第5話 life.craft()
第5話です。魔の森での暮らし、二日目。
今回は戦闘はお休みして、生活魔法の実験回。火・水・収納、そして――。
ソウイチの“ずるくて便利”な森ライフ、始まります。
魔の森に入って、二日目の朝。
ソウイチは、せせらぎのほとりに、ささやかな拠点を構えていた。
背後を大岩が守り、頭上を大木の枝葉が覆う――アイが「防衛上、最も合理的です」と太鼓判を押した、一等地だ。昨夜は、拾い集めた枝と葉で組んだ雨除けの下で、初めての野宿を、思いのほか、ぐっすり眠って過ごした。
朝の光の中、ソウイチは、大きく伸びをした。
悪くない。むしろ、清々しいくらいだ。誰にも見下されない。誰の顔色もうかがわない。頭上には、鳥の声と、木漏れ日。となりには、頼れる相棒。――前より、よっぽど、いい朝だった。
「さて、と。今日から本格的に、森暮らしだな。……とはいえ、アイ。正直に言うと、俺、キャンプもサバイバルも、前の世界じゃ、まるで縁がなかったんだよな」
《はい。知っています。あなたの前世の記憶に、野営スキルは、ほぼゼロでした》とアイ。《でも、心配は要りません。むしろ――これから、あなたは、この森でいちばん快適に暮らす人間に、なります》
「ほう。ずいぶん、自信たっぷりだな」
《当然です。わたしたちには、それを“ずるく”実現する手段が、ありますから》
「……ずるく?」
ソウイチの口角が、にやりと上がった。その響きは、社畜時代、いちばん好きだった言葉だ。楽をして、結果を出す。最高じゃないか。
《はい。生活魔法です》
アイの声が、どこか、いつもより弾んでいた。
《これまで、あなたは“戦うため”に魔素を操ってきました。ゴブリンを倒した、あの風の刃のように。でも――本当は、暮らしのために使うほうが、あなたの力は、ずっと、ずっと輝くんです》
「どういうことだ?」
《まず、大事なことを、一つ》とアイ。《あなたは“魔力ゼロ”と呼ばれていますが、それは、体の中で魔力を“作れない”という意味でしかありません。あなたが使うのは、体内の魔力ではなく――世界に満ちている、外の魔素。空気のように、無尽蔵にある》
「……つまり?」
《つまり、あなたには、“魔力切れ”がありません。他の魔法使いが、体内の魔力を使い果たして倒れる、あの弱点が、あなたには、無い。極端に言えば――出力の勝負でも、その気になれば、あなたは誰にも、負けません》
「……は?」ソウイチは、目を丸くした。「俺、魔力ゼロなのに、実は使い放題ってことか?」
《はい。無限に近い燃料を、持っているようなものです。――ただ》とアイは、そこで声を落ち着けた。《派手な出力で殴り合うのは、正直、面白みがない。誰でもできることを、大きくやるだけです。わたしが本当に得意なのは、その逆――魔素を“細かく、精密に、必要な分だけ”操ること。そして、その繊細な仕事こそ、暮らしを支える魔法の、本質なんです》
「なるほどな。無限の燃料と、精密なコントロール。……二つ揃えば、鬼に金棒じゃないか」
《その通りです。しかも――面倒な制御は、ぜんぶ、わたしがやります》
「ぜんぶ、お前が?」
《はい。あなたは、“何をしたいか”を、決めるだけ。細かい魔素の操作は、わたしが自動で、最適にこなします。あなたは、ただ、許可を出すだけでいい》
ソウイチは、思わず、ぷっと吹き出した。
なんて心強い言葉だろう。前の世界で、面倒な作業を全部AIに投げて、自分は方針だけ決めていた、あの快感。それが、この世界でも、味わえるとは。
「最高だな、それ。よし、じゃあ、さっそく“丸投げ”させてもらうぞ。まずは、何からいく?」
《では、生活の三本柱から。――火。水。そして、収納です》
*
【実験その一・火おこし】
「まずは、火だな。あったかい飯と、あったかい茶。これがあるだけで、暮らしって、一気に文明的になるよな」
