3058. 7日間中 ~血の祠の受理・待つこと木の如し『樹木のナーブヤム』の過去と願い
魔導士はイーアンを連れ、龍気の結界も解かせて外へ出ると、その場で魔法陣を用意。
ぱちんと鳴らした指先が、宙をくるりと一掻きし、輝く魔法陣がテーブルのように現れる。短い呪文で命じたすぐ、魔法陣の光線に細い煌めきが渡った。これで首の居場所を確認する。
雨が落ち始めた表の空気は湿り、灰色の雲が覆った空を、静かな遠雷が伝った十秒後。イーアンは、詳細を把握した魔導士に『あった』と一言貰う。
「首のあるところ?」
「首を貢いだところだな、正確には」
美しく控えめに輝く魔法陣の一ヵ所、現在地に青い小さな光が灯り、少し離れた先に黒い粒が浮かんでいる。魔導士の指はそれを示し『祠だ』と、その方向に視線を向けた。
近くにあるらしき祠の存在。そんなのあるんだと眉根を寄せた女龍に『目立つ場所に無い』と教えた魔導士は、そちらへイーアンを連れて行った。そして、明け方の振動の正体も解る。
「振動とやらは」
『これが動いたわけだ』と魔導士の髭の顎がしゃくった前方に、黒い祠。
町外れで、墓地遺跡から町の一部を挟んだ斜めの位置、町北東に密集する遺跡群に紛れ、古い広葉樹が茂る下にそれはあった。
憩いの場のような遺跡群は、施設などの利用はなく、当時の古い風景を管理されて維持出来ている印象。美しく風情ある場所だけに、降り出した雨に打たれる黒い祠の存在は、場違いの異物にすら感じる。
異物の祠さながら――― きっとここまでは、現代でしないと思うが。
地下道から運ばれたらしき20の首は、祠の捧げものとして置かれていた。
誰がどう処理したのか。肉も毛も中身も無くした白いシャレコウベが、祠の扉前の階段に積まれ、階段下に溜まったタールの如き、黒々した水が雨に揺れる。
高床式に作られた犬小屋くらいの祠は扉が開いており、内側には細く光を落とす裂け目が見えた。
「被害は?」
魔導士が尋ねる。凝視するイーアンは息を吸い込んで首を横に振り、『特に、まだない』と答える。
「朝だとすれば、何に止められることもなく、動いただろう。どこからか、お前たちを狙っている可能性は高い。これの矛先は、お前たちに仕掛けられている」
そんなことも分かるの?と聞いたイーアンを見下ろし、『その程度は分かる』と片眉を上げる魔導士。
「単純だ。願掛けしたやつの用事は、髑髏から伝わる」
「・・・狙うって。でも、私たちの馬車には精霊もいるし、寄ってこれないよ」
「龍もいるからな。ただ・・・魔法使いの目的が鉈ってことなら、引き離す出来事は起きるかもしれない」
少し祠に視線を止めていた魔導士は、『封じるか』と無難な対処に出る。
「封じると、願掛けした相手には伝わるだろうな。序に、この祠を司る霊も反動があるかもしれんが。俺は最小限の手出しだ。
それとな、封じたところで、もう動きに出ちまった奴は野放しだろう。引っ込むわけじゃない。勝手に消えるか、お前たちが倒すか。お前たちに不備があって、レムネアクがやられる未来は」
「それは、ない」
即、遮るイーアン。じろっと見た鳶色の瞳を一瞥し、『これ以上は広がらない、ってだけのことを忘れるな』対処は急げと魔導士は言い、協力はここまで。
大方を知るに至ったイーアンは、血の祠から伸びる力を、魔導士が封じてくれたことは感謝した。力の供給源は断たれたわけだ。
でも、野放しがあると聞いては、のんびりしていられない。仲間といるレムネアクに危険はないと思うが、今が大丈夫でも油断は出来ないのだ。
魔導士に礼を言って、文字の解読を頼み、その場でお別れする。
