3067. 7日間中 ~勇者と騎士の思う歌・剣職人と精霊の犬少々・『歌の波』制作二回目へ
※明日の投稿をお休みします。どうぞよろしくお願いいたします。
―――『ヨライデ王城には、最上級の死者が眠る。世界への最後の生贄で、魔物の手に握られており、死者を起こすと魔物が怒り、溢れる血を精霊が止める』
「ふーむ。シャンガマックらしい、短く、凝縮された言い回し。7番歌で皮肉な祭り上げられた方の者をヨライデ王と見立て、それを『最上級の死者』と表現するのは、なかなか上手い。
死者が眠る、起こすの部分も、まだ生きている状態をきちんと仄めかす。最後の生贄とこれまた皮肉な上塗りだ。最後は精霊が止めるとしっかり断言するあたり、何と心強いだろうか」
ドルドレンは、二回目『歌の波』制作に使う、部下の7番歌改訳に感心しながら、馬車の言葉と共通語のどちらも考慮して歌詞を考える。
「俺の歌が悪党に効果がないわけではない、と思うが・・・ 希望以外で、『倒す』意味合いを強調してみるか」
この前の地下道で『歌の波』は、悪党一人にも効果がなかった。皆に話したら、『それは全員もともと悪党だったのでは』と意見が一致して終わったのだが、何かが抜けている可能性もある。せっかく『心を保つ道具』を作るのだし、籠める歌の威力があるに越したことはない・・・
シャンガマックの改訳はとても短いので、意味を損なわないよう補足的に、表現の広がりを添え、共通語で歌ってみて、馬車の言葉で歌ってみて、を繰り返すドルドレン。音は明るいが、伸びやかな印象は付けない。暢気な雰囲気は合わないし、音を聴いただけでも心が引き締まるように―――
「ドルドレン」
「おお、タンクラッド。どうだ、もう終わったか」
荷台の壁に寄りかかって歌詞作りに励む勇者は、作業中のタンクラッドに覗き込まれて顔を上げた。ふふんと面白そうに手元を見た目が、ちらっとドルドレンに上がる。
「お前の律儀な一面で、共通語しか知らん人間でも意味が通じるな」
「ハイザンジェルへ持ち帰ってから、ハイザンジェルの皆に」
皆に、理解出来たらと思う・・・ は言えなかった。誰一人戻らないかもしれないから。言葉の代わりに小さな溜息を落とし、ドルドレンの気持ちを汲んだ親方は彼の肩をポンと叩く。
「戻ってくるだろう。お前が魔物の王を倒すんだ。きっと大丈夫だ」
「そう願う。そっちは?」
ドルドレンが開いた扉の先に目をやり、タンクラッドは軽く頷くと、『イーアンがミレイオの指示に沿って研磨中』と教えた。
勇者が歌詞制作に勤しむ間で、石を抱えて早々戻ってきた女龍は、ミレイオと一緒に素材石の加工を始め、一度こなした経験から要領よく工程が進み、現在研磨に入ったという。速い、と驚くドルドレンに笑い、タンクラッドは『俺の出る幕はない』と手伝い不要のためにこちらへ来た様子。
側にはバロタータもいるが―― タンクラッドはそちらを見ず。
精霊は勇者の歌が好きで近くに座っていて『あの時から、話しかけない剣職人』とはいえ、特に態度も変えない。
タンクラッドも、謝るだ何だは納得しないので、そのまま・・・ 平行線と言えばそうだが、無駄話はしないだけのこと。
痛い仕打ちを行ったイーアンには、普通に話しかけられるので、『イーアンの性格』と分かっているし、仕打ちの一件は触れないで、普段の会話は続けている―――
「どう思う?歌詞に力強さも含めておこうと考えたのだ」
「ふむ、良いんじゃないか?分かりやすい。馬車の民といった雰囲気も、お前の言葉に滲む。音が決まっているなら、歌ってみてくれ」
