25.5 空から落ちた少女と、消えない想い〜ダリウスの回想〜
これはおまけ話です。
本編とは少し離れたお話のため、
飛ばしていただいても大丈夫です(*´꒳`*)
ダンお兄ちゃんの
おまけエピソード書いてみました。
木の上は、ほんの少しだけ世界が広かった。
「……もうちょっとで、届くのに」
枝の先で揺れる橙色の実に、
フィリアは必死に手を伸ばす。
お母さんに頼まれた、大事な薬の材料。
――あと少し。
つま先に力を込めた、その瞬間。
ぐらり、と視界が傾いた。
「あっ……」
枝がしなり、足が空を切る。
落ちる。
空が、遠い。
◆
その下にいた少年は、音で顔を上げた。
ひらり、と白い影が視界に入る。
(……落ちる)
一瞬で理解した。
本来なら、間に合う距離じゃない。
走ることすら、許されない身体だ。
胸の奥が、きり、と痛む。
それでも。
気づけば、足が動いていた。
息が詰まる。
視界が揺れる。
心臓が、内側から軋むように痛む。
――それでも。
手を伸ばした。
「――危ない!」
背中に衝撃が走る。
地面に叩きつけられる感覚。
受け身を取る余裕なんて、なかった。
鋭い痛みが、全身を走る。
けれど腕の中には、確かな重み。
柔らかくて、温かい。
「っ……!」
小さく息が漏れる。
胸が苦しい。
呼吸がうまくできない。
それでも、腕は離さなかった。
「だ、大丈夫……!?」
上から覗き込んでくる、見知らぬ少女の顔。
泣きそうで、それでも必死で。
自分のことより、先にこちらを気遣っている。
少年は、荒い呼吸を整えながら、かすかに笑った。
「……そっちこそ」
掠れた声。
そのとき――
ふわり、と。
甘い香りがした。
どこか果実のような、
優しくて、柔らかい匂い。
胸の痛みが、ほんの一瞬だけ、ほどける。
「……あれ」
思わず、呟く。
さっきまで、あれほど苦しかったはずなのに。
今は、少しだけ楽だ。
少女は気づいていない。
ただ、心配そうにこちらを見ているだけ。
「ご、ごめんなさい……!私、木から落ちて……」
「……見てたよ」
「えっ」
「無茶、しないで」
困ったように眉を下げる。
そのとき、近くに転がった実が視界に入った。
橙色の、小さな果実。
少女はそれを見て、はっとする。
「これ、お母さんの薬に使うの……」
大事そうに拾い上げる。
少年は、その姿をじっと見つめていた。
さっき感じた、あの感覚。
胸の奥に絡みついていた“何か”が、
ほどけたような――
「ねえ」
少女が顔を上げる。
「助けてくれて、ありがとう」
にこっと笑う。
無邪気で、まっすぐな笑顔。
その瞬間。
胸の奥が、別の意味で痛くなった。
「……名前は?」
――それが、はじまりだった。
◆
「フィーは、物知りさんだね」
この辺りの動植物の知識に加えて、
母が薬師だからか、薬草にも詳しい。
今も、“ネコアシ”と呼ばれる、
猫の足に似た葉を持つ薬草を教えてもらったばかりだ。
「えへへ〜、そんなことないよー」
嬉しそうに笑うフィリア。
あの時出会ってから、
時折こうして会って遊ぶようになった。
母様の話では、フィリアの母は
高名な薬師の弟子らしい。
僕がここに療養に来たのも、
澄んだ空気だけじゃなく、それも理由だという。
(……治ればいいのに)
そうすれば、もっと一緒にいられるのに。
「フィーは、大きくなったら薬師になるの?」
何気ない問いだった。
「んー……」
少し考えたあと、
フィリアはふいに魔法陣を展開した。
「私ね、魔法陣は出せるんだけど……魔法が発動しないの」
しょんぼりと肩を落とす。
「でも、魔法陣ってすごく綺麗でしょ?
だから、魔法使いか……魔法陣に関わる人になりたいなって」
小さく笑って、でも少しだけ寂しそうに。
「お医者さんは、病気じゃないって言うの」
その声は、わずかに震えていた。
「病気じゃないなら、どうしたら治るんだろうね」
明るく振る舞っているけれど、
本当は不安なのだと、わかる。
――治らないかもしれないもの。
「僕と同じだね」
フィリアが、こちらを見る。
「僕は心臓に、魔力が絡みついてるらしいんだ」
だから時々、それが締めつけて発作が起きる。
眉を少し下げて、困ったように笑った。
「そっか……私たち、同じだね」
フィリアは、やわらかく微笑んだ。
秘密を共有した二人は、
それからすぐに打ち解けた。
◆
「ダンお兄ちゃんは、いつ王都に帰っちゃうの?」
フィリアが、少し遠くを見る。
発作は落ち着いてきていて、
そろそろ王都へ戻ると母様は言っていた。
「わからないけど……近いうちみたい」
「そっか……」
寂しさを飲み込むように、フィリアは笑う。
そして、ふと思い出したように顔を上げた。
「ダンお兄ちゃん!明日、空いてる?」
ぱっと明るくなる表情。
「あの丘で待ち合わせ!
見せたいものがあるの。王都じゃきっと見られないから!」
◆
「ほら、ここ!すごい綺麗でしょ?」
案内された原っぱには、
一面に淡い紫の花が咲いていた。
一週間前には、何もなかったはずだったのに。
誇らしげに笑うフィリアが、眩しい。
(……幸せだな)
一緒にいられる時間が、こんなにも愛おしい。
胸の奥が熱くなる。
きっと、これが――
そう思った、その瞬間。
視界が揺れた。
身体が傾く。
そのまま、倒れ込む。
――
目を覚ましたとき。
フィリアが、泣きながら手を握っていた。
――奇跡が起きたらしい。
心臓に絡みついていた魔力は、
いつの間にか消えていた。
身体は、きちんと動く。
理由はわからない。
けれど。
(きっと――)
彼女のおかげだと、そう思った。
本当は、もっと一緒にいたかった。
思いきり遊びたかった。
でも。
王都には、果たすべき役目がある。
その後、彼女に会うことは叶わなかった。
それでも――
あの笑顔だけは、今も忘れない。
王宮魔導先遣隊に志願したのも、
彼女のような人たちを守るため。
いつか、もう一度会えたとき。
胸を張って、名乗れるようにーー。




