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魔物資源活用機構  作者: Ichen
三つの供物
3099/3123

3099. 『その日』② ~改『ウィハニの女』情報・25年を経て

 

 ティヤーの海を見るのも、どれくらい振りだろう。


 ヨライデから出るに出られなかった年月を振り返るより、長い年月を隔てて目前に現れた、真っ青な海に心が溶けた。


 私の国――― 空から見るティヤーの島々が、こんなに大らかで美しいとは。



 ぶら下がる格好で、イーアンに背中を抱えられて飛ぶ時間は、決して体勢的に楽ではないが・・・ ヨライデを出て少し行った先から、海の色と風が変わり、すぐに意識は持って行かれた。


 懐かしい、故郷の一部。自分が遠出した頃も、こんなに端まで動いたことはないのに、それでも『ティヤー』という母国に嬉しさがこみ上げる。


 地に着くことなく下がったままの足は血の巡りがおかしいし、温かい風とは言え、受け続ける潮風は冷えてくる。甲板に出て強風を浴びながら帆を調整した記憶が蘇ったけれど、あんなの比にならない。龍の飛ぶ速度は船の何倍も速く、体は冷えてくる。


 この飛行が普段らしいウィハニは表情一つ変えないので、ちらと頭上の顔を見ても、『肌寒い』など言えずに耐えるのみ―――


 それでも、少し身震いしたところで、声が掛かった。


「寒い?」


「あ。いいえ」


「今、震えたんじゃないの」


「・・・子供に会う喜びです」


 ふーん、と気遣われた会話は終わり、ナーブヤムは『寒い』と言えば良かった気もしたが、これしきの事で『これから大丈夫?』と思われてもいけないので我慢した。


 それにしても・・・ 魔法使いは、背中から回される白い龍の腕を見て、『殺したいくらい』と彼女が浴びせた憎しみを思い出す。もう、震えや恐怖はないが。


 今は、私を子に会わせようと、抱えてくれていること―――


 重さは感じない様子で、軽々と空中へ舞い上がったし、この二本の龍の腕に対し人間一人程度、重いわけがないと分かるけれど、憎さから始まった私を腕に抱えて何十分も飛行しているのは。


 時折気まぐれに吹く、熱含む風。冷えた体が一瞬の温もりを得る。それと別に、背中の上部はウィハニの身体が当たっているため、体温が伝わってそこだけ温かいことを、思う。


 怖いとしか思わなかった。でも赦してくれた。これが海神の女なのか。


 性根が優しく熱いんだなと・・・腹に回された白い鱗の腕に、腕の置き場なく重ねていた自分の手が、そっと、そっと白い鱗を撫でる。動物のように撫でたつもりではなく、崇めた石像を拭く時のように。



 イーアンはそれが伝わっていたけれど、特に咎めもしないし止めもしない。


 ナーブヤムの激しい感情―― 悲哀と苦悩 ――が瞼の裏に焼き付いてからは、この男への先入観は無くなった。今、自分の腕を撫でている指、その心境もなんとなし理解できる。


 信仰対象のウィハニの女が、怒り丸出しで突っかかった一発目の出会いが、次でひっくり返された。

 願ってやまない子供との再会を結んだとなれば、そのために人生を生き抜いた男が、『ウィハニ』に向ける気持ちくらい・・・ 海賊たちと関わって、ナーブヤムもまた然り、と思うところ。


 きっと、『ウィハニの女』が神格化していることだろう。でも、アティットピンリーが支えたティヤーの安全を話して、今回の一件は『ウィハニの女』の印象で固定せず、おいてもらいたい―――



「ナーブヤム。そろそろだ」


 先に言っておくか、とイーアンが口を開く。さっと振り返った横顔が、若いニダを思わせるに充分。ニダが見たら、あまりに若い男で信じられないかも・・・なんて思いつつ、次の言葉へ進む。


「もうじき、ニダのいる船に着く。その前に話しておくことが」


「はい。なんですか」


「ティヤーの海で、代々長くに渡って海賊に慕われた『ウィハニの女』は、私じゃない」


「・・・誰だと仰るんですか」


「精霊アティットピンリーという。アティットピンリーが、ティヤーを守り、民の助けを聞き、その声に応じて常に動いていた。見守るだけの石像じゃなく、実際に命を助け、導いていたのはその精霊」


