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22 灼紅の余韻と、星光の微笑

「で、どうして貴方がここにいるんですか?」


引きつった微笑みを浮かべたまま、

エルヴィンが尋ねた。


「愚問だな。魔力共有を見に来たに決まっているであろう?」


ラグナは口の端をわずかに上げる。


エルヴィンの視線が、ゆっくりとレオニスへ向く。

怒りのこもった視線だった。


「仕方ないじゃないか。

そもそもエルヴィンが“フィリアさんと魔力共有するなら二人きりになるな!”なんて言うからさ」


レオニスは肩をすくめる。


「そしたらさ、ついてきちゃったんだよ。ね?」


困ったような顔をしているが、

目は明らかに楽しんでいる。


——面白がって連れてきただけだろう。


エルヴィンはますますレオニスを睨んだ。


男達の間に妙な空気が流れる中、

フィリアがおずおずと口を開く。


「えっと……私は、誰と魔力共有すればいいんですか?」


ーー


今日は他属性との魔力共有の練習日だった。


エルヴィンに呼ばれてサロンに来てみれば、

すでにレオニスとラグナがソファに座っていたのだ。


「今日は僕が担当しようと思ってたんだよ」


レオニスが柔らかく笑う。


「まだ光属性は体験したことないだろう?」


「でもラグナがどうしてもって……」


そう言いかけた瞬間だった。


ラグナが立ち上がり、フィリアの腕を取ろうとする。


「――っ!」


エルヴィンがフィリアの肩を抱き、後ろへ引く。


「火属性は、すでにヴェルナ嬢が担当していますので」


微笑みながらも、明らかな牽制だった。


エルヴィンがレオニスへ視線を送る。

「どうにかしてくれ」と言いたげに。


その一瞬に隙が生まれた。


「そんな“とろ火”じゃ物足りないだろう?」


ラグナは指先でフィリアの顎を持ち上げた。


逃げ場を塞ぐように、視線を絡め取る。


低く囁く。


「極上をみせてやろう」


次の瞬間、

力強い魔力が流れ込んできた。


熱い。


焼けるような焔の魔力が、身体を駆け巡った。


身体の奥まで燃え上がるような熱が走る。


すべて差し出せと命じられているような、

圧倒的な支配の力。


息が詰まる。

逃げなきゃ、と本能が叫ぶのに——


その炎は、拒む隙を与えない。


身を焦がす喜びを刻みつけてくる。


差し出せばいい。


抗わなければいい。


すべて委ねてしまえば、この苦しさは終わるのだと。


甘く、静かに、焔が囁いてくる。


服従を命じられているみたいで——。


……このまま、堕ちてしまえたなら。


きっと、どれほど楽になれるだろう。


身を委ねたくなる衝動を、奥歯を噛み締めて必死に抑える。


黄金の瞳が、フィリアを捉えて離さない。


太陽に灼かれるのを待つ獲物のように、指先一つ動かすことすらできなかった。


その時。


ラグナの瞳がわずかに見開かれる。


「……これは」


興味深そうに笑った。


「愉快だな」


次の瞬間。


フィリアの身体がぐっと強く引き寄せられる。


エルヴィンだった。


ラグナから引き離し、鋭く睨みつける。


「勝手に何してるんですか!」


「お前が隙を見せるから悪い」


なんの悪びれもなく、当たり前に言うラグナ。

再び、フィリアへ手を伸ばそうとする。


「触らないで……ください」


フィリアは小さく首を振った。


あの人の魔力は危ない。


身体が本能的に拒んでいた。


「その身に俺を宿しながら拒むとは。滑稽だな」


灼紅の瞳。


その奥で、小さな炎が揺れている。


「ふむ」


ラグナは少しだけ笑った。


「甘美な魔力とやらは、今度じっくり味わおう」


自身の魔力の色を見て満足そうに微笑む。


気高く、傲慢な炎。


「今日は気分がいい。この辺で見逃してやろう」


そう言って歩き出す。


