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36 闇の邂逅と、器

空を黒く染め上げたあと――

懐かしい魔力の波長を感じた。


「……ルルティア?」


ノクトは手を止め、静かに目を細める。

その出所を辿るたび、胸の奥がわずかに高鳴った。


ルルティアがいるかもしれない。


逸る気持ちのまま辿り――


「……見つけた」


そこにいたのは、ルルティアによく似た少女。


だが――。


その内側は、風の聖者エアリオの魔力残滓で醜く汚されていた。


ーー風の聖者エアリオ。


軽薄で享楽的な男。


ヒトを魔力酔いさせては、

ルルティアを困らせていた。


「ルルティアが遅いから、彼女達はこうなったんだよ」


あの男は、いつもそうやって

ルルティアの罪悪感を煽った。


色香を纏い、無遠慮に距離を詰める姿。

思い出すだけで腹立たしい。


ふと少女の隣へ視線を向ける。


風の魔力を纏う青年が、幸福そうな顔で少女を見つめていた。


――なるほど。


あれが、魔力を満たしたのか。


……私のルルティアに、触れたのか。



風にほどける漆黒の長い髪。

雪のように白い肌。

そして、すべてを呑み込むような――静謐な闇を宿した、紅黒曜の双眸。


「……っ」


見てはいけない。


本能が最大級の警鐘を鳴らしているのに、視線は絡め取られたように動かない。


黒い雪が、音もなく絶望のように降り積もる。


「フィー……逃げ……て……」


エルヴィンの掠れた声に、正気を取り戻す。


彼は黒い手に絡め取られ、地に伏していた。


「エルっ!?」


駆け寄ろうとした瞬間――


「……っ!」


冷たい手が腕を引いた。


「ルルティア。いつも言っただろう?

魔力を受け止めすぎると苦しくなるって」


「いけないな。こんな汚い魔力を奥まで溜め込んで」


耳元で囁かれる、感情の欠落した声。


紅黒曜の瞳からは何も読み取れない。


だけど。


身体に溜まったエルヴィンの魔力を不快に思っていることだけは、はっきりとわかる。


「……離して!」


必死に振り解こうとするが、腕は空間に固定されたようにびくともしない。


エルヴィンが苦しそうに喘いでいる。


「エルっ……エルっ!」


このままでは彼が死んでしまう。


必死になってエルヴィンに手を伸ばす。


そのとき。


「どうして、私を見てくれないのかな?」


背後から落ちた声に、全身が凍りつく。


心臓が激しく脈打ち、振り向いたら最後、

永遠の闇に閉じ込められる予感に身体が震える。


「ねぇ、ティア……こっちを向いて」


……どうにかしないと。


震える手で、密かに風の魔法陣を構築する。


今ならまだ離れられるかもしれない。


「……ルルティア?」


「私は……フィリアですっ!」


叫びとともに魔法陣を起動させる。


だが――。


魔法陣は光ったまま、沈黙した。


どうして発動しないの!?


白く細い手が魔法陣に触れると、

それは光を失い、脆く崩れ去った。


「そうだね。私のルルティアは、こんな悪いことをしない」


ふっと、慈しむように笑った。


「この魔力が悪いことを教えたのかな?」


空気が凍る。


先程より冷たく、息が吸えない。


捕まれた手から、漆黒の粒子が侵入してくる。


「あぁ、本当にいけない子だ。

こんな濁った魔力で中を汚して」


「……大丈夫だよ。跡形もなく綺麗に掃除してあげるから」


身体の隅々が、泡立つように沸き立つ。


優しい風の魔力が絡めとられて、消えていく。


エルヴィンとの大切な思い出、

指先を舐めとられた時の熱、

あの甘い「好き」という言葉……。


それらが一つずつ黒く塗り潰されていく。


身体の中に空白が増えていく。


「……やめて……っ、お願い……!」


灰青の瞳から涙が零れる。


満たされていたはずの幸福が、

指の隙間からこぼれ落ちる砂のように消えていく。


「あなたは……誰なんですか」


どうして、こんなことをするの?


「ノクトだよ。忘れてしまった?」


紅黒曜の瞳が、悲しげに揺れた。


その響きには、拒絶された子供のような純粋な絶望が混じっていた。


「……ノクト」


どこかで聞いた名前。


夢の中で、ルルティアを待っていると言っていた少年。


漆黒の髪に、吸い込まれるような紅い瞳。


あの時よりも成長しているが、間違いない。


彼だ。


「やはりルルティアと違うのかな?」


「……少し覗かせてもらうね」


視界が闇に塗りつぶされる。


生まれてからのすべてを、冷たい指先でかき回されるような不快感。


やがて手が離れ、光が戻る。


「なるほど。君は器なんだね」


ノクトは、壊れ物を扱うような手つきでフィリアの頭を撫でた。


「ルルティアが身を移すまで、その身体を大切にして」


「君の泣き顔は見たくないから、お友達は助けてあげるよ」


嵐が去るように、彼は雪の中に溶けていった。


そして、二人が残された。


「……エル?」


呼びかけると、エルヴィンはゆっくりと目を開いた。


その瞳が一瞬、深い夜の色に沈んだ気がした。



――器があるなら、ルルティアは存在する。


世界を壊すのは、それからでいい。


空を見上げ、苦々しく呟く。


「空から魔力を降らせるなんて、ルクシオンらしい」


自らを調停者と名乗り、聖者を管理する側に立った男。

その在り方が、どうにも気に入らなかった。


まるで――

ルルティアを側に置くのが当然であるかのような、その態度が。


「……それとも、ルルティアは空にいるのか」


黒い雪は、いつの間にか白へと変わっていた。


まだ本来の力を取り戻していないとはいえ、

ルクシオンの魔力残滓に浄化されるとは。


――もう少し様子を見よう。


次は。

ルルティアを、確実に手に入れるために。


綺麗な赤い瞳のノクトさんに吸い込まれそうです。

ノクトとフィリアのイメージイラストを置いておきます。

※AIが画像を作成してくれました。


挿絵(By みてみん)

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