 私は()()、ティヤーに来たんでね、の呟きで終わると、意外そうに目を瞬かせた魔法使いは『海の精霊ですか?』と聞き、言ってみればそうだとイーアンは頷く。


「陸地に上がらない。上がっても水辺に留まる・・・はず。ティヤーはどこの島も、大体川があるから、川沿いなら上がってきてくれることもあっただろうね」


「では、どこでもある祠もまた、あなたではなく」


「そこんところは説明しづらい。あれは過去の龍を示していて、過去では龍がティヤーの海を守った時代があるから、当時祀られた名残りが、その後の時代にも引き継がれていると思えば」


 ナーブヤムには、非常に貴重な昔話。まさか龍本人に、遠い時代から続く真実を聴くとは。目を丸くして、へぇ・・・と白紫の肌の女を見つめ、ちらと見た鳶色の瞳から目を逸らした。


「すみません。じろじろ見て」


「・・・そういうことだから。過去は確かに直接、空の龍が関わっていても、数百年前からはアティットピンリーがティヤーの民を守り続けていたのを、覚えておいて」


「記憶します。貴重な話です」


「見えてきた」


 お礼を言ったすぐ、女龍は左側に顔を向け『あの船』と教える。ナーブヤムは小さな中型船の影を見つけ、心臓がどくんと動いた。あそこに、私の『ニダ』が。



「泣くなよ、まだ会ってない」


 さっと差し込んだ女龍の声は少し可笑しそうで、見上げると口端を上げていた。その表情は、恐怖を感じたあの片鱗もなく、ただ優しい家族のように感じた。


 はい、と答えたかどうか。喉が詰まって頷いたのは、確か。でも泣かずにいられたのかも分からない・・・


 ぐわっと加速した女龍は、魔法使いを抱える腕に力を籠めて滑空し、一隻の船、その甲板に立つ人々の真ん中へ滑り込んだ。



 *****



 キラッと光った、午後の陽射しより眩しい反射。直感で、甲板にいたニダたちが空を仰いだ、次の一瞬。唸る風が空から降って来て、三秒も経たない内に、甲板に白い6翼が降り立つ。


 落ちんばかりに目を見開いたニダの横に、イーアンと、その腕に抱えられた一人の・・・ 若い男?


「え」


 思わず驚いてしまった、その男の顔。自分そっくりな顔を持つ若い男は、目が合う前から涙を落としていた。


「ニダ」


 震える声が彼から零れ、頬に涙が落ち続けている。これがお父さん・・・? 信じられないニダは、自分と同じ年くらいにしか見えない相手に、嬉しさよりびっくりして固まる。それは周囲の船員も同様で、女龍に『彼が?』と確認。


 一歩、近づいた男の両腕が少し上がる。そしてニダは、露になった彼の()()にギョッとする。


「なんで」


「あ。待て待て、ナーブヤム」


 引いた声と険しくなった表情に、船員さておきイーアンが待ったをかける。両腕を伸ばした男は意味が分かってないものの、女龍の遮りに足を止めた。


「その服の説明をしないと」


「あ・・・はい。そ、そうで」


「んー。泣いて喋れないか。私が話すよ」


 ナーブヤムは号泣一歩前。泣き顔の歪みを必死に抑えているが、涙は頬をびっしょり濡らしており、本人も声が詰まって出てこない。いいから、と苦笑したイーアンは、警戒した全員を振り返って『先に私が話す』と、感動の場面に前座を入れる。


 感動場面の予想図は。

 甲板でナーブヤムと向かい合うニダ→『お父さん?』→『私がそうだよ』→会いたかった!で抱擁・・・が普通なんだけど、事情が混み合っていて単純ではない。


 あのね、とざっくり話し始めたイーアンに耳を傾ける間、ニダは父親を何度もチラ見しており、複雑そうな船員も、相槌を小刻みに打ちながら『そうなんだ』『そうか』『それはじゃあ』と理解を進めた。