歌詞を書いた紙を見せて尋ねたドルドレンに、タンクラッドは何度か頷いて『いい歌だ』と褒め、歌を所望する。ニコッと笑ったドルドレンは勿論、断らない。
姿勢はそのまま、壁に背を付けて座る寛いだ格好で、勇者は何の前置きもなく馬車の言葉で歌い出す。馬車言葉に文字はないので、共通語の文章に人差し指をずらしながら、どこを歌っているか示す。
タンクラッドはそれを目で追い、歌い終わったドルドレンに軽く拍手。『やはり、お前の歌は良い』と褒めて、もう一回聴かせてもらった。
―――『暗黒の門、嵐の城。滅びの死者は目を開かず。魔の徒も寄らぬ生贄に、世の終わりが及ぶ時。降り来たる誉れの腕に、魔の囲いも煤に等しい。空疎の錠前、抜かれる澱み、死者に迷いが譲られて、魔の怒りが燃えようとも。至高の似姿、溢るる赤を一滴たりと避けさせず、精霊の馭す裁き、仮象を妨ぐ。』―――
「馬車の言葉だと、全く分からないのにも関わらず、勇ましいと感じる」
「最高の褒め言葉だ、タンクラッド。歌詞の意味は書いたとおりだ」
「総長、今のは」
二度目を聴いたタンクラッドがもう一回拍手した後ろから、シャンガマックが急いで来る。
さっきも聴こえたから、と期待した眼差しを向ける部下に、ドルドレンは歌詞を見せて、シャンガマックはすぐに眉根を寄せた。
「随分、変化しましたね」
「うむ。歌だし」
でもお前が訳したところは所々に入っているのだ、と引用を指差す総長に、褐色の騎士は『そうですね』と頷きつつ複雑そう(※思いっきり変化した印象)。
脇に置かれた元の紙にも目を通したタンクラッドは、シャンガマックを察してちょっと笑い、『お前の書いた訳が物語になったみたいじゃないか』と丸く治める。
ドルドレンも馬車風にしたので、大袈裟な改変をした気はないのだが、『言葉は増えたね』と二枚の紙を見比べる。
これを、側でずっと聞いている犬の精霊は。
シャンガマックの戸惑いを宥めた、背の高い男―― ドルドレンの剣を作り、歌の良しを認める感性があること ――に、寛容な眼差しを向ける。話しかけてきたら答えてやってもいい(※上から)と。
シャンガマックは『物語調も良いですけれどね』と小さく不満をこぼし、タンクラッドは騎士に笑って『お前の土台あってこそ』ドルドレンの歌になったことを教え、不意に馬車横でこちらを見ている精霊の視線に気づいた。
犬の緑の目が、真っ直ぐ。視線を逸らそうとしかけて、タンクラッドは瞬きで止め、笑っていた表情が少し強張る。犬はただじっと見ていただけで、心に話しかけもしなかったが、少し咳払いしたタンクラッドは犬に声をかけた。
「・・・そう思うだろ?」
「私に問いかけているのか」
「あんたは、ずっと聴いていたんだから」
「ドルドレンの歌は、馬車の民の心。心を動かされたドルドレンの表現だ。分かるか、シャンガマック」
話しかけたタンクラッドに答えたのは、一回。次の答えはシャンガマックに直接伝え、パッと振り向いた騎士に『ドルドレンはお前の言葉を継いだに過ぎないな?』と確かめるように続けた。
無視される形のタンクラッドは、一瞬、面持ちが硬くなったものの、会話を持ち掛けた自分に、甘さと歩み寄りの両方を認めたが、精霊はシャンガマックの返答を待たず、剣職人に顔を向ける。
「タンクラッドよ。お前が言いたかったことは、私が代わりに伝えた」
「ん。む、そう、そうだな」
犬はここで口を閉じ、しらっとして別の方を見る。ドルドレンは顔に出さないけれど、やり取りを聴きながら微笑ましく思った。シャンガマックも、ぎこちない剣職人をちょろっと見上げて、恥ずかしそうな彼をそっとしておくため、『イーアンに教える』と荷台を離れた。
