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魔物資源活用機構  作者: Ichen
三つの供物
3084/3126

3084. ナーブヤム、宿命の行方・待ちのリオラヌ

 

 真っ暗な夜に自宅へ戻ったナーブヤムは、小さな家に入るなり床にへたり込み、扉近くの椅子を引き寄せ、座面に片腕をかけて項垂れた。


 何時だろう、も思わない。ただただ、疲れて。


 宙の移動は早いので使ったが、低い空に届かない高さであっても、龍に連れられた服従の心境は変わらず、気にしないよう必死だった。



 龍の怒りに触れたあの時間のために、腰抜けのザマ。


 呼吸が苦しくて、のろのろと僧衣の紐を解き、胸回りに付けたベルトの掛け金を取る。ゴトンと床を打った道具に続き、体を包む僧衣も、どさりと腰に垂れた。


 男の身体なのだが、ナーブヤムは線が細い。胸こそないものの中性的な体つきで、男の筋肉は薄め。瓶やナイフなど一式収めた、重量あるベルトの跡は肩に残り、その両肩の間―― 首には、龍にかまされた喉輪の痣がつく。


 そっと首を触って嫌な鈍痛を感じ、重い溜息が出る。ごくっと唾を飲みこんで、喉の渇きに苦労して水を取りに台所へ這った。まとめた長い髪から紐を解くと、ばさーっと顔横に黒髪が垂れる。


「ふー・・・ つらい」


 こんなに怖がる自分が信じられない。嵐の海で船から投げ出された時だって、ここまで恐怖を持たなかったのに。



「私にとって、ウィハニは。育った国の母なんだろう。初めて会った母に殺されかけ、憎しみしかない扱いを受けたような・・・ 実の親なら気にもしないものが、信仰対象となると、こうも魂に刻まれるものか。

 ああ、違うと伝えたい。私はレムネアクという男を怪我させたかもしれないが、殺すなど考えていなかった。あの男を助けたのは私で・・・ それに次に会ったとて、あの者の血を流すようなことなんか」


 届かない言い訳を、口ごもる。水を入れた桶の蓋を外し、近くの容器を沈めて水を汲み、ゆっくり飲み下す。もう一杯飲んで、桶に蓋を戻して容器を床に置くと、ナーブヤムは壁に背中を付けて座り、立てた膝に両腕を乗せ、窓向こうの暗い空を床から見上げた。


 下に着た薄服は壁の冷たさを通し、ひやりとした肌に悪寒。体が火照っていたのを今更気づき、七分袖の前腕に触れてみて、熱まで出た自分にまた情けなくなる。


 台所の小さな暖炉横、火搔き棒で灰をずらして熾火の明かりを見つけ、ふぅと息をかけた。暖炉手前の小振りな薪を一つ引っ張り、熾火の横に枯れた小枝と並べると、この程度の動作で震えて力が抜ける。



「こんなに?ウィハニは私にこんなにも影響する?故郷を出て、もう25年以上。ウィハニを信じ、黒い龍を祀り、心の拠り所にした海賊の過去は、世界の土壇場で私の足を引っ張る」


 思いっきり深呼吸して、苦しい心に強く目を瞑り、振り払うように頭を左右へ振ると、長い髪が鼻や頬に貼りつき、べたつく汗を手の甲で拭った。ささやかな炎が少しずつ立ち始める暖炉を見つめ、火照っているのに震える体に強張る。



「レムネアク。お前は、彼女に何を言ったんだろう・・・ 私がお前を手当てしたこと、お前を殺す気がなかったと話したのは、覚えていただろうか?

 屈強な精神の男、しぶとく生きてきたと分かる、あの面構え。お前を近くに見て私が感じたのは、単に『可愛い顔をしている』とそれだけだった。少し・・・私に似た気丈さも思った。

