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30.5 初めての手作りと、奪われたひと口 〜ヴェルナの想い〜

これはおまけ話です。

本編とは少し離れたお話のため、

飛ばしていただいても大丈夫です(*´꒳`*)


侯爵家令嬢と伯爵家嫡男。

身分差と立場で揺れる恋って、胸きゅんですよね。

おまけエピソード書いてみました。

フィリアのお弁当を見て、少しだけ――羨ましくなった。

自分で作ったものを、贈り物として渡せるということが。

それはどんなに高価なものよりも特別なもの。



刺繍はできないし、

手紙とかのやり取りも、なんか恥ずかしいし、

カイルもそんなタイプではないと思う。


でも、料理なら……。


やったことはないけど!


火の扱いなら誰にも負けない。


火の侯爵家として、

最高の料理をしてやるんだから!


ーー


放課後、家に帰らずに実習施設に閉じこもる。


別に、家でやってもいいんだけど…。


シェフに心配されるのも、

失敗したものを見られるのも、なんとなく癪である。


一度も作ったことがないのだから、

堂々と教えを請えばいい話なのだが、

プライドが許さない。


料理なんて、誰でもやってるんだから、

私にできないはずなんか、ないんだからっ!


そう自分に言い聞かせる。


今回は、クッキーを作ろうと思う。


フィリアにこそっと、初心者が作るなら何がいいと思う?と聞いたところ、

目を輝かせて、今までにない熱量で話していたのを思い出す。


「お弁当は色々作らなきゃだから……。

チョコとかクッキーとかケーキとか、1種類頑張って作って、そのまま贈れるものがいいと思うの!」


もうすでに贈る前提で、話をされる。


「個人的には混ぜて焼くだけだから、パウンドケーキが一番失敗しないと思うんだけど……。

可愛さとか考えると、マドレーヌも捨てがたいけど、飾り付けもできるチョコかクッキーがいいかな!」


フィリアがこんなに饒舌になるなんて初めてかも。

とヴェルナは呆然と、目の前で目を輝かせながら、色々な角度で悩みつつ話す少女を見つめる。


「チョコはね、簡単そうに見えて奥が深いのよ!

温度をうまく調整できないと、溶かす前の買ったチョコにほうが美味しかったとかになりかねないから……やっぱりクッキーがおすすめ!!」


ね、ね、いつ作るの?

帰りに寮に寄って!


クッキー型あげる!

おすすめのクッキングシートがあるの。

これで焼くと完璧なんだから!


あれやこれやと渡されて、

両手がパンパンになる。


「えっとね、最初は上手く出来ないと思うけど。

大丈夫だよ。大切なのは見た目よりもその人への愛だから!」


「……カイル君に伝わるといいね」

そう優しく微笑んでフィリアは言った。


ーー


フィリアの言葉を思い出しながら、材料を全て混ぜ終わる。


あとは冷蔵庫で30分ほど冷やした後、焼いて終わり。


生地を冷蔵庫に入れて、ヴェルナは一息つく。


あの時。


闇の魔力事件の時。


カイルが甘えてきてくれて嬉しかった。


……いつも、お腹すいたーとか甘えてくるけど!


それとは違って。


「ヴェルナ、温かくて気持ちいい」


とぎゅっと顔を埋めてくるところとか、


「いつも、ありがとう」


とか。


普段はあまり言わない、

本音のようなものを聞けて。


恥ずかしくって、何も言えなかった。


……カイルの髪、撫で心地が良かったな。


あの後撫でたまま、眠気が来て。

カイルと共に寝ているところを、

フィリア達に発見された。


あまりの恥ずかしさに、

カイルを押しのけちゃったけど、

カイルはなんにも気にしてなさそうだったな。


……私のこと、どう思っているんだろう?


この学院を卒業したら、

カイルともう一緒にいられないのかもしれない。


侯爵家と伯爵家。


家同士が仲良くても、

結婚になると話は別になる。


「あぁ、もう落ち着かない!」


待ってられないと、冷蔵庫をあける。


ひんやりとした冷気が頬を撫で、

もやもやしたものがすっきりとする。


もう焼いちゃおう!


えっと、型抜きをすればいいのよね?


ハートはベタだし。

星はギザギザがとりにくそうだし。

ふと見ると大きめのうさぎ型があった。


これならいいんじゃない?


サクッとはめてみる。


案外上手くいくじゃない!

と思って剥がそうとすると、

柔らかくて剥がれにくい。


わわっ!!


形が崩れそうになりながらも、

なんとか鉄板に乗せる。


全部載せ終わった時には、

汗だくになっていた。


これで……あと焼けばいいのね!


自分の火魔法でぼぉっと一発!

