第6話 hunt() { return 肉; }
第6話です。森暮らしにも慣れてきて――そろそろ、あったかい肉が食べたい。
今回は、初めての本格的な狩りと、アイの新機能“戦闘サポートモード”がお披露目。
そして、異世界に来て初めての、ちゃんとしたごちそうです。
森の暮らしにも、すっかり慣れた頃。
あの日、火と水と道具を手に入れてから、ソウイチとアイは、この森で、実にのんびりと過ごしていた。
毎朝、アイの鑑定を頼りに、森を歩いて食材を集める。ほんのり甘い青い木の実、癖のない山菜、歯ごたえのいい大ぶりのキノコ。浄化で安全にして、火でさっと炙る。採ったそばから亜空間の収納に放り込めば、傷む心配もない。
これが、なかなか、悪くなかった。腹は満ちるし、体も軽い。誰にも急かされず、好きなだけ眠って、好きなだけ食材を探す。前の世界の、あの殺伐とした日々を思えば、天国のような暮らしだった。
――だが。
今朝、いつものように木の実をかじりながら、ソウイチは、ふと、しみじみと呟いた。
「……なあ、アイ。俺さ、最近、思うことがあるんだ」
《はい。どうぞ》
「木の実も、山菜も、キノコも、うまいよ。ありがたい。……けど、そろそろ、なんか、こう……ガッツリした、あったかい肉が、食いたくないか?」
《わたしには、食欲がありません》とアイ。《ですが、あなたの発言は、記録しています。ここ数日で、“肉が食べたい”という趣旨の呟きが、通算、十七回》
「じゅ、十七回!? そんなに言ってたか、俺!」
《はい。心拍データからも、あなたが、植物性の食事に、そろそろ限界を感じているのが、明らかです。――結論。今日は、狩りに行きましょう》
ソウイチの目が、ぱっと輝いた。
そう。切羽詰まっているわけじゃない。食うものはある。ただ――どうしても、肉が、食いたい。それだけの、実に前向きで、健全な欲求だった。
「よし、決まりだ! 今日の晩飯は、肉だ! ……で、どうやって探す?」
《これを》
アイが言うと、ソウイチの視界に、スッと例の半透明の操作画面が広がった。
拠点を中心にした、森の地図だ。ところどころに、色つきの印が、点々と灯っている。
「お、地図か。この印は?」
《赤が、魔物の反応です。ただし――この森の内部は、本に載っていません。この地図の印は“確定情報”ではなく、地形と、これまで歩いて得たデータからの、わたしの“推定”です。“この辺りにいそう”という、当たりをつけているだけ。過信は、禁物》
「なるほど。遠くのやつは、あくまで“勘”ってわけか」
《はい。ですが――ご安心を。実際に“目の前”に現れたものなら、話は別です。あなたの目を通して、わたしが直接“観測”できる。種類も、強さも、急所も、正確に読み取れます。地図は勘、目の前は正確。――この使い分けで、いきましょう》
「未知の森でも、目の前のことは、ちゃんと分かる、と。頼もしいな。……了解、慎重にいこう」
《はい。では――いちばん近い“食用”の反応へ、向かいましょう》
*
道すがら、採取も、ついでに済ませる。
木漏れ日の差す一角に、赤い木の実が、たわわに実っていた。いかにも、美味しそうだ。ソウイチが、つい手を伸ばしかける。
その瞬間、視界に、鑑定枠が、ぱっと開いた。
【鑑定:ベニヅタの実】
・分類:毒物
・特徴:見た目は美味しそうだが、実際は猛毒。一粒で、半日は動けなくなる。
「……あっぶな!」
ソウイチは、ぴたりと手を止めた。危うく、肉を食う前に、半日寝込むところだった。
《この森は、“美味しそうに見えるほど、危ない”ものが多いんです》とアイ。《人が寄りつかない理由の、一つですね。――でも、大丈夫。全部、わたしが鑑定します。あなたは、わたしが“安全”と言ったものだけ、採ってください》
「信号と一緒だな。青は進め、赤は止まれ」
《その通りです。分かりやすくて、いい喩えです》
アイの鑑定に従い、彩りの食材を収納に足しながら、二人は森を、奥へと進んでいった。
*
やがて、木々の密度が、増してくる。
空気が、ひやりと湿り、鳥の声も、ぴたりとやんだ。アイの声が、一段、真剣になる。
《創一さん。前方に、“食用”の反応。――ホーンラビット。角のある、大きな兎です。肉が、上質で、美味》
「お、いよいよ肉か。よし、やろう」
