47 呼び声の鈴と、檻の獣
幸せな夢を見た気がする。
微かに残る桃の香りが、鼻腔をくすぐる。
どこか知っている香り。
もっと夢を見ていたいと、そう感じさせる香り。
ーーリィィィン……。
遠くから鈴のような音が聞こえてくる。
もっと眠っていたいのに。
ーーリィィィン……。
耳障りではない。
しかし、この音は僕を起こそうとしている。
……仕方ない。起きるか。
「……あぁもう。せっかくいい夢だったのに……」
ぐっと伸びをして身体を起こす。
金髪に星空の瞳の青年は辺りを見廻し、
自分が部屋にベッドで寝ていることに疑問を感じる。
直前までの記憶を辿り、
ルクシオンの魔法陣を発動したところまで思い出し、
ーーリィィィン……。
友と開発した緊急用呼び出しの鈴が鳴っていることに、ぎょっとする。
「クラウス!?ちょっ……まっ……もっと、緊急用らしい音にしてよっ!」
この場にいない相棒にツッコミを入れつつ、
レオニスは跳ねるように部屋を出ていった。
◆
「私が危険な時に、レオニス殿下に教える魔道具なんて何の意味があるのです?その逆は必要ですが。」
眼鏡を直しながら呆れたようにクラウスは呟く。
「貴方が危険に晒されることがあっても、私にはその価値がありませんよ?」
そう言いながらも、素直に魔道具を作っているのがクラウスのいいところである。
「それが大アリなんだな!」
レオニスは自信たっぷりに答える。
「君は自分の価値を理解していない。
君ほどの才能がある人を引き抜きたい人は山程いるし。実際君がいなくなったら僕が困るんだよ」
「そう、つまり君は僕の弱点なんだ」
指を指して格好良くポーズを決める。
その姿は格好いいはずなのに、どこか滑稽に見えるのは、長年相棒としてやってきたからであろう。
「……私を捕らえたとしても、代わりはいくらでもいますけどね……」
ため息をつきながらも作る手は止めない。
「これで完成しましたよ」
そう言ってクラウスは手のひらサイズの鈴を渡してくる。
「私の魔力に共鳴して鳴る仕組みです。まぁ、鳴らないに越したことはないですが……」
「いいね、じゃあ鳴らしてみてよ?」
そう言って目を輝かせるレオニスに、
「いつか鳴ってからのお楽しみで。まぁ……鳴る日はないと思いますがね」
そう言ってクラウスは小さく笑った。
◆
そして今。
その鈴は壊れたように鳴り続けている。
レオニスは王宮内を駆けながら、
鈴が大きく鳴り響く方へと向かっていく。
もちろん部屋を出た時に、
普段はいない、きな臭い護衛に幻影魔法をかけることも忘れない。
「なんかもう、何がどうなっているんだか……」
自分が眠っていたのはどのくらいの期間だったのだろうか。
近くにレインの気配は感じない。
魔力共鳴の鈴が鳴っている以上、
クラウスが生きていることが確かなことだけが心の救いだった。
王宮の1階へと駆け降りたところで、見知った顔が近づいてくるのに気づく。
「エルヴィン!?」
声をかけると、銀髪の青年は驚くべきほどの速さでレオニスに近づき、ぐっと肩を掴む。
「レオニス!フィリアは?フィリアはどこにいる?」
翠色の瞳は濁り、彼の顔は蒼白だった。
僕の側に彼女がいないことが、残酷な未来を暗示しているかのように。
すごい剣幕で聞かれても、答えようがない。
「どういうこと?フィリアさんに何かあったの?」
目をパチクリさせながら、エルヴィンに落ち着くように諭す。
その瞬間。
ーーリィィィン!
鈴が危険を知らせるように大きく震えると同時に、
ドォォン!!
