58 欲望と、王家の罪
「わぁ、やっぱり王都は華やかですね!」
雲一つない青空に、澄んだ空気。
街のあちこちから、楽しげな声が聞こえてくる。
こんな楽しい日がずっと続けばいいのに。
「ねぇ、エル。すごく美味しそうな匂いがしませんか?どこからかなぁ?」
お祭りの経験なんてほとんどないから。
この空間にいるだけでわくわくが止まらない。
屋台には、珍しいものや食べたことないものが溢れていて、どうしてもキョロキョロと周りを見渡してしまう。
「……あれ?私、はしゃぎすぎてますか?」
そういえばエルからずっと返事がない気がする。
不思議に思って振り返ってみると、
エルは口元を押さえてくつくつと笑っていた。
「私、何かおかしいこと言いましたっけ?」
じーっと見つめると、
「待って、待って……」
エルは笑いを堪えながら、呼吸を整えようとしている。
その姿がなんだか可愛らしくて、
さらに近づいて覗き込むと、
「フィーは、可愛さで僕を殺す気なの?」
そう言って頭を優しく撫でてくれた。
……可愛いのはエルなのに。
「ふぅ……。フィーがあまりに可愛くて笑っちゃった」
幸せそうな笑顔。
純粋に楽しんでいる様子がとても嬉しい。
「僕も楽しいから、見たいところ遠慮せずに見ていいんだよ?ほら、美味しそうな匂いってそこの屋台じゃないかな?」
エルヴィンが指を指した先には、
可愛らしい星のランタンが飾られた屋台があった。
『魔法のお菓子屋さん。
ここでしか会えない味を、貴方に……』
「エル、見てください!これ、わたあめに魔力を流すと色が変わるらしいですよ!」
流れ星のクッキー。
星灯りの飴。
虹色の夢氷菓。
見たことのない可愛らしいお菓子が溢れ、
どれも食べてみたくてたまらない。
「待って、フィー……。興奮しすぎだから…ふふっ。
うん、全部買っちゃおうか?」
隣で声を抑えながら笑うエルヴィン。
「えぇっ、全部は無理ですよ〜?」
同じように笑うと、
「フィーが望むなら。全部、買えちゃうよ?」
冗談の含まない声が耳元で落ちた。
「っ……。全部はいらないです。お金がもったいないですよ!」
慌てて言葉を重ねる。
「もぅ、公爵様ジョークやめてください。びっくりしちゃいました」
何も言わなければ、本当に全部買ってしまいそうで怖い。
なんとか冗談だったことにしたくて、
早口になっちゃった。
チラッとエルヴィンを見ると、
先程とは違う笑みを浮かべていた。
「フィーはいつも何も欲しがらないよね……」
その声は優しい。
優しいのに、心がざわつく。
「ねぇ、何が欲しいの?」
エルヴィンが一歩、私との距離を縮める。
「教えて?」
静かな声が、耳元へ落ちる。
「もっと、欲しがって……」
欲望を食べてしまう悪魔のような瞳。
その瞳から目を逸らすことはできなかった。
◆
その頃、レオニスは禁書庫の最奥にて、
王家に隠された真実へと辿り着いていた。
ーー
光の聖者ルクシオンは、他の聖者と違い、
生涯ただ一人の女性を愛したという。
その愛は深く、聖者は己の光の半身を彼女へ捧げた。
彼女こそ後に初代ルミナリア女王となる御方である。
ーー
循環の乙女がなき世界にて、
魔力の均衡が崩れてしまうのは必至であった。
聖者は魔力の均衡を保つために、
年に一度、魔力を整える日を作った。
聖者が魔力の循環を行う日“聖循祭”
この儀式が絶えることのないように……。
そしていつしかそれは、
“星巡祭”として人々に親しまれる祭りへと変わっていった。
ーー
「これではない……」
この国史にも、ルクシオンの手記にも、
いくつか気になる点はある。
だが、今知りたいのはそこではない。
今は、父様がこれから何をするつもりなのかを知らなくてはならない。
胸騒ぎがする。
闇の門が開き、闇の聖者が現れたというのに、
父様の姿には焦りの色が微塵もなかった。
まるで、それが起こることを知っていたかのように、
あまりにも当然のこととして受け入れていた。
それを国王としての風格と言ってしまえば、
それで済む話なのかもしれない。
けれど――。
あまりにも、自然すぎた。
あの時、空は闇に染まりかけていた。
僕が食い止めなければ、
一体どうなっていたのだろうか。
あれはきっと闇の聖者が起こしたものに違いない。
彼はこの世界を再び闇で覆おうとするのだろうか。
もうすぐ、星巡祭が始まる。
時間がない。
準備が進められている今しか、調べる時間は残されていない。
手を止めることなく、様々な文献を読み進めていく。
その中に、表紙がぼろぼろになった、
誰かの日記と思しき一冊が目に入った。
なぜか気になり、手に取る。
ページをめくった瞬間――
そこに綴られていた言葉に、レオニスは目を見開いた。
ーー
彼の魔力を集めた光の結晶。
私を魅了してやまない。
彼が導かないのなら私が導かなくては。
“崇拝”の光魔法で。
ーー
「これは……まさか……」
王家が民を欺き続けてきた罪。
二千年前から、星巡祭の裏で繰り返されてきた非道。
光属性を――。
王家を――。
崇拝するように、民へ魔法をかけていた。
「そんな……」
今まで信じてきたものが、音を立てて崩れていく。
星巡祭も。
王家の歴史も。
そして――父様も。
続きを読み進めようと、震える指でページをめくる。
その時。
背後から、薄ら笑う声が響いた。
「殿下は知りたがり屋さんですねぇ……」
ぞくりと背筋を這う声。
「王家の闇を知った今――貴方はどうしますか?」
静寂が禁書庫を包む。
レオニスはゆっくりと振り返った。
「……そんなの、決まってる」
拳を強く握りしめる。
ーー間違いは、正すもんだろ?
大人なら。




