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29.4 眠る鼓動と、囁きの独占 〜フィリアとエルヴィンの夜〜

これはおまけ話です。

本編とは少し離れたお話のため、

飛ばしていただいても大丈夫です(*´꒳`*)


闇の魔力暴走事件後の帰り道のおまけエピソード。

エルヴィンとフィリアのキュンをいれてみました。

星空の下、手を繋いで歩く。


青年は嬉しそうに少女の手をぎゅっと握り、

少女は恥ずかしそうに弱く握り返しながら、されるがままに連れられていた。


(どうか手に汗が出てきませんように)


星空に向かって、そっと祈る。


夜風は涼しいはずなのに、

緊張と恥ずかしさで身体はじんわりと熱かった。


(きっと、寮の入り口まで離してくれないよね……)


ちらりと隣を見上げると、

彼はすぐに視線に気づき、優しく微笑み返してくる。


――どうして、こうなったんだっけ。


もう一度空を見上げれば、

星たちはまるでこの状況を面白がるように、きらきらと瞬いていた。



「……あの、私、一人で帰れますので」


そう言って帰ろうとしたフィリアだったが、

その提案は一瞬で全員に却下された。


学院から寮まではそれほど遠くない。

これまでも何度も一人で帰っているのに。


“一人で帰る”。


その選択肢は、最初から存在しなかったかのように、

誰が送るかで揉め始めてしまう。


「フィリアは僕と帰るんです!」


指一本も触れさせるつもりはない、と言わんばかりに、

エルヴィンがフィリアを抱き寄せて牽制する。


「そもそも寮生活をしているのは僕とフィリアだけです。皆さんは帰る方向が違うでしょう?」


至極真っ当な正論を並べながら警戒は一切緩めない。


レオニス殿下やラグナ様といる時のエルヴィンは、

どこか弟のように振る舞うことがあって――それが少し可愛らしくて。

そのやりとりを見ていたい。


けれど。


抱きしめる腕の強さには、いつもの余裕がない。


(……ちょっと、苦しいかも)


「エ、エルヴィン様……あの……んんっ」


腕を軽く叩いて訴えると、

彼はハッとしたように力を緩めてくれた。


ほっと息をついた――その瞬間。


するりと手を引かれ、

気付けば今度はレオニス殿下に肩を抱かれていた。


「まったく……女の子に優しくできないなんて。これじゃエスコートは任せられないなぁ」


わざとらしくため息をつきながら、口元は楽しそうに笑っている。


「ね?」


こちらへ同意を求めてくるのが、本当に意地が悪い。

明らかにエルヴィンの反応を楽しんでいる。


「そうだな……誰とも付き合ったことがないのが問題だな」


ラグナが口の端を歪めて笑う。


(え……?)


(あんなに女学生にモテているエルヴィン様が……誰とも?)


驚いてエルヴィンを見ると、

図星だったのか、彼は顔を赤くして俯いていた。


その様子に、こちらまで恥ずかしくなる。

聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれない。


(どうしよう……)


「え、えっと!……私は!

エルヴィン様と、帰りたい……です……」


助けたい一心で口にした言葉。


けれど、自分で言ってしまった“一緒に帰りたい”という響きに、

頬がどんどん熱くなる。


皆の視線が一斉に集まった気がした。


沈黙が、痛い。


「エルヴィン様! 行きましょう!」


これ以上ここにいたら、恥ずかしさで死んでしまう。


もう、なるようになれ!