そぼ降る雨を縫いながら飛ぶ間、ヨライデに来たばかりで倒した、血の祠の夜を思い出す(※2944話参照)。あんな風に動くのか、それとも全く違う動きを取るか。
雨はしとしとと静かに、たまに吹く風に押されながら、古都を濡らす。
それほど時間が立ったとは思わなかったが、時刻は昼前だった。
イーアンが三人を馬車に戻してから、1時間ちょっと経過―――
*****
ナーブヤムが大樹を引き出したのは、注意を引くためだけではなかった。
ただ気を引くためだけに、あれほど大きな木は出さない。町の地下に、根を貼る目的があったから。
ヘズロンが昔から関り深かった、『血の精霊の祠』を動かす。
供えを置いて、血の精霊を起こせば、手を放れても頼みは聞く。早めに援助を求める方が、こちらも魔力を使わなくて良い。
龍だ精霊だと、身内に備えたらしき『鉈』を持つ男。その男を捕まえるに、ある程度の段階―― 時間差 ――を踏めば、どうにかなりそうなもので・・・・・
「お供えは・・・もう、効いているはずだが。成長を止めた木でも、魔力が切れるまでは・・・ 」
邪魔をされた分、何か支障が出たかもしれない。
まだ成果が伝わってこないとなると、後れを取っているのか。地上部が損傷を受けても、直根が残っているなら、血の祠に捧げものを渡せているだろうが、吉報は未だになく。
「こういう時、遠とり術を覚えておけば、と思うな」
離れた場所の様子を見られるなら、と待つだけのナーブヤムは少し笑う。成果は疑わないが、今回の邪魔で、あの後どうなったか分からず、少し心配する。
―――死霊が襲った瞬間、精霊の縛りつけが消えて、間一髪で逃れたナーブヤム(※3048話参照)。リオラヌも同じくで、あの後、逃げて落ち合った。
リオラヌは、ナーブヤムが初回に会った時よりも荒れており、理由は彼が、鉈で切られたことだった。
切ったといっても、かすり傷ではあるが、矜持高い男は喚いて止まらず、ナーブヤムに『治癒は使えないのか』と言われて、我に返る始末。
治癒魔法を使えるリオラヌだが、怒り心頭ですっかり忘れていたあたり・・・年上のナーブヤムの目に、なんと短気で危なっかしい男かと映った。早く治せば良いだけのことに、大騒ぎ。
鉈が引っ掻いて、リオラヌは右頬を横に走る浅い傷を負ったが、肉も薄い頬に、ほんのちょっとで済んだ傷は、ナーブヤムからすると、相手の裏がありそうな気がした。が、傷で取り乱して怒った男は、そんなこと考えもしない。
治癒魔法で治した傷跡は、痛みも血もなくなったものの、『違和感がある』と文句を言っていた。
その違和感が、仰々しい手綱にならんことを、とナーブヤムは心で思うに留め、現地に残した魔法の続き、その予定を話した。
『あの木の根が残る以上は、生贄を連れて血の祠へ捧げる。後は、血の祠任せだ』
祠が動き出したら、掛けた魔法は戻って、ナーブヤムの知るところになる。
リオラヌは、事前に聞いた内容だから、『結果が出たら知らせろ』とそれだけの返事で終えた。
・・・ちなみに、あの日のリオラヌの予定は、ナーブヤムの木で連中の目を引き、連中が分散したら、鉈持ちの男を捕まえる気でいた。
炎を走らせれば、対処に戸惑うだろうと広げた矢先、連中が来たのは少々早かったのだが。鉈持ち男もいたのに、誤算で地霊が離れたため、あんな羽目に―――
コトン、と木の容器を机に置くと、道具一式を下げる太いベルトを外して椅子の背にかけ、椅子を引いて座る。温い湯を口に運び、皿に載せてある果物を一つ取って割り、齧った。
窓の外を見る。自宅の表は、静かな山の中。
側にささやかな泉が湧くここは、ナーブヤムの自宅にしてあるが、最近造ったもの。