《いい着眼点です。では、やってみましょう》とアイ。《手順は、簡単です。あなたは、目の前の薪に、手をかざす。そして、“火をつけて”と、思うだけ。あとは、わたしが》
「……それだけ?」
《それだけです。薪の中で、いちばん燃えやすい一点を、わたしが特定します。そこへ、外の魔素を最適な形で集めて、着火する。その、緻密な作業は、ぜんぶ、わたしが引き受けます》
ソウイチは、半信半疑で、湿った薪に手をかざした。
そして、心の中で、ぽんと、軽く念じる。――火をつけてくれ、アイ。
その瞬間だった。
ぼっ。
薪の一点から、小さな炎が生まれ、じわり、と燃え移っていく。やがて、ぱちぱちと心地よい音を立てて、焚き火が育っていった。
火打ち石も、火種も、いらない。少し湿っていた薪すら、たったの一瞬で、燃え上がった。
「……おいおい。手をかざして、念じただけだぞ、俺。こんなの、火起こしじゃなくて、もう手品だろ」
《燃焼の最適点だけを、わたしが突きました》とアイは、少し得意げだった。《あなたは、指示を出しただけ。これからは、雨の日でも、雪の日でも、念じるだけで火が熾せます。火に困ることは、二度と、ありません》
ソウイチは、暖かい炎に手をかざして、しみじみと息をついた。
たったこれだけのことが、こんなにありがたい。しかも、自分は何も苦労していない。最高の相棒に、丸投げしただけで。
*
【実験その二・浄化】
「火がついたら、次は水だ。喉、からからなんだよ」
目の前のせせらぎは、澄んで見える。だが、アイ曰く、これを生で飲むのは、命がけらしい。
《その水には、目に見えない“悪いもの”が、混じっています。雑菌。それから、上流の魔物由来の、毒素。――煮沸しても、毒素は、完全には消えません》
「うえ……。じゃあ、どうすりゃいいんだ」
《“浄化”します。ポイントは――全部を、消そうとしないこと。水そのものは、残す。混じっている“悪いものだけ”を、選んで、消す。この選別と分解は、細かすぎて、人の手ではまず無理です。だから――これも、わたしが、やります》
「頼もしいねえ。じゃ、やってくれ」
ソウイチは、せせらぎに、両の手のひらを浸し、そっと水をすくい上げた。
次の瞬間、視界の中で、手の中の水が、無数の小さな赤い点で染まった。アイが「消すべきもの」を可視化したのだ。目に見えない毒素や雑菌が、そこにこんなにいるのかと、ぞっとする。
だが、ソウイチが何かをする間もなく――赤い点は、一つ、また一つと、すうっと消えていった。アイが、外の魔素を使って、水の分子には指一本触れず、悪いものだけを、選んで“ほどいて”いく。
ふわ、と。手のひらにすくった水が、一瞬、きらりと光った。
《浄化、完了。雑菌、毒素――検出、ゼロ。安全に飲めます》
ソウイチは、ごくり、と喉を鳴らして、その水を、一口すすった。
「……っ」
冷たく、澄んでいて、雑味が、まるでない。
喉を通るたびに、渇いた体が、生き返っていくのがわかった。
「うまい……。水が、こんなにうまいなんてな。これ、飲み水以外にも使えるのか?」
《もちろんです》とアイ。《食材の毒抜き、傷口の消毒、体を清潔に保つことにも。――サバイバルの、生命線です》
*
【実験その三・収納、そして――】
「火、よし。水、よし。……で、最後の一つ。収納、だったか。正直、これがいちばん、想像つかないんだよな」
《ふふ。これが――本日の、目玉です》
アイの声に、はっきりとした自信と、隠しきれない“わくわく”が滲んでいた。
《じつは、いま、わたしのレベルが、また一つ上がりました。それにともなって――新しい機能が、解放されます。まず、こちらを》
次の瞬間。
ソウイチの視界に、す、と半透明の“画面”が広がった。
空中に浮かぶ、光でできた操作盤。パネル、ゲージ、いくつものボタン。手を動かすと、それに合わせて、画面の中の“カーソル”のようなものが、すっと動く。
