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魔物資源活用機構  作者: Ichen
三つの供物
3059/3100

3059. 7日間中 ~井戸・血の精霊より

※少々、残酷な場面があります。苦手な方はご注意ください。

※明日の投稿をお休みします。どうぞよろしくお願いいたします。

 

 少し時間を戻し・・・イーアンが、魔導士と地下道を探り始めた、その頃。


 馬車には、ドルドレン、シャンガマック親子、精霊バロタータ、ミレイオ、シュンディーン、そして先に戻された三人、ロゼール、ルオロフ、レムネアクが揃っていた。



 今日もシャンガマックは魔導士のお呼びが掛からず、いい加減放置されている気がして心配だが、そんなシャンガマックの不満そうな顔に、獅子は『ピフィアにでも行くか?』と誘って、提案にはドルドレンも了承した。


 ということで、親子はピフィアに出発、すぐ隣だし、獅子が連れて行くので距離も時間も、あって無いようなもの。何かあれば呼んで下さい、とシャンガマックは出かけて行った。


「魔法使いが来たら対戦するって、意気込んでいたんですけどね」


 ロゼールがぼそっと突っ込むが、ドルドレンは『来ないのが一番』と現状良好であることを大切にする。


「ねぇ。私、ちょっと洗濯物があるから、地下に行きたいんだけど大丈夫かしら?」


「ん?有難う、いつも。大丈夫だ。バロタータがいてくれるのだし。シュンディーンも地下へ?」


 そう、と頷いた二人に、ドルドレンはこれも了解。洗濯物をありがとう、とお礼を言って送り出した。

 この時点で、四人減る―――



 ドルドレンはバロタータに、『歌を』と頼まれて、そんな暢気で良いのだろうかと気にしつつ、『用事があるわけでもないだろう』とせっつかれるので、歌うことにした。


 犬の精霊は、馬車の歌が好き・・・ それはドルドレンにとって、何とも親しむ身内の側にいるよう。歌詞だけ覚えたヨライデ馬車歌ではなく、少し考えて『俺が作った短い歌がある』と言うと、バロタータはそれも聴きたいと言った。


「では、こっちへ。雨が降っているし、バロタータもこちらへ」


「雨は私に関係ないが、吹き込んで濡れると、お前は気にするな」


 風もなく、しとしと静かな雨だけど、御者台や馬車の影に居ても濡れるので、荷台に移る。ちょっとした立ち話なら雨も気にしないが、荷台があるのに濡れ続ける理由はないわけで。


 ロゼールは食材の在庫を調べている最中で、食料馬車に入って記録中。レムネアクも食事を作る担当に加わっているため、一緒に手伝う。

 ルオロフは模型船が浮かびっぱなしなので、寝台馬車の自分の寝台で考えていたが、総長の歌声が聴こえてきたので、荷馬車に行った。


「素晴らしい歌ですから、是非、近くで聴きたいと思いました。ご一緒して良いでしょうか?」


「構わない。私の横に座りなさい」


 許可するのは歌い手ではなくて、ワンちゃん。微笑む貴族に大きな手を揺らして隣に寄せ、ドルドレンも少し笑って歌を続ける。


 ここで、一ヵ所に三人集まる―――



 短い歌はすぐ終わるので、ドルドレンはハイザンジェル馬車歌も繋げ、荷台は旅情溢れる時間・・・


 バロタータの耳は、ドルドレンの歌に満足していたが。

 ふと、片耳だけ後ろへ傾く。


 自分がいる場所に()()()()()は入れない。邪悪なものは確実に。そして、自分よりも弱い精霊も。

 だが、例外はある。私の守る場所であっても、他の精霊の範囲、その接点に立ってしまったら、それは―――



 ワンちゃんの顔が、少し左へ向く。緑の鋭い眼光が、開けっ放しの扉から見える、三台目の馬車を捉える。何かが来たのは分かる。同じ国の精霊の余波であることも分かる。また、その余波が何をしようとしているか・・・ 


 恨み・・・?()()()()()()()か?


