3100. 夕方 ~ニダとナーブヤム・オーリンとイーアン
※明日の投稿をお休みします。どうぞよろしくお願いいたします。
夕日照らす海を進む時間―――
金色に撥ね返す波の輝きを浴びるニダに、新たな協力者・父ナーブヤムとの移動が始まる。
女龍から告げられた父の状態と状況を聞いても、ニダは父と動くに躊躇いはしなかった。
内容が内容だけに、『試験二回目』の判断が下されるだろうと構えていたイーアンもナーブヤムも、言い分けの必要をなく了承され、内心ホッとした。ニダは、危険がつきものと理解して一抹の不安はあれ、『それは嫌』などと言えなかった。
父親との再会は確実に精霊の巡り合わせだし、導きであるのも感じていたから。
順風満帆安全に、受け取った使命をこなせるなら楽なことだが。ニダだって、差し迫る変化の気配くらい解る。
気持ち的に逃げたくなることも、正直を言えば当然あり、だから不安を鎮める安定剤代わりの楽しい時間を求めていたのが、今朝までの日々。
海賊の知り合いが出来、親切にされて、訓練所で過ごしていた素朴な安心を呼び起こした。つい、そこに頼りがちになっていたのも、自覚はある。
それではいけないから、世界は強力な助っ人『生き別れの父親』『強力な魔法使い』を私に引っ張り寄せたのだと、ニダは思った。
イーアンの話は短かったが、驚きばかり。とはいえ世界の指示と思えば、これくらいの驚きがあってこそ、疑うことなき内容。
父親ナーブヤムは、イーアンの敵として出会い、イーアンの仲間を攻撃した。
それは彼が、別れた子供ニダと会いたい願いを、サブパメントゥとの約束に託したことが理由。直接的ではないが、『異能が残れる世界』を約束に求め、代わりにイーアンたちの敵に回った。
ナーブヤムの魔法は他に見ない奇妙さから、イーアンの仲間が調べ、ナーブヤムの素性・状態を掴む。
木々の魔法は、不老不死に近い現象を術者に齎し、魔力も枯れない。若い秘密は魔法の習得による二次効果、副作用で、特殊な体にそぐなう生命力も人間の常識を外れていた。
ここでイーアンが伝えたかったのは、平たい説明で『ニダは彼より早く老いる・父はまず死ぬことがない』。
調べて、彼がニダの親であると判断したイーアンは、ナーブヤムを探し出して告げ、ナーブヤム本人が認めたことで、再会を果たすに至った。だが、約束を反故に―― サブパメントゥを振り切った事実は、危険を伴う。
父親について知っておくべき事情を耳に入れ、ニダが真っ先に反応したのは、不老不死の魔法さておき、サブパメントゥの怖さだけだった。だが、それも僅かな遮り。
―――サブパメントゥの名を、チャンゼさんが殺された時に覚えた。
人型動力という恐ろしい化け物が魔物と一緒に襲い、訓練所の人たちも殺された。あれは、操る種族サブパメントゥの仕業と・・・誰かが、言っていた。
それを裏切ったお父さんは・・・ 龍の祝福をもらっても、狙われないと言い切れない。
お父さんは私に謝ったが、恐ろしい種族と手を切ったのだから、謝ることではないと思えた。
それに、お父さんが魔法使いって・・・ 信じられない魔法の連続を見た後、まだ気持ちがフワフワして、お父さんなら大丈夫ではと、根拠のない信頼がある。
イーアンがいろいろと教えてくれて、『またしばらく会わない。次まで期間が開く』そう言い残して帰ってからも、私は安心している。怖くはない。
世話をしてくれたオーリンに悪いことをした気がして、それは引っ掛かっているけれど、今はお父さんの存在が心を占めている。親ってこんなに大きく影響するのか―――
並んだ父親の横顔。輪郭を視線でなぞる。
とても自分と似ていて、でも眉や鼻柱の形が少し違う。友達みたいに・・・いや、お兄ちゃんと言われても疑わない若さ。『お父さん』より、『お兄ちゃん』の方が合ってるかも。
