32 解かれた封印と、胸に灯る約束
五聖者たちが、焦りを滲ませながら僕を見ている。
それが――たまらなく愉快だった。
自分たちで生み出した闇を僕に押し付け、
そして僕を追い出した。
役立たずだと何度も罵ったその顔が、
今は苦痛に歪んでいる。
こんなに滑稽なことがあるだろうか。
増えすぎた闇は、もう抑えられない。
世界を闇で染めてしまえば――
ルルティアは、ずっと僕といてくれるだろうか。
五聖者の封印魔法も、
そろそろ魔力切れで失敗に終わる――
そう思われた、その瞬間。
ふっと、心が洗われる感覚に包まれた。
振り向くと、ルルティアがいた。
なぜ。
まだ眠っていなければならないはずなのに。
「ルルティア、来ちゃダメだ!」
ノクトは叫ぶ。
ルルティアは静かに微笑み、
そのままノクトを強く抱きしめた。
身体を覆っていた闇が、
彼女へと流れ込んでいく。
白かった髪が、さらに黒く染まっていく。
「ダメ、離して……お願い!」
意思に反して、
闇の魔力はルルティアに流れていく。
「ルルティア……やめて……」
急速に魔力を奪われ、視界が揺れる。
「ルルティア、それ以上はいい!」
ルクシオンが、強引に彼女を引き離した。
「これで終わりだ!」
五色の光が瞬き、門が閉じていく。
(ルルティア……裏切ったの?)
意識が途切れる直前、
ルルティアが何か叫んでいる気がした。
そして僕は――闇へと閉じ込められた。
ーー
長い年月が過ぎた。
闇は減ることなく、増え続けている。
閉じ込めたところで、
どうにかなるはずもないのに。
どれだけ待っても、
扉が開くことはなかった。
「ルルティア……」
あの時、君は何と言ったのだろう。
今、どこで何をしているのだろう。
会いたい。
……ギィィ。
封印を超えた闇が、内側から門を押し開けた。
光が見える。
もう、待つのはやめた。
「会いに行くね」
黒髪の青年は、静かに扉を押した。
ーー
「っ!」
空から溢れんばかりの陽光が降り注ぐ。
ノクトはあまりの眩しさに、
腕を上げて影を作る。
小鳥のさえずりが聞こえる。
大気は安定していて、穏やかだ。
心地よい風が吹く。
久々の外を感じようと、手を広げたその時。
けたたましい警報と共に、
鎧を纏った騎士や、豪奢な杖を持った魔導士に囲まれる。
「門が開かれたぞ!」
「再封印を急げ!」
……再封印?
彼らから、五聖者の忌々しい魔力の残滓を感じる。
――ヒトに、魔力を与えたのか。
対話もなく、魔法が一斉に放たれる。
二千年前と、何も変わっていない。
二千年の果てに辿り着いた世界が、これなのか。
これらのために――私は封印されたのか。
「くだらない」
ノクトが手を振り下ろす。
すべての魔法が黒い粒子となって消えた。
さらに地面から黒い手が伸び、
周囲の者を地にひれ伏させる。
静寂が戻る。
「ルルティア――どこにいる?」
黒い影がノクトを包み、消えた。
◆
部屋のベッドの上には、見慣れない服が丁寧に並べられていた。
「……えっと、ヴェルナ。これは?」
恐る恐る尋ねるフィリアに、
ヴェルナは胸を張った。
「デート用コーデよ!」
「で、デートって……ただのお出かけでは……」
「“男のお友達”と二人きりで出かけるのは、世間ではデートって言うの!」
ぐうの音も出ない正論だった。
「いい? デートは相手をメロメロにした方が勝ちなのよ」
そう言って、ベッドの上のコートを持ち上げる。
「まずこれ。絶対にこれ!」
ふわりと揺れたのは、柔らかなミルクティーベージュのロングコート。
触れると柔らかな肌触りで、
自然と手が滑ってしまう。
ずっと触りたくなるような上質な手触り。
「清楚・上品・守りたくなる。完璧」
守りたくなる――
エルヴィンに抱きしめられた記憶がよみがえり、
フィリアの頬がほんのり赤くなる。
◆
「フィリア、今度二人で遊びに行かない?」
ヴェルナとのランチ後、
エルヴィンは楽しそうに話す。
公爵様と二人きりで……?
