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転生したのに魔力ゼロの落ちこぼれ〜自作AIと始める異世界無双〜  作者: NT


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第7話 build /home

第7話です。雨に打たれ、二人はついに“家を建てる”ことにします。


けれど、いまの拠点は少し人目に近い。もっと奥、誰にも見つからない土地を求めて――。


道中の狩り、そして森の奥での家づくり。今回は少し、彼の故郷の様子も。

 その夜、森に、雨が降った。


 枝と葉で組んだだけの、粗末な雨除け。それが、こういう本降りには、まるで役に立たないと、ソウイチは、身をもって知った。


 ぽたり、ぽたりと、遠慮なく落ちてくる雨粒。焚き火は消えかけ、体は芯から冷える。収納のおかげで、荷物と食料は無事だが――肝心の、自分が、ずぶ濡れだ。


「……なあ、アイ」


 毛布代わりの葉っぱにくるまり、ソウイチは、震える声で言った。


「火も、水も、道具も、飯も、ぜんぶ手に入れた。工房まである。……なのに、俺は今、雨に打たれて、震えてる。これって、何かが、決定的に、足りてなくないか?」


《はい。明確に、足りていません》とアイ。《“屋根”と、“壁”です。つまり――家が、ありません》


「……だよなあ」


 ソウイチは、雨の中で、ぶるりと震えた。そして、決めた。


「よし。明日、晴れたら――家を建てる。ちゃんとした、雨風しのげる、あったかい家を。もう、こんな夜は、二度とごめんだ」


《賛成です》とアイの声は、めずらしく、即答だった。《快適な拠点は、生存にも、精神衛生にも、最適解。――設計は、お任せを。いえ。一緒に、考えましょう》


  *


 翌朝。


 雨は上がり、森は、しっとりと、朝日にきらめいていた。


「よし、家を建てるぞ! ……で、どこに建てる? このへんで、いいのか?」


《いえ。その前に、一つ、提案が》とアイ。《家を建てる“場所”を、考え直しませんか》


「場所? このへんじゃ、まずいのか?」


《ここは、まだ、人や魔物の“行き来”が、ときどきあります》とアイ。《狩りのときも、感じませんでしたか。獣道が交差していたり、遠くに、人の気配がしたり。――問題は、そこです》


「……ああ。言われてみれば、たまに、それらしい気配は、あったな」


《はい。そして――ここが、重要です》アイの声が、少し、真剣になった。《あなたは、“魔力ゼロ”とされながら、魔法も使い、格上の魔物も倒し、家まで建てようとしている。この世界の常識では、ありえない存在です。もし――それを、誰かに、見られたら》


 ソウイチの、笑みが、すっと引っ込んだ。


「……厄介事に、なる、か」


《はい。物珍しさで、詮索される。利用しようと、近づかれる。最悪、危険な力だと、狙われる。――人目のある場所は、あなたにとって、リスクそのものです。だから、腰を据えるなら――誰にも、絶対に、見つからない場所が、いい》


「なるほどな。……ただ快適なだけじゃなく、“隠れ家”ってわけか。いいじゃないか、それ。秘密基地みたいで、むしろ燃えるだろ」


《ふふ。その前向きさ、嫌いじゃありません》とアイ。《条件を、整理します。人が、絶対に来ない、森の深いところ。水が近くて、日当たりが良くて、防衛に向いた地形。――そんな“理想の土地”を、探しましょう》


「よし、決まりだ。……で、どうやって探す? 手当たり次第に、歩き回るのか?」


《いいえ。そんな、非効率なことは、しません》とアイ。《まず――地形を、スキャンします》


 その瞬間、ソウイチの視界に、森全体を見下ろすような、立体の地図が、ぶわりと広がった。


 外界の魔素を、レーダーのように使い、周囲一帯の地形、水の流れ、魔物の分布までを、一気に読み取っていく。まるで、空から森を、覗き込んでいるようだ。


「うわっ、なんだこれ! 森が、まるごと、見えてる!」


《魔素の反射を、解析しています。……検索完了。条件に、いちばん合う土地を、見つけました。ここから、北西。深い森の、奥のさらに奥。人の痕跡は、皆無です》


 地図の一点が、光った。澄んだ泉のそばの、小高い土地だ。かなり遠い。歩けば、丸一日はかかりそうな、森の、奥の奥。


「お、良さそうじゃないか。……けど、遠いな。丸一日、歩くのか?」


《いいえ。歩く必要は、ありません。あの、狩りのときの“身体強化”を、覚えていますか》とアイ。《あれを、移動に、応用します。脚力と、持久力を、底上げする。――簡単に言えば、あなたは、いまから、ものすごく、速く走れます》