 感じ取ったことは一先ず置いて、バロタータはスッと荷台に立つ。すぐに()()()()()ものではないはずだが。


 ドルドレンは歌を止め、精霊が頭を向けた方を見たルオロフも、『どうかなさいましたか』と尋ねたが、精霊は振り返らずに何やら伺っている。


 ふぅっと柔らかな風が荷台に吹き、バロタータの力が発せられたが、犬は『む。遅かったか?』の一言。ドルドレンとルオロフはぎょっとして、異変が起きたのも同時に理解した。


「あっちですね?」 「見てくる」


 言葉を被せて二人は荷台を下り、バロタータの口も少し開く。『レムネアク』と呟いた声は、呼びかけるように―――



 ドルドレンが寝台馬車を挟んだ後ろへ小走りに駆け、半開きの扉から見えるロゼールに『何かあったか』と覗き込むと、彼は振り返って首を横に振った。


「なん、え?急に、何ですか?どうかしました?」


「ロゼールは何もないのだな?」


「ちょっと、聞かれてることが分かんないんですけど・・・ 」


「総長、レムネアクは?」


 周囲をサッと見てきたルオロフが、荷台を覗き込む背中に聞き、パッと振り返った灰色の瞳が泳ぐ。これでロゼールも察し、『え?レムネアクがいないんですか?』と紙とペンを放り出し、慌てて荷台を降りた。


「だって、()()()ですよ?少し前に出て」


「少し前とは、いつだ」


「総長が来る数分前です。腹が冷えたと言ってたので」


「腹痛で用足しなら、長引くのでは」


 こうしたことは言い難いが、ルオロフが思うことを口にする。でもドルドレンは警戒が増す。バロタータが反応したということは。


「バロタータの側に集まっていてくれ。俺が探しに行く」


「手洗いは、広場の向こうのを使ってるはずです」


『分かっている』と答えたドルドレンの足はもう走り出しており、レムネアクが狙われたなら、()()()()()行かねばならない気もした。既にいないと過るのは、不安からか。


 手洗いの場所は広場備え付けの便所で、専用の水場で水を汲んで個室に運んでから、用を足した後に流す。

 便所にいるなら桶が・・・ ドルドレンは手洗いの壁で足を止め、壁裏の井戸を見た。井戸の周囲には、使っていない桶が十二個、屋根から吊るす棚に載っている。桶の数は、この数日で覚えた。一つも使われていない。


 便所の確認はさすがに気後れするが、奥に十部屋ある個室の衝立の近くへ行き『ドルドレンだ。すまないが、レムネアク。いたら返事を』と呼び掛ける。彼ならどんな状況でも応えてくれるはず。だが、返事は戻らなかった。


 個室の扉は、横棒を渡す簡易鍵がかかる程度、一つずつ扉を揺らし、結局、誰もいないのを知る。そこを離れて、ドルドレンはやや大きめの声で名前を呼んだ。何度か呼びながら歩き回り、無反応に、呼ぶのをやめる。



「レムネアク・・・ どこへ」


 広場くらいの距離なら、バロタータの力が守り、おかしな相手は立ち入ることさえ出来ないはず。なぜ、と思う。広場の中心で足を止めたドルドレンは、ぐるっと周囲を見回した。


 広場から便所までは、特に遮るものがない。この見通しの良い状態で、レムネアクを見失うとは。


 雨は降り続けていて、広場の石畳の溝も埋めるくらいの水が渡る。

 水は明度の低い風景を僅かに反射し、ドルドレンの足元に影は落ちない。影も落ちないし、()()()()()()()()()()()()()()



 井戸の周りに垂れた血も、ものの数分で雨に流されて消えた。その血は、レムネアクのものではなく・・・



 *****



 この後、一人で戻った総長にロゼールたちが心配し、バロタータに『あなたの力が働いているのに、なぜ』と訊いたところ、犬の精霊はドルドレンたちを連れて、馬車から斜向かいの手洗い前へ行き、『あの時も』と塀の表で振り返り、教えた。


 モデス村の兄弟が攫われた時も、火の地霊が存在として使う暖炉は、バロタータが押さえるものではなかった(※3031話参照)。

 押さえるに無理があるのでもないが、属性と存在が結びついている場合・・・ 要は、各精霊が存在すべき場所に、バロタータの力は通常、掛からない。


 レムネアクはこの手洗いまで来て、消えた。


「側に他の精霊が近寄るのを感じた。私がいると分かっていて、何をする気か様子を見た。だがレムネアクはあちらの精霊の忍ぶ方へ行き、私は彼を阻もうとしたが」


 阻もうとしたが、の続きは切れ、ロゼールの眉がぎゅっと寄る。


 井戸を伝ったかもしれない、とバロタータは塀向こうに顔を向け、ドルドレンはもう一度調べに。ロゼールも気が気ではなく、井戸周りを二人で調べたが、痕跡は見つけられなかった。


