43 眠る王子と、夢の言葉
眩しい光が収まり、ゆっくりと目を開ける。
そこは見知らぬ部屋だった。
「ここは……」
魔法結晶で飾られた豪奢なシャンデリア。
天井や壁を彩る精緻な壁画。
荘厳な彫刻や装飾品。
足元の絨毯は、踏むのを躊躇うほど柔らかく、細やかな刺繍が施されている。
こんな煌びやかな部屋を見たことない。
けれど――
部屋の調度品は主が好きなものではなく、
ただ威厳と荘厳さを示すためだけに並べられたようにみえる。
綺麗なのに寂しい。
どこか孤独が滲んだ部屋。
視線を巡らせた瞬間。
白と金を基調とした大きなベッドに、
見慣れた姿が横たわっているのが目に入った。
「殿下!」
慌てて駆け寄り、眠る顔を覗き込む。
「よかった……無事みたい」
柔らかな金髪。
現実離れした整った顔立ち。
いつも飄々と笑っている姿ばかり見てきたけれど――
眠る姿は、本当に王子様そのものだった。
……けれど。
どこか様子がおかしい。
呼吸は規則正しい。
それなのに、吐く息の方が多く、どこか苦しそうだ。
このまま消えてしまいそうな不安が胸を締め付ける。
そっと額に手を当てる。
熱はなさそう。
見たところ身体に傷はなさそうだし。
身体の中の問題……?
レインさんが私を連れてきたということは……。
きっと魔力が関係してるはずだよね。
身体に残る微かな魔力をそっと送る。
しゅるりと吸い込まれるように魔力が流れていく。
「……やっぱり」
レオニス殿下の身体は、魔力を求めている。
けれど。
「……もう魔力がないの……」
額に触れた手から、何度も何度も魔力を求められるように吸われている。
請われているのに、返せない。
胸が痛い。
「……ごめんなさい」
ここにくるのに使い果たしてしまったの。
そっと髪を撫でる。
時折苦悶の表情をみせる殿下に、何もしてあげられない。
……私に魔力があればいいのに。
……どうして、私は魔力がゼロなの?
助けたい人を助けられない。
いつも、もらってばかり。
「っく……ふ……」
涙が溢れる。
光属性の魔力は、きっと私にしか流せない。
私が出来なければ、ここに来た意味がないのに。
「殿下……ごめんなさい」
ぽたっ
手の甲に涙が落ちる。
この涙が、魔力になればいいのに。
……?
「魔力に……なるかもしれない」
学院での魔力暴走事件。
空間に満ちた闇の魔力を吸収した記憶が蘇る。
自然界には魔力が存在している。
そして今は星巡祭。
街には、いつも以上に魔力が満ちているはず。
フィリアはすっと目を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。
窓の外から、祭りの熱気と笑い声が微かに届く。
沢山の属性魔法結晶のランタンが、淡く揺れていた。
……お願い。上手くいって。
片手は殿下の額に。
もう片方は窓へと向ける。
意識を集中し、指先に集まる暖かさや冷たさを、
腕から伝って光へと変えていく。
そして。
殿下の元へ送っていくと、
再び吸い付くように魔力が吸い込まれていく。
「……よかった」
ほっと胸を撫で下ろす。
時間も魔力もたくさんある。
ゆっくり流していけばいい。
ーー
空間から魔力を集めて流すのも、
大分慣れてきたかもしれない。
「フィリア……さん?」
呼ばれた気がして殿下をみると、
とろんとした視線がこちらを向く。
「……そんなわけないか」
ふふっと小さく笑っている。
「夢なら……少しくらい、いいよね?」
ーーきゅ。
額に当てていた手を握られる。
「……っ」
突然の出来事に呼吸が止まる。
そっと手を抜こうにも、しっかり握られて抜けない。
「……殿下?」
……もしかして、起きてるの?
問いかけには反応はない。
再び目を閉じて、静かに寝息を立てている。
……やっぱり、寝てる?
一瞬まどろんだだけなのかもしれない。
魔力はまだ足りないかもだし、
このまま続けたほうがいい、よね?
そう思った瞬間。
繋がれた手が額から頬へと滑る。
「……!」
頬の柔らかい感触に、思わず手を引こうとすると、
逆に引き寄せられてしまう。
身体が殿下のへ傾いていく。
「わっ……」
レオニス殿下の香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
バランスを崩して咄嗟に左手をベッドについたものの。
……近い。近すぎる……。
きめ細やかな肌に、
傷もアザも一切ない綺麗なお顔。
見惚れてしまう程の美しさ。
目の鼻の先に殿下のお顔があって……。
覆い被さるようなこの体勢。
……これ、側から見たら完全に襲ってる人では?
……お願い、この手を離して。
繋がれた手を抜こうにもびくともしない。
私の吐息が殿下にかかってしまうかもしれない。
繋いだ手がどんどん熱くなっていくのを感じる。
……殿下を起こしたら、この身動きが取れない辱めから解放されるのかしら?
でも……。
殿下が目覚めた時、この状況をなんと言えばいいの?
言い訳がまるで思いつかない。
貴方を助けようとしたら、
結果的に貴方を襲っているようになりました、だなんて。
どう説明しても、この状況は誤解しか生まれない。
自然に離してくれるのを待とう。
そう決めた、その瞬間。
「……好きだよ」
低い囁きと共に、
殿下の右手が私の脇から肩へと回され、
ぐっと引き寄せられる。
どさっ
そのまま殿下に覆い被さるように倒れ込む。
頬が触れ、抱きしめられる。
心臓がばくんばくんとすごい音を立てている。
これは私の音?それとも殿下の音?
顔がふかふかのベッドに埋もれて苦しい。
身体を起こそうにも、殿下の右腕は私の背中をぎゅっと引き寄せたままだし、私の右手は殿下の左手と繋いだままで離してくれない。
「はぁ……幸せだ」
吐息のような囁きが聞こえる。
耳がくすぐったい。
息苦しさと密着している熱と、
殿下の幸せそうな声で頭がぐちゃぐちゃになる。
殿下が起きてようが、
殿下を起こしてしまうことになろうが、
もう色々と限界だった。
「……っはぁ!」
渾身の力を込めて、
上半身をのけぞり、空気を吸う。
殿下は――
幸せそうな顔で眠っていた。
……どこまでが真実なのだろう?
投げかけられた言葉は。
抱きしめられた熱は。
「……殿下?」
問いかけても何も返事はない。
全ての答えはきっと夢の中。
そっと髪を撫で、
殿下が目覚めるのを静かに待った。