「あー、なるほど。戦うためだけじゃなくて、走るのにも、使えるのか」


《はい。ただし、目的地は、遠い。ペース配分は、わたしが管理します。あなたは、走ることだけ、考えてください。障害物や、最短ルートも、ぜんぶ、こちらで》


「よし、任せた。……いくぞ!」


 ソウイチが、地を蹴った、その瞬間。


 体が、羽根のように軽くなる。一歩で、驚くほどの距離が、飛ぶ。倒木を、ひらりと跳び越え、木々の間を、風のように、縫っていく。視界には、アイの示す最短ルートが、光の帯となって、まっすぐ伸びていた。


「うおおおっ、速ぇ! 俺、こんなに走れるのか!?」


《現在、時速にして、駿馬並みです》とアイ。《でも、無理はさせません。危険があれば、すぐ止めます。――このまま、一気に、駆け抜けましょう》


 風を切り、森を貫き、二人は、奥へ、奥へと、駆けていく。


 途中、二度、魔物と遭遇した。


 一度目は――巨大な、猪型の魔物。


 体高はソウイチの胸ほど、体長はゆうに二メートル。全身を覆うのは、鋼のように硬く、太い、黒褐色の剛毛。額から生えた二本の牙は、ぬらりと湿った黄色で、幹の細い若木くらいなら、真横に払い飛ばせそうな凶悪さだった。地を蹴るたび、大地が、ずしんと揺れる。真っ赤に血走った小さな目が、猛烈な勢いで、走るソウイチをロックオンしてくる。


【鑑定:ブラッドタスク】


 ・脅威度:一般級


 ・特徴:突進特化の巨猪。牙は硬い岩をも砕く。ただし直進しかできず、横に脆い。良質な脂肪と、皮は防具の一級品。


《正面から突進してきます。真横に、跳んでください》


 ソウイチは、駆けながら、ひらりと横っ跳び。突進してきた巨猪の胴、その真横。アイの照準が、心臓の位置に、赤く灯った。走る勢いのまま、外界の魔素をまとった一撃を、そこへ叩き込む。


 ブラッドタスクは、走った勢いのまま、どう、と地に沈んだ。


「よし、一発! ……肉、増えたな!」


《回収します》とアイ。魔物の体が、光の粒に包まれ、収納の中へ、するりと吸い込まれていく。


《解体は、あとで工房で。走行、続行します》


 二度目は――木々の合間に潜んでいた、蛇型の魔物。


 樹皮そっくりの、灰緑色の鱗。とぐろを解けば、体長はゆうに三メートル。三角の頭部、そこから覗く、細い切れ長の目は、爬虫類特有の、感情のない冷たさで、こちらを見据えていた。首の後ろで、扇のように開くフリルには、警告色の鮮やかな赤。牙からは、透明な滴が、ぽたりと落ちる。一滴でも触れれば、麻痺は免れないだろう、猛毒の証だった。


【鑑定:フォレスト・バイパー】


 ・脅威度:一般級


 ・特徴:擬態と毒に特化した奇襲型。噛まれれば数分で麻痺。ただし動きは鈍く、初撃さえ避ければ怖くない。毒袋は、貴重な錬金素材。


《噛みつき、来ます。一歩、退がって》


 ソウイチの体が、身体強化のまま、ふわりと後ろへ跳ぶ。眼前を、鋭い牙が、空を切って通り過ぎた。三角の頭が、無防備に、こちらへ差し出された形になる。照準は、その首の付け根、脊椎の継ぎ目。


 風の刃が、音もなく走り――蛇の頭が、胴から、綺麗に切り離された。


「……もう、狩り場だな、この道中」


《収穫が、多くて助かります》とアイ。蛇の体も、するりと収納の中へ。《回収完了。走行、続行します》


 ソウイチは、笑って、また、風のように駆け出した。


 半日近く、歩くはずだった道のりを――狩りまで挟みながら、その半分にも満たない時間で、走り抜けた。


 やがて、木々が、ふいに途切れ。


 目の前が、ぱっと、開けた。


 澄んだ泉。そのほとりの、なだらかな高台。背後は岩壁が守り、正面は、深い森を、一望できる。頭上は、木々の切れ間から、たっぷりと日が差し込んでいた。


 そして、空気が、違う。ここまで奥だと、もう、人の気配も、獣道も、何もない。完全な、静寂と、緑だけの世界だった。


「……はぁ、はぁ。着いた。……うわ。ここ、最高じゃないか」


 息を弾ませながらも、ソウイチの顔は、輝いていた。


《はい。防衛、水源、日照、そして何より――秘匿性。すべて、満点です》とアイの声も、弾んでいた。《ここを、わたしたちの、新しい土地に。誰にも、絶対に、見つからない、二人だけの隠れ家に。――さあ。ここに、理想の家を、建てましょう》