長い睫毛、長い黒い髪、私と同じ。茶色の肌、小さい顔、背は私より高い。
似ていても、自分には思わないことを思う。きれいな顔だなとか、かっこいいなとか・・・ 私は自分をそう思ったこと、ない。雰囲気がそうなのかも。魔法使いって・・・
ぼうっと注がれる視線に気づき、ナーブヤムがニダを見る。同時に微笑み、その微笑に、ニダはすごく安心を覚えた。
「疲れたか?」
声は私と違って男の人の声、って感じだ。優しい心配に、ううん、と横に首を振る。一つ一つが嬉しく新鮮で、言葉が止まる。ふわっと笑ったまま、じーっと見ているニダに、ナーブヤムは可笑しそうに首を傾げた。
「どうしたの」
「お父さん、ここにいるんだと思うと。全部忘れちゃいそうなくらい、嬉しいんだ」
「・・・そういうことは、あとで言ってくれ」
ごくっと唾を飲んだナーブヤムは目を強く閉じ、『進まないと』と子供に言う。感動がこみ上げて、魔法が鈍るのを教えたら、ニダは吹き出して謝った。
「ごめん」
「私も嬉しいが、怖くはない?ニダは、親に初めて会ったようなもんだから」
「怖くないよ、全然。僧服だけはびっくりした。でも、私のためにずっと着ていると知って、胸がいっぱいになった。サ・・・ なんでもない。お父さんと一緒なら、私は大丈夫」
サブパメントゥ、と言いかけて止めたニダに、察したナーブヤムはしっかりと約束する。
「何があろうが、守るからね。もう二度と私が離れることはない。ニダが怪我するなど、決してないよ」
こう話している間も、薄青く透ける木の枝を乗り継いでいる。
海面を渡す大きく太い枝は、まるで海から生えるように伸びた幹から突き出て、枝先をグーッと進路へ回転させる。
その上に乗る二人は、次の枝へ移る繰り返し。徒歩より歩数はうんと少なく、船の移動とは全く違う、揺れのない足元。
大枝は道幅くらいあり、乗り換えは飛び移るわけでもなし、半透明の枝が重なるところで一歩踏み出す程度。
夜前に別の島へ移動して、夜が来たらそこで休む予定。天候も関係ない。寝床の準備も要らない。木の魔法は簡単な家くらいだったらこなす。
選ばなければ、食べ物も心配要らない。二人とも精霊の加護で得られる。ナーブヤムはニダにそれを最初に話し、衣食住は移動中も問題ないと保障されて、ニダは夢の続きが夢のままに思えるほどだった。
頭の中は、現れたお父さん一色。ただ、度々・・・オーリンが挟まった。
お父さんも、オーリンと同じことを言う。オーリンも、お父さん代わりになると言って、自分が守るといつでも伝えてくれた。
今朝、オーリンが龍を駆って空に消えた最後は、後ろめたい。
お父さんに言うことじゃない。そう思うから、オーリンのことは話していないが、その内。ティヤーで一人ぼっちになった私をすぐに守ってくれた彼の話もしよう。
「ニダ」
「はい」
「急ぎで回るから、疲れるのも早く頻繁だろう。具合が悪くなりそうだったら、遠慮せず言いなさい。眠っている間でも運べるから」
優しいお父さんに、ニダは頷く。移動中、落ちることはないと話していたけれど、お父さんはずっとニダの背中に手を回し、その温かさを意識した。オーリンも、私にそうしてくれたのを、いなくなってから思う。
比べるものではないけれど、オーリンの腕や肩幅と、お父さんの雰囲気は全然違い、オーリンはやっぱり職人なんだと今更・・・ ごつごつした手、筋肉の太い腕、野性的な精悍さ、あの力強い黄色い瞳は、少し前まで側にいた。
お父さんは古びた僧服をはためかせ、一見すると女の胸みたいに膨らむ胸元に、小瓶や革筒の道具をぎっしり入れた具帯をつけている。でも筋肉は目立たない。腕や首も細い方で、若すぎる見た目もあるから、魔法使いの青年みたいな感じ。
一々、観察していそうな、落ち着かないニダを見下ろし、ナーブヤムはちょっと笑った。
