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47 呼び声の鈴と、檻の獣

幸せな夢を見た気がする。


微かに残る桃の香りが、鼻腔をくすぐる。


どこか知っている香り。


もっと夢を見ていたいと、そう感じさせる香り。


ーーリィィィン……。


遠くから鈴のような音が聞こえてくる。


もっと眠っていたいのに。


ーーリィィィン……。


耳障りではない。


しかし、この音は僕を起こそうとしている。


……仕方ない。起きるか。


「……あぁもう。せっかくいい夢だったのに……」


ぐっと伸びをして身体を起こす。


金髪に星空の瞳の青年は辺りを見廻し、

自分が部屋にベッドで寝ていることに疑問を感じる。


直前までの記憶を辿り、

ルクシオンの魔法陣を発動したところまで思い出し、


ーーリィィィン……。


友と開発した緊急用呼び出しの鈴が鳴っていることに、ぎょっとする。


「クラウス!?ちょっ……まっ……もっと、緊急用らしい音にしてよっ!」


この場にいない相棒にツッコミを入れつつ、

レオニスは跳ねるように部屋を出ていった。



「私が危険な時に、レオニス殿下に教える魔道具なんて何の意味があるのです?その逆は必要ですが。」


眼鏡を直しながら呆れたようにクラウスは呟く。


「貴方が危険に晒されることがあっても、私にはその価値がありませんよ?」


そう言いながらも、素直に魔道具を作っているのがクラウスのいいところである。


「それが大アリなんだな!」


レオニスは自信たっぷりに答える。


「君は自分の価値を理解していない。

君ほどの才能がある人を引き抜きたい人は山程いるし。実際君がいなくなったら僕が困るんだよ」


「そう、つまり君は僕の弱点なんだ」


指を指して格好良くポーズを決める。

その姿は格好いいはずなのに、どこか滑稽に見えるのは、長年相棒としてやってきたからであろう。


「……私を捕らえたとしても、代わりはいくらでもいますけどね……」


ため息をつきながらも作る手は止めない。


「これで完成しましたよ」


そう言ってクラウスは手のひらサイズの鈴を渡してくる。


「私の魔力に共鳴して鳴る仕組みです。まぁ、鳴らないに越したことはないですが……」


「いいね、じゃあ鳴らしてみてよ?」


そう言って目を輝かせるレオニスに、


「いつか鳴ってからのお楽しみで。まぁ……鳴る日はないと思いますがね」


そう言ってクラウスは小さく笑った。



そして今。


その鈴は壊れたように鳴り続けている。


レオニスは王宮内を駆けながら、

鈴が大きく鳴り響く方へと向かっていく。


もちろん部屋を出た時に、

普段はいない、きな臭い護衛に幻影魔法をかけることも忘れない。


「なんかもう、何がどうなっているんだか……」


自分が眠っていたのはどのくらいの期間だったのだろうか。


近くにレインの気配は感じない。


魔力共鳴の鈴が鳴っている以上、

クラウスが生きていることが確かなことだけが心の救いだった。


王宮の1階へと駆け降りたところで、見知った顔が近づいてくるのに気づく。


「エルヴィン!?」


声をかけると、銀髪の青年は驚くべきほどの速さでレオニスに近づき、ぐっと肩を掴む。


「レオニス!フィリアは?フィリアはどこにいる?」


翠色の瞳は濁り、彼の顔は蒼白だった。


僕の側に彼女がいないことが、残酷な未来を暗示しているかのように。

すごい剣幕で聞かれても、答えようがない。


「どういうこと?フィリアさんに何かあったの?」


目をパチクリさせながら、エルヴィンに落ち着くように諭す。


その瞬間。


ーーリィィィン!


鈴が危険を知らせるように大きく震えると同時に、


ドォォン!!


