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24 溢れる涙と、熟れた桃の味

はぁ……はぁ……。


息が切れ、フィリアはようやく立ち止まった。


頭の中がぐちゃぐちゃで、何も考えられない。

気づけば、頬を涙が伝っていた。


よくわからないまま、あてもなく走ってきてしまった。


……好き。


そう言われた瞬間、胸がひどく締めつけられた。


嬉しい気持ちと、疑う気持ち。


そのどちらもが入り混じって、どうしていいのかわからない。


「好き」


その言葉を向けられたのは、初めてだった。


けれど――


その響きは、恋に焦がれる甘さよりも

どこか切なく、苦しい。


夢に見たようなドラマティックな告白とは、

どこか違っていた。


――私を好きになる理由がわからない。


思い返せば、最初からエルヴィン様は優しかった。


でもそれは、ただ彼の性格なのだと思っていた。


――ルルティア。


彼が口にした、知らない女性の名前。


寝ぼけていたとはいえ、

「行かないで」と、縋るような声だった。


そして、強引なキス……。


幸せな時間だったはずなのに。


彼は私の瞳を見つめた瞬間、豹変した。


……純粋に、怖かった。


瞳。


ふと、窓ガラスに映る自分の姿に目を向ける。


涙でぐしゃぐしゃの顔。


その奥に――


「……え?」


思わず声が漏れた。


「なに……これ……」


自身の瞳が、黒碧に染まっている。


自分の瞳を、こんなふうにまじまじと見ることはほとんどない。

けれど、これは明らかに違う。


見慣れた色ではなかった。


けれど。


「……綺麗……」


恐怖よりも先に、そんな想いが胸をかすめた。


それは、光すら届かない深い深い森の奥のようで。


全てを飲み込み、静かに眠らせてくれるような、

底知れない安らぎを湛えていた。


「うっ……」


身体の奥で、黒い魔力がうねる。


恐怖に呼応するように、

それが外へ溢れ出そうとしていた。


身体が、ぞくりと震える。


壁に手をつき、なんとか姿勢を保とうとする。


けれど、力が入らない。


はぁ……はぁ……。


呼吸が荒くなる。


視界が揺れ、意識が遠のいていく。


荒い呼吸の音の奥に、

誰かの声が混じった気がした。


でも――


誰なのか、わからない。


そのままフィリアは、静かにその場に倒れた。




「……やってしまった」


罪悪感に頭を抱えながら、

エルヴィンはソファに沈み込んだ。


あんなに強引にキスするつもりなど、なかった。


――灼紅の瞳。


それを見た瞬間、

すべての抑えが効かなくなった。


「いつもなら……もう少し抑えられたのに」


ぽつりと呟く。


最近、自分の中の黒い感情が抑えきれなくなっている。


フィリアのことになると、特に。


最後に見た、フィリアの瞳。


――黒碧色。


僕の心は、あんなにも醜い色をしていたのか。


そして。


無我夢中で、フィリアの中の魔力を吸い出したことを思い出した。


今さらながら、その事実に驚く。


だが、その驚きは――

やがて、静かな喜びへと変わっていった。



フィリアの中から。


僕ではない魔力を。


吐き出させることができる。



「あぁ……フィリア……」


好きだと言った言葉に、嘘はない。


ただ――


この狂おしい感情をぶつけてしまえば、

フィリアを壊してしまうかもしれない。


彼女のことを思うなら、

身を引くのが正しいのだろう。


……だが。


それを許すことはできない。


もう、止まれない。


フィリアから無理やり奪った、ラグナの魔力。


それは自分が口にした瞬間、

蜂蜜のように甘く――


やがて、熟れた桃の味へと変わっていった。


自身の狂気を見せつけているというのに。


それでもなお。


フィリアの魔力は健気にも、

エルヴィンの好む味へと変わっていく。


そして、

ドロドロに醜い黒い魔力ですら、

身体に宿し、受け止めてくれる。


もし、それが。


フィリアの本当の心だとするならば――


エルヴィンは、ゆっくりと口元を舐めた。


熟れた桃の甘さが、

まだ舌の上に残っている。


「……フィリア」


低く名前を呼ぶ。


その瞳は――


静かに、黒く染まっていった。





「ヴェルナ〜。ぎゅーしていいー?」


返事を待つまでもなく、カイルはヴェルナに抱きつき、頬をすりすりと擦りつける。


「ちょっ!こらっ!離れなさいっ!!」


ぽかぽかと頭を叩き、ようやくカイルが離れた。


「ひどいよぉ〜」


弱々しく呟きながら、うずくまる。


……ここのところ、カイルの様子がおかしい。


いや、いつもおかしいんだけど。


……。


…………。


いつもおかしいけど!

もっとおかしいの!!


ヴェルナは心の中で自分にツッコミを入れる。


妙に甘えたがりで、

なんとなく嫉妬みたいなものも強くて。


まるで、自分の欲望が抑えられない子供みたいだ。


「しくしく。しくしく」


チラッ。


わかりやすい泣き真似をしながら、

ちらちらとこちらを見てくるカイル。


あぁ、もう、わかったから!


ヴェルナはベンチに座ると、明後日の方を向いたまま、

膝をぽんぽんと叩いた。


それを見たカイルの目が、ぱっと輝く。


すぐに駆け寄り、ヴェルナの膝に顔を乗せた。


ヴェルナはため息をつきながら、カイルの頭を撫でる。


そのまま、周囲を見渡した。


恋の季節とはいえ、

どこか不安定な空気を感じる。


喧嘩が絶えない人たち。


周囲が見えなくなるほど、

どろどろに愛し合う恋人達。


まるで皆、

無意識に欲望を抑えきれていないみたいだ。


……私もカイルを撫でているし。


そして、それが妙に心を落ち着かせている。


落ち着いている間に考えなくては。


……そういえば、フィリアは?


今日の授業に、彼女は出ていない。


フィリアを探さないと。


そう思って身体を起こしかけた、その時。


「ヴェルナ?」


暗紅色の瞳がこちらを見上げていた。


甘えた声で、ぎゅっと抱きつくカイル。


……あぁ、カイルといたんだっけ。


ヴェルナはカイルを優しく撫でた。


指先に触れる髪が、さらりと揺れる。


そのとき――


ふわりと、黒い風がなびいた。


風に混じる魔力に、ヴェルナはふと眉をひそめる。


「……?」


学院の結界の内側で、こんな魔力が吹くはずがない。


だが、次の瞬間。


膝に顔を埋めているカイルが、くすりと笑った気がした。


ヴェルナは気づかなかった。


その瞳が――


一瞬だけ、黒く染まっていたことを。


お話をお読みいただきありがとうございます(*´꒳`*)


ヴェルナとカイルの膝枕。

イメージイラストを置いておきます。

※AIが画像作成してくれました。


挿絵(By みてみん)

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