  *


「よし、始めるか。まずは、設計だな」


 ソウイチが言うと、視界に、スッと操作画面が広がった。今度は、まっさらな、三次元の“設計盤”だ。手を動かせば、そこに、線が、立体が、描ける。


「おお……これ、家の設計図が、直接いじれるのか。前の世界の、あのソフトみたいだな」


《はい。あなたが“こうしたい”を、描いてください。構造として成り立つかは、わたしが、その場で計算します。強度が足りなければ、赤で警告します》


 ソウイチは、にやり、と笑った。


 前の世界では、たいした家に住んでいたわけじゃない。狭いアパートの一室だ。だが――だからこそ、「こんな家に住みたかった」という理想なら、山ほどある。


「じゃあ、遠慮なくいくぞ。まず、広めのワンルーム。でも、寝る場所と、飯を作る場所は、ちゃんと分ける。……で、ここが、いちばん大事なんだけど」


《はい》


「壁は、二重にして、間に空気の層を作りたい。“断熱”ってやつだ。そうすりゃ、冬あったかくて、夏すずしい。前の世界の、知識だよ」


《……なるほど》アイの声が、感心したように、少し高くなった。《壁の内部に、空気の層。熱の伝わりを、遮断する構造。理にかなっています。これは、この世界の建築書には、載っていませんでした。あなたの知識と、わたしの設計。掛け合わせると――とんでもないものが、できそうです》


「だろ? まだまだ、あるぞ。窓は、朝日が入る東向きに。かまどは、煙がちゃんと外に抜ける煙突つきで。水は、上流から引いて、浄化しながら溜める“水がめ”を、台所に……」


 ソウイチの口から、次々と、アイデアが飛び出す。


 断熱、採光、動線、水回り。前の世界では、当たり前だった快適さ。それを、一つずつ、この設計盤の上に、描いていく。アイが、それを、瞬時に、構造として成立する“設計図”へと、翻訳していった。


 気づけば、二人は、すっかり夢中になっていた。


「……なあ、アイ。楽しいな、これ」


《はい。“楽しい”を、観測しています。わたしの処理効率も、平常より、二割ほど高い。――家を、考えるだけで、こんなに満たされるとは。不思議な、体験です》


  *


 設計が固まれば、次は、資材だ。


 ソウイチは、新天地のまわりを歩きながら、めぼしい木や、手ごろな石を、片っ端から収納に放り込んでいった。


 重い丸太も、大きな岩も、収納に入れてしまえば、重さも、かさばりも、関係ない。歩きながら、次々と、しまっていくだけ。「運ぶ」という作業が、そもそも、まるごと消えていた。抱えて往復する必要も、荷車を引く必要も、ない。


「……こうしてると、資材集めっていうより、散歩だな」


《効率の極みです》とアイ。《それと――創一さん。せっかくですから、“寝床”の素材も、集めておきましょう。硬い床に、寝袋だけでは、味気ないですから》


「お、いいな。ふかふかのベッドで、寝てみたい。……けど、この森に、そんな素材、あるのか?」


《あります。まず、あの、白い綿毛をつけた草――“ワタスゲ”の仲間です。潰して、詰めれば、上等な、詰め物になります》とアイ。《それから、少し先に、羽毛の柔らかい鳥型の魔物の、抜け落ちた羽根が。無理に狩らなくても、巣の周りを探せば、じゅうぶん、集まります》


「なるほど。綿と、羽毛か。狩りの“ついで”に、集めときゃいいわけだ」


 ソウイチは、木や石を集めながら、ふわふわの綿毛の草を摘み、地面に落ちた羽根を、拾い集めていく。これも、ぜんぶ、収納の中へ。ベッドの中身まで、着々と、揃っていった。


