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48 黒碧の獣と、すれ違う心

闇の獣から伸びた無数の黒い腕が、

セドリックの四肢へ絡みつき、

檻へと縫い付けるように拘束した。


恐怖に歪む男の顔をじっくりと眺めた後、

闇の獣は男の足へゆっくりと牙を立てる。


「あっ…………ぁぁぁぁっ……」


男から声にならない悲鳴が漏れた。


黒い粒子がじわり、じわりと足先から太ももへ這い上がっていく。


……闇の獣が男に集中している今しかない。


「クラウス先生、聞こえますか?」


フィリアはクラウスの肩を揺らしながら呼びかける。


薄く開かれた瞳には、

いつもの淡い水色が戻っていた。


先程までの異様な白ではない。


洗脳が解けているのだと分かり、

胸を撫で下ろす。


「……無事で……よかった」


クラウスは力なく微笑んだ。


洗脳への抵抗と無理な魔力共有。


身体が極限まで疲弊していることは、

見れば分かるほどだった。


「先生、立てますか? ここから逃げましょう!」


身体を起こそうとする。


けれど重く、

少しも持ち上がらない。


どうすればいいの?


先程ありったけの魔力を返したせいで、

自分にはほとんど魔力が残っていない。


残っていたとしても、

何をすればいいのか分からない。


また私は何も出来ない……。


「私を置いて……逃げなさい」


今まで聞いたこともないほど優しい声だった。


……それだけは出来ない。


フィリアは首を横に振る。


「先生と一緒じゃなきゃ、ダメです」


何も出来ない。


それでも先生を一人置いて逃げるなんて出来ない。


「先生、一緒に逃げましょう?」


出来る限りの力を込め、

抱き起こすように身体を引いた、その時――


「フィー!!!」


聞き慣れた優しい声が響いた。



フィリアとの魔力共鳴が近くなっている。


どう考えても、爆発音が聞こえたあの場所にいる。


どうして君はいつも危ない目に遭っているの?


無事でいてほしい。


心臓が裂けるように痛い。


身体が耐えられる限界まで加速魔法を重ねていく。


グォォォォォ!!


研究棟から獣の唸り声が響く。


その声に、身体がぞくりと反応した。


間に合ってくれ。


彼女を守らないと――。


穴の空いた研究棟へ飛び込んだ瞬間、目に映ったのは、


壁沿いに並ぶ計測器が白い煙を上げながら壊れ、

氷の刃が壁や機械に突き刺さる異様な光景。


そして、


檻の中で糸目の男を足先から喰らう闇の獣と、

クラウスを助けようとしているフィリアだった。


「風の刃よ!」


即座に闇の獣へ風の刃を放つ。


無数の鋭い刃が一直線に襲いかかる。


獣はセドリックから離れ、

風の刃をひらりとかわした。


「……グゥゥゥ」


低い唸り声。


黒碧の瞳がこちらを見据えている。


――なぜ邪魔をする?


そう問いかけるように。


闇の獣。


その漆黒がエルヴィンを苛立たせる。


フィリアをどこかへ誘った黒髪の青年もまた漆黒だった。


闇がまた、僕の前から彼女を攫おうとしている。


右手に再び風の魔力を集める。


先程よりも濃く、

さらに圧縮して。


……あの時の、何も出来なかった僕ではない。


「風の器よ、光を集め、闇を照らす灯りとなれ……」


空気が水面のように揺らぐ。


彼が手をかざした空間が、

見えないガラス玉越しに見たように歪んでいく。


「――黎明」


シュンッ!!


詠唱に応えるように、

一条の光が真っ直ぐ闇の獣へ放たれた。


闇の獣は跳躍して回避する。


間髪入れず、避けた先へ第二波を撃ち込む。


宙に浮いた獣が身体を捻って光をかわす。


ジュゥッ!


しかし、避けきれなかった身体の端が灼かれ、

黒い煙が立ち上った。


エルヴィンは獣の着地点を見定め、

手の角度を変える。


今度こそ撃ち落とそうとした、その時。


「エルっ、ダメぇっ!!」


フィリアが反射的に飛び出した。


ーー


あの獣は、自分を襲わなかった。


それどころか。


セドリックから守ろうとしてくれた。


理由は分からない。


けれど――


あの闇の獣は、不思議と怖くなかった。


黒碧の瞳が、

彼に似ている気がして。


「っ!!!」


突然のことにエルヴィンは無理やり手の角度を変えるも、


ーージュゥゥ!


光線はフィリアの腕を掠め、

肌の灼けた匂いがあたりに立ち込めた。


「フィー!?」


急に出てきた彼女に魔法を放ってしまったことに、驚きと戸惑いが溢れる。

駆け寄ろうとする前に、黒碧の瞳の獣はうずくまる彼女を庇うように立ち、フィリアの腕を静かに舐め始めた。

エルヴィンを、静かに睨みながら。


……何故、君が闇の獣を庇うんだ?

……理解ができない。


「フィー……どうして?」


……助けに来たはずなのに。

拒絶とも思われる彼女の行動に絶句する。


……僕の顔を見て、来てくれて嬉しいと。

そう喜ぶ彼女を求めていたのに。


想像していた再会とは、まるで違った。


「……っくくふははは、実に滑稽だ。彼女は貴方よりも闇の獣の方が大切みたいですね」


あまりのことに立ち尽くむエルヴィンを見て、糸目の男は嘲笑う。


「彼女の全てが欲しいなら……心ごと全てを支配してしまえばいい」


「貴方もそう考えたことがおありでしょう?」


その言葉にエルヴィンは糸目の男を睨む。

神経を逆撫でするような言葉。

まるで本質は彼と同じなのだと断定する発言。

初めて会ったのに、嫌悪感しかない。


「私の研究を手伝ってくだされば、彼女を貴方のものにして差し上げますよ?」


私なら簡単に望むモノを与えることができる。

直接言わなくともそう言っているのがわかる。


先程からフィリアをモノとしか思っていない、その態度に虫唾が走る。


「一体、貴方はなんなんです……」

怒りの矛先を彼に全て向けてしまいそうになるのを抑え、問いかける。


男は余裕のある表情を浮かべて答える。

「あぁ、申し遅れましたね。王立魔導研究院 聖魔光研究室 室長のセドリック……」


「そういうことを聞いているのではありません!」


思わず語気を荒げてしまう。

こちらの意図していない回答をわざと選んでいる男が腹立たしい。


「ふふ、失礼。そちらのお嬢さんに少し研究を手伝ってもらっただけですよ」


……研究を手伝ってもらった?


倒れているクラウス。

傷だらけのフィリア。

そして、その原因であるかのように笑う男。


どこをどう見れば、それが『研究を手伝った』だけに見えるのか。


「フィリアに……何をしたのです……?」


……回答次第では。


自然と魔力が集まっていく。

きっとそれは聞くに耐えないものかもしれない。

男が口を開く前に、暴発しそうだ。


「彼女は実に優秀でしたよ?」


「私とクラウス先生の魔力をたっぷり受け入れてくれましたよ。貴方の役に立ちたい一心で」


「ふふふ。次は、彼女の魔力を味わいたいものです」


――ぷつり。


頭の中で、何かが切れる音がした。


「……貴様」


周囲の空気が震える。


足元から黒い魔力が滲み始める。


「下衆がァ!!」


視界が黒く染まる。


消えてしまえばいい。


彼女を傷つけるものなど――


この世に必要ない。

お話しをお読みいただきありがとうございます(*´꒳`*)

また、ブクマしてくださった方ありがとうございます。

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