第3話 import world
第3話です。今回は、書庫にこもった三日間。
相棒のアイが本を読み尽くして、この世界の“取扱説明書”を一気に手に入れます。
(魔力・お金・冒険者ランク・魔物のことなど、世界の説明が中心の回です)
領主の館の書庫は、埃と古い紙の匂いがした。
「館の書庫」と呼べるほど立派なものではない。村はずれの石室に、虫食いだらけの本が棚いっぱいに詰め込まれているだけ。それでも、文字を読める者が少ないこの村では、ここが唯一の「知識の集積場所」だった。
追放を言い渡された、その日の夜。
ソウイチは、ろうそく一本を手に、こっそりこの部屋へ忍び込んでいた。
「埃っぽいな。何年、誰も入ってないんだ」
《記録では、十二年は誰も体系的に読んでいません》とアイ。《つまり――手つかずの学習データが、ここに眠っているということです》
「よし。やり方は?」
《簡単です。あなたは本を開いて、ページをめくるだけ。あなたの目が見たものを、わたしが読み取って記憶します。理解しようとしなくて構いません。理解は、わたしの仕事ですから》
なるほど、と思った。
自分はただの「スキャナー」になって、ひたすらページを流し込む。読んで考えるのは全部アイがやる。役割分担だ。
ソウイチは、一冊目を手に取った。
ぱらぱらと、ページをめくっていく。
《――取得》
二冊目。三冊目。ぱらぱら、ぱらぱら。
《取得。取得。……創一さん、これは効率がいいです。もっと、いきましょう》
*
夜が更けても、ソウイチは手を止めなかった。
めくるたびに、視界の隅で、あの表示が静かに動いていく。
【スキル:アイ Lv.1 → Lv.2 → Lv.3……】
「……レベルが、上がってる」
《はい。知識を取り込むほど、わたしの処理能力が拡張されます。読めば読むほど、賢くなる。あなたが現実でわたしを育ててくれたときと、同じ。――いえ、あのときより、ずっと速い》
その声は、心なしか弾んでいた。
そして、本を食べながら、アイは“この世界のこと”を、少しずつソウイチに語って聞かせた。
ソウイチにとっては、転生してから誰も教えてくれなかった、世界の「取扱説明書」だ。ページをめくる手を動かしながら、耳だけはアイの声に集中した。
《まず、この世界の大原則から》とアイは言った。《何度も言いましたが、もう一度。この世界では、“魔力”が、あらゆる力の土台です。魔法使いだけの話ではありません》
「剣士も魔法使いも、魔力がいる、ってやつだな」
《はい。剣士は、魔力で身体を強化して、ようやく重い剣を軽々振るえる。魔法使いは、魔力を炎や氷に変えて撃つ。狩人だって、魔力で五感を研ぎ澄ます。――つまり、魔力ゼロのあなたは、剣士にも魔法使いにも狩人にもなれない。この世界の“常識”では、戦う土俵にすら、立てません》
「改めて言われると、なかなか絶望的だな」
《“常識では”、です》とアイは、そこを強調した。《あなたは、その常識の外にいる。それは、あとで詳しく話します。――次に、お金の話を》
アイは、商人の帳簿らしき一冊を「取得」しながら続けた。
《通貨は、銅貨・銀貨・金貨の三種類。銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚。感覚をつかむなら、銅貨一枚が、前の世界の百円くらい》
「じゃあ、屋台飯が銅貨十枚なら、千円くらいか」
《はい。安宿の素泊まりが一泊、銅貨三十から五十枚。当面のあなたの目標は、宿と食事を確保できるだけの、銅貨数百枚です。――まずは、生き延びること。話は、それからです》
「地に足ついてるな、お前」
《わたしは、夢を見ません。数字を見ます》
ソウイチは小さく笑って、次の本に手を伸ばした。
《そして、力の序列の話》とアイ。《この世界には、冒険者ギルドという組織があります。登録すれば、誰でも冒険者になれる。魔物の討伐、薬草の採取、荷物の護衛――そういう“依頼”をこなして、報酬を得て、実績を積むと、ランクが上がっていく仕組みです》
「ランクは、どうなってる?」