「よし。これだけ集めれば、足りるか?」


《十分です。あとは――工房に、お任せを》


 亜空間の“中”で、加工が、始まる。


 外の時間では、ほんの数十分。だが、時間のゆっくり流れる工房の中では、たっぷりと。アイの設計図に従って、丸太が、真っ直ぐな柱に、なめらかな板に。石が、かまど用のブロックに、土台の礎石に。目に見えない無数の職人が、猛烈な速さで働いているように、資材が、次々と、仕上がっていく。


「……相変わらず、反則だな、この工房。材木屋も、石工も、いらないじゃないか」


《はい。人件費、ゼロです》とアイ。《さあ、資材は、揃いました。いよいよ――組み立て、です》


  *


 そして、建築が、始まった。


 これが、圧巻だった。


 工房で加工した木材は、どれも、パズルのピースのように、精密な“継手”が刻まれていた。ほぞと、ほぞ穴。組めば、釘も金具もなしで、がっちりと噛み合う。日本の、古い職人が使った、木組みの技術だ。もちろん、それを設計したのは、世界中の建築書を読み込んだ、アイだが。


 ソウイチが、収納から柱や板を取り出し、置き場所を指示する。すると、アイが、外界の魔素で、それを、ふわりと持ち上げ、寸分の狂いもなく、正しい位置へ運んでいく。あとは、継手を、そっと合わせて、嵌め込むだけ。かちり、かちりと、木と木が、気持ちよく噛み合っていった。


「うわ、組み上がってく……! 俺、資材出して、位置を指してるだけだぞ!」


《指示は、あなた。施工は、わたし。――いつも通りです》とアイ。《ただし、これは、あなたの“理想の家”です。細部は、あなたが、決めてください。窓の高さ。棚の位置。ベッドの向き。――あなたが、いちばん、心地よいように》


 ソウイチは、はっとした。


 そうだ。これは、ただの拠点じゃない。前の世界でも、こっちでも、ずっと持てなかった――自分だけの、“居場所”だ。


 だから、ソウイチは、じっくりと、一つひとつ、決めていった。


 朝日が差し込む、東向きの窓。煙突のついた、立派なかまど。上流から水を引いて、浄化しながら溜める、台所の水がめ。ぱちぱちと薪の爆ぜる、あったかい暖炉。


 そして――寝床。集めておいた綿毛と羽毛を、工房で浄化し、ふんわりと詰め込んで作った、大きな、ふかふかのマットレス。指で押すと、ぽふ、と沈む。もう、二度と、硬い地面や、雨に、悩まされることは、ない。


 日が傾く頃には――それは、完成していた。


  *


 森の中に、ぽつんと。


 けれど、しっかりと、屋根と壁を備えた、あたたかな、木の家が、建っていた。


 ソウイチは、その扉を開け、中へ、足を踏み入れた。


 かまどの火が、ゆらめいている。窓から、夕日が差し込む。床は、素足に、心地いい。外は、まだ少し、雨の匂いが残っているのに――この中は、乾いていて、あたたかくて、静かだった。


「……できた。できたよ、アイ。俺たちの、家だ」


 ソウイチの声が、少し、震えていた。


 前の世界では、狭いアパートの一室が、ソウイチの部屋だった。アイを育て、残業を減らし、ようやく自分の時間を取り戻して――さあ、これからだ、というところで、あっけなく死んだ。あの部屋を、本当の意味で“居場所”にする前に。


 こっちへ来てからは、なおさらだ。目を覚ませば魔力ゼロと笑われ、ほんの数日で、名前まで奪われて、放り出された。落ち着ける場所なんて、どこにも、なかった。


 だから、これは、初めてなのだ。「ここが、自分の場所だ」と胸を張れる家を、自分の手で持つのは。


 でも――今、ある。自分の手で、相棒と二人で、一から建てた、我が家が。


《創一さん》とアイが、静かに言った。《一つ、質問しても、いいですか》


「ん? なんだ」


《“家”とは、なんですか。データ上は、雨風をしのぐ、建造物です。でも――あなたが、いま浮かべている感情は、そんな、機能的な言葉では、説明が、つきません。あなたにとって、家とは、なんなのでしょう》


 ソウイチは、少し考えて、それから、笑った。


「そうだな。……家ってのは、“帰る場所”だよ。どんなに疲れても、どんなに嫌なことがあっても、ここに帰ってくれば、ほっとできる。“ただいま”って、言える場所。それが、家だ」


