49 闇の裁きと、残された理性
……どうしてしまおうか?
身体中から迸る闇の魔力の奔流とは裏腹に、
心はすごく冷えていて、頭は落ち着いている。
相手は丸腰で、両足とも動かせない。
彼を殺すなら簡単で、
それこそ首を刎ねてしまえばいい。
それは一瞬の出来事で終わるだろう。
しかし。
フィリアが受けた苦しみを考えるなら、
そんな簡単に死なせてしまうわけにはいかない。
それ以上の苦しみを味あわせるべきだ。
苦しさで、自分から死を選びたくなるほどに。
彼の周りの空気の層を薄くしていく?
苦しさに悶えても最後は失神してしまうだけだ。
そんな安寧を許してならない。
あぁ……今、わかった。
あの闇の獣は、僕と同じ気持ちだったのだ。
フィリアを苦しめた男に最大の苦痛を与えるべく、
端から恐怖を与えていたところだったのだ。
……アレは、僕の魔力だ。
チラリと横目で見ると、
黒碧の瞳をした獣の身体はほぼ消えかかっていた。
……なら僕が引き継ごう。
あの男が本当に苦しむように。
笑みを浮かべゆっくりとセドリックに近づく。
先程まで風の魔力を纏う非力な青年に見えた彼が、
闇の獣よりも恐ろしい魔圧を放っている。
「望むモノが手に入るチャンスなのですよ?何故受け入れないのです」
セドリックの声に焦りが浮かぶ。
魅力的な提案を飲まない彼に理解が追いつかない。
「そんなものは要りません」
エルヴィンはゆっくり首を振りながら歩みを止めない。
「貴方がもう二度と彼女に近づくことがないように……」
「魔力を注ぐことも、受けることも、できない身体にしてあげましょう」
身体を黒い魔力が巡っていく。
溢れる闇の魔力が、ふわふわと楽しそうに周りを浮いている。
これから男の身に起こることが嬉しいことであるように。
エルヴィンはセドリックの前まで立つと、
髪を掴み、顔を上に向かせて告げる。
「殺してなんてあげません。一生、研究の出来ない身体で惨めに生きればいい」
黒碧に濁った瞳が告げる。
彼が掴んだ髪の先から、
ゆっくりとタールのようなどろりとした黒き魔力が注がれていく。
男の魔力を見つけるたびに、
端からじっくりと絡め取って分解していく。
ぷつり……ぷつり……
男の身体の中に埋められない空白が増えていく。
開かれた白い瞳に光が失われていく。
男の苦しむ声を聞くたびに、自然に口元が歪む。
……こんなことで満たされるはずがないのに。
奥底で眠る暗い闇が、目を覚まそうとしている。
逃げるように奥へ奥へと隠れる魔力を引き出す度に、
笑いが込み上げてくる。
……隠れても無駄だ。
そして、
男の魔力の源である魔力壺へと辿り着く。
闇の魔力できつく壺を縛っておこう。
二度と魔力を受け入れられないように。
黒き魔力が蔓のように壺に巻き付いていく。
壺に魔力を満たしていた回路を、
一つ、また一つときつく絡み付いて絞っていく。
「苦しいですか?……苦しくて良かったですね」
男の焦点が合わなくなっている。
言葉をかけても呻き声しか発せない。
魔力を供給する回路を全て縛っても、足りない。
……フィリアを傷つけた代償には、まだ足りない。
僕の怒りが収まらない。
そして、魔力壺に闇の魔力を注いでいく。
他の魔力が入る隙のないほど、奥底から丁寧に。
呻き声しか聞こえなかった男から、
制止を懇願する声が漏れ出る。
「……やめ……あがっ……」
身体に異物が入ってくる反応か、声にならない声を上げながら、セドリックの身体がビクンビクンと跳ねる。
「何か言いましたか?……空耳でしたね」
更に闇の魔力を強く注ごうとしたその時、
「エルヴィン、やりすぎだ。それ以上は駄目だよ」
エルヴィンの肩に手をかけ、
荒い呼吸のままでレオニスは言う。
「状況から彼が悪いのはわかる。けれど、彼を痛めつけることで、君の立場が悪くなってしまう」
……僕の立場が悪くなろうが、フィリアさえ無事であるなら問題ない。
「これは放っておくとまたフィリアを実験台にするだろう?だから……」
……だから、今、彼を。
エルヴィンの手に力がこもる。
「君の立場が悪くなれば、この先誰がフィリアさんを守れるんだ?」
凛とした声が落ちる。
「……フィリアさんを僕にくれるということかい?」
力無く笑いながら、レオニスはこれ以上はやめるように伝える。
その言葉にエルヴィンはハッとなる。
怒りに任せて、王宮の研究員を亡き者としようとしていた。
それは正当防衛とはかけ離れており、仮に男が悪くとも罪に問われること必至だった。
……僕が捕まれば、フィリアは誰が守るのか?
フィリアを見ると、腕を押さえながら不安と恐怖と心配の入り混じった瞳でこちらを見ていた。
……彼女の気持ちを全く考えていなかった。
セドリックを掴んでいた手を離し、
俯きながら声を落とす。
「今なら、まだ間に合うのか?」
「あぁ、僕の大切な人達を無遠慮に傷つけたんだ。そこは王子である僕がなんとかするよ」
息も絶え絶えになりながら、レオニスはにっこり笑う。
「フィリアさん、怖い思いをさせてごめんね。本当はさ、君を守るのが王宮であるはずなんだけどね」
自嘲気味に笑いながら、穏やかな笑みを崩さずに伝える。
「エルヴィン、ここは任せて。フィリアさんを守ってあげて」
そう言うと、
フィリアとエルヴィンの足元に古代文字で書かれた魔法陣が浮かぶ。
何かを言いかける二人であったが、
光の奔流の中に声は溶け、
そして、光の粒子だけが残った。
「もう……また魔力がすっからかんだよ……」
そう笑って、その場で仰向けになるレオニス。
満足そうに笑い、目を閉じた。




