表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/38

27 闇に堕ちた彼と、奪われゆく彼女

「実に――堕ちるところまで堕ちたな」


ラグナは吐き捨てた。


視線の先にいるのは、

もはや理性を失い、低く唸る“獣”。


かつての旧友が、

自ら成れの果てに堕ちた。


その事実に、静かな苛立ちが滲む。


「容赦はせぬぞ」


呟きにも満たぬ詠唱。


――その一言で、空間が焼けた。


ラグナの背後に、

幾重もの魔法陣が展開される。


そこから生まれ落ちるのは――純粋な破壊。


焔の槍。


数える意味すらない。


視界を埋め尽くす業火が、静かに矛先を揃える。


「避けられるなら、避けてみろ」


振り下ろした指先と同時に――


灼熱の槍群が、エルヴィンへと降り注いだ。


逃げ場はない。

紅が、すべてを覆い尽くす。


「他愛もない」


そう呟いた――その瞬間。


違和感。


確かに、貫いたはずだった。

だが――


彼が崩れ落ちる様子がない。


それどころか、

こちらに視線を向け、静かに笑っている。


突き刺さった焔の槍が、

わずかに、揺れた。


次の瞬間。


彼の白い肌の中へと、動き始める。


まるで渇いた砂が水を吸うように、

ずるり、と沈み込んでいく。


熱量ごと。

魔力ごと。


――喰われている。


エルヴィンは痛みを感じるどころか、

むしろ愉しむように喉を鳴らした。


「……ほう」


黒碧の獣は舌なめずりをして、

ゆっくりと顔を上げた。


その瞳は――完全に理を外れていた。


「どうやら……仕置きのしがいがありそうだな」


ラグナは笑みを崩さない。


だがその奥で、初めて“警戒”が灯った。


額を、一筋の汗が伝っていった。



レオニスが先導を走る。


その後を、

フィリアをしっかり抱きかかえたダリウスが追った。


「ここまでくれば……ひとまず大丈夫かな」


レオニスが振り返った。


「フィリアさんを、ここに寝かせて」


指示に、ダリウスはわずかに眉を寄せる。


硬い床。


だが、殿下の言葉に逆らうことはできない。


できる限り丁寧に、

フィリアをそっと横たえた。


「眠り姫は――王子が起こすものだろ?」


軽く笑いながら、

レオニスはフィリアの額に触れた。


――その瞬間。


星空の瞳が、すっと細められる。


ほんの一瞬だけ、

真剣な光が宿る。


前髪を優しく避けて――


そっと、口づけを落とした。


「……っ!」


空気が、張り詰める。


「で……殿下であろう方が、そのような……!」


ダリウスが思わず声を荒げる。


「魔法はイメージが大事なんだよ」


レオニスは肩をすくめた。


「特に――イレギュラーなものほどね」


そして。


「起きて、フィリアさん」


優しく微笑みかけると、

光が、やさしく弾けた。


「……ん……」


ゆっくりと、瞼が開く。


「ここ……は……?」


フィリアはぼんやりと周囲を見渡した。


「フィー、大丈夫か?」


心配そうに覗き込むダリウスの顔。


その、どこか困ったように下がる眉を見て――


胸の奥が、かすかに揺れる。


この表情を、知っている。


「……ダン……お兄ちゃん……?」


言葉が零れた。


ダリウスの瞳が、わずかに見開かれる。


「……ああ」


静かに、微笑む。


「良かった……」


その声は、安堵に満ちていた。


――コホン。


空気を切るような咳払い。


「……フィリアさんを起こしたのは、僕のはずなんだけどなぁ」


「おかしいなぁ」と、どこか拗ねたように呟きながら、レオニスが割り込む。


そして、

真っ直ぐにフィリアを見つめた。


「早速で悪いけど――」


一拍。


「君の中にあるエルヴィンの魔力――全部、僕に注いでくれる?」


「今、彼は君を追っている。……正直、危険な状態だ」


静かだが、強い声音。


「だから――痕跡を消させて」



ーー



理解は、追いつかない。


だが――


身体の奥で渦巻く黒い魔力が、

確かに“何か”を呼んでいる。


脈打つように、繰り返し告げている。

――ここにいる、と。


「……わかりました」


フィリアは小さく頷き、

レオニスの手を握った。


だが――


うまく、いかない。


魔力が溶け合わない。


問いかけても、

黒い魔力は“そのまま”であろうとする。


