41 眠る主君と、紫水晶の決意
王宮に戻った瞬間、違和感を覚えた。
——殿下の魔力が、薄い。
追うべき残滓は途切れ途切れで、嫌な予感が背筋を走る。
最上階へ駆け上がり、扉を開けた瞬間。
白い雪の中に倒れる姿を見つけ、
本当に息が止まった。
あの時ほど、無理にでも護衛をつけるべきだったと後悔したことはない。
レオニス殿下の底なしの魔力と魔法のセンスは随一であり、その実力を疑ったことはない。
しかし。
それ以上に様々なことに狙われやすく、何度、護衛をつけて行動してほしいと言ったかわからない。
笑いながら護衛を撒く姿は遊んでいるようにしか見えなかったが、私には誰も危ないことに巻き込みたくないという殿下の優しさが見えていた。
「……このお方を死なせてなるものか」
殿下がいなければ、自分の居場所はどこにもなかった。
彼はこの先、賢王になる。
それが明確にわかるほど、
実力も賢さも慈愛も全て持ち合わせていた。
殿下の部屋までご案内できれば、
きっと宮廷医がすぐに治癒してくれるはず。
伝令は既に飛ばしている。
冷たくなっている殿下を抱えながら、
レインは王宮内を駆けた。
◆
「これ以上できることはないのぅ。殿下なら自然に回復できるじゃろう?」
宮廷医の一言に言葉を失った。
「光属性のものは!?明らかに魔力が欠乏しているじゃないか!」
これで治療が終わりだと?
呼吸は確かに安定はしているが、
吸気は弱々しく、いつ灯火が消えてしまうのかと不安でならない。
「光属性は皆、闇の門を塞ぐのに借り出されておる。全く、殿下もこんな時に魔力欠乏など。また、怪しい魔法の練習でもしたのだろう?」
初老の宮廷医は呆れたように言い放つ。
その態度に苛立ちが募る。
一国の王子に失礼極まりない。
「貴方では話になりません。殿下専属のクラウス医師はどこにいるのです?」
その言葉にぴくりと反応する宮廷医。
「あの男は、魔導先遣隊の治療に専念しておる。魔力欠乏の形が違うだのなんだの。平民風情が我々に指示しおって……」
そう吐き捨てる。
「お主もせいぜい気をつけることだな。殿下がこうなったのは、お前のせいだと言われるかもな」
「のう……闇属性」
すれ違い様にそう言い捨てて、宮廷医は去っていく。
扉が閉じる音が静かに聞こえた。
王宮内部には、格式だの闇属性に対する嫌悪だの、
人を侮蔑する者が多く存在することに腹が立つ。
殿下はそのようなことをしない。
平民にも闇属性にも等しく能力に応じて居場所を与えてくれる。
それを良しとしないものが多くいるこの王宮で、殿下は敵だらけである。
扉の外に微かな気配を感じる。
普段殿下の部屋に護衛などつかない。
監視目的か?
王宮内部もきな臭い。
陛下の殿下への扱いがあまりではないか?
ただ静かに寝ているレオニス。
あまりにも静かで、存在が薄れていくように思える。
「殿下、今助けますね。少し待っていて下さい」
そう告げると、レインは闇の中に溶けていった。
◆
「……落ち着きましたか?」
泣き声はなくなり、肩の震えも止まっている。
そっと頭を撫でる手を止めて聞く。
胸の中でこくりと頷くフィリア。
彼女が自分から離れやすいように、
抱きしめていた腕を緩める。
「取り乱してしまってごめんなさい」
胸の中で少し縮こまっている姿が愛らしく、
再び撫でてやりたい気持ちを抑える。
誰かを撫でて愛でていたい。
自分にこんな感情があることに少し驚きはしたが、
彼女ならば仕方ないと思えてしまう。
先程も……。
無自覚にも自分から魔力を吸っていた彼女が愛おしくて、
少し意地悪なことを言って泣かせてしまった。
嫌われるのには慣れている。
求められるのに、こんなに中毒性があるとは。
もっと吸って欲しい。
もっと求めて欲しい。
溢れる欲をしまいつつ、
悟られないよう穏やかに問いかける。
「転移魔法陣は起動できそうですか?」
その言葉に。
「やります!」
紫水晶を宿した瞳で、彼女は強く頷いた。
◆
改めてみると圧巻である。
10層に連なるメインの魔法陣に、それを支える幾重にも広がる小さな魔法陣。
「こんな高度な魔法陣、初めて見た……」
レオニス殿下の爽やかな笑顔を思い出す。
(殿下って本当にすごい人だったんだなぁ……)
魔力属性起動陣……座標指定の陣……空間固定に、時間同期の陣。
全て読み解くには時間がないので、起動に対しておかしな部分はないかを慎重に見ていく。
「ここ、φῶς が抜けてる……」
やはりあった。
簡単に起動できないように幾つかのワードが敢えて抜かれている。
「……全て書き足さないと」
一つでも書き損じをしたら、この魔法陣全てが台無しになってしまう……。
震える手をもう片方で押さえ、一つずつ丁寧に書き加えていく。
時はそこまで経っていないはずなのに疲労感がすごい。
でも、同時に達成感もあった。
「これで完成しました。あとは、魔力を流して起動しますね」
フィリアはレインに向き直る。
紫水晶の瞳は、嬉しそうに頷いた。
ーー
魔力変換。
普段は意識せずに行っていたけれど、対象もいないのにできるものかしら。
先程もらったレインの魔力は、
身体の中で溶け込んで巡っており、何属性のものなのか、もはやわからない。
それでもやるしかない。
魔法陣に手を置く。
レオニス殿下の顔を思い浮かべ、
彼に渡すように魔力を注いでいく。
……全然入っていかない。
焦る気持ちを抑えながら、
もっとイメージを強くしていく。
レモングラスとベルガモットを基調とした爽やかな柑橘系の香り。
星空を閉じ込めたような、澄んだ青色にシャンパンゴールドがキラキラと輝いている瞳。
「殿下じゃなくて、名前で呼んでね⭐︎」
本気なのかわからない王族ジョークを思い出して、ふっと笑う。
そう、殿下ってこんな人。
その瞬間。
とく、とくと魔力が流れ始める。
魔法陣に書かれた一字一字が瞬き始める。
できた!
勢いのまま魔力を流していく。
10層目の魔法陣を満たし、
あと少しで発動できると思ったところ、
11層目の魔法陣が浮かび上がった。
Σὲ ἐρωτῶ·
汝に問う。
Εἰπὲ τὸ ὄνομα τῆς πύλης ἣν ἀνοίγεις.
汝が開く門の名を答えよ。
発動するための、問いの層。
こんな仕掛けを用意してるなんて……。
答えを間違えてしまえば、どうなるかわからない。
魔力を流すのをやめた時、
この魔法陣が再度使えるかもわからない。
輝く光に包まれながら、
フィリアは止められない魔法陣に絶望を覚えた。




