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34 幸せのクローバーと祝福されたチョコ

カフェの中へ足を踏み入れた瞬間、

二人は流れるように個室へ案内された。


席に着くや否や、温かな紅茶が運ばれてくる。

オレンジとジンジャーの香りが、ふわりと空気に広がった。


――何も頼んでいないのに?


不思議に思ってちらりとエルヴィンを見ると、

彼はすでにカップを手に微笑んでいた。


「寒いだろうと思って、温かいものを頼んでおいたんだ」


……いつ頼む暇があったのだろう。


疑問は浮かぶけれど、冷え切った指先は正直だった。

今はとにかく温かいものが飲みたい。


添えられたシナモンスティックで紅茶をかき混ぜる。

香りが一層濃くなり、カップの中で金平糖が楽しそうに揺れた。


口に含めば、ダージリンの軽やかな風味の後に、

オレンジの甘みとスパイスの刺激が広がり、体の芯がじんわり温まる。


可愛らしい砂糖。ティーハニー。輪切りレモン。

ミルクティー用のホットミルクまで用意されていた。


紅茶ひとつのために、当たり前のように整えられた贅沢。

思わず目眩がしそうになる。


「本日のおすすめをお持ちします」


店員が去り、部屋には二人きりの静けさが落ちた。


――急に、落ち着かない。


紅茶を飲み続けるだけでは間がもたない。

でも、何を話していいのか分からない。


視線を感じて顔を上げると、

エルヴィンが幸せそうにこちらを見つめていた。


こんなに見られたら、紅茶すら飲めない。


たまらず、フィリアは口を開く。


「あのっ、お誕生日プレゼントを……」


もじもじと差し出したのは、

翠のリボンが巻かれた藍色の小箱。


エルヴィンはそれを受け取り、静かに見つめた。


「今、開けてもいい?」


翡翠の瞳がゆっくりと向けられる。

フィリアは小さく頷いた。


リボンがほどけ、小箱が開く。


そこに収められていたのは――

フィリアの指輪と同じデザインの、

クローバーのラペルピンだった。


驚きと喜びが一気に溢れる。


(フィリアが、自分からお揃いを……)


「フィリア……つけてくれる?」


「え、でも……どこに?」


コートは預けてしまっている。


「問題ないよ。ここに付けてくれる?」


エルヴィンは胸元を軽く叩いた。

ハイネックニットの中央。


場所に戸惑うフィリア。


「フィリアからの贈り物をつけたいんだ」


「……ねぇ、お願い」


甘く、切ない声。

抗えるはずがなかった。


「……わかりました」


俯いたまま、小さく頷く。


ーー


フィリアが、クローバーのピンを手に近づく。


「その、失礼……します」


胸元へ手を伸ばし――気づく。


ピンの留め具。

ニットの中に、手を入れなければならない。


首元? 裾から?

想像した瞬間、顔が熱くなる。


迷うフィリアの手を、エルヴィンがそっと掴んだ。

そのまま、腹側から導かれる。


「この辺がいいな?」


微笑みとともに。


右手が、彼の胸に触れた。


布越しでは分からなかった、硬い筋肉。

彼が男性であることを、嫌でも意識させられる。


ハイネックの編み目から指先を滑り込ませ、必死にピンを留める。


どくん、どくん、と手のひらに伝わる鼓動が、

自分のものか彼のものか分からなくなるほど大きく響く。


そのとき――

エルヴィンの視線が、彼女の指先へと落ちた。


アイボリーのニットの上で、

お揃いのクローバーの指輪が、翠の光を放っている。


僕が贈った、僕の魔力そのもの。

彼女が受け入れ、ずっと身につけてくれている証。


それが今、僕の心臓に最も近い場所で、

彼女の指先とともに熱を帯びて輝いている。


(……僕が、フィリアのものにされているようだ)


ピンを留められる行為さえ、甘い喜びに変わる。

満たされていく独占欲に、エルヴィンは静かに目を細めた。


ーー


対照的に、フィリアの指は震えていた。

恥ずかしさで、なかなかピンが留まらない。


近すぎる吐息。

耳元で囁かれているような錯覚。


何も悪いことはしていないのに、

自分が彼を汚してしまうような背徳感が胸を締めつける。


「早くしないと、このまま耳を食べちゃうよ?」


唇が、耳に触れた。


――んっ!


漏れそうになった声を必死に飲み込む。


震える手で、ようやくピンを留める。


(……できた!)


安堵した瞬間、

そのまま強く抱き寄せられた。


自分の鼓動なのか、彼の鼓動なのか。

早く脈打つそれが、耳にうるさいほど響いている。


「フィリア……ありがとう」


「今、とても幸せだ」


本当に幸せそうな声。

その声に、胸がじんわりと温かくなる。


ふっと力が緩み、顔を上げた瞬間――

熱を帯びた翡翠の瞳と目が合った。


あ……これは……。


逃げられない距離。

目が離せない。


時間が止まる。


銀髪が揺れた、その瞬間。


「ま、まだプレゼントがあるんですっ!」


慌てて顔を逸らし、エルヴィンから離れる。

袋からもう一つの箱を取り出した。


……キスされるかと思った。


真っ赤なまま、箱を差し出す。


「開けるね?」


くすくす笑いながら、彼が蓋を開けた。


中には六粒のトリュフチョコ。

様々な装飾の中、赤と白の小花が目を引いた。


「バーベナ……」


聖教会で祈りに使われる神聖な花。


「魔力を安定させたり、安眠の効果があるんですよ」


嬉しそうに語るフィリア。


そして、箱の蓋を差し出す。

――持ち帰って食べてくださいね、という仕草。


エルヴィンは微笑んだ。


「もちろん、今、食べさせてくれるよね?」


にこやかな笑顔に、強めの圧が宿る。


「えっ……その……お家で食べるものだから、ピックとか用意してなくて……」


フィリアは困ったように言う。

――これで逃げられるかもしれない、と淡い期待を込めて。


だが、エルヴィンは動じない。


テーブルの上のフィリアの指先を、じっと見つめた。


さっきまで自分の胸に触れていた、白く柔らかな指。

今はわずかに赤く染まり、迷うように箱の縁をなぞっている。


「問題ないよ?」


穏やかな声。けれど、獲物を見定めたような響き。


「フィリアの手で食べさせて?」


視線が、指先から唇へとゆっくり移る。


「……ねぇ、名案だと思わない?」


拒絶を許さない、甘く重い声。


もう、逃げ場はどこにもない。


フィリアの心臓が、耳の奥で大きく跳ねた。


――どうしよう。


この指先が彼の唇に触れる。

その瞬間を想像しただけで、思考が真っ白になる。


翠の瞳が真っ直ぐこちらを見つめている。


抗えないまま――震える指先をチョコへと伸ばした。


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