 ルオロフはバロタータの側から見守っていて、犬の精霊に『その精霊は、井戸を使うんですか?』と精霊の種類を訊いてみた。するとバロタータは、『井戸、とは言っていない』という。


「では、水?」


「流動するもの、と捉えた方が良い」


「流動する・・・それは」


 不意に脳裏に掠めた、血の祠の森(※2943話参照)。薄緑の瞳は、総長たちとバロタータを交互に見て『もしかして』と呟き、犬の目と目が合った。


「ヨライデでは『血の精霊』と呼ばれる者がいる」


「なんですって。あの精霊が動いたんですか?あなたの力が行き渡るここで?」


「私の力の範囲ではあるが、この内側に別の精霊と密接に関わる要素があれば、それは」


「ここに?水に混じって」


 サッと血の気の引いた貴族の顔を見つめ、『レムネアクは()()()()()』とバロタータは別の視点を添える。それは、彼に不利か有利か。

 バロタータとしては、『それで攫われたなら不利だが、持っている以上は有利だろう』と。



 ここまでが、イーアンの戻ってくる前の話―――



 *****



 ぐらっと引きずり込まれた井戸の中。


 黒い血に腕を掴まれ落とされ、どことも知れない井戸の底に転がり続けた。ただの井戸底ではない距離を落ちるように転がって、止まった先で血に襲いかかられ、呼吸を止められかけたものの、鉈の柄に手をかけた瞬間、それは遠のく。


 だが、腰を付いた地面から剣が突き出て、レムネアクの右腿を刃が引っかけた。ぐわっと思わず呻いた痛みに足を引いたが、剣はまた下から動き、慌てて体をねじり、勢いで立ち上がって前へ踏み出す。


 ぐらりと揺れた足元は、踏んだ地面から蜘蛛の巣状の(ひび)が入って―――



「うおっ」


 急いで体を丸めたものの、蜘蛛の巣の亀裂から刃が一斉に現れ、丸めた体の内側と顔以外は切られた。わぁと叫び、体から噴き出る血。痛みと血の濡れを受けたレムネアクは、ここがどこか何が起きたか、考える暇もない。


 左の腰に下げた鉈の柄を握る右手は放さず、現れた刃物が倒れて、また次が亀裂に浮かぶのを目にし、焦った。


 ―――殺される。やりようのない、人外相手。諦めるわけに行かないが、粘るにも。


 効く気もしないが、呪文を唱え身を守る。思った通り、関係ない。次の刃が亀裂を突き出て飛び、レムネアクはまた切られる。踏んだ足を中心に広がる蜘蛛の巣。中心からは出ないが、肩幅程度の直径から先はぎらつく刃が飛び出る。


 甚振られるよう。切り傷は深いところで1㎝行った。丸めたところで肩や背中、尻や腿の外側は切られる。だらだら出てくる血に、痛みで震えが始まり、あっという間に窮地に追い込まれるレムネアクは、耳や額の一部も切られて目に血が入り、視界がさらに悪くなる。ただでさえ、薄暗くて風景らしいものもない場所で。


「俺の・・・」


 鉈を抜いて取られる可能性が高い、この鉈目当てだろうとすぐ思ったため、抜くに抜けなかったが、背に腹は代えられない。


 死ぬなと言ったオーリンの言葉が過り、レムネアクは鉈を帯から抜いた。

 正確には、帯も切られて鉈は掴んでいただけだったが、振り上げた右腕が、鉈を抜いた動作。抜くと同時、下から切っ先が見え、『俺の敵を殺せ』と同時に叫んだ。



 叫んだ命令。止まった刃の群れ。凝結したように、空間が重く変わる。一ヵ所が異様に暗く萎み、レムネアクの向かい合う壁なき壁に、目が現れた。一つの目が、くーっと瞼を開き、それは瞬きして、真っ黒な瞳孔が広がる。