こうして―――
「それでは、バロタータ。馬車をお願いします」
「気を付けて行きなさい。龍と共にあって、レムネアクが襲われるとは思わないが」
はーい・・・とイーアンは返事をして、空へ上がる。
研磨加工済みの素材石を詰め込んだ袋・大鍋は、ミレイオとドルドレンが持つ。シュンディーンは、龍の力が強くかかると聞いて遠慮した。ドルドレンとミレイオは、青い龍ミンティンに乗って―― もう一人付き。
イーアンは、レムネアクを抱える(※保護)。行くつもりはなかった僧兵だが、『じゃあ出発』と尻尾を腹に巻かれて、強制的に同行となった。
「気にさせてすみません」
「あんたを一人にしとくと、私が気になる」
鉈を落とさないでねと軽く注意を受け、レムネアクは頷く。
あの日、帯も切られてしまったので、今は普通の布地を帯代わりに用いて、鉈を腰から下げる。イーアンに抱えられ、並ぶ青い龍に乗る総長とミレイオに少し笑われて、恐縮しつつ笑顔を返す。
「イーアン、ちょっとルオロフの機嫌は気になるが。あれはどうするのだ」
「彼は、『一番が好き』ってだけですので、何か考えます。でも私、忙しいので暇になったらですね」
レムネアクに構う女龍を嫌がる貴族は、態度に出やすい。今日は見送りもなかった。
出発前にちらっと見たが、それも『私はちらっと見たぞ』を意識させるためで、自分が不満であることを刷り込む(※貴族技)。と、イーアンは捉えた(※当)。
『暇になったら』で流すイーアンの、どうでも良さそうな反応にミレイオがケラケラ笑い、レムネアクは『彼には謝る』と呟いて、イーアンに『謝る必要ないから』と遮られた。
雑談(※やきもち貴族)しながら、空の道。この前も行ったので、ミンティンは方向正しく、ゆったり飛んでも数十分。中央東の山へ、四人は到着する。
「この前のところで降りて」
ミンティンを誘導し、イーアンは針葉樹の合間に龍を降ろしてから、背中の二人に『岩絵まで徒歩で』とお願いする。それからレムネアクをドルドレンに渡して(※保護)お鍋を引き取り、イーアンは水汲みへ。
岩絵がはっきり見えてくると・・・ ミレイオは目を奪われて暫し黙り、『すごい』と一言、感動した。レムネアクも昔来たことがあるこの場所を見回し、『覚えているままだ』と感慨深そうに呟く。
風はひっきりなし。ひゅおっと吹き抜けると、すぐに次が吹いてくる。口笛のように山間を抜ける風と、落ちる葉っぱの舞う中を、岩が露出する所まで進み、イーアンが戻ってくる前に三人は火を熾した。
ミレイオが岩絵に釘付けなので、火を熾してから『側で見たら』とドルドレンは促し、レムネアクと二人で火の番を引き受ける。ミレイオは『ちょっとだけ近くに行くわ』とそそくさ走って行き、レムネアクもその背中を目で追いながら、奥へ続く黒い龍の絵を見上げた。
「こんな深いところまで、お前は来たのだな」
「はい。仕事で、材料を採りに来ました。初めて見た時はミレイオと同じで、魂が抜けるかと思うくらい感動しましたね」
ハハハと声を立てた総長と一緒に笑い、『まさかこんな秘密があったとは思わない』と更なる驚きに微笑んだ。少し話していると、今回は女龍が早く戻り、戻った挨拶そこそこ、焚火に鍋をかけた。
「それではね、ドルドレン・・・って、ミレイオは?」
「絵を見ているのだ。呼ぼう」
ドルドレンが後方のミレイオに、おいでと呼び掛けると彼はすぐ戻り、『素晴らしい芸術』と感動で満面の笑みを見せた。
「もっと、感動しますよ」
