3053. 7日間中 ~三日目:僧兵体調不良・オーリンと僧兵・聖獣と一緒に
※7000文字近くあります。お時間のある時にでも。
大きな事ではないが―― 滞在三日目に、少し新しい変化が訪れる。それは傍目に、『挨拶』程度のものだとしても。
今朝の馬車は、謎解き中のミレイオが話題にしたことで、イーアンやシャンガマックも加わり、朝食時から『地下道』の話だった。
昨日から引っ張る『地下水道が怪しい』話題なのだが、広すぎるため、すぐに調べに行く予定は立たない。ただ、まだ中に潜む輩はいてもおかしくないし、逃がす前に片付けようと・・・朝っぱら、不穏な言葉も出る。
タンクラッドの報告については、『完成した』これ以上はない。
彼が剣を持って戻るまで、見ることも知ることも出来ないもの。そわそわしているのは、ドルドレンだけで、他の者は気にしていなかった。
唯一、ルオロフが『良かったですね!』と、やっと勇者の剣が用意されたことに喜んだ。
シャンガマック親子は、ヨライデ馬車歌集と、ピフィア図書館の書物を参考に、歌の解釈を進めており、イーアンの『文字勉強』は少々お休み・・・
シャンガマックは、魔導士が来ないので連休状態。獅子も息子に付き合うので、イーアンには『息子が魔法を習いに行ったらな』と。要は、獅子が暇なら勉強、の意味で、何だそれと思いつつ女龍は了解した。
イーアンも、書庫で調べものをするとか、ダルナと見回りに行くとか、毎日のすべきことはあるが、ヘズロン滞在中は『昼以降は馬車に居て』の頼みもあり、午後は戻る。昨日もそうだった。とはいえ、昨日は魔法使い襲撃も魔物襲来もなかった。
で、今日も朝食が済んだ後、イーアンは『行ってきます』とアイエラダハッドへ出かけたのだが。向かう途中でオーリンの連絡珠が光る。
『はい、イーアンです』
『おはよう。どう?』
いきなり、どう?と聞かれて女龍は『え?』と聞き返す。パヴェルからの報告を持ってくるのか、とすぐ気づき、『午後でしたら、馬車に居るので時間があります』と答えると―――
『そうか。じゃ、そっち行くよ。ええとさ、ヨライデのどの辺りって言われてもピンと来ないから』
『この前みたいに、空で待ち合わせしますか?馬車まで来なくても』
気を遣ったつもりのイーアン。そう?と窺うようなオーリン。何か反応が違う気がしたイーアンは、オーリンの次の一言でハッとした。
『でも、レムネアクは、空で待てないだろ?』
それかー 忘れていたイーアンは、急いで思考を整える(※筒抜け可能性)。オーリンが『言ってないの?』と忘れていた様子を探り、イーアンは『話してはある』と即答。でもレムネアクは今。
『彼、体調が良くないのです』
『本当か?イーアンは、忘れてたとか思わなかった?」
『本当に。ちょっと前に、彼独特の武器を使った後から・・・ あれが原因だ思うんだけど。体が、本調子ではないの』
『・・・会えないのか?』
『だるさ、体の重さって。風邪をひいた症状と似ていまですが、如何せん、理由に死霊が絡んでいるので』
『大丈夫かよ、そいつ』
変なところで心配し始めるオーリンに、イーアンも溜息。
死霊が絡むとは穏やかではない事情に、オーリンが少し説明を頼み、イーアンは『憐みの刃』を入手した彼の頑張りと、これまでは何もなかったこと、そして一昨日のことを話した。
―――レムネアクはヘズロン入り初日以降、体の不調で動きが少ないまま。龍の自分がいても、精霊たちが側にいても関係ない。
精霊バロタータにも、お知恵拝借で聞いてみたが、バロタータは『さて』と軽く往なし、それはレムネアクに良からぬものが憑いたわけでもないそうで、『そっとしておくもの』くらいしか言わなかった。
バロタータは基本、馬車の側から離れないため、当然、レムネアクの休む食料馬車付近もウロウロする。
それでも、レムネアクの体調に回復の兆しはなく、今日で三日目―――
『君が龍気を注いでも?』
『うん。変わらなかったです』
『本人も、何が何だか解ってないんだ』
『そうなの。だけど』
『俺さ。今日、もう出られるんだけど。君は午後からだろ?』
唐突に話が変わり、『午後には馬車に戻る』と、イーアンはもう一度言う。オーリンは一日空けた予定で、とりあえず空で待つことになった。