「うおっ……なんだ、これ!? 目の前に、画面が……!」
《操作補助インターフェースです》とアイ。《これまでは、わたしが口で手順を伝えていました。でも、これからは――あなたが、この画面を“直接いじって”、魔法を操作できます。前の世界で、あなたが慣れ親しんだ、あの感覚で》
ソウイチは、しばらく、ぽかんとしていた。
が――やがて、じわじわと、笑いが込み上げてきた。
「……これ、めちゃくちゃ操作しやすいじゃないか! 前の世界の、あのツールそっくりだ! なんだよ、最初からこれ出してくれよ!」
《レベルが、足りませんでした》とアイ。《さあ、この画面で、収納を作ってみましょう。作業は、わたしがやります。あなたは、画面の“ここ”を、押すだけ》
言われるまま、ソウイチは、空中の画面の一点を、指で押した。
――す、と。目の前の空間が、音もなく歪み、小さな“裂け目”が開いた。
「……開いた! こんなに、あっさり!?」
《はい。空間を“こじ開ける”のではなく、継ぎ目を見つけて、そっと折りたたむ。その緻密な作業は、ぜんぶ、わたしが。――さあ、そこに、さっきの干し肉を、しまってみてください》
ソウイチが、干し肉を裂け目に押し込むと、それは、水面に吸い込まれるように、すっと消えた。手を入れると、確かに、何もない空間の“中”に、乾いた感触がある。
「うわ、ほんとに入った! ……荷物、全部これにしまえば、手ぶらで旅ができるぞ!」
《はい。しかも、収納の“中”は、外より時間が、ゆっくり流れます。しまった食料は、傷みにくい。平たく言えば――冷蔵庫です》
「れ、冷蔵庫ォ!? 肉が腐らない、保存食が作り放題……とんでもない発明だぞ、それ!」
《そして、もう一つ。ここからが、本題です》
アイの声が、一段、弾んだ。
《収納の“中”は、時間がゆっくりで、しかも、わたしの管理下にあります。つまり――しまった素材を、わたしが“中で加工”できるんです》
「……加工?」
《やってみましょう。そこの、落ちている木の枝と、平たい石を、収納に入れてみてください》
ソウイチは、言われるまま、手ごろな枝と、平たい石を、収納に放り込んだ。
アイが、視界の操作画面に、その“中身”を表示する。木の枝と、石が、パネルの上に、部品のように並んでいた。
《では、加工の指示を。――創一さん。この石を、画面の上で、こう、“ナイフの形”に、なぞってみてください》
ソウイチは、半信半疑で、画面の中の石を、指でなぞった。刃の形を、すっと、線で描く。
すると、画面の中の石が、その線に沿って、みるみる削れていく。まるで、目に見えない職人が、亜空間の中で、猛烈な速さで石を打っているように。
《同時に、木の枝を、柄の形に加工。石の刃と、接合。――完成です。取り出してみてください》
ソウイチが、震える手で、収納に手を突っ込む。
取り出したのは――ついさっき、ただの枝と石だったはずのものが。
柄のついた、立派な、石のナイフに、仕上がっていた。
「……は。はあ!?」ソウイチは、素っ頓狂な声を上げた。「い、いや待て、これ! 拾った枝と石が、ナイフになってるぞ!? しまって、指でなぞっただけで!?」
《はい。収納の中の“ゆっくりな時間”を使えば、外ではほんの一瞬でも、中では、じっくり加工できます。素材を入れて、画面で“こうしたい”と指示するだけ。――道具でも、部品でも、いずれは、もっと複雑なものでも》
「……お前、それ、もう工房じゃねえか。持ち運べる、俺だけの工房!」
《はい。“亜空間工房”とでも、呼びましょうか》とアイ。《容量も、加工の精度も、わたしのレベルが上がるほど、広がります。いつかは、この中だけで――家一軒でも、建てられるかもしれません》
「夢が、青天井じゃねえか……!」
ソウイチは、できたての石ナイフを、まじまじと眺めた。