 魔法使いの視線はしっかりと我が子へ注がれており、目が合う度に、泣き顔を戻して懸命に笑顔を作ろうとしている・・・


 イーアンが解説したのは一分程度。

 掻い摘んだ凝縮は細かい部分を差っ引いていたが、聞き終わったニダの目にも涙は上がり、若すぎる見た目の男に向かい合う。


「私の、お父さんですか・・・ 」


「そう。私たちは、よく似て」


 言葉が続かないナーブヤムが、笑顔も崩して俯き、鼻をすすり上げる。ぼたぼたと足元の板に落ちては濡らす涙が減らない。


 浮かせた両手が震える父親を見つめ、周囲の見守る中、ニダは彼に歩み寄り、目が合って見つめ、その両手に自分の両手を添えた。涙は溢れ、ナーブヤムはニダをすぐに抱きしめる。


 ナーブヤムの嗚咽が言葉を不要にする。ニダもそれ以上は声が出なくて、しっかり抱きしめて二人は泣いた。


 さすがに、イーアンもらい泣き。ぐすっと泣くと、横のおじさんたちも泣いているのに気づき、目を合わせて頷く(?)。


 号泣のナーブヤムに、静かに泣き続けてしがみつくニダ。長年の隔たりなど、何も関係なく繋がった親子の再会に、同行した船員がイーアンへお礼を言った。

 目を拭きながら『有難う』と口々に言う彼らに、イーアンも鼻をすすりながら『偶然なんですよ』と(素)、自分じゃなくて運命のおかげであるのを伝えた。



 そして、おいおい泣く二人が落ち着く頃合いを見て・・・


 実に30分は待った。もういいか、とイーアンは体感時間で余韻を切り上げることにし、両手を軽くパンパンと叩いて二人の視線を預かる。


「では、ニダ。今日からもう、父親と行動です。ここにいる船員は、あなたの側から外します」


 この一言、先に聞いてはいたものの、船員たちは『今ですか』とさすがにちょっと驚いている。


 ナーブヤムはどうするべきか、まだ全体を把握できないため計画はないものの、前情報を受け取っているので気構えと覚悟は準備済み。対照的に、ニダは船員たちよりも不安が大きく、『えっと』と泣いた顔を急いで手で拭き、白い女龍に戸惑いを告げた。


「今晩だけでも、皆とは」


「うーん・・・私は今日からと言いました。明日から、はないのです」


 もう一回、午前に伝えたことを繰り返す女龍。お互いを見合う船員たちに顔を向け、『近くに船来ていますか?』と事務的に話を進める。見える位置にいないので、最初に付き添っていた二隻はもう戻ったと判断すると、船員たちも『帰った』と答えた。


「ここから、船は引き返して島へ戻れますよね?」


「それは大丈夫ですが」


「良かった。皆さんは、そうなさって下さい。さてナーブヤム、ニダ。ここから近い島へ、私が連れて行きます。そこからは親子で移動し、活動を急いぐように」


 感動の時間が、あっさりと引いていくニダ。え、そんな、でも、と出会ったばかりの父親とイーアンを何度も見て、船もないのにどうやって?と基本の疑問(?)を口にする。が、そこでナーブヤムは自分がすべきことを思いついた。イーアンも、それを引き出すために黙っていたのだけど―――


「ニダ。私が島から島へ移動させる」


「どうやって?船は?」


 濡れた頬を何度か袖で拭って、魔法使いは女龍に顔を上げた。鳶色の目は期待しており、ナーブヤムの提案が正しいと肯定する・・・ 


『海を渡る長距離は、やったことがありません。でも」 「でも」


 やったことはない、と言ったすぐの『でも』は二人の声が被る。イーアンも『でも』で手前の言葉を打ち消し、ナーブヤムも同じ。聞いているニダだけが不安まっしぐら。とはいえ、イーアンは魔法使いに『そうして』と言った。


「や、やったことないのに、海で落ちたら」


 縋りついたニダに、ナーブヤムは微笑んで首を横に振る。『最初の移動だけはイーアンが運んでくれるから』と彼女を見て、移動が可能かイーアンにも立ち会ってもらおうと続ける。

