3102. 妖精の国 ~②巻き返し・囚われの兄弟『セン』・完了
※6300文字あります。お時間のある時にでも。
スヴァウティヤッシュが、全ての魔族の意識を、一度に掌握した後。
時間を止められたように魔族が固まった隙、方々へ散った妖精の仲間を探し出し、手遅れ以外は魔族の種から救助して、一人残らず、表にいた妖精を集めた。
手遅れは勿論いた。それはダルナの目から見ても明らかだったし、フォラヴが確認に呼ばれても『無理』と判断された。
スヴァウティヤッシュではないダルナも思考を読み、些細な声を拾うが、種が進行した体の妖精は、意識も保っておらず、消滅へ導かれる。辛くても、生かしておくことは出来ない。
ダルナが来たことを、誰に伝えることもなく―――
巻き返しに挑んだ異界の精霊、その援軍の力に任せる形で・・・ 手出し無用とばかりに猛進する彼らの能力を前に、フォラヴの胸中は戸惑いや不安が止まないものの、目的の場面へ刻一刻と近づくのを止める気はない。
形勢逆転の速度たるや。異界の精霊の本領発揮に言葉もなく、ただただ驚いて見送った数時間。
たった数時間で、長引いた戦いも、犠牲も、因縁の決着も秒読み。あれよあれよと魔族が倒れ、犠牲になった妖精も消し、救出可能な妖精は救い出した。
銀の城は女王がいる場所だが、フォラヴが戻ってから女王はここを離れた。
戦う力を持たない妖精はこちらに集っており、癒しと保護を中心に、傷を負った仲間の戻りを迎えては、治癒して戦場へ送り返していた。受け取る悪化の報告から最悪の顛末も考えねばならず、最悪時の準備も少しずつ始めていたのだが。
助け出した妖精たちを、フォラヴとダルナは城に送り届ける。
その際に、ダルナの気配もその姿も知られたし、他の妖精もフォラヴ同様の驚きと戸惑いを露にしたが、理由でもあるのか、フォラヴより早く『意外な展開』を彼らは受け入れて、ダルナを否定することはなかった。
多くを喋らなかった城の者たちは、保護された妖精を引き取ると、フォラヴに激励と感謝を伝えて送り出した。
自分を送り出した輪の中に、ピュディリタの顔を見て、フォラヴは彼女が未来を知っているように感じた。
種が無数にまき散らされた危険な土と森は焼き払われ、城と堀以外が焼け野原。
フォラヴにとって、非常に過酷で苦しい風景だったが、ダルナはこれが『中間過程の目途』らしく、前半完了と誰かが冗談めかした。
湖も川も泉も消え、森も林も、妖精たちが住む家も全て燃え失せた後・・・ 残るは、黒い粒。
煙を上げる焼けた大地に、尚も染みの如く付く黒ずみは、魔族の種だった。ダルナの業火でも焼き切れないようであれ、ダルナたちに困った素振りはない。
フォラヴから『写しの壁の欠片(※1282・1283話参照)』『妖精の血で閉ざす条件(※1353話参照)』を聞いて、黄褐色のダルナがこう言った。
「悲しみは、壁の内側に在る。種は在るべき場へ返し、有るべきでは無いものを引き取れば、悲しみは終わる。全ては壁の内に悲しみが生れたが為。籠を持ち戻る手は、籠の鳥を渡した手ではいけない。同じ息をする者でなければならず、鳥と共に壁を抜け、籠と共に壁を壊す」
『悲しみのダルナ』と呼ばれるダルナが伝え、フォラヴは彼が何か知っているのかと錯覚したが、悲しみを嗅ぎつけるダルナの言葉は予言で、何も知らない。
だが、彼の言葉を具体的に理解する他のダルナは、解決策を引っ張り出した。
種を一つ残らず集め、それを携えて境界の崩れた魔族の世界へ入り、種を置いてフォラヴの求める兄弟を救い出し、閉じ込められていた場所諸共『写しの壁』を壊すことで、問題は解決する・・・と。
「籠は大方、覆いのことだろう。お前の話した壁の欠片。鳥は紛うことなきお前の兄弟、だろ?渡した手は・・・ ま、あとで分かることだ」
根拠は、彼らの特殊な力。少し先を見、少し遠くの未来を知る力は、その方法で良いと見越し、実行に移された。
「フォラヴ。お前の役目だ」
「はい」