エルヴィンの手を掴み、ぐっと引いて走り出す。


最初こそ驚いた顔をした彼だったが、

すぐに嬉しそうに笑って、並んで走り出した。



「あの……そろそろ……手を離しませんか?」


熱に浮かされたような時間が過ぎ、

静けさが戻るにつれて、

繋いだ掌の熱が、恐ろしいほど重く感じ始めた。


指先の力をそっと緩める。

けれどエルヴィンは、いっこうに離してくれない。


私がもう繋ぐ気でいないことに、気付いているはずなのに。


「僕は、このまま繋いでいたいな」


恋焦がれるような、射抜くような視線。


真正面から受け止めるには、眩しすぎて、

跳ね上がる鼓動を止められない。


「……ん」


耐えきれず視線を伏せ、逃げるように瞬きを繰り返す。


エルヴィン様は、本当にずるい。


子どものような純粋さと、大人の色気。

その両方を混ぜた懇願なんて、拒めるはずがない。


「ねぇ、フィリア」


絡んだ手がゆっくり動く。

指を一本ずつなぞるように、深く絡め取られていく。


節が擦れ、肌が密着し、逃げ場が消える。


気付けば、完全に指を絡められていた。


「僕のこと、どこまで知りたいの?」


絡めた手を、そのまま彼の頬へと持ち上げられる。


彼は軽く目を閉じ、

私の手の甲に頬を深くすり寄せた。


「――っ」


指先に伝わる滑らかな肌と、吸い付くような熱。


陶酔したような表情に、

心臓を直接掴まれたような衝撃が走る。


ただ触れているだけなのに、

甘い香りに意識が溶けていく。


「どこまでと……言われましても……」


確かに言った。

エルヴィン様のことをもっと知りたい、と。


けれど――

この距離は、想像を遥かに超えている。


「えっと、その……」


しどろもどろになる私を見て、

エルヴィン様は小さく喉を鳴らした。


伏せていた瞼がゆっくりと上がり、

今度は私の指先へ視線が落ちる。


そして――

吸い寄せられるように、唇が触れた。


「僕は……フィリアのこと、もっと知りたい」


吐息が指を掠め、全身に細かな電流が走る。


「僕だけが知っている、君の可愛いところを……もっと教えて」


視界が白く明滅する。


限界を超えた鼓動が、鐘のように鳴り響く。


このまま彼の熱に晒され続けたら、

自分という形を保てなくなる。


(……もう、だめ……)


思考がぷつりと断線した。


遠のく意識の中で、最後に聞こえたのは――

慌てて私の名前を呼ぶ、彼の甘い声だった。



優しくて大きな掌が、

ゆっくりと髪をすき上げている感覚に気づく。


指先が地肌を掠めるたび、穏やかな体温がじわりと伝わってくる。

心地よさに、思わず口元が緩んだ。


エルヴィンの香りに包まれて、

ここは安心できる場所なのだと、身体が自然に力を抜いていく。


――まだ起きたくない。

この心地よさに、もう少しだけ浸っていたい。


離れないように、彼の腹の方へきゅっと顔を埋めた。


「フィリア……可愛い……」


吐息のように零れた声は、震えるほど愛おしげで。

耳の奥から胸の深くまで、幸せが満ちていく。


――けれど。


髪を撫でていた手が、ふと止まった。


代わりに、夜の静寂を切り裂くような低い声が降ってくる。


「あの時……時計塔から落ちた時。僕は本当は、救われた気持ちだったんだ」


切なさと苦しさが滲む声。


「フィリアのためを思うなら、僕はいない方がいいって。……そう、思ったのに」


空を見上げているのだろうか。

閉じた瞼の向こうで、彼の声だけが重く響く。


「レオニス殿下といる君は、あまりにも眩しくて……お似合いに思えてしまったから」


髪に触れていた指が、今度は頬へ。

壊れ物を確かめるように、そっとなぞられる。


「狂おしいほどに君を壊してしまいそうになる自分とは違って。……光に包まれて、穏やかに笑っている方が、幸せに決まっているのだと」


再び、静寂。


「でも、フィリアは僕を選んでくれた」


頬を撫でていた指先が耳元を掠め、髪を絡め取る。


「覚悟しておいてね」


低く掠れた笑い声が、耳元でほどける。


そのまま――

髪に触れていた指が、

わざとらしくゆっくりと唇を撫でた。


まるで、眠っているはずの私の反応を確かめるように。


「……聞こえてるでしょう?」


囁きは、あまりにも確信に満ちていて。


心臓が、とくんと跳ねた。


「もう絶対に、君を離さない」


優しく、けれど逃げ場のない声。


指先が、最後に髪をひと房すくって離れる。


「逃げても、連れ戻すから」


――どくん。


胸の奥で、大きく鼓動が鳴った。


眠ったふりを続けているはずなのに、

もう隠しきれないほど心臓が騒がしい。


目を開ける勇気なんて、あるはずもなかった。

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