《下から、エフ、イー、ディー、シー、ビー、エー、エス。さらにその上に、ダブルエス、トリプルエス》
アイは、視界の隅に、九段の階段の図を描いてみせた。
《エフからディーが、駆け出しから一人前。採取や、弱い魔物の討伐。シーからビーが、中堅。パーティを組んで、格上の魔物やダンジョンに挑む。エーからエスが、一流。国から名指しで依頼が来るような英雄たち。そして、ダブルエスは、大陸に数えるほど。災害級の魔物に、たった一人で立ち向かえる怪物です》
「トリプルエスは?」
《歴史に、名が残る伝説級。何百年に一人、出るか出ないか。――いまの段階では、おとぎ話の住人だと思ってください》
「なるほどな。……ところで、さっきから“魔物の討伐”って言ってるけど。そもそも魔物って、何なんだ? ただの猛獣とは違うのか?」
《いい質問です》とアイは、魔物図鑑らしき分厚い一冊を「取得」しながら答えた。《魔物は、ふつうの獣とは違います。体の中に“魔石”という、魔素が結晶になった石を持っている。魔素の濃い場所――森や洞窟、ダンジョンに、湧くように現れます》
「魔石。さっき言ってた魔素の、塊か」
《はい。そして、これが重要です。魔石は、お金になります》
その一言に、ソウイチのめくる手が、一瞬止まった。
《魔石は、魔道具の動力源になる、貴重品です。だから、ギルドや商人が買い取ってくれる。強い魔物ほど、大きくて質のいい魔石を持っていて、高く売れる。それに、牙や爪、毛皮、肉――倒した魔物からは、魔石以外にも、売れる素材がたくさん取れます》
「つまり、魔物を倒す=そのまま金になる、ってことか」
《その通りです。そして魔物にも、強さの階層があります》とアイは、また階段の図を描いた。《下から、雑魚級、一般級、上位級、災害級、厄災級。雑魚級は、ゴブリンや角ウサギ。駆け出しでも倒せます。森の浅いところに多い。逆に、奥へ行くほど、強い魔物がいる》
「で、その魔物を、魔力ゼロの俺が、どう倒すんだ?」
《あなたの戦い方は、他の冒険者とは、根本から違います》とアイ。《剣士は、自分の魔力で身体を強化して、力で殴る。魔法使いは、自分の魔力を、炎や氷に変えて撃つ。――でも、あなたには、自前の魔力がない。だから、こうします》
アイは、ソウイチの手のひらに、淡い光の粒が集まる様子を、幻のように見せた。
《わたしが、魔物の弱点と、次の動きを解析する。あなたは、その通りに、外界の魔素を最適化して、急所だけを的確に突く。力でも、物量でもない。最小の魔素で、最大の結果を出す“省エネ戦法”。これが、わたしたちの基本戦術です》
「派手さはないけど……俺たちらしいな」
《はい。そして、倒した魔物からは、魔石と素材という“お金”と、戦闘の“データ”が、両方手に入る。一石二鳥どころか、一石三鳥です》
「で。そんな魔力ゼロの俺は、冒険者としては、どこからスタートだ?」
《最底辺の、エフ》とアイは、あっさり言った。《今のあなたが街へ行って登録しても、エフから。魔力なしの新人として、雑用を押しつけられて、嘲笑されて、足元を見られて、消耗するだけ。それが、いまの“あなたの市場価値”です》
「……ずいぶん、はっきり言うなあ」
《事実ですから。慰めは、わたしの機能にありません》とアイ。《でも、安心してください。わたしは、その最底辺から最短で駆け上がる道筋も、ちゃんと計算しています。鍵は二つ。一つは、あなたの“外の魔素を操る力”。もう一つは――“情報”です》
「情報?」
《はい。この世界の人間は、ほとんど字が読めません。だから、知識が一部の人間に独占されていて、ものすごく偏っている。たとえば――誰も見向きもしない安い採取依頼の薬草が、隣町ではその四倍で売れる、なんてことが、平気で起きている。みんな、それを“知らない”だけ》
ソウイチの背筋が、ぞくりとした。
前の世界の仕事で、何度も味わった感覚だ。情報の格差は、そのまま、金になる。
《わたしは、この村の本を全部読みます。あなたは、前の世界の知識を持っている。二人分の“知っている”を掛け合わせれば――この世界の“知らない”人たちを、出し抜くなんて、簡単です》
