3083. リオラヌの目撃・サブパメントゥ側の事情・黒いダルナ思慕・ナーブヤム続き
イーアンたちは、『魔法使い』と『サブパメントゥ』が手を組んでいるとまでは、知らない―――
『引っ手繰られた魔法使いは、サブパメントゥに使い道あり』と、そんなぼやけた印象だけが残る。
*****
あの空に、女龍が来たのを見たのは、ナーブヤムだけではなかった。
滞在準備で気づくのが遅かったリオラヌは、村向こうから聞こえた不自然な音に、何事かと急いで簡易結界の外へ出た。
気配はすぐに理解しなかったが、少し距離を置いた林は遠目にも分かる動きがあり、まるで鳥の群れでも中で暴れているような音、樹頭のおかしな揺れ方で、これは何か起きたと・・・ 思ったところで、林の上に影が飛び出した。
それは白い翼と長い尾を持つ、龍の女―― ギョッとするも、目を凝らして判別付くのは、特徴的なその形だけ。細かいところは全く分からないが、何をする気だ!と焦ったリオラヌの肩を誰かが掴んだ。
振り返る小屋影の隙間から『闇の人』が手を伸ばしており、思わず驚きの声を上げかけたが堪えた。『闇の人』は頭の中に喋りかける。
『あれは?』
林の事と察したリオラヌは首を横に振って『今気づいた』と答えると、相手は少し考えて『お前の仲間じゃないのか』と・・・ 一瞬、ぽかんとしたものの、林を振り返ったリオラヌの顔はやや青ざめた。もしや、ナーブヤムが?
ここに現れた『闇の人』は、逃げた二人を追いかけたサブパメントゥで、どうやら戻ってきた様子。戻った偶然、林の一場面を目撃したのか。リオラヌの仲間と思ったよう。
だが、リオラヌはナーブヤムを連れていないので、あそこにいるのが彼であっても、そんなこと知るわけがない。『闇の人』は、リオラヌに助手をあてがった者ではないが、話は通っているようで、『お前の仲間と思うが』とまた言った。
『だとしても、俺は分からない。あいつに話していないんだ。準備で来ただけで、呼んでない』
『そうか。分かった。龍にとっ捕まったようだ・・・ 戻せそうなら連れ戻すが、戻らなければ』
連れ戻せるなら、と曖昧に言い残したサブパメントゥは影に消える。
家屋の隙から見える林に、ナーブヤムがいたこと・そして彼が龍に捕えられたこと。リオラヌの心は騒ぐ。
仲間意識など、あの男にはない。この前会ったばかりの、使えない魔法使いとしか。
それなのに、ナーブヤムが何をされるのか気になって落ち着かず、感情は乱れ、荒ぶる心の衝動で横の壁に拳を叩き付けた。
何で来たんだ、何しに来たんだ、なぜ俺に言わなかったと、罵るつもりが心配に変わる。
でも。心配が込み上がっても、リオラヌに為す術無し。
サブパメントゥが先に気づき、彼らの都合に悪いからかナーブヤム奪取に向かったのを、リオラヌはただ待つしかなかった。
*****
ゲルタス村に来たサブパメントゥは、『逃げ火』。
皮肉なことに彼らも『憩いの場』―― グィードの領域 ――を追い立てられたがための、地上へ出た頃合いで、龍が林に突っ込み、人間を捕えたと知った。
―――『逃げ火』は、朝にリオラヌから情報を受け、逃げ出した男二人(※ソマスとヘイテリス)は確保した。
彼らは逃亡の言い訳をしたが、それはリオラヌが驚かせた話を先に聞いたのでどうでも良く、この二人を他のやつらと合流する地点へ連れて行き、合流後は心臓探しを命じた。
頭数は減ったにせよ、合流の船に乗せる輩は、あの町(※ヘズロン)外れにもいたので、それらと向かうよう言いつけて終わり。
心臓探しの候補地は他にあるだ何だと、訴えていたが・・・朝の地上に出ている時間は疲れるので、それも後で聞くことにして、地下の国へ戻った。
ところが、回復するどころじゃない状況が待っていた。