お友達とはいえ、何かこう……。
色々と問題があるのでは?
フィリアが返答に困っていると、
「フィリアとヴェルナは友達だよね?」
「え、あっ、はい」
急に言われて頷く。
「ヴェルナとは遊びに行くのに、
お友達の僕とは行けないの?」
丁寧なのに、逃げ場がない言葉だった。
「えっと、ヴェルナはその、私の退院お祝いで遊びに行ったくらいで……エルヴィン様は、その、公爵様ですし……街遊びになんて……」
一生懸命に言葉を紡いでいく。
なんでだろう。
話すたびにエルヴィン様の笑顔が、
何となく含みをもったものに変わっていってるような。
「また、公爵家……ねぇ」
その言葉に自分とフィリアの間に壁があるように感じる。
エルヴィンは思案する。
公爵家としての圧を使ってもいいが、
“お友達”としては相応しくない。
「なら、僕の誕生日を一緒に祝ってくれない?」
「僕、一人っ子で。母もいなくて……」
寂しそうに伝えると、フィリアの表情が揺れる。
(……あぁ、本当に可愛い)
人のことばかり考えて動く。
それが、愛おしくて、
そして、目が離せない。
何も考えずに、自分から危険に飛び込んでいく。
今だって、少し同情を誘っただけでこれだ。
あれだけ危険な目に遭っているのに。
エルヴィンはフィリアの腕を引き、
そっと抱き寄せる。
前までは、抱きしめると身を固くしていたのに、
今では自分に身体を預けてくれるようになった。
きっと、それも自分では気づいていないんだろうな。
そっと、少しだけ魔力を流し込む。
すぐにそれを止めると——
「……あっ」
フィリアの唇から、物欲しそうな声がこぼれた。
無自覚に求めてしまう姿が、たまらなく愛おしい。
「もっと、欲しかった?」
少し意地悪に尋ねると、フィリアは耳を赤くして、見られないようになのか顔を埋めてくる。
「次はたくさん満たしてあげる」
「だから、一緒に遊びに行ってほしいな?」
胸の中で、フィリアが小さく頷いた。
◆
エルヴィンのことを思い出している間に、
服のコーディネートは終わっていた。
「この色、本当に綺麗よね」
ヴェルナは椅子に座らせると、慣れた手つきで櫛を通し始めた。
ブロンドの中に淡く混じるピンクが、光を受けてやわらかく揺れる。
「そ、そうかな?」
「ええ。だから下ろすだけじゃ勿体ないわ」
髪の上半分をすくい上げ、後ろでふんわりまとめる。
軽く巻いた毛先が肩で揺れた。
「はい、完成」
鏡に映った自分を見て、フィリアは目を丸くする。
いつもの自分なのに、少しだけ違う。
「……なんだか、私じゃないみたい」
(エルヴィン様、喜んでくれるかな……)
胸の奥が、少しだけ高鳴っている。
「さ、コート着て」
最後にコートを羽織らせ、全身を眺める。
そして、ヴェルナは満足げに頷いた。
「……完璧!」
「ほらっ、あいつのとこへ行ってらっしゃい!」
ヴェルナは笑顔でフィリアの肩を押す。
時計を見ると、約束の時間ギリギリであった。
「ありがとうっ!」とお礼を言い、
慌てて駆け出そうとするフィリア。
「フィリア!慌てずゆっくり行きなさい!」
扉が閉まる。
ヴェルナは小さく笑った。
「男なんて、待たせてなんぼよ」
ヴェルナは満足そうに微笑んだ。