ダルナは透明の妖精を囮に、まき散らされた黒い種を回収に掛かる。種は妖精に反応し、その体を蝕もうと動き出す。
フォラヴにしたら気持ち悪く嫌悪でしかないが、ダルナは『囮にするだけで危険はない』と保障した。
それは正しく、フォラヴと地面を遮る大笊に似たダルナの魔法があり、吸い付く種は、妖精の身体に届かない。なぜ、ダルナの魔法があっても種が動くかは、フォラヴに分からなかった。
ただ、吸いつく黒い粒の動きは、執念も思わせた・・・
魔族は死を予測すると種を体に増やし、飛び散らして終わる。飛び散った種は、妖精や人間に付着することで、寄生相手を魔族に変化させるため、フォラヴに反応するそれらは、何が何でも無駄死にしない執念の塊のよう。
残った妖精一匹に、群がる因縁の衆。
変わり果てた魔族の姿『種』は、地面すれすれのフォラヴと大笊めがけて飛び上がり、繰り返す内に。大笊の底は黒い粒びっしり・・・ 異様な見た目で妖精の国を巡る。広い国だが、ダルナと一緒なら時間も広さも、さして面倒はない。
黒く垂れ下がる、逆さの円錐を連れ回し、大笊とフォラヴを回収道具に、ダルナの群れは国の隅々まで行って、魔族の種を集め切る。
数時間は掛けたが、数時間で済んだのは、遮るものがないからであり、ダルナが種のある所を確実に押さえるのと、距離を短縮する技で成せた。
こんな形で終結へ向かうなど、妖精の国の誰が想像したか。
フォラヴはダルナという強力な味方を得て、一人で魔族の国へ行くのだ。ダルナが来て一気に方が付いた事実に、未だ不安は拭えないにしても、物事は何に阻まれるでもなく進む。
動く魔族は、一体もなく。あるのは、種だけだった。
焼き尽くされた国は、遠くに輝く銀色の城を除き、不毛の地。
煙と熱を帯びる地面から熱気が立ち、暗い空は黄ばんだ灰色の煙が高い位置まで覆う。
踏み込んだ時に壊れた、あちらとこちらの境界線は歪なまま、次元をうねらせた壁一枚で空間を遮っており、それは不安定で震えている。
もう、向こうから魔族が来る様子はない。本当に魔族を全滅させたのかもしれないと、半信半疑でも期待を持つ。自分の足元に広がる大きな笊・・・その真裏は黒く犇めく魔族の種でぎっしり。ここに、倒した全ての魔族がいるのだ。
ダルナの魔法を越えられないため、笊越しに蠢く大量の黒い粒が何もできないにしても、透けて見えるこの光景への気持ち悪さは止まなかった。きっと、死ぬまで忘れられない。
「入るぞ。フォラヴ」
「・・・覚悟は大丈夫です」
上を飛ぶのは見たことのないダルナで、横にはイングが、後方にトゥ、少し前にはスヴァウティヤッシュ、そして多くのダルナが妖精の自分と共に、歪みの空間、その切れ目を抜ける。
抜けた途端、大笊の下に付着していた種がバラバラと落ち、フォラヴは『あ!』と声を上げた。だがダルナは想定内のようで、これを合図に全体が加速する。翼は遮る森の木々を切り裂き、立ち並ぶ木も砕き折って、何が遮ろうが関係なく、ダルナたちは森を破壊しながら飛ぶ。
驚くフォラヴは大笊の上にいるのだが、これも魔法。消えることなくフォラヴを乗せたまま、ダルナたちの腹の下を飛び続けて・・・ 目まぐるしい勢いの最中、どこからか悲鳴に似た甲高い音が響いた。
ぐらっと旋回した足元。ハッとしたフォラヴは、方向を変えたダルナたちの前方に目を見開いた。森は広大で出ていないが、急に地割れ跡が下方に広がり、巨大な地割れの谷へダルナは突っ込んでゆく。
何処へ?とも聞けない。ダルナがなぜ知っているのか、誰もが行くべき目的地をしっかりと理解して、深く裂ける谷を急降下で駆け降りる。ふっと笊が消えて焦ったのも束の間。妖精の身体を鷲掴みした白灰のダルナと目が合った。
「あなたは」
「フェルルフィヨバル。シャンガマックの友」
「私も、彼の友達です」