戻るや否や、グィードの海近くはいつもと異なる気を帯びて、仲間は出払っており、危険を感じた。
龍気も低い。『逃げ火』もさっさとグィードの領域を離れたが、と言っても、距離を開けた程度にし、違和感の正体を探ろうと振り返ったそこで、探る必要もなく理解した。
角度を変えて分かったのは、グィードが出ていること。
海龍が守る海は、不在時に確実に閉ざされると、聞いていた。閉ざされるだけで、こうも違うのかと奇妙な気配を訝しんだすぐ、実は非常に危険状態であるのを知った。
コルステインたちが・・・ この領域にうろついている。
バレた!と察して『逃げ火』は急ぎで退散。コルステインの家族及び連携するあっち側が、反逆のサブパメントゥの隠れ家を、今まさに探り当てんとしているなど思いもしなかった。
見つからないよう、あちこちで止まっては身を潜め、様子を窺ってまた動き、これを繰り返して『逃げ火』は地上へ戻った―――
消される緊張はあったが、サブパメントゥ内を彷徨ったために回復は普段より進み、『逃げ火』はあの村の近くへ無事に到着。
ここで二度目の警戒。
空に龍気が増幅し、現れた女龍は林に飛び込み、瞬く間に何者かを連れ出た。
そいつの思考を読み取るに村の人間でもなければ、こちらが呼んだ人間とも違い、女龍とのやり取りに『魔法使い』と理解した。
それであの男(※リオラヌ)に仲間を配置したか、確認に行った。配置ではなく、来ていたのも知らない、その返事に『逃げ火』は、魔法使いは利用価値があるので取り戻しに動く。
無論、自分が危険に晒されるくらいなら、手は出さない。隙があれば、の話。
『一枚』が魔法使いをあてがったのは聞いているし(※3041話参照)、一先ず試みた次第。これが上手くいった。
思いつきだったが、龍が馬車へ戻ると踏んで、馬車手前で待機。上空に龍気が揺れた時、『戦歌』を念じた。
龍に宣戦布告する歌、呪いと怒り籠もる歌。『呼び声』のようにすべてを歌うことはないが、空取りの同士は誰もがこれを、少しは使う。
一触即発の危険もあったが。
念じた歌は功を奏し、不意をつかれた龍は魔法使いを落とす。逃すはずない機会に素早く対応して、魔法使いを地中へ引っ張り込んで成功―――
龍相手、それも最強の龍は土を抉り返すので、迷うことなく魔法使いをサブパメントゥへ下ろし、ここでもコルステインたちの危険があるから、入ってすぐさま再び上がり・・・ 村とも違う人里へ魔法使いを出した。
『逃げ火』は魔法使いに引っ込んでるよう・待つように言いつけ、次に、ゲルタス村にいる魔法使いに一言『戻した』と知らせてやり、影へ帰る。
様子見しながらではあるが・・・唯一許可された、海底近く(※ティヤー海底)の一画へ、『逃げ火』は回復を求めた。
*****
グィードが出たと気づくや、コルステインたちの勢いは残党探しにつぎ込まれる。グィードが戻るまでの間、広い広いサブパメントゥを縦横無尽で駆け巡った続き・・・ 結果、成果に及ばずで終わった。
イーアンとグィードの会話は、ほんの数分間だったけれど、グィードはその後、元の場所へ戻らず、暫し開けてやったのだが。
コルステイン一家、他味方も、龍気の減ったグィードの海周辺を隈なく探し続けて、何一つ手掛かりも得られず。
残党の逃げ足は速く、気配の残りは感じたが、それも僅か。
コルステインたちはとても優秀なサブパメントゥだが、消されると知っていて待つわけもない輩は、あちこちへ散った後で、探られた仮の塒も蛻の殻だった。
そうして探し回っている内にグィードが戻り、コルステインたちは手ぶらで引き上げるしかなく。
抜き打ちが、あとどれくらい効くだろう。