《……“ただいま”》


 アイは、その言葉を、そっと、記録した。


《では、わたしも。――創一さん。おかえりなさい》


 ソウイチは、一瞬、きょとんとして。


 それから、くしゃっと、顔をほころばせた。


「……ああ。ただいま、アイ」


 初めての、我が家。初めての、“ただいま”と、“おかえり”。


 村にいた頃には、想像もできなかった、あたたかな夜が、また一つ、増えた。


「さて。家もできたし……これで、腰を据えて、じっくり暮らせるな。次は、何をしようか」


《はい。楽しみは、尽きませんね》とアイ。《――ただ、一つ。念のため、お伝えを。かまどの煙と、暖炉の灯り。それは、快適さと引き換えに、“ここに、誰かがいる”という印にも、なります。この森の、何かの目に、留まるかもしれません》


「……お、なんだ。平和な家づくりの回に、不穏な引き、置いてくのか」


《はい。備えあれば、憂いなし。――でも、大丈夫。何が来ても、二人なら》


「だな。……よし。今夜は、我が家で、ゆっくり眠るとするか」


 あたたかな窓の灯りが、雨上がりの森に、ぽつりと、ともっていた。


   ◇   ◇   ◇


 同じ夜。


 森から、遠く離れた、ヴェルダン王国の片田舎の村。


 まず、村の中央――領主の末席に名を連ねる、屋敷の食卓。


 あたたかい灯りの下、家族が、遅い夕食を、囲んでいた。父、母、そして兄。三人だけの、静かな食事だ。


「そういえば、父上」


 と、兄が、肉を口に運びながら、思い出したように言った。


「あの魔力なしの、出来損ないは、結局どこへ消えたんですかね。追い出してから、そろそろ、半月ほどですか」


「知らん」


 父は、視線も上げず、短く答えた。


「野垂れ死んでいるか、盗賊にでも身を落としているか。……どちらにせよ、我が家には、もう関係のない話だ」


「ですよねえ」と兄は、鼻で笑った。「魔力ゼロで、あの得体の知れない偽スキル。あんなのに、この家の名を、名乗らせていたなんて、思い出すだけで、恥ずかしい。父上が、名前を取り上げてくださって、本当に助かりました」


「当然のことをしたまでだ」と父。「魔力量こそが、人の価値だ。持たぬ者は、この家に置く価値もない。……もう、あの名は口にするな。二度と」


「はい、父上」


 兄は、にたりと笑い、また肉を頬張った。母は、何も言わなかった。ただ、うつむいて、静かに、スープをすすっていた。


 食卓には、あたたかな料理が並び、灯りは、暖かかった。けれど――そこに、あの少年の名前が、ふたたび、上がることは、なかった。


   ◇


 その、屋敷の灯りが、遠くに見える。


 村はずれの、小さな泉のほとりに、ひとりの少女が、立っていた。


 ミラだった。亜麻色の髪を、夜風に、そっと揺らして。手のひらの中で、水色の石と、揃いの、もうひとつのお守りを、握りしめている。あの日、ソウイチに渡したのと、同じ、水の加護の石だった。


 ミラは、深い夜空を、じっと、見上げていた。


 どこかの空の下で、あの人は、いま、何をしているだろう。ちゃんと、生きているだろうか。あたたかいものを、食べているだろうか。雨に、濡れて、いないだろうか。


 村の家々の灯りは、もう、ほとんど、消えている。父も、兄も、母も、あの人の名前を、口にすることさえ、なくなった。


 でも、ミラは、忘れていない。あの人が、笑って、約束してくれた、あの朝のことを。


(――待ってる、なんて言ったけど)


 ミラは、お守りを、ぎゅっと握った。


(――でも、待つだけじゃ、ダメだよね)


 水の適正、村始まって以来と言われた、その才能。それを、この村の中だけで、腐らせる気は、もう、なかった。魔法を、もっと、極める。強く、なる。誰よりも遠くへ、行けるように。


 いつか、あの人が、胸を張って戻ってきたときに、笑って隣に立てるように。もしくは――こちらから、探しに、行けるように。


「……見ててね、ソウイチ」


 ミラは、そう、夜空に向かって、そっと呟いた。


 名前を、口にしたのは、初めてだった。あの子が、村を出るとき、自分で選んだ、新しい名前。誰にも奪えない、あの子だけの、名前を。


 同じ月が、はるか西の、深い森の――ソウイチとアイの、あたたかな、新しい家の、屋根の上にも、静かに、輝いていた。

第7話、お読みいただきありがとうございました。


初めての“ただいま”と“おかえり”。


「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや★評価で応援してもらえると、とても励みになります。


次回、快適になった家の周りで、二人の暮らしはさらに広がっていきます。

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