パヴェルからの報告もあるが、それは大して変化もないので、今日はレムネアクが目当て。何だかんだで、体調不良のレムネアクとオーリンを会わせる流れになり・・・ イーアンは『分かりました』と受け入れた。
オーリンに、何が出来るとも思えない。正直、イーアンはレムネアクのため、急な予定を受け入れるのは避けたかったが。
でもオーリンは、ほんの少し事情を知っただけなのに、レムネアクの体調を回復に運べそうな言い方をした。
それを、信じてしまう。
いつもオーリンは・・・こういう時、必ず、私たちが気付かない点を見ていたから。
午後前に戻るつもりでアイエラダハッドへ行き、レイカルシとイデュを連れてヨライデを見回り、魔物を倒し、今日もこれといったことがなく、巡回を済ませて、二頭を書庫の世界へ送り届けた。普段より少し早めに上がったイーアンは、急いで馬車へ戻る。
戻ってすぐレムネアクに会いに行き、体調を尋ねると、やはり具合は悪い。寝台に横になるほどではないし、食事もするけれど、食料馬車の荷台に座り、彼は殆ど表に出ていない・・・
ドルドレンたちはミレイオと一緒に『地下道探索』を会議中。食料馬車の横には仔牛がいて、シャンガマックたちはその中。イーアンはお昼前の時間、レムネアクに『今日ね』と言い難い予定を伝える。
「そうなんですか?では行きます」
「・・・辛いんじゃないの」
「特には。重さで動きにくい、くらいかな」
荷台の床に座っていたレムネアクが、手にしていた紙とペンを横に置き、微笑む。イーアンは、無理しなくてもいいよと言ったが、『俺と会って話したいと言うなら』とレムネアクは承諾した。
ちょっと手を伸ばして、レムネアクの額に触れる。じっと見た茶色の目に『熱ある?』と訊いてみると、首を横に振った。
「私やバロタータ、シュンディーンもいるからね。私たちの側にいて、悪いものが持つなんて、ないはずだけど。肉体の調子が悪くても、龍気でどうにかなりそうなのに」
「あの・・・はい。大丈夫です」
額に置かれた手に少し照れる僧兵が頭をずらし、イーアンも手を引っ込める。筋肉痛でも風邪でも、龍気なら普通の人間を元気に出来るのに、何にも効果がない。
心配そうな女龍に少し笑いかけ、レムネアクは立ち上がると『行きます』、と・・・ 側に置いてあった鉈を手に取った。じっと鉈を見る、イーアン。
「その、鉈かな」
「どうでしょうね」
イーアンに、鉈は何の邪気も妙な気配も感じない。でも理由はこれくらいだろうに、とも思う。
レムネアクが了解したので、イーアンは皆に一言―― 『オーリンと少し話を』と ――断り、彼を連れて出発した。
*****
出発した連絡を送った、少し後。レムネアクを抱えて飛ぶ女龍は、ガルホブラフの龍気を感じて上を見た。キラッと光った龍の鱗。
「あ。もう来た」 「オーリンですか」
そう、と頷いたイーアンはヘズロンから離れた空で停止し、数秒後にガルホブラフとオーリン見参。ふわ~と驚くレムネアクが、ここ数日で見なかった元気な顔を見せ、イーアンはちょっと安心。
「お前が、同行のレムネアクか」
「そうです」
「俺はオーリン。ティヤーで一度離れたんだが・・・ それはまぁ、後だ。イーアン、彼を借りるよ」
「借りるって?」
「下に降りてくれ。誰もいないし、どこでもいいだろ」
「あなた、何言ってんの。彼は具合が」
分かってるよと、軽くかわすオーリンは勝手に下降。イーアンも仕方なし、街道から離れた原っぱに降りた。
「あとは俺が引き受ける。いつまで借りて良い?」
「ものじゃないんですよ、オーリン。彼は病人で」
「イーアン、私は大丈夫ですから」
嫌がるイーアンを止めて、レムネアクはすまなそうに微笑み、イーアンは眉根を寄せる。だって、と言いながら、レムネアクを抱えた背中から腕を解こうとしないので・・・オーリンは龍から降り、その腕をべりべり剝がした(※イーアン睨む)。
「どうするのよ。レムネアクがもっと具合悪くなったら」
「俺には、そういう心配しないよな」
「話し違うでしょ。オーリンは元気なんだから、心配の必要なし」
「顔を見てない日が長くなったのに」
「だから。関係ないでしょ、今。レムネアクは具合悪いの。人間なの。死霊系の(?)」
別に死霊系では・・・と俯いて笑うレムネアクだが、イーアンは連れて行かれるのを阻止したがる。