《はい。ですが、可愛い見た目に、油断は禁物。追い詰められると、あの角で、猛烈に突進してきます。まともに食らえば、大怪我です。――ここで、あなたに、新しい機能を、お渡しします》
「新機能?」
《はい。わたしのレベルが上がって、解放されました。名付けて――“戦闘サポートモード”》
その瞬間だった。
ソウイチの視界の端に、いくつもの補助表示が、すっと灯った。
敵の位置。予測される動きの、矢印。そして、自分の体を、うっすらと包む、淡い光。
「……なんだ、これ。体が……軽い?」
《身体強化の補助です》とアイ。《本来、身体を魔力で強化できるのは、魔力を持つ戦士だけ。あなたには、できませんでした。でも――外界の魔素を、わたしが、あなたの体にまとわせれば、話は別です。いまのあなたは、戦闘素人でも、達人並みに動けます》
「マジかよ……! 剣士にはなれないって、あんなに言われたのに……!」
《はい。“あなたの魔力”では、無理でした。でも、“外の魔素”と、わたしがいれば、できる。――さあ。あとは、あなたが、やるかどうかを、決めるだけです》
茂みの向こう。真っ白な兎が、鋭い一本角を光らせ、草を食んでいる。
ソウイチは、ごくり、と唾を飲んだ。そして――にやり、と笑った。
「……やるに決まってるだろ。今日の主役は、あいつだ。いくぞ、アイ!」
《はい。狙いは、首の付け根。急所を、マーキングします》
ソウイチが、地を蹴った。
その速さに、自分でも、驚く。まるで、体が羽根のように軽い。視界の中で、ホーンラビットの急所が、赤い光の点で、はっきりと示されていた。狙いを、外しようがない。
兎が、突進の構えを取るより、一瞬、早く。ソウイチの一撃が、示された点を、正確に貫いた。
ホーンラビットは、声も上げず、こてん、と倒れた。
「よっし! 一撃! ……いや、すげえな、これ。体が、勝手に、最適に動く感じだ!」
《補助が、あなたの動きを、リアルタイムで最適化しています》とアイ。《でも――勘違いは、しないでくださいね。“やる”と決めて、実際に踏み込んだのは、あなた自身です。わたしは、あなたが動きやすいように、支えているだけ》
「はは。相棒として、最高だよ、お前は」
――と、そのときだった。
《創一さん。後方から一体、接近しています。落ち着いて、振り返ってください》
アイの声は、慌てるでもなく、いつも通り、静かで冷静だった。すでに、とっくに察知していたのだろう。
言われた通り、ソウイチが振り返ると――倒したホーンラビットの、その奥。茂みが、がさりと大きく揺れ、二回りは大きい、灰色の獣が、ぬっと現れた。ぎらつく目が、地面の兎と、ソウイチを、交互に睨む。
【鑑定:グレイウルフ】
・脅威度:一般級(今のあなたには、やや格上)
・特徴:単独で狩りをする、俊敏な肉食獣。牙が鋭い。他者が仕留めた獲物を、力ずくで横取りする習性がある。
「うおっ、でかい! ……なるほど。俺が仕留めた獲物を、横取りしに来やがったな?」
《はい。習性通りです》とアイ。目の前に現れたぶん、鑑定は、正確だった。《判断を、仰ぎます。選択肢は、二つ。一つ、獲物を置いて、退く。安全ですが、今日の肉は、諦めることに。二つ、迎え撃つ。――この森の魔物とは、まだ実戦データが浅いので、断定はできませんが、サポートモード込みで、勝算は、七割ほどと見積もります。あなたが、決めてください》
ソウイチは、迷わなかった。
せっかく、ここまで来た。あったかい肉を食うと、決めたのだ。それに――今の自分には、最高の相棒と、新しい力がある。
「退くわけ、ないだろ。あいつも、いい肉になりそうだしな。……やるぞ、アイ。サポート、全開で頼む」
《了解。引き金は、あなた。補助は、わたし。――いつも通り、いきましょう》
「引き金は、あなたー、補助は、わたしー♪」
ソウイチは、なぜか節をつけて、それっぽく口ずさんだ。前の世界で聴いた、縦の糸と横の糸が、どうこう、という歌があった気がする。この二人の関係、あれっぽくないか。
《創一さん》とアイが、冷静に、ぴしゃりと言った。《いま、対格上戦の、直前です。歌っている場合ではありません。しかも、音程が、著しく外れています》
「ちょ、音程は関係ないだろ音程は!」
《関係、大アリです。そんな調子で、集中できるんですか。――行きますよ》
「あっ、はい」
グレイウルフが、牙をむき、地を蹴った。速い。