移動してリオラヌの手伝いに来たので、長らく使っていた家を離れて、さながら新居と言ったところ。
果物をショリショリ食べながら、ナーブヤムは窓の外の草花を眺め・・・ちっちゃな果樹がたわわに実を成す風景に目を細める。
座ったばかりの椅子を立ち、果物片手に家の外へ出ると、人の背より少し高い果樹の実を三つもいで微笑んだ。
「私一人なんだから、もう少し減らしていいんだよ。実が多くて、重いだろう。まだお前は小さい子なのに」
少し前に流れてきた魔法使いが、この場所に放置されたあばら小屋に住むと決め、あばら小屋が魔法で住みよく変わった、その夜。まだ小さい木は、翌朝、たくさんの実をつけていた。
ナーブヤムは一晩で実らせた果樹に、少し驚いたものの。
そして、近くに泉が沸いたのも・・・併せて、驚きはしたが、前に住んでいた家でも、ある時を境に同じ現象があったので、さほど意外でもなかった―――
「頑張るのは、嬉しいけれど。私は大食漢ではないんだ。もうちょっと、お前に楽な量にしなさい」
掌で直径を掴めるくらいの若い木を撫で、ナーブヤムは優しく笑う。風が吹いた木の枝が揺れ、魔法使いは『ありがとうね』と礼を言って、三つの果実を家に持ち戻った。
細い木を見ると、いつも思う。ずっと思う。昔から、あの日から、思うこと。
新鮮な果実を机に置き、椅子に座った魔法使いは、道具一式の小袋から古い布を引っ張り出す。もう、元の色が分からなくなるほど、ボロボロ。
顔に垂れた髪を耳にかけて、手帳よりも小さな布切れを見つめる。布には、これまた糸のほつれた縫い取りが残る。これは名前なのだが。
「今は、きっと違う名前だ。この名で呼んでも、振り向きはしない」
生きているなら。生きているはず。子供の腕の太さと同じような木を見るたび、何十年経っても胸が締め付けられる。引き離される瞬間に、掴んだ服が千切れて残ったこの布は、ナーブヤムの人生を変えた。
「きっと生きている。きっと会うだろう。私が死んでいないということは、いつかお前と会うからだ」
刷り込むように呟いた、祈りに似た言葉。自分が生きている内は、あの子も生きていると信じ、ナーブヤムは身を隠して、武器になる魔法を覚え、時を待ち、現在に至る。
よく思い出すのは、最後の日と、その前の数日間。
――船から戻って、小さい我が子の待つ家を楽しみにし、家の前で神殿の連中に捕まったあの時から。
我が子は先に捕らわれたと知り、一緒に投獄された女房を励まし、数日かけて脱獄し、子を取り返しに動いたが、見つけたあの子を掴んだ瞬間、私は引き離されて子供の袖が破け、あの子は奪われた。
私は殴り倒され、振り返った後ろに妻は居なかった。恐らく彼女は、殺された。
殴られ、刺されたが、私は武器持つ男の腕を捻って刺し返し、意識が落ち、その後は覚えていない。気づいたら、焼死体待ちの室だった。
死体しかない部屋に鍵はない。私は、逃げ落ちた。刺された傷を抱えて、被害が及ぶのを避けて、仲間に助けを求めることも出来ず。
我が子を取り返すためには、傷を治さなければいけなかったが。
日にちを耳にし、港に来る船の予定を思い出して忍び込んだ船は、荷物に紛れた私を連れてヨライデへ・・・ 運はそこまでで尽き、ヨライデから出ようにも悉く時期が合わない・失敗する・邪魔が入る、その繰り返し―――
「あなたと会わなかったら、自殺したかもしれない」
ナーブヤムの視線が、布切れから壁に上がる。
『偶然はないのだから』
「ええ。ずっと、そう思っています」
聞こえるはずのない声で、いないはずの相手の返事に、ナーブヤムは独り言ちるように答えて、大切な布をしまう。
もぎたての果実に手を伸ばし、熟れて良い香りを含んだ果肉を齧って、スッと息を吸い込んだ。