コルステインは次を考えたが、メドロッドやゴールスメィは、『二度三度、同じ手は使えない』と判断していた。そんなの分からない、と言い返したコルステインに、リリューも『グィード動くの、大変でしょ?』と正論を告げ、コルステインは唸る。
イーアンがすぐさま対応してくれたからこその、抜き打ち捜査。グィードに直接頼むなどは無理で、イーアンに何度もお願いするとなると、コルステインも気が引けた。
あの海龍は、特別な時しか動かない。それは気が遠くなる年月の間、変わらないことの一つ。でも―――
あちこちに散らかりながら回復し、しぶとく残る反逆の徒が、コルステインたちの目を盗んで地上の人間を荒らしているのを、この前知ったばかり。今までも、そうしたことはあったが、この前は意外だった。
どうやって、この広さに住む人間を荒らしたのか・・・ 場所はテイワグナで、マースやゴールスメィが見つけて報告した。
井戸の道を使っているとしか思えないのだが、井戸はサブパメントゥに続くので、コルステインたちが気付かないのは問題になった。
手を付けない場所は、サブパメントゥでも海龍の海くらい。だが、通過してテイワグナへ上がるのも考えにくい。
『何かあるんだろ』と面倒そうにゴールスメィは一蹴し、悩むに向かないコルステインたちもそれはそれと終わらせるが、どこぞに潜んでいると思うと。
とにかく、残った者たちがいつ最後の行動に出るか読めないため、警戒し続けるだけ。少しでも、あれらの動きを止められたら・把握できれば、と思うコルステインは、居場所に引き返す間、ずっと・・・
友達になった、あの頼もしい黒いダルナを考えていた。
スヴァウティヤッシュは、まだ。
海色の大きな瞳に、寂しい気持ちが長い睫毛を被せる。
スヴァウティヤッシュなら、きっと掴んだ。きっと、コルステインが分からないことも知った。次に何をするのか、いつも考えていた。
スヴァウティヤッシュと唐突に離れた後、家族と共に残党を追い回しているのに、成果に繋がらないコルステインの心は、黒いダルナを呼ぶ。
スヴァウティヤッシュに全部頼れない、それも分かっている。最後のとどめは、自分が執るのだ。分派したあれらに決着をつけるのは、自分の役目・・・
だから、その手前。今、ダルナがいないのは、もしかすると正しいのかも知れないけれど。
それでも、コルステインは黒いダルナを求める。素直で純粋なサブパメントゥの信用を得た、異界の精霊は居所も分からず、いつ戻るかも知れず。
スヴァウティヤッシュに会いたい、と大きなサブパメントゥは願う。決着をつける日まで、傍にいてくれたらいいのに、と思う。
『コルステイン、上だ』
沈む親に、マースが呼ぶ。コルステインが反応すると、四本腕のマースは右腕一本を斜め上に向け、『あいつらの動きが伝わる』と方角を示した。
*****
思わぬ形で命拾い――― ナーブヤムは、まさかのサブパメントゥによる救出で、息つく間もなく転がるように無事を得て・・・ 早くも夕日は沈み、夜を迎えた。
現在地、どこ?の状態だが。とりあえず夜が来れば、サブパメントゥが訪れる話だったので待ち続ける。
田舎町のどこかだと思う。ポイと出されたのは、家畜小屋の中で昼でも暗かった。
―――農具や乾草の影に出た後、助けてくれたサブパメントゥは多くを話さず、必要なことだけ伝えて消えたので、ナーブヤムも小屋を出て、向かいの母屋へ移った。
玄関の鍵は下りていたが、裏口に鍵は掛かっておらず、素朴な塗装の赤い扉を押し、隙間から入ってすぐ、床に腰を下ろし、項垂れた。
焦げ茶の床板に、長年使いこんだ小さな黄色い絨毯が出入りを迎えるように敷いてあり、中心がへたった毛糸は、床と変わらない。それでも、ナーブヤムは『安心して座っている』感触に、思いっきり息を吐き出して目を瞑った。
