57.5 試験と、詠唱魔法①〜フィリアと、自分の言葉〜
生徒の数が一人また一人と減っていく。
試験室で試験内容を言い渡された学生たちは、
皆、焦った顔や絶望に沈んだ顔を浮かべている。
余裕を見せる者は誰一人としておらず、
足早に試験会場を去っていく。
そんなに酷な試験なのかしら……。
名前を呼ばれない時間が、やけに長く感じる。
呼ばれる順番に規則性はなく、
いつ自分の名前が呼ばれるのかも、全くわからない。
この待っている時間さえ、試験の一部だったりするのかしら?
落ち着かない。
どうしても、広い会場内をうろうろしてしまう。
私の試験内容って、なんだろう……。
「お前の弱点は、簡単に人を信用しすぎることだ」
ふと、ラグナの言葉が脳裏をよぎる。
まさか、この待っていること自体が試験だったりするの?
どこまでも疑心暗鬼になってしまう。
試験室に呼ばれるまでに、
本当は何かしなきゃいけないとか……?
……ダメだ。
ラグナ先輩が言った言葉が気になって、
何もかもが疑わしく思えてしまう。
「フィリア・リヴァリエさん、試験室までお入りください」
名前を呼ばれて、ほっとする。
よかった。
このままだと、本当に頭がおかしくなりそうだった。
試験室への扉を開くと――
そこには、全く見覚えのない部屋が広がっていた。
ーー
「君がフィリアくんかね?初めまして。今回君の試験を担当するテオドールだよ」
先ほどまで学院の試験会場にいたはずなのに、扉を開けて中へ入ると、そこには書斎とも研究室ともつかない部屋が広がっていた。
突然のことに、思わず足を止める。
そして、部屋の奥に立つ人物を見て、さらに目を見開いた。
「テオドール……。テオドール先生は……あの、“魔法陣大全”を監修されている、テオドール・ヴァルケン先生ですか?」
魔法陣研究の第一人者。
多重魔法陣の祖。
今もなお現役で、生活用から研究用まで、さまざまな魔法陣を生み出している、憧れの存在。
「お会いできて嬉しいです!私、先生が作られた魔力効率を最大限に生かした魔法陣を尊敬していて……。
いつか先生のような魔法陣を描けたらって、ずっと思っているんです」
先ほどまで試験のことで不安に押しつぶされそうだったのに、憧れの人を目の前にすると、どうしても興奮を抑えられなかった。
「先生が試験官でしたら、試験内容は魔法陣でしょうか?先生からの出題でしたら、どんなに難しい魔法陣でも頑張ります!」
一体、どんな試験内容なのだろう。
魔法陣に関する試験だと思うと、胸が自然と高鳴ってしまう。
「……君の魔法陣は、いくつか見せてもらったよ」
テオドール先生は、穏やかな笑みを浮かべた。
「とても綺麗でわかりやすい。特定の位置の言語を変えることで、さまざまな状況に柔軟に対応できる点もいいね」
自分の魔法陣を評価されている。
そのことが、素直に嬉しかった。
「でもね、それが君の弱点だよ?」
「……弱点?」
「君の魔法陣は、誰もが広く使えるように作られている。まさに教科書通りだ」
テオドール先生は、机の上に置かれていた紙を一枚手に取った。
「例えば、小麦粉100g、砂糖とバター40gに、卵黄1個。君はこれを聞いて、何を想像する?」
「……クッキーでしょうか?二人か三人分くらいの」
「そう。君の魔法陣は、まさしくそれだ」
紙を指先で軽く叩きながら、テオドール先生は続ける。
「見れば、どんなものかすぐにわかる。味は想像できるし、分量を変えることも容易だ。それは生活用魔法陣として、とても良いことだが……世の中、それだけではいけないのでね」
穏やかな口調のまま、テオドール先生は続けた。
「君の魔法は、魔法陣を基礎にしているそうだね。
的確に、適量の魔力を放つには、これほど効果的なものはない」
そこで一度、言葉を切る。
「けれど、いざという時のために、詠唱魔法も使えるようになっておかなくてはね?」
その言葉に、胸の奥がわずかにざわめいた。
これまで、魔法陣を使うことばかり考えてきた。
魔力さえ流せれば正確に発動する。
魔法という不確かな存在の前で、
信頼できる確かな存在。
だからこそ、自分の言葉で魔法を組み立てるなんて、考えたこともなかった。
テオドール先生は一呼吸置くと、穏やかに響く声で試験内容を告げた。
「君の試験内容は、自律移動型の魔力判定用クリスタルに、五分以内に三等級以上の詠唱魔法を当て、魔力を満たすことだ」
思わず息をのむ。
「魔法の指定はない。ただし、詠唱に使う文言は、参考書に載っているものを使ってはいけないよ?」