爆発音と共に、第一研究棟の窓から煙が出ている。


「フィー!!」


何かを感じ取ったエルヴィンが、風のように研究棟へと駆けていく。


「んなっ……何がどうなっているのさ」


その後を追ってレオニスは駆けて行った。



「……素晴らしい。意識が飛びそうになるくらい吸われる感覚は初めてです。あぁ……もっと、深く知りたい」


遠くの方で、嬉しそうに笑う男の声が聞こえる。


……あれ、私、何してるんだっけ?


クラウス先生の魔力と、知らない魔力が、溢れそうなくらい流れ込んでくる。


……苦しい。


魔力の水に溺れるように、息ができない。


「僕以外に魔力を満たしちゃダメだよ」


優しい彼の声を思い出す。


……ごめんなさい。また約束、破っちゃった。


注がれてくる魔力は止まらない。


……なんで、私は魔力を受け入れているの?


……こんなに苦しいのに、こんなのいらないのに。


“エルヴィン・アステリアのために”


その言葉が、耳の奥に落ちてくる。


……ううん、違う。エルはこんなこと、望んでない。


「……こんな魔力、いらないっ!!」


流れ込む魔力を押し返すように、指先に力を込める。


全身全霊で、身体に溜まった魔力を一気に逆流させた。


見えないはずの魔力回路が限界まで開き、

強すぎる流れにキリキリと悲鳴を上げているように感じる。


指先から、鋭い痛みが走る。


……構うものか。


一刻も早く、全部流してしまいたい。


モニターから警告音が響く。


手足の計測器がミシミシと悲鳴を上げ、崩れていく。


指先から入りきらなかった魔力が、

セドリックの腕を伝って身体を覆うように侵食していく。


それでも溢れかえった魔力が荒れ狂う氷の刃となり、

様々な機器に鋭い音を立てて突き刺さった。


「これは……っ」


急な逆流にセドリックが目を見開く。


だがすぐに、その表情は歓喜へと歪む。


「いいでしょう。貴女の魔力、味わわせて下さい」


まるでそれすら待っていたかのように、嬉々として声を上げる。


……気持ち悪い。


「“貴方の魔力”をそのままお返ししますっ!!」


……誰が、私の魔力なんて与えるもんか。

私だって、誰にでもあげるわけではないんだから!


先程まで流れ込んでいた、優しさの欠片もない冷たい魔力をすべて押し返す。


冷たさに、凍えてしまえばいい。


「……違う。味がない……つまらない……実に……実につまらない!」


先程まで笑っていたセドリックは俯き、低く呟いたかと思うと――


ガッ!


髪を掴まれ、無理やり顔を上げさせられる。


「私を見なさい!“貴女の魔力”を、私に注ぐのです!」


余裕の消えた、荒い声。

セドリックの両目が見開かれ、白い光を放つ。


「絶対に嫌です!!」


……もう、そんなの効かない!

フィリアは反抗するように、ぐっと睨み返す。


「このっ!」


苛立ちに任せて振り上げられた手。


その瞬間――


支えを失ったクラウスが、その場に崩れ落ちた。


そして、頬を叩かれる直前。


バリンッ!!


フラスコに封じられていた闇の魔力が、

殻を破るように弾け飛ぶ。


「なっ!」


闇の魔力は瞬時に獣の形を取り、

フィリアを守るようにセドリックを突き飛ばした。


グォォォォォ!!


大気を震わせる咆哮。


耐えきれなかった機械が火花を散らし、

次々と壊れていく。


ドォォン!!


薬品が割れ、引火し、爆発が連鎖する。


黒碧の瞳を宿した獣が、

セドリックを鋭く睨みつける。


一歩。


また一歩。


逃げ場を失った男を追い詰めていく。


男は必死に大きく瞳を開き、眩い光を放つが、

獣の歩みが止まることはない。


「な……なぜっ。彼女ではなく、私なのです!?」


信じられないといった声。


背後には冷たい檻の鉄格子。


逃げ場は、もうない。


かつて追い詰める側だった男が、

今は自分が追い詰められている。


闇の獣が牙を剥き、糸目の男へと迫る。


――その時。


爆煙の向こうから、足音が響き始めていた。

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