52 魅了の瞳と、王の影
「殿下、起きてください。床で寝ていては、お風邪をひきますよ」
聞き慣れた落ち着いた声が耳に届く。
「レイン……色々と疲れたんだよ。もう少し寝かせてもらえないかな」
身体が鉛のように重い。
瞼も開かない。
ついさっき目を閉じたばかりの気がする。
本能が強く眠りを求めていた。
このままもう一度眠れたらどれだけ幸せだろう。
そんなことを考えながら寝返りを打とうとした時だった。
「あの男は、私の方で処理しますか?」
革手袋が軋む音。
そして氷のように冷たい声。
「……待って!」
反射的に身体を起こした。
今、寝ている場合ではない。
レインなら僕が眠ったままでも全て片付けてしまうだろう。
むしろ完璧に。
だからこそ急いで止める必要があった。
「あれには確認したいことがある」
「レイン、起こしてくれてありがとう。そのまま待機していて」
「承知しました」
目を開けると、そこにいたのはレインとレオニス、そして拘束されたセドリックだけだった。
クラウスの姿はない。
おそらく既に保護されたのだろう。
あれだけの騒ぎだったにもかかわらず兵士の姿もない。
……その辺りもレインが処理したのだろう。
本当に優秀すぎる。
苦笑しながら身体を起こす。
思うように力が入らない。
無茶をしすぎたな、と自分でも思う。
ふらつく足でセドリックの前へ立った。
そして彼の顎を掴む。
「目を見せて」
反応はない。
意識を失ったままだ。
遠慮なく瞼を押し開く。
その瞬間。
背筋を冷たいものが走った。
「……頭がおかしい。両目が魔道具じゃないか」
白く輝く結晶。
瞳の代わりに埋め込まれたそれは、
生き物の眼球とは明らかに違っていた。
内部には無数の魔術式が刻まれている。
複雑に。
幾重にも。
まるで迷路のように。
そして。
その奥で揺らめく光を見た瞬間。
本能が警鐘を鳴らした。
見てはいけない。
覗き込んではいけない。
そんな感覚。
「まさか……」
嫌な予感が脳裏をよぎる。
「セイレーンの涙……?」
王家の秘宝。
一度その輝きを覗いた者は魅了され、
術者の意思に逆らえなくなると言われている。
実在するとは思っていなかった。
だが。
瞳に宿る光はあまりにも異質だった。
強烈な魅了。
抗うことを許さない支配の輝き。
しかも――。
「この魔力……」
目を細める。
感じる魔力は光属性。
それも極めて純度が高い。
どこか覚えがあった。
いや、覚えがあるどころではない。
「父様の魔力……?」
思わず呟く。
そんなはずがない。
そう思う一方で、否定できない自分もいた。
なぜ王家の秘宝がここにある?
なぜセドリックが持っている?
なぜ父の魔力で満たされている?
疑問が次々と浮かぶ。
魔術式を解析しようと、さらに顔を近づけたその時だった。
ぞわり。
背筋を何かが這い上がる。
重く。
冷たく。
圧倒的な威圧感。
空気そのものが変質したような感覚が部屋を満たした。
「彼を離してくれないかな?レオニス……」
部屋に低く響く声は、頼んでいるようで命令に近い声色だった。
「父様……彼は私の友人を深く傷つけました。
また、フィリア嬢については、私の管轄だったはずでは?」
威圧にも負けずに、ニコリと微笑みながら返事をする。
「おや……私が聞いた報告では、彼の研究に協力したいとクラウスと循環の乙女が自ら赴いたと聞いているが?」
……なるほど、クラウスもフィリアさんも、セドリックの魅了にかかっていたと。
「そうだったのですね。でも、研究は失敗したんですかね?僕が来た時には、闇の魔力が暴れてしまっていて、彼もフィリアさんも散々な状態で。僕がなんとかしなければどうなっていたことか……」
大袈裟に肩をすくめながら話す。
こんな茶番意味がないと分かっていながらも、少しでも相手の出方が知りたい。
「何か、危ない研究でもなさっていたのですか……?」
にこやかに、でも牽制を含めて。
探るように声をかける。
「お主も知っている通り、闇の門が開かれたのだ。早急に闇の魔力を抑える研究は必要だろう?……なぁ、レオニス」
そう分かりやすくニヤリと笑う。
「さて、循環の乙女も介抱されているであれば、我が研究員の彼も治療が必要なことは明白であるな。何せ、これほど痛々しい状態なのだからな」
これ以上の会話も詮索も不要と威圧が強くなる。
ルミナリア王は一緒に来た兵士に目配せをする。
その合図を受けた兵士たちはセドリックを抱え、足早に部屋から出ていく。
「レオニス、お前も王家であるなら、夢や理想ではなく国のために動け」
そう残して真紅のマントを翻し、ルミナリア王は部屋を出ていった。
「……っはぁ、何が国のためだよ」
強い威圧を受け続けていた身体が軋み、悲鳴を上げる。
……魅了のクリスタルまで使って、
フィリアさんに何をさせたかったのか。
“国のため”であれば、何をしていいわけではない。
やはり、禁書庫の奥に行くべきか。
自分には知らないことが多すぎる。
◆
「殿下、肩をお使いください」
レインが脱力しきっている身体を支えてくれている。
「レイン、君には感謝しきれないな……。魔力欠乏で動けなかった僕を救ってくれたのは君だろう?ありがとう、助かったよ」
ルクシオンの魔法陣を発動した時、
柔らかな光と共に天国に導かれたと思っていた。
気づけば、フィリアさんの桃の残り香が香る自室のベッドの上に寝ていたわけで。
そんなことが出来るのは、彼しかいない。
「いえ、実際に殿下を救ったのはフィリア様で、私は何もしておりません」
まるで他のことは当たり前のことで、
自分がしたことだと言わない。
そういう謙虚なところは彼らしいけれど、
今は少し腹立たしく感じる。
「あーもう、そういう時は素直に感謝の言葉を受け取ってよ」
「君がいなきゃ、僕は助からなかったの!わかるかい?」
そう怒ったような口調で話した後、
ふっと口元を緩め微笑む。
「だから、ありがとう。レイン」
「えぇ……殿下が無事で良かったです」
そう話したレインの声は、少し震えていた気がした。