落下に近い速度で、底知れない闇へ落ちて行くのに。友の名を聞いてフォラヴは、急いでそう言った。まるで臨終の時を覚悟する遺言のように。白灰のダルナは片手に掴んだ妖精に『覚えておく』とだけ答え、下を見た。フォラヴも闇の底を振り向いて、広がる光景に息を吞んだ。
大きな、大きな、自分とよく似た顔が。目を瞑り、唇を少し開いた顔が。谷底一面の銀盤に映し出されていた。
ダルナの誰もが、フォラヴに視線を投げ、これがお前の兄弟かと耳に届く。フォラヴは、一度もその顔を見たことがない。でも。
近づいてゆく、大きく映し出された顔を見つめた数秒。
「セン」
間違いない相手の名を呼び、白い大きな翼を広げる。フェルルフィヨバルが手を離し、妖精は舞い降りる。ダルナの役目はここまで―――
フォラヴだけが地底へ行く。ダルナは観客で、結末を見守るのみだった。どのダルナも、透明の妖精が降りた後の風景に予想がついていた。
フォラヴは、地底に映された兄弟の顔のすぐ上まで行き、呼吸する静かな動きを見つめて無事かどうかを案ずる。これをどうすると救出できるか・・・ ふと、見下ろすセンの瞼が開き、目と目が合った。
同じ空色の瞳に、遠い昔が浮かぶ。
大きな瞳が過去に見た光景が浮かんでおり、セン自身が記憶に刻んだ囚われまでの間が克明に映し出された。
―――妖精の女王の子センは、女王に手を引かれて森端まで連れられ、写しの壁を抜けていた。群がった魔族を見上げ見回し、荒く揺れる視界に、抵抗と恐怖が伝わる。センが抱え上げられたらしき高さで、遠ざかる背後を見た目に、妖精の女王が鏡に赤い色を引き、壁が閉じた瞬間が残る。
そして、センは魔族の餌になりかけるものの・・・涙が溢れて覆った瞳はそのまま閉じ、この地底に沈み込んだ。この岩の下に眠ることで、触れられない守りを選んだ。魔族は岩を砕こうとしたようだし、種を落としもしたが、岩の真下に見えながら手は出せず、妖精の子は成長し続けて―――
薄っすらと開いた大きな瞼の追う、忘却の記憶を見せられ、フォラヴは・・・泣かなかった。冷えてゆく心に尖った怒りが真っ直ぐ立ち上がる。
その怒りがまだ理由不足と、頭では分かっていても、女王への怒りは強くなる一方だった。センを引き渡さねばいけなかった事情は、妖精の国を守るためだったと想像しても、一人ここに置き去りにされた兄弟の痛みを思うと。
ここに来るまで知ることもなかった真実を、女王以外の誰も知らないことも。
騙されたのとは違うにしても。それでも、許しがたかった。
フォラヴは地底を壊すことに決める。禍々しい場所で、種は全て入り口付近に落ちた後。魔族が自分たちの場所で形を取り戻したら、ここへ来る。急ぐに越したことはない。
「あなたは勇敢です。ふり絞らねばならない勇気で、閉ざされることを選び、助けが来る希望もなく、ご自身を守られた。今、私があなたを助けます」
壊すとは告げないが、フォラヴの身体が透明の内側に白さを増し、光はぐんぐん上がる。怒りの全てが救出に向けられて、暗く澱んだ魔族の世界に、一瞬で集められた巨大な雷がカッと照らした途端、地底に落ちて岩を砕いた。
轟音が谷を揺すり、壊れた底が弾け散る。センの顔を映した地面が消えても本人は見えず、かといってフォラヴは戸惑うことなく、再度、雷を集めて叩き付ける。何度も何度も、粉砕して抉り、止まない怒りがこれまでになかった力を呼び起こし、兄弟の姿に辿り着くまで雷を落とし続けた。
この振動と亀裂で、谷は少しずつ傾き、抉れた下方から崩れ始める。上部も引きずられて落下する岩が連続し、下へ落ちる前に雷で塵と化した。
白熱する地面。溶ける岩。燃える余裕すらない熱の漲る地底は、気づけば倍の深さに落ち、何十回目の雷が亀裂を砕いた時・・・ フォラヴの目に、一枚の羽根が見えた。
あれは、と気づく。煙と粉塵と熱の歪む空気を飛び、それらに紛れてふわっと掠めた羽根を目掛けて手を伸ばす。淡い青が守る柔らかい一枚の羽根を――― パッと掴んだ手に。
羽根は、掴み返す手に変わり、目を瞠るフォラヴの前に人の姿が光と共に現れた。
「セン」
「あなたは」
