけません。私よりも強い力を持つセンダラは、イーアンたちの側にいます。そして、妖精を司る大いなる御方、妖精の女王は、魔族との戦いに参加してはならない決まりが」
「事情は分かった。それで?魔族の種がついた妖精は、二度と元に戻れないのか?埋め込まれた以上は、殺すよりないのか」
ざっくりと話を変えるイング。何を殺して何を片付けたらいいのかを、フォラヴに尋ねた。
フォラヴは大きく息を吸い込み、助かる確率もあるが、方法は一貫していないため、間に合わなければ殺すよりないと・・・ 苦し気に答える。
「私も、種がついたことがありました。黒く醜く体のあちこちが種を含んで盛り上がり、狙う相手に種を飛ばす肉体に変わってしまうのです。でも、イーアンたちの世界にいた時のことで」
例外だった一件かもしれない。龍の口に入れてもらったため、進行がとまったこと。治癒場で治ったことなど、併せて話した。ダルナたちは、透明の妖精を見下ろし、しばし目を見交わす。
ここにはダルナのみ。異界の精霊でも他の種族はいない。ダルナのみが送り込まれて、妖精の世界の問題を片付けたら『合格』なのか・・・ 結果の展開は定かではないが、悪くはならない予定。
「ふーん。俺が思うにさ。手っ取り早いのは」
スヴァウティヤッシュが、青紫のダルナを見る。それから、いつでも燃やせる準備の物騒な二つ首に『ちょっと引っ込めとけ』と大声で言い、フォラヴの空色の瞳に視線を戻した。
「異界の精霊の力が、効けば、の話だけど」
「はい」
「まず確認だ。お前の仲間の妖精で、魔族にやられている最中のがいる、って言いたいんだよな?」
「今も、多分。皆で手分けしているので、無事は判りません」
「うん。じゃ、それがまず一つ。で、魔族は全滅希望?」
「その通りです。魔族をこの世から消し去るのです」
「それから?お前の弟だか兄貴だかを、救出しないとダメなんだろ?」
「はい。もしも手遅れなら仕方ないですが、安否もまだ」
「だそうだ、イング。あんたは、再生してくれ。俺は止める」
―――? フォラヴは、疲れた意識ですぐに理解できない。今、なんて?
青紫のダルナが長い首をゆらっと動かし、『調べる』とトゥに目を合わせ、左右にいるダルナたちにも、視線で促す。イングの視線を受け止めたダルナは、それぞれ違う方へ頭を向けて『あっちだ』『こっちはどうも無理か』『まだ大丈夫だな』と口々に囁き始めた。
その言葉全てが、フォラヴを緊張させる。もう無理・・・誰かが犠牲にと思った矢先、スヴァウティヤッシュがブルッと体を震わせて、黒ずんだ空を見上げた。
「止めたぞ。間に合う妖精は助け出せ。再生だ」
「妖精を集めたら、魔族ごと全て焼き払え。トゥ」
「魔族の世界の区切りはあれだ。あれも壊すか」
「終わったら、再現だな」
ぽかんとしたフォラヴには、何のことか。彼ら同士で理解し合う会話は、全てが不穏で全てが想像外。まさか、まさか。魔族を彼らが倒すのか。それでいいのだろうか、本当に・・・ これは妖精と魔族以外が関われないはず。どうして、一体。
もしかして、ダルナたちを騙す何者かが、妖精の非になる展開を目論んでいはしないか。ダルナたちも、それを知らずに来ていたら?
フォラヴの焦燥は、イングに届く。他のダルナも彼をちらりと見たが、イングが妖精に告げる。
「これで三回目だが、疲れ切っているお前に考慮して、もう一度言う。お前たちの世界の事情があるにせよ、精霊が俺たちを送り込んだ。用事も言いつけられている。その精霊は、お前が危ぶむような『位』にいないと思うが。
お前の話だと『ケリをつけたら、イーアンたちの旅に戻る』わけだ。お前を呼び戻すために、精霊が関与を任せたと思え」
ダルナたちもまた、イーアンのいる世界に戻る可能性あり。
そうはいかなくても、タダ働きが精霊によるなら、記憶に新しい『貢献』と同じ。こなしておけば、自由までの距離が稼げる。
そして、唖然とするフォラブに、もう聞き返すことはなく。
ダルナは加勢、妖精の世界に跋扈する侵入者を、駆逐し始める―――
お読みいただき有難うございます。




