44 狂愛と、共鳴
エルヴィンの診察を終えて、クラウスは医務室を後にする。
魔導先遣隊の隊員達の多くは、ほぼ魔力が戻っていない。
魔力共有をしてもそれ以上入らないのだ。
まるで、魔力を溜める“壺”そのものが縮んでしまったかのようだ。
あるいは――何かに拒絶されているのか。
先程のエルヴィンも“魔力が全て戻っていない”と言っていた。症状としては同じかと思えたが、彼に異常は見当たらなかった。
彼の魔力の流れに乱れはなく、
膨大な魔力が残されているのは計測器からみても明らかだった。
同じ闇の聖者に相対した彼を診ることで、何かわかるかと思ったが。
「何の成果も得られなかったか……」
研究室に戻るか、先遣隊の様子を見に行くか……。
そういえばレオニス殿下はどうしているだろうか?
研究室に頻繁に顔を見せにくるのに、
ここ数日は会えていない。
公務で忙しくなる。
殿下から直接聞いたわけではないが、
そのような話で学院側へ欠席は伝えられていた。
私には知らされていない欠席理由。
何か違和感を感じる。
こちらから会いに行くか……。
そう思い王宮へ足を運ぼうとすると、
「クラウス先生ですね?」
落ち着いた声に呼び止められる。
振り向くと、細く弧を描いた目元に、物腰柔らかそうな男性がそこにいた。
「貴方は……」
実際に会ったことはなかったが、
その目元と印象から思い当たる人物が一人いる。
「お初目にかかります。王立魔導研究院 聖魔光研究室 室長のセドリック・フォン・ラメールと申します。数々の質の高い論文を書かれている貴方にお会いできるなんて嬉しいです」
“蒼水の賢伯”と王宮内でも名高い、研究者として天才の名を欲しいままにする男。
彼が生み出した魔法は、王宮の中枢でのみ秘匿され続けている。
また、その物腰とは違い、研究には容赦がないとも。
「急いでいますので、本題をお願いします」
彼は偶然ここにいるわけではない。
それは容易に予測ができる。
なら、私にわざわざ会いに来た理由は……殿下との研究か?
鋭い視線を投げかける。
「そんな怖い顔をなさらないで下さい。僕が貴方に会いに来たのは、陛下が貴方を望んだからです。……言わばスカウトですね。ご興味はありませんか?」
国王陛下に望まれた。
それはこの国で認められた最も誉れなことなのであろう。
しかし、何の嬉しさも興味も沸いてこない。
「興味はありませんね」
これ以上の会話は必要ないと、言葉に冷たさを滲ませて伝える。
「なるほど……。では、循環の乙女の身体にご興味は?属性変換をする過程と動態を、もっと詳しくお知りにはなりたくありませんか?」
先程よりも絡みつくような発言に、苛立ちを覚える。
「フィリア女史について、彼女が望まない研究には興味ありません。それに彼女についてはレオニス殿下の管轄なのでは?」
……わざと感情を揺さぶる言葉を探しているのか?
この男とこれ以上は会話をしていたくない。
「では、私はこれで」
話を切り上げて立ち去ろうとすると、
「その“レオニス殿下”が危ない目に遭っていて。貴方と循環の乙女の力が必要だとしたら……どうします?」
こちらの反応を観察するようにセドリックは問いかける。
「なっ……」
クラウスの目が大きく開かれる。
……これが本題か。
知らない公務の予定に数日姿を見せない殿下。
先程フィリアに話しかけていた男は、陛下寄りの人間であったのか?
様々な思考が駆け巡る。
焦りと不安が一気に押し寄せてくる。
心の隙をつけたことに、細めの男は嬉しそうに続ける。
「“レオニス殿下”を助けなければ、いけませんよね?」
そう告げると、眩しい光が辺りを覆った。
光を受けて、クラウスの瞳が白く輝いた。
◆
時計の音だけがやけに部屋に響いている。
……フィリアは今、誰といる?
自分とは違う誰かといる。
それだけで自然と拳は震え、胸の辺りが掻き乱される。
「フィーを探さないと……」
医務室を出て、フィリアが行きそうな場所に足を向ける。
何度目だろう?
こうやってフィリアを探すのは。
何度言い聞かせても彼女はどこかへと消えてしまう。
僕のものだと印をつけても、
彼女に寄ってくる者が次から次へと現れる。
そして。
彼女から僕の元へは帰ってこない。
それが悲しくもあり無性に腹立たしくもある。
彼女がもうどこかに行ってしまわぬように、
いっそのこと閉じ込めてしまおうか?
僕のことだけを見つめ、
僕のことだけで頭がいっぱいになり、
僕がいなければいけない身体にしてしまうには、
どうすればいいのだろう?
ドロドロに甘やかして、
常に僕で満たしていたい。
そして。
僕も彼女で満たされ続けていたい。
……そうだな。
僕以外の魔力が入らないように、
魔力壺に蓋してしまうのはいいな。
フィリアは優しいから。
きっと、誰かに求められれば応えてしまう。
……だから、僕が守ってあげないと。
彼女に僕以外が触れるだけで、
嫌な気持ちになるように教えてあげなくては。
彼女には僕だけでいいのだ。
◆
気づけば図書室の思い出の個別机に来ていた。
静謐な空間。
古い木製の机の、わずかな温もり。
机を指でなぞりながら物思いに耽る。
彼女と魔法陣について語り合った甘いひととき。
あの時の彼女は指輪の魔力に頼るしかなくて、
僕だけが彼女を独占できていた。
……指輪?
僕が贈った指輪があるじゃないか。
そこに仕掛けたイタズラを思い出す。
四葉のクローバーの一葉ずつに、
魔力増幅・守護魔法・魔力安定化・共鳴の四重付与をかけたカスタムオーダーメイド。
値段と内容を知ったら、彼女にきっと受け取って貰えないから秘密にしていた。
彼女とこんなに離れてしまうのなら、
位置情報把握などの付与にしておけば良かったなとふっと笑う。
“共鳴”
それは彼女との絆を強くするためにつけたもの。
魔力共有を行うときに、魔力の波長を合わせ同調しやすくする効果。
そして。
僕と彼女の魔力に反応し、響きあうもの。
フィリアからもらったラペルピンを撫で、
静かに身体に魔力を帯びさせていく。
感覚を研ぎ澄まし、
自身の魔力に反応するものがないかを探っていく。
ーー見つけた。
遠くの方で微かに反応している。
ただ。
彼女は僕ではない魔力を使って、
魔法を行使している。
……なぜ?
僕を拒んで、誰かを受け入れたのか?
胸が締め付けるられるように痛い。
きつく握りしめた拳に痛いほど爪が食い込んでいる。
身体の中を憎悪が渦巻いている。
「フィー……僕を裏切ったの?」
ぽたりと思い出の机に涙が落ちる。
悲しみと憎しみとそれ以外の様々な感情が激しく入り混じっている。
僕が今どんな表情しているのかわからない。
きっと。
泣きながら、笑いながら、恨めしい目をしている。
しかし、それと同時に喜びを感じている自分がいることに驚く。
僕はこんなに誰かを深く愛すことができるのか。
「フィー……迎えにいくよ」
たとえ君が泣いて拒んでも。
たとえ君が、僕以外を選んだとしても。
――もう、離してあげられない。
君が僕を受け入れた、その瞬間から。