なんて思ったけど、フィリアから固く注意された。


「絶対に、オーブンで、焼いてね?」

にっこり笑って言ってたけど、強めの圧を感じる。

なんとなくエルヴィンに似てきてるんじゃないかななんて思う。


オーブンを設定し、椅子に座る。


やることなくなっちゃった。


ぼーっと、オーブンの火を眺める。


ーー


四属性の魔導機に初めて触れたことを思い出す。


紅い魔石が輝き、部屋が鮮やかな紅に染まった。


揺らめきながら、空気を舐めるように燃え上がる炎。


侯爵家として十分すぎる魔力量があることは明らかだった。


「素晴らしい!!」


父は私を抱えて嬉しそうに笑った。


これで、きっと……。


兄を見ると、怨みがましい目でこちらを見ていた。


そして、すっと部屋へ消えていってしまった。


昔まで仲良かった兄様。


いつからか、兄は私を敵対するようになった。


これで、また仲良くなれると思ったのに。


庭園の端で、寂しくうずくまる。


誰も遊び相手になってくれない。


魔力が高いことっていいことだったんじゃないの。

自然にポロポロ涙が出てくる。


どうしていいかわからず泣いていると、


バサァっ!!


生垣から男の子が出てきた。


目が合う。


男の子はギョッとした顔でこちらを見て、


「わわっ!不審者じゃないんだ!

ボールがそっちいっちゃって!

あの、穴!穴が空いてて、それで!!」


あまりのしどろもどろな態度に笑ってしまった。


それがカイルとの出会いだった。


ーー


あの時は、本当にびっくりしたな――

そう思い出し笑いを浮かべた、その時。


クッキーの焼けるいい匂いとともに、

チンっ!と焼けた音がする。


ドキドキしながらオーブンの扉を開けると、

ぽてっと膨らんだクッキーが出来ていた。


クッキーってこんな膨らむっけ?


一口食べてみると。

サクッとした食感ではなく、

なんとなくフワッとした食感。


ん、これ?失敗した?

もぐもぐしながら考えていると、


後ろから肩に手が伸びてきて、

ふわっと抱きしめられる。


「だ〜れだ?」


ふわりと、甘い香りがした。

熟れた林檎のような、やわらかな甘さに、

身体が芯から温まるようなスパイスの香り。


私の好きな、アップルジンジャーの香り。


「こんなことするのは、あんたしかいないわよ!」


振り返ると、カイルが「だよね〜」と笑っている。


「ねぇ、ヴェルナ?これ、誰にあげるの?」

さっきまで笑っていたはずなのに、

こちらを見る目が鋭く感じる。

その瞳に、ドキッとする。


「えっと……その……」

カイルだなんて恥ずかしくて言えない。

なんとか必死に言葉を探していると。


「言えないような人なの?」

と軽く笑いながら言う。


その言葉に顔が赤くなる。

「そ……そんなんじゃ、ないわよ」

ヴェルナは必死にそれだけを告げた。


「わかりやすくて、可愛い」

ぽそっと呟くカイル。


「ん?なんて?」

と聞くヴェルナに、


「一つ味見させてって言ったの」

とお願いをする。


「ひ……一つくらいならいいわよ!」

と、一番出来の良いクッキーを差し出し、

ヴェルナは顔だけ背ける。


カイルはヴェルナの手首ごと、軽く掴み上げる。


急に手首を掴まれて、驚いてカイルの方をみると。


ヴェルナの手首を掴んだまま、

深緋の瞳がまっすぐに絡む。


そのまま――

彼女の手から、クッキーを口で奪い取る。


その色気ある姿に目を離せない。


そして、


「ご馳走様っ」

と、いつものように笑った。


ハッとするヴェルナ。

「そ、それで、味はどうなのよ?」

顔を赤らめたまま聞く。



「すっごく美味しいよ〜?

もう一枚もらうね!」


そう言って、ひょいと残りをつまむ!


「あ、ちょっと!それ私の――!」


そんなカイルに軽く怒りながらも、

ほっと安堵するヴェルナ。


その温かな時間をゆっくり味わうのであった。


ヴェルナが、公爵家に戻っていない。


それだけで、妙に落ち着かなかった。


真面目で努力家。


実技試験の時も、中庭で一人練習をしていた。


俺のことを素直に頼ってくれたらいいのに。


今回も一人で頑張っているのだろうか?


また、どこかで涙を堪えているのだろうか?


校内を隅々まで調べて、調理実習室にヴェルナの姿を見かけた。


侯爵家令嬢が料理。


なんで?


不思議に思い、じっと観察する。


ため息をついたり、

顔を赤らめたり、

急にぷんぷんと怒り始めたり。


誰もいない中、

一人で百面相しながらクッキーを作る姿を見て微笑ましくなる。


一体誰に作るのだろう?


最近のヴェルナに新しい交友関係はなかったはず。


……俺だと、いいな。


出来上がった頃に会いに行こう。


今だとクッキー貰えなそうだから。


そして、そっと作り終えるまで見守るのであった。

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