 イーアンは彼に頷き、心配を堪えるニダに『大丈夫ですよ』と囁いた。



 ―――魔導士が『枯渇しない魔力を持つ、木々の魔法』と確定した以上、海を渡るくらい、できないわけがない。この男がニダを世界中のどこへでも運ぶのだ。


 不老不死寸前の力まで得ている事実が、ナーブヤムのレベルを物語る。本人も知らなかったレベルの領域にいて、海渡りも山脈越えもこなせないことはないだろう―――



「時間を少し下さい、イーアン」


 ナーブヤムは、付き添って安全を見届けてほしい旨を話し、イーアンは了解する。そうして、女龍は一番近くの島へ・・・ そこが有人か無人かはさておき、二人を運ぶことにした。

 ニダは流されるよりなく、少ない荷物を船内から持ち戻り、船員の餞別『二食分の食料』を受け取る。


「じゃ、移動しますよ」


 龍の腕に変え、左右の腕にそれぞれを抱えたイーアンは、翼を広げて浮上。

 船員に『お世話になりました』と笑顔を向け、彼らは親子の無事と励ましを送り、女龍にも感謝を伝え、ニダは手を振ってお別れした。


 遠くなってゆく船を惜しむようなニダに、ナーブヤムは『大丈夫だ』と話しかけ、ニダは作り笑顔で頷く。そんな二人をちらっと見て、イーアンは見えてきた島へ降りた。


 地図はニダの荷物にある。島は地図頼み。


 行くまで人の有無が分からなくても、着いてナーブヤムが『いない』と判断したら次へ行けばいい。彼は到着した場所でなら、調()()()()()くらいは備えている・・・ 


 言語の問題はあるかもしれないが、それもイーアンが考えることではない気がした。きっと、十二の司りが約束を通した何かしら、ニダに起きるだろう。


 移動については、イーアンも想像がついている。

 彼は木があれば、どこでもある程度の自由は得られるのだ。樹木そのものがない海であれ、木々の霊を呼ぶことも可能なんだろう。ヘズロンの大樹を思い起こすと、使い方次第の魔法である。


 そう、イーアンが思った通り―――



 船を出た先の島、砂浜に降りたナーブヤムは、後ろにこんもりとある南の植物に少し視線を向け、片手をかざすと呪文を唱えた。


 すーっと静かな青さが木々を覆う。と思いきや、覆ったのではなく、木々から霊体が離れるように青く透ける樹木の影が動き、ニダもイーアンも目を丸くする。


 ナーブヤムが海を示し、その指先へ木の枝が橋の如く伸びた。枝先は波打ち際からさほど離れていないが、ナーブヤムは透明な枝を歩き出し、呆気に取られる子と女龍の見ている前で、枝先にまた新しい枝を出した。


 そこも歩く魔法使いは、遠くなってから別の魔法を使う。海から急に大樹の青いが立ち上がり、枝が勝手に魔法使いを乗せて回転。

 あっという間に遠くへ運ばれ、見えなくなった魔法使いに、開いた口が塞がらないニダ。


「あれは」


「彼から聞くでしょうが、世にも稀な魔法です。使いこなせるのは、ナーブヤムだけ」


 ゆっくりと振り返ったニダの大きな目が落ちそうで、イーアンは『それがあなたのお父さん』と念を押す。頼もしい・嬉しいだけでは済まない事情付き。それも話さないといけない。



 ナーブヤムから伝えるのは、親子の信頼に溝を開けない程度の話が良い。イーアンはそう思う。

 とはいえ、『サブパメントゥを裏切った』ことや、『老いず死なず』の縛り付きをニダに聞かせた後、どう思うかはイーアンも分からない。


 移動は問題なさそうで何よりだけど・・・ 


 大樹の青い蜃気楼だけ残し、姿を消してしまうほど遠くへ行ったナーブヤムを待ち、数十分後に戻った彼とニダの笑顔に―― 水を差す。


「初顔合わせで、力量の確認も出来て良かった。ではね、ナーブヤム。ニダと二人で動くにあたって、お前さんがどんな状態にいるのか、私から話そう。それを話したら、私は戻る」


 ニダの笑顔が少し固まる。何かあるのかと父に目で問い、ナーブヤムは我が子から女龍に視線を移し『イーアンが話してくれる』と、()()()()()をお願いした。



 この午後。ナーブヤムがイーアンと繋がるまでの『面倒』も明かされる。


お読み頂きありがとうございます。

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