ニコーっと笑ったイーアンに、楽しみにしていたミレイオも頷く。タンクラッドから話を聞いていた『歌の波』制作。いよいよ開始で、心が躍る。
「ドルドレンは一度経験していますが、何をするか説明します。まずね・・・ 」
お湯が湧いたら、重ならないように並べた石を湯の側に持ち、ドルドレンが歌い終わるまで無言で通す。言ってみればこれだけのことだが、感動しやすい二人(※ミレイオ・レムネアク)に『喋っちゃいけません』と念を押した。二人は重々しく頷いて了解。
「今回は石の数が倍です。前回はお盆で済みましたが、お盆に乗る数ではありませんから、私のクロークに石を並べて、ミレイオとレムネアクで、クロークを広げておいてください。完了したら」
「イーアンを呼ぶ」
ドルドレンが微笑み、イーアンもお願いする。本当は近くで見たいイーアンだけど。今日は朝とは言え、ちょっと雲が千切れ千切れに飛んでいる空。光の確保が必要で、今回も反射鏡役。空を見上げて『では』と呟いた。
「前回同様、龍気膜を張りますよ」
そう言うなり、ぶわっと白い龍気が広がり、自分たちと岩絵丸ごとを半球が包みこむ。おお、と声を上げたレムネアクに『シー』の注意。さっと頷いた僧兵は、ここから無言を決意する。
「龍気で風を遮断するの。ドルドレンの声以外が入らないように」
それからイーアンはクロークを外して地面に置き、持ってきた小石を丁寧に並べて、動かさないよう慎重に、ミレイオとレムネアクが左右の端を持ち上げる。持ち上げて、少し転がった石をドルドレンが直し、イーアンは湯気立つ鍋と陽射しの角度を確認して、二人には丁度良さそうな位置に立ってもらった。
「ドルドレン、よろしくお願いしますね」
勇者に微笑みかけ、女龍は空へ飛ぶ。龍気を抜けたすぐ、真っ白な光と共に一頭の大きな龍が現れ、それはぐるりと長い体を丸めて一枚の鏡になった。ぎらっと輝く収斂した陽射しが、小さな鍋の湯気を照らした瞬間。
虹は現れ、ドルドレンはこれを合図に歌い出す。
旅する民族・馬車の民は、何の準備もなく歌える。勇者は太陽を背に、よく通る大きな声を空に向け、馬車の言葉で、民を励ます希望を歌った。
歌い始めと同時に、虹は彼の歌を拾い、キラキラと色鮮やかな光の粒がクロークに並んだ石に移る。
湯気の虹がそのまま移動するように・・・ 目を疑うレムネアクは摩訶不思議な美しい現象に顔が緩む。ミレイオは感動で瞬きすら惜しかった。
クロークを持つ二人の手に、あの日タンクラッドが感じた感触と同じ、歌の振動が波寄せて伝う。こんな体験をする人生に、レムネアクは賛美を捧げる。ミレイオもひたすら五感で感じる『愛』に胸熱くしていた。
そう。あの黒い龍が贈る、小さな弱い人間たちへの『愛』がこうした手段であると、ミレイオはひしひし感じた。
人間技では不可能な、焼き付けた巨大な岩絵。謎めいた方法で、悪人の盗用を遠ざけた『愛』を渡そうとした誰かは―――
ドルドレンが歌い終わり、ミレイオは反射鏡を務めた白い龍を見上げる。
きっと、遥か古代の龍がこれを作ったのだろう。
お読みいただきありがとうございます。
今年に入ってから休む回数が増えて申し訳ありませんが、明日はお休みします。
これからの展開のため、今日は日中使って1000話から読み返しまして(-_-;)書く時間がありませんでした。
意識が冴えている日は、物語読み直しができるので、あと300話くらい読んで、明日お話を書こうと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
いつもいらして下さって有難うございます。
Ichen.