答えた声は細く、フォラヴは急いで彼を抱きしめ、『助けます』と一言告げると、崩れて落下する岩をくぐり抜け上昇。腕の中のセンは温かく・・・ここで初めて、フォラヴの目に涙が滲んだ。
*****
ダルナたちは谷の上に浮かんで待っており、救出成功したセンとフォラヴを見て、長い首を一方へ向ける。
「出るぞ、フォラヴ」
「はい」
「閉じるまでがお前の仕事だ。気を抜くなよ」
「はいっ」
思った通り、種から姿を変えた魔族が谷へ進み出している。群れのダルナを見たセンは、妖精とも魔族とも全く違う種族に瞬きしたが恐れはせず、サッと自分を見た『フォラヴ』にすぐ『ありがとう』と礼を言った。
「これからですよ」
フォラヴは微笑み、彼を抱く力を強めて飛んだ。ダルナの群れの内側に入り、守られる状態で魔族の世界を翔ける翼。気配も雄叫びもするが、ダルナたちは一切気にせず、目的の出口へ妖精二人を導く。
そして、歪んだあの壁が前に。ダルナは次々に壁を抜ける。フォラヴもセンを抱きしめたまま、歪みの亀裂を越え、そこで急停止。最後のダルナが出てくるまで数秒、殿のダルナが出た途端、『閉じろ』と妖精に命じ、フォラヴは真横を抜けたダルナに、センを投げる。
え!と驚くセン。ポンと鉤爪の手で受け取ったダルナ。両方を見届けるや、フォラヴは人間の姿に戻り、腰に下げた剣を抜いて、片腕の皮膚を切る。吹き出す鮮血を壁に向けて、壊れた壁の一部に腕を擦り付けた。
壁は妖精の血で、グラグラ揺れながら厚みを増す。センが固唾を飲んで見守る少しの間で、魔族の世界は封鎖され・・・ 想像外の結末が訪れる。
閉じたと思しき壁が、地面から外れた。音もなく黒い裂け目が広がり、それはどんどん間を開いて壁が遠くへ下がってゆく。
「完了じゃないのか?フォラヴ」
人間の姿になった妖精の上から、ダルナの声が降ってくる。見上げた空色の瞳に映った、青紫のダルナが見下ろす顔。
「条件を満たしたんだろう」
「これは・・・魔族は」
「終わったな。妖精の世界と接点がなくなる」
なぜイングが分かるのかと、驚くフォラヴが瞬きすると、イングは長い首を離れて行く壁へ向け、『世界の変わり目は、何度も見た』と呟いた。経験から・・・ そんな感じの、あっさりとした呟きにフォラヴは頷く。
ありがとうございます、と零れた一声。ダルナは人間の姿の彼に手を差し出し、乗るように促す。フォラヴが頼ると、イングの手は妖精を乗せて上がり、違うダルナに捉まれたセンに向い合せた。
よく似た二人の妖精は、言葉が消える。助け出されたのだけは理解できる、セン。助け出して、妖精の国を守れたと実感するフォラヴ。見つめるも数秒で、ダルナはまた二人をひょいと離すと、慌てたフォラヴにちょっと笑った。
「国がこのままでいいのか?」
「あ。あの。いえ、これでは」
「俺たちの用事はまだ残っている。お前たちの用事はこれでいいが」
「どうなさるのです」
「再現する」
イングは、フォラヴを別のダルナに預ける。二人の妖精はこの後、青紫の大きなダルナが使う魔法で、焼け野原から豊かな森が生れ、川や湖が水を湛えるまでを見届ける・・・
二人の妖精を銀の城に送るまで、ダルナは妖精の国に元々在った姿を再現して回り、銀の城の手前で彼らを降ろした。
フォラヴとセンが、ダルナに礼を言おうと振り返ったすぐ。ダルナの群れは霧状に変わり、消えてしまった。
「戻ったら。改めてお礼を」
彼らの役目が済んだのを理解し、フォラヴは澄んだ空気に名残惜しく呟くのみ。横に立つセンを見ると、彼もじっと自分を見ており、それから、銀の城へ視線が動く。
フォラヴの引き結んだ唇に、センは彼の腕に触れて『お話する時間をください』と言った。
そしてフォラヴはセンから、過去に何が起きたかを聞く。センを救い出す前に聞こえた悲鳴も―――
妖精の国の決着については、ここまで。
お読みいただきありがとうございます。
二話だけ、妖精の国に触れました。今はこれだけです。