爆発音と共に、第一研究棟の窓から煙が出ている。
「フィー!!」
何かを感じ取ったエルヴィンが、風のように研究棟へと駆けていく。
「んなっ……何がどうなっているのさ」
その後を追ってレオニスは駆けて行った。
◆
「……素晴らしい。意識が飛びそうになるくらい吸われる感覚は初めてです。あぁ……もっと、深く知りたい」
遠くの方で、嬉しそうに笑う男の声が聞こえる。
……あれ、私、何してるんだっけ?
クラウス先生の魔力と、知らない魔力が、溢れそうなくらい流れ込んでくる。
……苦しい。
魔力の水に溺れるように、息ができない。
「僕以外に魔力を満たしちゃダメだよ」
優しい彼の声を思い出す。
……ごめんなさい。また約束、破っちゃった。
注がれてくる魔力は止まらない。
……なんで、私は魔力を受け入れているの?
……こんなに苦しいのに、こんなのいらないのに。
“エルヴィン・アステリアのために”
その言葉が、耳の奥に落ちてくる。
……ううん、違う。エルはこんなこと、望んでない。
「……こんな魔力、いらないっ!!」
流れ込む魔力を押し返すように、指先に力を込める。
全身全霊で、身体に溜まった魔力を一気に逆流させた。
見えないはずの魔力回路が限界まで開き、
強すぎる流れにキリキリと悲鳴を上げているように感じる。
指先から、鋭い痛みが走る。
……構うものか。
一刻も早く、全部流してしまいたい。
モニターから警告音が響く。
手足の計測器がミシミシと悲鳴を上げ、崩れていく。
指先から入りきらなかった魔力が、
セドリックの腕を伝って身体を覆うように侵食していく。
それでも溢れかえった魔力が荒れ狂う氷の刃となり、
様々な機器に鋭い音を立てて突き刺さった。
「これは……っ」
急な逆流にセドリックが目を見開く。
だがすぐに、その表情は歓喜へと歪む。
「いいでしょう。貴女の魔力、味わわせて下さい」
まるでそれすら待っていたかのように、嬉々として声を上げる。
……気持ち悪い。
「“貴方の魔力”をそのままお返ししますっ!!」
……誰が、私の魔力なんて与えるもんか。
私だって、誰にでもあげるわけではないんだから!
先程まで流れ込んでいた、優しさの欠片もない冷たい魔力をすべて押し返す。
冷たさに、凍えてしまえばいい。
「……違う。味がない……つまらない……実に……実につまらない!」
先程まで笑っていたセドリックは俯き、低く呟いたかと思うと――
ガッ!
髪を掴まれ、無理やり顔を上げさせられる。
「私を見なさい!“貴女の魔力”を、私に注ぐのです!」
余裕の消えた、荒い声。
セドリックの両目が見開かれ、白い光を放つ。
「絶対に嫌です!!」
……もう、そんなの効かない!
フィリアは反抗するように、ぐっと睨み返す。
「このっ!」
苛立ちに任せて振り上げられた手。
その瞬間――
支えを失ったクラウスが、その場に崩れ落ちた。
そして、頬を叩かれる直前。
バリンッ!!
フラスコに封じられていた闇の魔力が、
殻を破るように弾け飛ぶ。
「なっ!」
闇の魔力は瞬時に獣の形を取り、
フィリアを守るようにセドリックを突き飛ばした。
グォォォォォ!!
大気を震わせる咆哮。
耐えきれなかった機械が火花を散らし、
次々と壊れていく。
ドォォン!!
薬品が割れ、引火し、爆発が連鎖する。
黒碧の瞳を宿した獣が、
セドリックを鋭く睨みつける。
一歩。
また一歩。
逃げ場を失った男を追い詰めていく。
男は必死に大きく瞳を開き、眩い光を放つが、
獣の歩みが止まることはない。
「な……なぜっ。彼女ではなく、私なのです!?」
信じられないといった声。
背後には冷たい檻の鉄格子。
逃げ場は、もうない。
かつて追い詰める側だった男が、
今は自分が追い詰められている。
闇の獣が牙を剥き、糸目の男へと迫る。
――その時。
爆煙の向こうから、足音が響き始めていた。