「そんな心配かよ。俺が変なことするわけないだろ?ちょっと二人で喋るだけだ」
オーリンが呆れて両手を少し上げる。舌打ちするイーアンに苦笑するレムネアクは、内心、とても嬉しいが、でも。自分の腕を引っ張った、黒髪の男―― 龍に乗る男に興味が凄く湧く(※いつも)。
オーリンは女龍に『後で連絡するから』と追い払い、イーアンは『せいぜい一時間だからね』と制限をつけて、プンプンしながらヘズロンへ戻って行った。
「イーアン、お前のことを大事にしてるな」
「はい・・・ 大変、有難いことです」
「具合悪いところ悪かったな。でも俺、なんかお前の状態、分かる気がしたんだ」
女龍が消えた空を見ていたレムネアクは、オーリンの言葉に振り向く。オーリンはそこらをきょろきょろ見てから、まずはガルホブラフを空に帰す。飛び立ってしまった龍に、どうする気だろうとレムネアクが思っていると。
「ちょっと、俺と遊ぼう」
「はい?」
「お前の鉈は、凄いな、それ。イーアンが言ってた、独特の武器ってこれか」
話がころころ変わるオーリンに、体がだるくて重いレムネアクは調子が出なくて返事も遅く頷く。
明るいオーリンは、雑談から始まる。お互いのことではなく、天気がいいとか、ヨライデは暑くないとか、腹が減ってきたとか、何気なく気楽に話しながら腰袋を開け、細い撚り紐を引っ張り出すと、それを回し始めた。
長い紐はどこの民族のものか・・・ 片端を掴んだ手が、紐を回して円を描く。ひゅ、ひゅ、と風切る音は軽く、ヨライデの爽やかな風に笛のように乗る。
「それは。それで遊ぶんですか」
「そうだ。お前、僧兵で人殺しだったんだろ?」
また、話が変わる―― はい、とは即答するが。
口端を釣り上げた顔で、紐を回す黒髪の男は空を見たまま、『今も人を殺してるんだよな』と不躾に聞く。特に嫌でもない質問・・・ そうですねと正直に答えたら、黄色い瞳がちらっと見た。その瞳は人のものではなく、動物たちや龍の目に似る。
「今と、以前と、違うんじゃないか」
「殺人がですか」
「そう。今は前より・・・ 回りくどい言い方は得意じゃないな。お前の魂の置き所が、変わったのかもしれない」
「どういう意味ですか。俺が殺人することに」
「初対面で、何言われてるかと思うよな。おお、来た来た」
何の話だとレムネアクが少し警戒した途端、『来た』とオーリンは笑顔に変わる。子供のような目の輝きの先を追い、レムネアクも見て驚いた。
「あれは・・・ 」
「こっちだ!元気だったか?久しぶりだな。ちょっと友達がいるんだ、一緒に乗せてくれ」
二人の立つ原っぱに、空から降りてきた真っ青な神獣・・・ ぽかんとしたレムネアクに、オーリンは『友達』と言い、それもハッとして彼を振り向く。大きな青い神獣は、鳥の翼と獣の身体、鳥の頭を持つ。荘厳な姿に射抜かれるレムネアクだが、オーリンに『乗ろう』と腕を引っ張られて、その背中に座った。
「あなたは、この神獣と」
「神獣?じゃなくて、聖獣の方が合ってるな。テイワグナで紐をもらって(※1270、1298話参照)この聖獣は借りてるんだ(※1307話参照)」
『もらった・借りてる』と軽い表現に驚かされっぱなしだが、あれこれ話すことなく、青草を揺らした大きな翼は、宙を叩いて空へ舞い上がる。
「うわ~!すごい」
「イーアンに抱えられるのと、また違うだろ?」
「はい。飛べるのは嬉しいですね。こうして乗せてもらうのもまた」
「お前のことを、色々聞きたいと思ったんだ。でもその前に、具合が悪いっていうからさ。気分転換だ」
「え?」
後ろに跨る黒髪の男を振り返り、レムネアクが返答を待つ。オーリンの黄色い両目が見つめ返し、日焼けした顔が少し笑っている。
「しょってきた荷物が同じでも『使命感が変わる』とさ。慣れないから、体もおかしくなること、あるじゃん」
「そ。そうですか。そういうのも、そうですね、あるかも」
よく分からないレムネアク。たどたどしい返事にオーリンは笑い、聖獣に『海、飛んでくれ』と大声で頼む。翼がぐわっと傾き、レムネアクが慌てて腕に力を籠めると、腹にオーリンの手が添えられた。
「落ちやしない。俺と一緒だ」
「すみません。少し驚きまして。あのう、私の体調が、心境の変化によると言ってますか」