龍が、怖い。あんなの相手に戦うのかと思うと、身震いする。
背は自分より低く、女なのに。真っ白で汚れ一つない翼・自在に龍にも剣にもなる両腕・長い長い尻尾。皮膚は、見たことのない宝石のように輝き、黒い睫毛枠に嵌った目は、鳶色の瞳に野性を宿す。
堂々とした捻じれ角は、龍のそれ。初めて見る顔つきは、伝説のウィハニの彫刻の面立ちを想起させた。
低い声、唸るような脅し、無遠慮な口調、躊躇ない攻撃、あの速さ、木々をすり抜ける体・・・・・
裏口に座ったまま、ナーブヤムは両手で顔を覆い、思い出す『ウィハニの女』への畏怖に震えた。
彼女を怒らせ、殺される対象になった自分に戸惑う。
あのヨライデ人を殺そうとしたと、彼女は思いこんでいた、その誤解・・・ 襲わせたことまでは正しいが、殺す気はなかったと伝えたくて―― 許してほしくて、ナーブヤムの眉間に力が籠る。
しばらくそうして、他人の家の裏口に座り込んでいたが、数十分してようやく落ち着いた。
田舎町でもそこそこ広そうな印象から、表へ出て魔法で枝を出し、宙から町を見渡したところ、端の方にいるのを知った。が、ここで『宙から眺める=龍に捕まった』意識が過り、すぐに下へ降りる。
歩いた先に墓地が見え、大きな木が何本も生えている付属の公園に目が留まり、青々した葉を抱える大樹の側で休んだ。墓地横の公園は、黄白色の石畳が敷かれ、敷石の隙間は雑草が伸び、小さな野花が風に揺れ、ナーブヤムの心を和ませる。
大樹に魔法をかけて枝を垂らしてもらい、上に乗って樹液の敷布を広げ、体を横にしたら・・・少し眠気が襲い、そのまま休んで―――
「もうじき、来るだろうか。私が移動しても、彼らなら難なく見つけるだろうけれど」
少し前に目覚めたら、もう夕日が落ちる時間。涼しい風は魔法使いを撫で、目覚め立ての意識から、少しの間、恐れた龍を忘れさせてくれた。だがそれもすぐに終わり、夜が来る。
『ここか?』
『ここに』
すっかり暗くなった公園の横。明かり一つない公園と墓地の合間に、『闇の人』が動いた。
『お前は少しの間、身を隠しておけ。龍はお前を探す』
『・・・リオラヌの手伝いがあるが、それは』
『もう一人の魔法使いか。あいつに言っておく。鉈だけ奪えばいい。余計に煽るな。お前も忘れるなよ』
『分かった』
姿を見られ、捕まった以上、少し引っ込めと言い渡されたナーブヤム。
龍を刺激されると動きに制限が出るからか、サブパメントゥはナーブヤムにさせる仕事は別で与えるとし・・・ でもこの時はそれに触れず、また仕事の際に接触を約束すると、ナーブヤムに戻れと命じた。
ここがどこか見当がつかないので、帰りかけたサブパメントゥを引き留めて尋ねると、少し行くと海があると言われて終わった。つまり、西の地。
置き去りにされたものの、現在地が西のどこかと分かり、家に戻ることにする。
西、海。北か南か。まずは海へ向かい・・・ 宙の移動に竦む気持ちを叱咤して、宙の移動を繰り返し、海が見えるところまで出てから、北部の海と判断した。砂の質、植生、この時期の風の方向。
自宅にした家は、北部で都合は悪くないが、海から遠い。移動に時間が掛かるのはつらいが、枯渇しない魔力を持つナーブヤムは、焦らずに・・・龍に会わないことだけを願って、離れた自宅へ。
その頃、ゲルタス村のリオラヌは、サブパメントゥに『もう一人の魔法使い』について聞き、苛立ち、サブパメントゥが消えた後、腹立ち任せで魔力を使う。
「今日も嗾けるつもりだったんだ。ただ、今の俺は機嫌が悪い・・・めいっぱい、嗾けるけどな」
短気が余計を引き起こす男、リオラヌ。旅の馬車が休む道に、魔物は再び集まり・・・そして、リオラヌもまた、これで済まなくなる。
お読み頂きありがとうございます。