 そこまでお前に伝えておけば、龍は私にあれほど怒らなかったのかと思うと」


 独り言は、願いを籠める。言い訳と願いと綯い交ぜで、ナーブヤムは後悔と悲しさ、恐れと服従の本能に疲労する。



 ここで死んでは意味がない。龍に見つかったら死ぬかもしれない―――


 私は、子に会うまで死ねないんだ。あの子を見つけて、もう一度この腕に抱きしめ、最後の時間まで共に生きるため、死ぬわけには。



 極めた魔法が、初めて()()()に思える。ウィハニの前には、何一つ使えなかった。

 最初から分かっていても、敵対する龍に突き付けられた事実が、痛い。

 サブパメントゥの約束も破るわけにいかないし、鉈は奪うつもりだが・・・ 


 ナーブヤムは、ここからどう動くかを真剣に悩んだ。


 サブパメントゥの事情もありそうで『引っ込め』と強制的に自宅へ逃げられたが。次に仕事をあてがわれた時、また龍に会うことを想像すると恐ろしくてならなかった。



 自分が生まれた時・・・ 『異能』を授けた精霊の出現があったことを、思い出す。


 赤ん坊の自分に記憶はないが、親や親せきに聞けば誰もが知っていた話。『精霊を介さずに精霊の技を携える』、これがすなわち大人たちには『異能』の解釈だった。


 だからなのか、見た目は男女の区別がつきにくい精霊に近い姿で、何度も奇跡的な命拾いもし、私が触れたものは()()が早かった。


 だが、『精霊を介さずに精霊の技を携え』たかどうか・・・ 

 祈禱術に才能開花はなく、触れた相手の傷や病が早く癒えるのは事実でも、それを操るまでに至らなかったから。


 子を奪われ、ヨライデに逃げ落ちて、師匠に会い、魔法を覚えてからは才能の発揮を感じたものの、『樹木の魔法』自体が、精霊と近い技を多く有するので、自分に携えられた力と判断しにくい。

 師匠は『才能だ』と上達ぶりを褒め、自分でも『才能』の恩恵は思ったけれど、そこまででもなく。


 ()()()も同じように、精霊が出生に立ち会い、妻と私と産婆のいる部屋は、まさに子がこの世に生まれる瞬間、輝く光に祝福されて『世を宥める精霊の足取り』の御声を私たち三人共聞いた。


 性別を持たないあの子の能力は・・・

 判りにくいが、一つ確かだったのは、誰と話してもすぐ仲良くなり、すぐに大切にされていたこと。あの子の声と会話は、聞く者に心地良いのだ。どう成長するのか楽しみだった。



 私たちは精霊に関わるんだから、龍に殺されるなんて―― 『ない』。ぼそっと口を零れた否定が、明かりのない部屋に響く。


「私たちは、異能。特別な使命があるはずなんだ。自分たちすらまだ知らない、本当の力を秘めている。ウィハニ、どうか怒りを鎮めて下さい。どう言えばいいだろう。それに・・・サブパメントゥにこれが知られたら、奴らにも攻撃されるかもしれない」


 厄介な恐れに呑まれ、ナーブヤムは激しい頭痛に耐えながら、告解に似た独り言を続けたが・・・ 


 熱まで出た体は、魔法使いに自己治癒を行わせるに間に合わず、独り言は途切れ、ナーブヤムの背はぐらりと壁に滑り、台所の床に倒れた。



 *****



 腹立ち、腹いせで魔力を膨らませたリオラヌは、再び魔物を(けしか)ける。

 どうせ連日で仕掛ける予定だった(※3080話参照)。


 今度は到着まで時間が掛かり、すぐに現れなかったが、村の外で魔力の多い魔法を使って数時間経過した頃・・・ 表に魔物の気配がした。


 遅いだ何だと文句は止まなかったが、村を囲んだ魔物が前日同様、少ししてから離れて行ったのを感じ、魔物があの馬車を襲う夜を想像・・・ 


 魔物が勝てると思わないにせよ、相手を焦らせ、村に急がせるくらいは役に立つ。とっとと、この村に来させて、鉈持ち男から()()()()()()()()引き上げねば。

 サブパメントゥに任せた探し物は、まだ何も言われない。

 約束を破らない種族で信用はしているが、鉈を先に渡したら、俺の要求した『闇の海(※3009話参照)』を求め、手に入れて関りは終了。


 ざっと考えて、待機所に誂えた『見えない小屋』に戻る。

 探知魔法でもないと、この小屋はすぐに見つからない。その辺の家にあった食料と水で、軽く食事を済ませて・・・ 寝床に横になり、()()()の男を思う。



「ナーブヤムは無事・・・無事だったのか?『闇の人』は、あいつを取り戻したとしか」


 心配している自分にハッとすると、『勝手に来やがって』『役立たずが』とすぐ吐き捨てるリオラヌだが。迷惑な行動に怒っても、数分もすれば気持ちはやはり、心配する方へ切り替わっていた。