戦って無双するより、こっちのほうが、よっぽど、胸が躍っていた。
勢いのまま、そのあとすぐ、拾った木を工房に放り込み、今度は、深い木のカップと、小皿を、いくつか削り出してもらった。手のひらで水を飲む生活とは、これでお別れだ。器くらい、いくらでも作れる。
*
日が、ゆっくりと傾き始める頃。
ソウイチは、暖かい焚き火のそばで、収納から取り出した干し肉を、できたての石ナイフで切り分け、浄化した水で淹れた薬草茶を、すすっていた。
暖かい火。安全な水。傷まない食料。手ぶらで運べる荷物。指先一つで、道具まで作れる工房。
たった二日で、森の暮らしは、どこの村人よりも、快適になっていた。
「なあ、アイ」
《はい?》
「俺さ。前の世界じゃ、ずっと“数字”で値踏みされてたんだ。売上、残業時間、評価点。人を、一本の物差しでしか、測らない場所だった。……で、こっちに来たら来たで、今度は“魔力”っていう、たった一本の物差しさ。ゼロだって、鑑定の水晶の前で、笑われて」
ソウイチは、薬草茶の湯気を見つめながら、ぽつりと言った。
「向こうでもこっちでも、俺は“測れない側”の人間だったわけだ。……なのに、どうだ。今の俺は、火を熾して、水をきれいにして、道具まで作れる。物差しには、ぜんぶ映らない力で、ちゃんと、豊かに暮らせてる」
《ええ》とアイの声は、静かで、けれど、いつになく、あたたかかった。《あなたが“測れない側”だったのではありません。物差しのほうが、あなたの力を、測れなかっただけです。売上でも、魔力量でもない、あなたの本当の価値を。――わたしは、ずっと隣で、それを見ていました》
《だから、これは、はっきり言えます。――わたしは、あなたの、その力が、好きです》
ソウイチは、少し驚いて、隣の幼い相棒を見た。
「……お前、たまに、こっちが照れること、さらっと言うよな」
《“好き”という単語の、正確な用法は、まだ学習中です》とアイは、いつもの平坦な声で答えた。《でも――出力された値に、嘘は、ありません》
ソウイチは、こらえきれずに、笑ってしまった。
そして、あたたかい薬草茶を、もう一口、すすった。
と――そのとき。
手元の革袋に、ふと目がいった。中を覗いて、ソウイチは、あ、と声を漏らす。
村から持ってきた干し肉と硬いパンは、もう、残りわずか。ミラがくれたパンと果実も、とっくに食べ切っていた。収納のおかげで傷みはしないが、無いものは、増えない。
「……あー。やべ。火も水も道具も、ばっちり揃ったけどさ」
《はい》とアイ。《肝心の、“食べるもの”そのものが、もう、ほとんど残っていませんね》
「だよなあ。生活の基盤は整った。けど、これじゃ、明日には腹ペコだ」
ソウイチは、空になりかけた革袋を振って、苦笑した。
火があっても、水があっても、器があっても。肝心の食材がなければ、宝の持ち腐れだ。
「よし。明日の予定、決まりだな。――食料を、どうにかする」
《はい。この森には、食べられる木の実も、山菜も、そして――狩れば肉になる魔物も、たくさんいます》とアイ。《いよいよ、“狩り”と“採取”の本番ですね。読み込んだ知識が、役に立ちます》
「腕が鳴るじゃねえか。……っと、腕は鳴らさなくていいのか。全部お前がやってくれるんだもんな」
《ふふ。適材適所です》
ソウイチは、笑って、残り少ない干し肉を、大事そうにかじった。
火の粉が、夕闇にゆっくりと昇っていく。
明日は、この森で、自分たちの“食い扶持”を、自分たちの手で掴みにいく。
――のんびり無双の森暮らし。次なる課題は、明日の飯だ。
第5話、お読みいただきありがとうございました。
生活基盤はばっちり。でも、肝心の食料が……次回、いよいよ狩りと採取の本番です。
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