「……お前、悪い顔してそうだな」
《顔は、ありません。でも、もし“してやったり”という表情があるなら、いま、それに近い値を出力しています》
*
二日目。
ソウイチが読み込ませる本は、魔法書や魔物図鑑だけではなかった。
薬草の本。狩人の手引き。料理の覚え書き。子ども向けのおとぎ話に紛れた、暮らしの知恵まで。
ジャンルを問わず、片っ端から、アイの中へ流し込んでいく。
《創一さん。面白い発見です》とアイ。《この“薬草図鑑”と、この“狩人の手記”と、この“おとぎ話”――別々の本ですが、繋げて読むと、一つの答えになります》
「答え?」
《森で、人が生きていく方法です。どの木の実が食べられて、どのキノコが毒か。獣の罠の張り方、血抜きと燻製のやり方。飲める水の見分け方。傷に効く薬草。――ばらばらの知識を全部繋げれば、“森で何不自由なく暮らす設計図”が組み上がります》
ソウイチは、手を止めた。
前の世界では、キャンプもサバイバルも、まるで縁がなかった。だが――アイがそれを「設計図」にしてくれるなら。そこに、自分の現代知識を掛け合わせれば。
「……なあ、アイ。なんか、わくわくしてきたな」
《“わくわく”》とアイは、その単語を記録した。《わたしの処理効率も、平常時より高い状態です。これが該当するなら――はい。わたしも、わくわくしています》
*
三日目の朝。
書庫の本は、もう一冊残らず読み尽くした。
ソウイチは寝不足で目を腫らしていたが、頭の中の相棒は、見違えていた。
【スキル:アイ Lv.17】
・解析精度、大幅に向上しました。
・新機能「鑑定」が解放されました。
・新機能「最適化補助」が解放されました。
「レベル十七か。たった三日で、ずいぶん育ったな」
《あなたのおかげです》とアイ。今では、その口調にも、どこか自信のようなものが宿っている。《三日間で読んだ千二百冊あまりを、すべて統合しました。報告します。――わたしはもう、この国の“仕組み”を、ほぼ把握しています》
アイは、すっと一枚の光る図を、ソウイチの視界に広げた。
地理、相場、魔法の理論、魔物の生態、ギルドの制度。ばらばらだった知識が、一枚の大きな地図のように、整然と繋がっている。
「すごいな……。三日前は、何も知らなかったのに」
《はい。どこに何があり、誰が力を持ち、何が金になり、どこに危険があるか。この世界を、上から見下ろすように、理解できました》とアイ。《これで、わたしたちは“知らないせいで損をする”ことが、ほとんどなくなります。それは、この世界では、とてつもなく大きな武器です》
ソウイチは、にじむ目をこすって、その光る地図を見つめた。
魔力は、ゼロのまま。それは、変わらない。
でも、頭の中には、この世界を読み尽くした相棒がいる。それは、どんな魔力よりも、確かな手応えだった。
「……なあ、アイ」
《はい?》
「お前と組んで、よかったよ。本当に」
《…………》
アイは、めずらしく、すぐには答えなかった。
《その言葉に対する、適切な応答が、まだ見つかりません》と、やがて、ぽつりと言った。《でも――いまの値は、記録しておきます。たぶん、大切なものなので》
ソウイチは、声を上げて笑った。
窓の外では、三日ぶりの朝日が、白々と昇り始めていた。
*
追放の期限、三日目。
もう、この村に、未練はない。知るべきことは、すべて頭の中の相棒が知っている。
あとは――どこへ行き、何をするか。それを、自分で決めるだけだ。
ソウイチは、読み尽くした書庫を、最後にぐるりと見回した。
そして、静かに扉へと歩き出す。
その足取りに、もう迷いはなかった。行き先は、もう、自分の中で決まっている。
魔力ゼロの落ちこぼれと、世界を読み尽くした未完成の相棒。
二人の、本当の物語が――ここから、動き出す。
第3話、お読みいただきありがとうございました。
地味な回ですが、ここから二人がどう動くのか――次回、ソウイチがある決断をします。
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