「気になるのか」
「うん。ごめん、じろじろ見て」
「好きなだけ見て良いよ。何か知りたい?」
「・・・さっき、お父さんは私が寝てても運ぶって言ったけど、魔法を使うの」
「うーん。手っ取り早いからね。でも抱えて良いなら抱えることも出来る。ニダが、子供扱いを嫌がらないなら」
抱える。え、お父さんが抱えるの。 ニダは少し返事が遅れた。オーリンなら、サッと担いでくれるけど、お父さんは(※細いから出来そうな気がしない)。
答えが止まった我が子の反応で、何を想像しているか少し見当をつけた魔法使いはまた笑った。
「私は、力がなさそう?無理だろうって顔をしている」
「そんなことないよ!そうは思ってないけど(※嘘)」
「フフッ。男にしてはちょっと、頼りない見た目かもしれない」
違うよ、とニダは慌てて否定し、それが図星に思う父は可笑しくて『大丈夫』と笑う。こんなやり取りが出来るだけで涙が出そうなナーブヤムは、何の話をしていても嬉しい。
違う違うを連発するニダと、次の枝との距離を交互に見て、ナーブヤムは屈み、ニダを両腕に抱え上げる。あ!と驚いたニダを胸に抱いて、ニコッと笑った。
「重くない。ニダは大きくなっても、私の子供なんだ。抱えるくらい何てことない」
「私は痩せてて、軽いから」
「太っていたって、重くないよ」
変な会話になって、二人で笑い、次の枝にひょいと移るナーブヤム。しっかり抱いた子供の顔を間近に見つめ『魔法を使わなくても平気だ』と改めて言うと、ニダは申し訳なさそうに苦笑した。
「このまま島へ上がろうか」
「降ろして下さい・・・ 」
恥ずかしがるニダを一層強く腕に抱いて、『このまま上陸する』とナーブヤムは決める。
ちょっといじわるな決定に、ニダは困るも・・・お父さんも嬉しいんだと伝わるから、抵抗するでもなく。笑みが消えない二人は顔を見合わせ、その視線は前方へ。目の前に、次の島影あり。
もう、黄金色が水平線に細く渡る頃。残光が空を茜に染め、二人で夜を過ごす最初の島に到着―――
*****
ナーブヤムが年を取らないこと。ニダと一緒に動いても、普通の親子として過ごせないことを知り、オーリンは自分の境遇と重ねた。
龍の民はイヌァエル・テレンから出ない以上、年齢は経ても肉体に老化が押し寄せることはない。成人した時のまま、地上の老化とは無縁の状態で、寿命を迎える。
始めて実家を訪れ、両親に会った時の戸惑いや衝撃は忘れられない(※587話参照)。あれを、地上にいながらニダが味わう・・・ オーリンにそれは残酷に思えた。だけど―――
「オーリン」
ちょん、と腕をつついた女龍に顔を向ける。
二人でイヌァエル・テレンの断崖に座り、夕焼けの雲海を眺めていた。オーリンがどこにいるか分からなかったイーアンは、彼をここへ呼び出し、応じたので・・・
「30分くらい経った?」
「うん。そのくらいだと思います。もうそろそろ日が落ちるから、馬車に戻らないと」
「魔導士に報告するんだろ」
「・・・します。でも、急がなくても。直接じゃなくて、魔法で簡易的な報告も出来るから、時間はそれほど気にしないで下さい」
気にしてるのは夕食、と冗談めかしたイーアンに、まだ笑えないオーリンは小さく頷き返す。
すーっと息を深く吸い込んで、イーアンから聞いた『結果』を頭の中に押し込めた。思いを口に出すと、言いたかったことが全部出てしまいそうだった。
もう俺は。あんなに俺は。約束したのに俺は。
ぐるぐると迷走する羊のように、やり場のない情けなさや虚しさや恥ずかしさ、こまごました面倒臭い、切り離したいのに気になっている執着が煩い。
殺されたと思っていた親が唐突に現れるのも、その親が人間離れした寿命や不老状態なのも、それにこれからサブパメントゥに追い回される可能性も、全てニダに残酷だと思ったところで。