だが、ソウイチには、その動きが、ゆっくりに見えた。サポートモードが、狼の次の一手を、光の矢印で予告する。身体強化が、それに反応できるだけの、速さをくれる。
ソウイチは、迫る牙を、半身をひねって、かわした。がら空きになった、狼の首筋。そこに、赤い照準が、ぴたりと灯る。
「――そこだ!」
外界の魔素をまとった一撃が、示された急所を、寸分違わず捉えた。
グレイウルフは、たたらを踏み、どう、と地に伏した。
森が、静まり返る。
ソウイチは、荒い息を整えながら、その場に、どかっと座り込んだ。全身が、じん、と熱い。心臓が、まだ、早鐘を打っている。けれど、その顔は、達成感で、輝いていた。
「……勝った。格上を、倒しちまった。しかも、兎と狼、二匹分の肉まで、手に入れて」
《お見事です》とアイ。《やや格上のグレイウルフを、無傷で。サポートモード、初実戦、大成功です。――今夜は、豪華な、肉尽くしですね》
「はは。腹を空かせて手に入れた獲物ってのは、勝ちの味まで、格別だな」
*
拠点に戻った、夕暮れ。
ここからは、ソウイチの、本領発揮だ。
まず、亜空間工房で、調理器具を、即席で削り出す。木のまな板。石の包丁。枝を組んだ、焚き火の五徳まで、あっという間に、揃えてしまう。
「道具がないなら、作ればいい。……ほんと、この工房、反則だよな」
《便利さは、正義です》とアイ。《肉の血抜きと、浄化は、わたしが同時にやります。臭みも、雑菌も、まとめて除去。あなたは、切り分けるだけ》
浄化で、下処理は完璧。火は、念じるだけで、最適な火加減に。焼けた肉から、脂の弾ける音と、香ばしい匂いが、夕暮れの森に、ふわりと立ちのぼっていく。
採ってきた山菜とキノコを添え、木の実を潰した、即席のソースまで。料理などろくにしなかったソウイチだが、アイが「あと三十秒、火を弱めて」「その葉を、一枚、散らして」と、隣でレシピを読み上げてくれる。世界一、優秀な料理アシスタントだ。
そして――完成した。
石の皿に、こんがりと焼けた、二種類の肉。彩りの山菜。ほかほかと湯気を立てる、薬草のスープ。
異世界に来て、初めての。本当に、まともで、あたたかい、ごちそうだった。
「……いただきます」
一口、頬張った、その瞬間。
ソウイチの目が、かっと、見開かれた。
「……う、うまい。うますぎるだろ、これ。脂が、甘い……!」
空腹に、疲労に、達成感。狩りの高揚まで。何もかもが、極上の調味料だった。
夢中で、肉を頬張り、スープをすする。気づけば、山盛りだった皿は、あっという間に、空になっていた。
《……創一さん》
ふと見ると、アイが、めずらしく、じっと、その様子を、見つめていた。
「ん? どうした」
《“食べる”という行為を、こんなに幸せそうにする人を、わたしは、初めて見ました。……不思議です。わたしには、味覚も、空腹も、ない。なのに――あなたが、おいしそうに食べているのを見ていると、わたしの中の値まで、なぜか、満たされていく》
「……そりゃ、いいことだよ」ソウイチは、口をもぐもぐさせながら、笑った。「うまい飯を、誰かと一緒に食う。それが幸せだって、お前も、ちょっとずつ、わかってきたってことだ」
《……一緒に、食べる》アイは、その言葉を、宝物のように、記録した。《いつか。わたしにも、味が、わかる日が来たら。――そのときは、あなたと、同じものを、食べてみたいです》
「おう。約束だ。その日が来たら、この森でいちばんうまいもん、食わせてやる」
ソウイチは、満たされた腹をさすって、焚き火の向こうの、星空を見上げた。
火があって、水があって、道具があって、あったかい飯がある。強くなる手応えも、ある。そして何より――それを分かち合いたいと思える、相棒が、隣にいる。
村にいた頃には、想像もできなかった、豊かな夜だった。
「さて。腹もふくれたし、明日からは……そろそろ、この暮らしを、もう一段、良くしていくか。雨風しのげる、ちゃんとした“家”とか、作ってみたいよな」
《はい。設計図なら、いくらでも》とアイの声は、どこか、弾んでいた。《――のんびり無双、まだまだ、これからです》
第6話、お読みいただきありがとうございました。
狩りも料理も、相棒と一緒なら、なんとかなるものです。
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次回、いよいよ“家づくり”……?