変換できない。


まるで意思を持つかのように、

触れようとするたび、

鋭く弾かれる。


フィリアの焦りを察したレオニスは、静かに微笑んだ。


「大丈夫」


穏やかな声が、揺らぎを鎮める。


「入り口まで――連れてくるだけでいい」


導かれるように、

フィリアは身体の奥へ意識を沈める。


居座る黒い塊を、

繋いだ手へと押し出そうとした。


――だが。


それは、驚くほど強固に。


そして、必死に。


彼女の内側へと、縋りついていた。


指先に絡みつき、

離れることを拒む。


――まるで。


「僕を、捨てないで」


そう、訴えるように。


無理に引き剥がせば、

自分の心まで引き裂かれてしまいそうな――


喉の奥が、熱く焼ける。


これまで彼が注いできた、

過剰なほどの情愛と独占が、

どろりと重く絡みつく。


「……っ、エルヴィン、様……」


この魔力を流すことは――


彼を、捨てることになるのだろうか。


胸を締めつける罪悪感に、

それ以上、押し出せない。


その微かな呼び声を、

遮るように、闇を光が包み込んだ。


「それは――君を傷つけるものだ」


静かで、揺るがない声。


「……離してあげて」


情け容赦のない言葉。


けれど――どこまでも優しい。


次の瞬間。


闇は、光に呑み込まれた。


抗う間もなく、ほどけるように崩れ、

霧散していく。


――まるで。


泣き出しそうな子供のような、

か細い悲鳴を残して。


すべてを押し切った、その瞬間――


力が、抜けた。


「頑張ったね」


崩れ落ちかけた身体を、レオニスが受け止める。


そのまま、そっと抱き寄せた。


「これは――お守り」


柔らかな光が、

フィリアの内側へと流れ込む。


満ちていく。


身体の奥まで、

優しく、静かに。


灰青の瞳が、

ゆっくりと、深い青へと変わる。


――シャンパンの泡のように。


光の粒子が、

ふわり、ふわりと浮かび上がる。


神聖な輝きに包まれながら、


心が、

静かに澄んでいった。



ーー



「少し、手伝ってほしいんだ」


レオニスの声。


だが――その瞳からは、

いつもの余裕が消えていた。


「本当に危ない時は――その魔力で逃げて」


静かに、鋭く言い切る。


「ダリウスは、生徒を外に出さないように手配して!」


一瞬だけ。


ダリウスの表情が揺れた。


本来、自分が守るべきは彼女のはずだった。

その役目を外されたことへの、ほんの僅かな躊躇。


だが――


「承知しました!」


迷いを断ち切るように応え、

踵を返し、駆け出した。


その背を見送り。


「……フィリアさん、少し触れるね」


そっと、抱き上げた。


「急ぐよ」


短く紡がれる詠唱。


次の瞬間――


視界を焼き尽くす、白銀の光。


純白の翼が大きく広がり、

重力を断ち切るように羽ばたいた。


ふわりと、身体が浮く。


眼下に広がる学院は、すでに黒い霧に呑まれ、

底なしの沼のように、ゆっくりと沈んでいた。


フィリアは思わず、

レオニスの胸に顔を埋める。


耳に届くのは、

彼の激しい鼓動だけだった。


それだけが、

かろうじて現実を繋ぎ止めていた。


「……大丈夫。君は、僕が守るよ」


耳元で囁かれる声。


穏やかに響くその声音の奥に、

押し殺された焦燥が滲む。


強く――


折れそうなほどに、抱き締められる。


その時。


びくん、と身体が震えた。


――闇が、濃くなる。


学院全体を覆うように、

黒い粒子が、波のように広がっていく。


息が詰まる。


苦しいほどの悲しみに満ちている。


これは――


叫び。


あるいは――呪い。


学院そのものが、

慟哭している。


レオニスの腕の中にいてもなお、


逃げられない。


冷たい闇の指先が、

直接、心臓を掴みにくる。


――何が、起きているの。


フィリアは、


迫り来る不安に、

飲み込まれそうになった。


お話をお読みいただきありがとうございます(*´꒳`*)

また、評価、ブクマ、リアクションをくださった方ありがとうございます!

ほっぺがゆるゆる緩んでおります。とても嬉しいです。


お姫様を起こすのは、王子様。

イメージイラストを置いておきます。

※AIが画像作成してくれました。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