35.5 白ニットと、秘密のお揃い 〜使用人たちの祝福〜
これはおまけ話です。
本編とは少し離れたお話のため、
飛ばしていただいても大丈夫です(*´꒳`*)
フィリアとエルヴィンのデートの裏側で。
おまけエピソード書いてみました。
「セバス、何があった?」
政務を終えたアステリア公爵は、上着を執事へ預けながら静かに問う。
屋敷へ足を踏み入れた瞬間、違和感を覚えた。
普段なら完璧なまでに整然としている空気が、どこか浮き立っている。
騒がしいわけではない。
使用人たちはいつも通り洗練された動きをしているし、物音一つ乱れてはいない。
けれど。
廊下を抜ける風たちが、嬉しそうに囁いているのだ。
――何かが起きている、と。
(……あの時以来だな)
魔力酔いを起こした少女を、エルヴィンが屋敷へ連れてきた時。
あの時も、屋敷全体が妙にそわそわしていた。
今回も原因は間違いなく息子だろう。
そして、それが喜ばしい方向だということは――執事の顔を見れば明らかだった。
「エルヴィンぼっちゃまが、デートをなさると」
セバスチャンが満面の笑みを浮かべる。
長年アステリア家に仕えてきた彼にとって、エルヴィンは孫のような存在なのだろう。
普段の冷静沈着な姿からは想像もできないほど、表情が緩みきっていた。
その様子に、公爵は思わず口元を緩める。
「……で、肝心の相手は?」
「それが……先方のご迷惑になるかもしれないからと、どうしてもお名前を教えていただけず……」
一瞬、本気で悔しそうな顔をするセバスチャン。
どうやら本人の口から聞きたかったらしい。
「しかし」
すぐに気を取り直したように胸を張る。
「既に諜報の者には内々に確認を取らせております。お相手は、以前屋敷へいらしたフィリア様で間違いないかと」
息子のデート相手一つで、公爵家の諜報網が動く。
その事実に、公爵は堪えきれずふっと笑った。
――本当に、皆に愛されているな。
「息子のために動いてくれるのは嬉しいが、程々にな」
「時間外勤務と経費は、きちんと申請させろ」
優秀な使用人たちが、ここまで嬉々として動いている。
成果次第では特別報酬も考えるべきかもしれない。
そんなことを考えながら、公爵は自室へ向かった。
◆
「それぞれ、報告を」
セバスチャンが書類整理をしながら静かに告げる。
「エルヴィン様の待ち合わせ場所から半径一キロ圏内。飲食店の個室および特別室は全て確保済みです」
使用人の一人が即座に報告する。
「うむ、よくやった」
セバスチャンは満足そうに頷いた。
「冷えた際にすぐ温まれるよう、公爵家の茶器と紅茶も各店舗へ手配しておけ」
「承知しました!」
使用人は足早に部屋を出ていく。
「待ち合わせ場所周辺には、エルヴィン様の探知外となる位置に護衛を配置しております」
地図を広げながら別の使用人が説明する。
護衛を嫌うエルヴィンが、デートへ集中できるよう計算し尽くされた配置だった。
「……悪くない」
セバスチャンは地図へ視線を落とす。
「ただし、狙撃を考慮していないな。ここと、ここの屋上にも配置を追加しろ」
「っ……!」
使用人が目を見開く。
すぐさま修正を加え、深く頭を下げた。
「当日のお召し物ですが……」
今度は女性使用人が恐る恐る口を開く。
「フィリア様が白のニットワンピースをご着用予定との情報が」
「ほう」
「当初は黒のニットで落ち着いた雰囲気を予定しておりましたが……」
悩ましげに言う使用人へ、セバスチャンは即答した。
「白のタートルネックニットへ変更を」
「……!」
「お揃いになる件は、ぼっちゃまには伏せておくように」
そう言って、お茶目に片目を閉じる。
緊張していた使用人はぱっと顔を輝かせた。
「承知しました!」
ぱたぱたと駆けていく後ろ姿に、セバスチャンは小さく笑う。
「ふぅ……」
書類を整え終え、一息つく。
窓の外へ目を向けながら、エルヴィンのことを思い返した。
今まで、彼は何も欲しがらなかった。
与えられたものは淡々と受け入れる。
嫌がりもしない。
だが、自ら望むこともない。
予算は使われぬまま、毎年積み上がっていくだけだった。
それが――彼女と出会って変わった。
病院の特別室を用意し、
毎日のように贈り物を届け。
平民の少女のために、公爵家嫡男である彼が惜しみなく魔力を与え続けた。
さらには。
彼女へ贈る指輪には、最高級の魔石を使用し、複数の特殊付与まで施している。
もはや婚約指輪と言われても否定できない代物だ。
ここまで求愛しておきながら。
ぼっちゃまと彼女は、“ただのお友達”らしい。
どんな悪女に誑かされているのかと思えば。
蓋を開けてみれば――
彼女は鈍感で、ぼっちゃまは奥手だっただけである。
「……まったく」
思わず笑みが零れる。
当日、フィリア様と服がお揃いだと知った時。
ぼっちゃまは、どんなお顔をなさるのだろうか。
あまりにも不器用な未来の主人を思い浮かべながら、セバスチャンは静かに目を細めた。
――どうか、ぼっちゃまの恋が実りますように。




