24.5 泣き虫少年と、白桃の味 〜エルヴィンが桃を好きになった日〜
ひっく……ひっく……。
エルヴィンがしゃくりあげながら泣いている。
隣にはふんっとふんぞり返っているラグナ。
自分が席を外している間に、
どうしてこうなっているのだろうと、
レオニスは静かにその光景を眺めた。
そのままにしても事態は解決しないことは、
付き合ってきた年月でとうにわかっている。
「エルヴィン、どうしたの?」
レオニスが聞くと、
「らっ……ラグ兄がっ……とった!
ひっく……いちご……とったのぉぉぉぉっ!!」
そう言ってさらに大きな声で泣く。
ラグナは悪びれもせずに言う。
「これから遊ぶと言うのに、
食べないで取っておくのが悪い」
「そんなに大切なら、先に食べてしまえばよかったものを」
と言うから収拾がつかない。
はぁ……。
どうしてラグナも素直じゃないんだろう。
今日のいちごは酸っぱかった。
甘党であるエルヴィンには、きっと酷なくらいに。
旬を過ぎているのだから、
シェフも無理にいちごをつけなくてよかったのに。
ウキウキと目を輝かせ、様々な角度からいちごを見ているエルヴィン。
そこまでは、まだ許せたんだろうな。
その後、遊ぶ時間が迫っているのにも関わらず、
食べないでいるエルヴィンに腹が立って、
どうせ酸っぱくて泣くのだからと、
食べちゃったんだろうなぁ……。
友人の行動パターンが手に取るようにわかる。
はぁ〜……。
再び大きくため息をついた。
「エルヴィン、いちごのかわりにもっと美味しいものがあるよ」
「美味しいもの?」
エルヴィンは泣き止んで、
うるうるとした瞳でレオニスを見つめる。
「そう。白桃って言って、一口齧ると果汁が溢れてね。とっても美味しいんだ。今取ってくるから待ってて」
そして、ラグナに向き直る。
「ラグナの分もちゃんと持ってくるから。
“大人しく”待っててね」
そうきつく言い残した。
◆
懐かしいのを思い出しちゃったなぁ。
レオニスはそっと呟く。
あの後確か、
エルヴィンは白桃の美味しさに目覚めて……。
ラグナは、普通に美味しすぎて横取りしたんだっけ……。
横取りされて、やはり泣いたエルヴィンだったけど、
実は面倒見が良かったり、根は優しいことに気づいているのか、ラグナの後ろを追いかけ回してたなぁ。
しかし……。
ある時を境に、エルヴィンが王宮に遊びにくることはぱたりとなくなった。
エルヴィンのお母さんが体調を崩し、
実家のある遠くの領で静養を始めた頃だっけ。
あの頃は気づかなかったけど、
……何か引っかかる。
ラグナとの対決で見せた、黒い瞳
そして、魔力を分解する黒い雨。
確かに、魔力核を綺麗に捉えて、
火球を見事に四散させていた。
しかし、あの黒い雨は、それとは違う魔法だった。
――純粋なる分解。
そんな魔法があるのか?
パズルのピースが、あと少し足りない。
窓の外へ目を向けた瞬間、レオニスは違和感を覚えた。
いつもの学院の景色が――どこかおかしい。
どろりとした、不吉な黒い風が吹いている。
「これは……一体、何が起きている?」
星屑のような瞳が、かつてないほど鋭く細められる。
平和だった学院を、静かに浸食し始める“黒い何か”
これまで保たれてきた均衡が、音を立てて崩れ始めていた。
胸の奥で、最悪の予感が膨らむ。
それを振り払うように、レオニスは立ち上がった。
「――行かなければ」
次の瞬間、弾かれたように扉を開け、部屋を飛び出す。
学院で起きている異変を確かめるために。