頷いたオーリンに、そんな単純なわけないだろうと、さすがにレムネアクは思ったが。でも、オーリンは『魂の置き所が変わる』と言った・・・それを反芻する。
海風はすぐに飛び込んできて、前方に青々と広がる舞台が眩しい。昼の光を受けた海と、風をちぎる聖獣の背中の温もり。話が飛びがちでも気にならない。どこまで話したっけと、爽快な飛行時間に心を奪われる。
「お前、一人だったんだろう」
徐にオーリンが話しかけ、振り向くことなくちょっと頷く。風が気持ちよく、翼の動きが手に触れるのが新鮮で、レムネアクは聖獣の飛行に意識が連れて行かれる。オーリンはそんな僧兵の態度を咎めることなどせず、これを目的にしたから、満足。
「僧兵の時のお前がどんなだったかなんて、人それぞれ違うし分からないが。今は、イーアンたちの信頼の中に身を置いて、まるで違う意気込み方・・・そうじゃないか?」
「そうです」
「運命が切り替わる時に、な。眠ってた魂が、本当に生きる時間で目覚める。それは、押さえなくていいんだ。
俺たちの仲間に入って、自分の出来ることで気張ってそうだけど、過去を貫くより、新しい感覚に変えちまった方が、魂に正しく動ける」
「オーリンは、不思議なことを言いますね。ハイザンジェル人ですよね?」
「そうだよ。でも人間じゃない。龍の民だ」
魂の話をするハイザンジェル人は珍しいと思った一言で、オーリンの口から『龍の民』と聞き、目を丸くして後ろを見た。
ニコッと笑った野性的な顔立ちは、『空で生まれて、地上に落ちた』と上と下を指差した続き、『俺は45年間、自分を知らなかった。でもイーアンに逢って魂が目覚めた』と凄いことを言う。
「あ、あなたは。では」
「何十年と俺自身知らなかったけど、龍族なんだ」
ハハハと笑った快活な声が、イーアンと重なる。イーアンみたいな笑い方ですよ、とつられて笑ったレムネアクに彼は頷いた。
「彼女は、俺の同胞。俺の兄弟。俺の血」
いつも彼女が俺を守る時に言ってくれる言葉だ、とオーリンの目元に皺が寄る。誇らしい表情に、龍を思うレムネアク。そして、自分にかけられた質問と、この状況と、オーリンが誘った『遊ぼう』の意味が繋がった。
「あなたは私に・・・経験を通して、回復する方法を教えてくれているんですか」
「回復してるなら、の話だ」
ここでまた笑う、明るい龍の民。一緒にいると笑ってしまう。具合を聞かれて、ふと気づいた。あの重さが感じられないこと。それを伝えると、満足そうな龍の民は聖獣の腹をポンと叩いた。
「もっと、速く飛べるか!」
ちょっと掠れた掛け声に、聖獣が高らかな咆哮を上げ、それは空に響き、下方に白い波頭を寄せる波が、ふわーっと放射状に広がる。急上昇した青い翼は雲の層を抜け、斜めに宙を切って旋回し、ヨライデの海を下方に、大空を駆け抜ける。
レムネアクはもう、感動で顔が戻らない(※破顔)。
遊ぶこの時間が必要で、魂の切り替えを受け入れるために・・・ 頭で理解する限界。体感の嬉しさに全神経が持って行かれる―――
「味わうんだ、必要とされる時が来たのを。過去の延長じゃない。やってることは同じでも、過去を被せるな」
背中からかかる声に頷く。肩越しに目のあった鋭い黄色い瞳が、宝石みたいに輝く。
「必要とされているからには、死ぬんじゃないぞ。痛みも一人で抱えるな」
「・・・はい」
僧兵だった時期。その前の人生。現在の自分。さして、移行に戸惑いはなかった。
龍の側に居られて、この機会で役に立とうと思った、それくらいだったが。心に、黄色い瞳の男の言葉が届く。
お互いを知りもせず、なぜ近く感じるのだろう―――
「俺も。戻りたくなる」
フフッと笑ったオーリンの頬に、深い皺が刻まれる。その笑顔が、レムネアクはとても気に入った。
「戻ってきてくれませんか」
つい。 ずっと見ていたくて、そう言った。
龍の民は嬉しそうに目を細め、『ちょくちょく戻ろうか』と頷く。
しばらくの間、レムネアクは聖獣の背中で、海と空の飛行を楽しむ。オーリンも楽しそうで、何か話すごとにカラカラ笑い、それがレムネアク自身も気づかなかった強張りを解いていた。
その頃、馬車では久しぶりに、模型船がルオロフの寝台の横に浮上―――
お読み頂きありがとうございます。