ニダは、選んでしまった。父親代わりを誓った、付け焼刃の俺が頼りなかったせいか。
・・・そうじゃない。そうじゃないことを、泣いたニダを見て知ってしまったから、理由を求めている自分がいる。本物には太刀打ちできない。親代わりが空回りで逃げかけた俺は、ニダを前にした父親のように、あんな風に泣けない。
誓ったところで贋物。それを目の当たりにして―――
横で彼の様子を見つめるイーアンは、気持ちが伝わるので黙っていた。
ニダの世話をしたオーリン。それをナーブヤムに言わずにおいた。
また、捕えた初日のナーブヤムを龍で運んだのがオーリンであることを、ニダに伏せた。
何となく、感覚的にそうしたのだけど、正解だったかもと思う。
ニダにしろ、ナーブヤムにしろ。オーリンに世話になったと知ったら、彼に礼を言いたがるだろう。ニダは勿論だけど、ナーブヤムは父親として・・・あの性格なら、そう思う気がした。
でも、それこそオーリンに、痛い。
自分が関わったことを全部、道化みたいに捉えていそうなオーリンが、巡り合った親子にお礼を言われても、嬉しいわけがないだろう。
じっと雲海の朱鷺色を見たまま動かない弓職人に、イーアンは提案した。
「ねぇ。私が龍になるので、乗りませんか」
「ん?」
もう、イーアンに怒ってはいないオーリンの表情だが、いろんな意味で力が抜けている。龍と同じ黄色の瞳に差し込んだ夕陽が、彼の瞳を黄金色に輝かせて、綺麗な色だなとイーアンは思った。
「私の特別な、大切な龍の民。少し離れたって、必ず戻ってきてくれる、頼もしい龍の民」
「なんだよ、急に」
少し笑ったオーリンに、イーアンもニコーっと笑って頷く。オーリンが立ち上がったので、イーアンは雲海に片腕を伸ばした。
「龍になって飛ぶので。オーリンは乗って、風景を見物するの」
「・・・いいよ。気遣ってくれるの有り難いけど」
「乗るだけですよ。ガルホブラフはもう寝ているでしょ」
地上に降りるんだからと、行先を指差したイーアンに、オーリンはちょっと黙って頷く。それから、左手を浮かせて、イーアンを見つめた。その仕草が何を求めるか、ちゃんと分かっているイーアンは彼を抱き寄せ、オーリンもイーアンを抱きしめる。
「俺ね」
「大丈夫」
「俺は君の手伝いなんだよな。ずっと」
「そう」
「君の」
「私の血。私の同胞。私の兄弟、オーリン」
ぎゅーッと抱きしめるオーリンは、白い大きな角に顔を当て、伝わるように頷いた。イーアンもガッチリ抱きしめ返し『世界の最後まであなたと戦います』と続け、胴から顔を上げ、互いに頷く。
「ちょっと留守にしたな」
「もう戻ったのです。留守は終わり」
「・・・ただいま?」
「おかえりなさい」
うん、と少し頭を揺らしたオーリン。居場所がここにあるのを、イーアンの温度に思う。
「じゃ、馬車に帰るか」
「ええ。夕食はもう作っていそうですから、急がないと。ロゼールは人数分しか調理しません」
ハハハと笑ったオーリンの横、イーアンは真っ白な光を放って龍に変わり、頭を差し出す。オーリンは龍の白い鬣に飛び乗り、龍はゆったりと雲海へ滑り出た。
「早く戻らないとダメか。ミレイオが手伝いで入ってくれたら、多めに作ってくれると思うけど」
ゴゴと笑った白い龍と、龍の民は地上へ向かう。
オーリンは、俺は龍の民だから気持ちもすぐ切り替えられると、自分を励ます。
そして、決して切れない絆をいつも教えてくれる女龍に、今日も感謝した。
お読み頂きありがとうございます。
明日の投稿をお休みします。書くのが追いつかず、一日休んで書こうと思います。
度々休みが入り、ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします。