『敵を倒せとな。お前は同類に頼むか』


「・・・・・ 」


 息が上がる。何者だか分からない。同類とは。全身の痛みで思考が続かないが、向かいの目は細まり、戸惑う男の反応で可笑しそうに歪んだ。


『死霊を従える鉈を持ち、なぜ龍の庇護を受けるやら。鉈は不要だろう。そこに置くがいい』


 言葉の意味が、レムネアクにはっきり分からないまま。龍とはイーアン、彼女を話に出した意味があるはずだが、意識が途切れる。邪魔な痛みに顔を顰め、レムネアクは唾を飲みこむ。振り上げた腕はそのまま、掴んだ手に力を込めた。


『死ぬ気があるなら、死ぬのも良い。死ぬ気がないなら、鉈を置くのも自由』


「これを渡すと、殺さないと言っているのか」


『さて。しかし死んだとしても、鉈はお前のものにならない』


 どちらにしても鉈は奪われると、それだけは分かった。嘘を吐かないのは、死霊の系列。俺はここで死んでも助かっても、鉈が消える。単純に理解したレムネアクは、震える息を吐き出して、流れ続ける血にくらつく頭を一振りした。オーリンに、心で謝る。


()()()に栄えあれ」


『愚かしい』


 死ぬ方を選んだ男に、目は一言投げてやる。これを言い終わる前に、蜘蛛の巣の中心から剣が覗き、レムネアクは倒れかける体を支えることも出来ず、切っ先を目に映した次の一秒で、内腿・股・腹に、真下から突き出た圧力を感じた。


 レムネアクの意識が止まる。鉈は真っ赤に染まり、脈打つ腕の一部のように赤い光を煌々と走らせていた。



 *****



「・・・ 」


 熱い。熱い、いてっ。


「・・・い」


 いてっ、いってぇ・・・ あつ・・・


「おい」



 痛みと熱さ。感じたのは両方で、聞こえた声に続けて、荒い息の音。息苦しく、これが自分の呼吸と気づく。


「おい。見ろ、目を開けられるか」


 誰かの声。知らない声に、震えで重い瞼は反応する。びくつく瞼の隙間に見えた、茶色い肌の顔。人間だ、と思うも、痛みでまた目を閉じた。


「意識が戻ったな。しぶとい男で何よりだ」


 誰なんだと思考は問うが、レムネアクは満身創痍の痛みで呻くのが精いっぱい。生きていたのか、俺は・・・ どこもかしこも痛みでおかしくなりそうだが、誰かに助けられた、までは理解した。


「お前。鉈を離せないか」


 急に気が引き締まる一言を囁かれ、バッと目を開ける。その一言で全身の痛みをはねのけたレムネアクは握った右手に全力をこめて体を起こした。その時、驚いて仰け反った相手の顔を―― 女の顔を見たものの。


「うぐあっ! いてえ!」


「馬鹿だな。ああ、もう。せっかく塞いでやったのに」


 動いた勢いで傷が割れ、もんどりうったレムネアク。鉈は絶対に離さなかったらしい、とそれは自分を褒めたが、痛すぎて思考が続かない。うーうー、呻き、震えながら身を横たえ・・・寝台にいるのも、遅いながら気づく。ちらと目を向ければ、自分の体中になぜか大きな葉が沢山くっついている・・・


 女は、倒れたレムネアクにバカと言ったが、呆れたように顔を覗き込み『()()はしないが』と、言った。


「右手の拳も手首も切れているんだ。手当て出来ない」


「・・・放さん」


「その手で握れなくなるのに?いいのか」


「誰だ」


 握れないかどうかは、左手もあると、レムネアクは思ったが、それを言うほど持たない。手当て?



 警戒全開の傷だらけの男に、溜息を一つ吐いて。


()()()()()()()はなかった」


 女は、少し気の毒そうな言い方で、ちらと見た茶色の目にそう言った。

お読み頂きありがとうございます。

意識の途切れるため、明日は病院へ行きます。戻って来て物語が書けるか分からないので、お休みします。

何度か行かないといけないらしく、今月もお休みが増えそうなのですが、書けたらすぐ更新しようと思います。

度々休みを挟んでしまい、ご迷惑をおかけします。どうぞよろしくお願いいたします。


Ichen. 

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