「それは……私が考えた言葉で、詠唱魔法を……?」
「そういうことだね」
テオドール先生は、楽しそうに目を細めた。
「準備ができたら、いつでも試験室の扉を開けたまえ。では、君の言葉で、君がイメージした詠唱魔法を楽しみにしているよ」
その瞬間、部屋の空間が歪んだ。
視界が大きく揺らぎ、足元の感覚が消える。
次に気づいた時には、試験会場のホールへ戻されていた。
「私が考えた言葉での詠唱魔法か……」
周囲を見回しながら、フィリアは小さく呟く。
「どうしよう。全く思いつかない……」
五分以内に、三等級以上の魔法。
しかも、参考書に載っている詠唱は使えない。
「とりあえず、図書室でも行ってみようかな……」
そう呟いて、フィリアは試験会場を後にした。
ーー
本に囲まれた空間って、
なんとも言えない香ばしい匂いがあると思う。
少し埃っぽいような、それでいて落ち着く。
紙とインクの匂いに包まれていると、
不思議と心まで静かになっていく気がした。
ふぅっと息をゆっくり吐いて、
課された試験内容を整理してみる。
動く的――自律移動型の魔力判定用クリスタルに、三等級以上の魔法を当てること。
制限時間は五分。
属性や魔法の種類に指定はない。
ただし、詠唱に使う言葉は参考書に載っているものではなく、自分で考えなければならない。
「自律移動型のクリスタルの速さは、そんなには速くないから……。追尾魔法でも範囲魔法でもどちらでもいけそうな気がする」
確実に当てるなら、まず動きを封じてから攻撃したほうがいいかな?
「あぁ……こんな時、魔法陣だったらなぁ」
思わず机に突っ伏しそうになる。
魔法陣なら、多重展開して複数の魔法を同時に発動させることだって簡単なのに。
そんなことを考えていると、
気づけば手が動いていた。
まず足止めをするんだったら、
土属性か風属性の魔法が相性が良さそうだな。
クリスタルは不規則に動くから、土属性で待ち伏せするよりも、動きを予測して風魔法で空間そのものを閉じ込めてしまった方が確実かもしれない。
風の流れを作って、逃げ道を塞ぐ。
その中に魔力を満たして――。
「できたっ!」
思わず声が弾む。
「これなら確実に魔力を込められるかも!」
「って、違うよ〜……」
自分で自分に突っ込んでしまう。
「詠唱魔法じゃないと……」
完成した魔法陣を見つめながら、深いため息をつく。
「逆風、半球、範囲3m、持続10秒、密度均一……。
確かに説明的な言葉が多いなぁ。これだと何の魔法かバレちゃうか」
魔法陣の良さでもあり、弱さでもある。
私の言葉で紡いだ、
私だけの詠唱魔法を。
「もし、これを詠唱魔法風の言葉に変えるとしたら……?」
魔法陣を見つめながら、頭の中で言葉を組み立てていく。
「風よ。汝が敵の歩みを押し止めよ。十の刻が刻まれるまで、穏やかに満たし、包み込め――とか?」
口に出してみる。
「……こんな感じかな?」
近くに誰もいないとは言え、
口に出して少し恥ずかしくなる。
「……まだ直接的すぎるかも」
確かに、魔法のイメージはしやすい。
けど。
これだとたぶんダメだよね?
どこか参考書に載っている詠唱文句のようで、
自分の言葉には思えなかった。
もっと自分自身と対話するように……。
そっと目を閉じると、
胸をくすぐる、柔らかな魔力を感じる。
いつでも力になるよ?と優しく囁いてくれる。
それはまるで――。
「妖精……?」
風に乗って舞い、悪戯するように人を惑わせる、
小さな妖精達。
「……閃いたかも」
もう一度、ゆっくりと言葉を紡いでみる。
「巡りゆく風よ、彼のものを惑わせ、歩みを奪え。完成された時の中で貴方を包みましょう。
ー妖精境」
その瞬間。
胸の奥で、何かが繋がった気がした。
「……あ」
魔法の形が、頭の中に鮮明に浮かんでくる。
風が渦を巻き、逃げようとするものを優しく包み込む。
それは拘束というよりも、妖精の住む境界へ迷い込んでしまったような――そんな魔法。
胸をくすぐるエルヴィンの魔力が、
まるで妖精が踊っているように思えて作ってみたけれど。
これなら、イメージできる。
きっと、魔法も安定する。
「……ふふっ」
我ながら上手くできた気がして、自然と顔が綻んだ。
あとは、実際に移動式クリスタルへ何度か試してみよう。
動きに合わせて魔法を調整して、イメージの精度を上げる。
そうしたら――。
「よし。試験に挑もう」
フィリアは紙に描いた魔法陣を大切そうにしまうと、図書室を後にした。