 顔を合わせた回数など、片手の指の数。長くて十数分の打合せで、会えば確実に苛つかされているというのに。


 あの顔。リオラヌは、自分の彷徨う気持ち、その理由に焦点を当てる。


 男なのに、女にしか見えない顔。声が低くても長い髪と女のような表情に惑わされた。目つき、口元、笑い方、首の傾げ方、俯いた角度、全部が目に焼き付いて、鬱陶しいくらい気になった。


 女の声ではないが、女と喋っているような錯覚は外せない。

 そこらの男に比べたら魔法を使いこなす分、弱くもないのだが、 勝手に単独行動して失敗したと聞いて呆れたと同時・・・『なぜ俺を呼ばなかった』と言いかけた。


 迷惑、余計な動き、そこではなく。 別の気持ちが、胸の内にこみ上げたからだ。


 天井に向く視線は、天井を見ているわけでもない。見ているのは、ナーブヤムと会話した記憶。



「女、と認識してるかもしれんな。初っ端から調子が狂った。女を守ったことなど、俺の人生になかったが、これも男の本能か。押し付けられたナーブヤムが『女じみた顔』というだけで、責任でも感じてる気がする」


 仲間意識とは違う、上下関係でもない。単純に、ナーブヤムに女を見て、()()()()いるような。

 もし、あの男が怪我をしていたとして――― 


 想像して、ぐっと眉間に深い皺が入った。怪我?手負いで逃げて、サブパメントゥに救助された? 


『無事』の一言をはみ出て、『怪我した』想像が現実味を帯びた瞬間、リオラヌに怒りが湧く。寝ていた体を起こし、怪我していてもサブパメントゥは気にしない可能性を思った。


「そりゃそうだ。あの種族に人間の痛みなど関係ない。ナーブヤムが大怪我をしていても、助け出しただけで放っておくだろう」


 直情的な怒りに翻弄されやすい魔法使いは、助手の怪我の可能性にイライラしてくる。放っておいて、死ぬかもしれない・・・ 相手は龍だ。龍に襲われたのをこの目で見た。


「あのバカ」


 思わず罵るが、心配が嫌な想像を掻き立て、リオラヌの頭の中は『生存確認』でいっぱいになる。



 行動の早さは自負するだけに―― 考えなしとナーブヤムに言われていても ――すぐ表へ出た魔法使いは夜中の村をサッと見回し、自分がどれくらい留守に出来るか、急いで考えた。


「その前に・・・ ナーブヤム、家にいるのか」


 焦っている自覚なし。サブパメントゥがナーブヤムの自宅まで送り届けるほど、親切とは思わない。ナーブヤムをどこに置いたか、彼がどこに隠れたかを聞いておけばよかったと舌打ちする。


「仕方ない。ここで魔法をまた使うのも・・・魔物をまたこっちへ戻しかねんが」


 慌ただしく小屋に入り、魔法使いは魔法陣で炎を呼ぶ。火の精霊は相変わらず移り気だが、ひらりと現れた明るい橙色の姿を楽しそう捻り、リオラヌの『命令』を聞いてやった。


「いいか、間違えるなよ。見つけても報告するだけだ。俺にすぐ、教えろ。ナーブヤムは分かるよな?」


 真剣な男に、フフッと笑うような顔を突き出した火の精霊は、了解の返事もなくあっという間に魔法陣へ消える。ちゃんと分かってるんだろうな、と乱暴に頭を掻いたリオラヌは、精霊が探してくるのを待つのみ。


()()()()()()()にいろよ、ナーブヤム」



 そして、優秀な火の精霊は、小一時間で見つけ出す―――


 ゲルタス村から離れた路上の一ヵ所に、魔物が集まり始めたのと同じくらいの時刻。

 真横の魔法陣が、ふっと明るく灯り、精霊の報告からナーブヤムの状況を知った魔法使いは。

お読み頂きありがとうございます。

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