「師よ。私を導いて下さい」
引き継いだ魔法を守る約束。全ての事情を話した後で、師は私に学びを授け、少し前に離れた。
ティヤーが荒れた数日。人間が一斉に消え、私も精霊に保護され(※2854話後半参照)、ヨライデに戻された後、師はもういなかった。
「・・・あなたは、どこかにまだ。静かに眠っておられる気がしてなりません。いつか。全部の方が付いたら。子を連れて、あなたの墓標に向かいます。そこにあなたがいないと知っているけれど」
フフッと笑った女の顔は、食べかけの果実を口に放り込む。
女房がよく言っていた。『この子の目は、あなた譲りだ。大きな目!』そう茶化していた。
大人になったあの子は、きっと私と似た目つき。見れば、すぐ分かる。探し回るなんて、感情に任せた動きはもう考えない。魔法が自在に使えるようになってからは。
成果にこそ至らなかったが・・・今まで、死霊に探させてきた。
これからは、サブパメントゥに余計な人間を間引きさせる方が、ずっと早い。悪人は精霊の保護もなく、間引き待ちだと推理した。
『精霊に授かったあの子』は絶対に残っているが、あの子の身の危険を減らすにも、微力ながら一役買えるだろう。
「お・・・反応が戻ってきたか。どれどれ」
不意に届いた、木の葉一枚。これは、ヘズロンに出した巨木の最後の報告。
窓に当たって落ちた葉を拾いに、表へ出る。触れて、読んで、大きな目をきょろりと右に動かす。
「鉈を持つ男の素性は知らないが、精霊やら龍やらが側にいるのは奇妙。とはいえ、鉈持ちはただの人間だろうし、殺すつもりも別にない。鉈を奪って終わりにするつもりだが・・・ 血の祠経由の猟奇的な精霊は、弁える気がないようだ」
鉈持ちを孤立させるため、遠くへ引き離してくれるよう、頼んだのはそれくらい。
だが、木の葉の便りによると、やや方向が逸れている。『血が足りない』とやらの返事を受けたらしいが、それでは、鉈持ちの男も生贄にしそうな。
破落戸数十人の首と血を渡したのだから、こちらの希望を丁寧に実行してくれたら良いものを。余計なことをされては。
「仕方ない。『捕まえて遠い場所で待たせるだけ』のことを、傷物にするか、死体にするか。そんなことされて、こちらが龍を敵に回すバカは予定にない。あんなの相手、戦いたくもないのに。
ちょっと見に行くか。リオラヌが出ると面倒臭そうだし。彼はどうも短気でいけないな」
助手、手伝い、ではあれ。リオラヌに手を貸してやる段取りから知り合ったものの。ナーブヤムは短気で浅慮な男に早々呆れ、彼がいるとややこしいので単独行動を選ぶ。
・・・サブパメントゥの目的は、鉈を奪うことだけ。
鉈さえ入れば、サブパメントゥは私の約束を実行するだろう。異能の私や子供は、被害から外されて残される。
中へ戻って装備を付け、休んでいたのも束の間で、ナーブヤムは外へ出る。細い木に微笑んで『無理をするんでないよ』と一声掛け、宙に現れた薄青く透けた枝に乗ると、現地へ向かう。
「少し寄り道だな。リオラヌに下手に探られても煩い。彼に気づかれても良いように、下準備でもしてから行こう。いやはや、手のかかる小童よ」
フン、と鼻で笑い、宙をゆったり動く透ける枝から、前方に現れた次の枝へ。ナーブヤムは、木々の霊に渡してもらいながら移動。
これが、午前のこと。この時、イーアンはまだ魔導士と。
そしてドルドレンたちは、僧兵を見失ったばかり―――
お読み頂きありがとうございます。
しばらくの間、投稿が不安定でご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします。