すれ違いざま、

エルヴィンの肩に触れそうな距離で囁く。


「大事なら、ちゃんと囲っとけ」


口の端が吊り上がる。


「あれは染まりやすい。俺の炎がよく馴染む」


そう言い残し、ラグナは悠然と部屋を出ていった。


ーー


エルヴィンはフィリアを見た。


彼女の瞳にはまだ灼紅が残っている。

その奥で、小さな炎が揺れていた。


あの一瞬で。


魔力酔いを起こさせることなく、

ここまで満たした。


——圧倒的な力の差。


胸の奥に、わずかな無力感がよぎる。


けれど。


怯えているフィリアを見て、

その感情はすぐ消えた。


「フィリア、大丈夫?」


優しく背中から抱きしめる。


「怖い思いをさせてごめんね」


エルヴィンの指が、フィリアの顎に残ったラグナの指跡をそっとなぞる。

まるで、その痕跡を消すかのように。


シダーウッドと柑橘の香りがふわっと鼻をくすぐる。


エルヴィン様の香り。


よく知っている、安心する香り。


胸の奥の震えが、ゆっくりとほどけていく。


瞳の奥で暴れていた炎も不思議と落ち着いていく。


「ね、フィリア」


耳元で囁く。


「その魔力、僕に流して……?」


胸がきゅっとする。

いいよ、と答えようとした瞬間。


「コホン」


軽い咳払いが響いた。


——レオニス。


そこにいたことを、すっかり忘れていた。


二人の顔が同時に赤くなる。


慌てて距離を取る。


「二人とも仲がいいね」


レオニスはニヤニヤしながら言う。


「ただね」


少しだけ表情を引き締めた。


「その魔力、僕に預からせてもらえないかな?」


「……!」


エルヴィンが睨む。


「王家としてもね」


レオニスの声は穏やかだった。

けれど、逆らえない響きがあった。


「その魔力には興味があるんだ」


そう言って、フィリアの手を取る。


「エルヴィンの前なら、いいんだろ?」


フィリアは戸惑い、エルヴィンを見る。


——王家。


その言葉には逆らえない。


エルヴィンは小さく息を吐き、頷いた。


「さて」


レオニスが微笑む。


「“お母さん”からも了承が得られたみたいだし」


「ラグナが入れた魔力量は多そうだから」


優しく、包み込むように笑った。


「たくさん流していいよ?」



人に見られながら魔力共有するなんて……。

それもエルヴィン様の前で。


ちらりとエルヴィンを見る。


その瞳は心配しているようでいて、

何かを抑えているような、苦しげな色を帯びていた。


目が合うと、いつもの優しい微笑みが返ってくる。


レオニスを見ると、

星空のような瞳がこちらをじっと見つめていた。


準備ができたら、いつでもいいよ――

そう言っているようだった。


フィリアは深く息を吸う。


——これは仕事。


恥ずかしくても、仕方がない。


「よろしくお願いします」


自身の奥から、レオニスの手を伝うように魔力を流していく。


あまりの緊張に、手がじんわりと汗ばむ。


……恥ずかしい。


意識した途端、抑えが効かなくなる。


顔がどんどん熱くなっていくのが、自分でもわかった。


……うぅ、誰も見ないで。


早く終わってほしいと魔力を流し続けるが、

終わりは一向に見えない。


その時、ふと思い出した。


以前、エルヴィンが魔力酔いを起こしたことを。


はっとしてレオニスを見る。


口元を押さえ、横を向いている姿があった。


「殿下、大丈夫ですか?」


まさか殿下を魔力酔いなんかにさせたら……。


——不敬。


その二文字が頭をよぎる。


「あのっ、気持ち悪かったらやめましょう?」


慌てて声をかけると、


「ねぇ、エルヴィン?」


レオニスは穏やかに微笑みながら問いかけた。


「フィリアさんの魔力は、どんな味だった?」


その言葉に、エルヴィンの顔が一瞬で赤くなる。


そしてフィリアに向き直り、


「僕はね、レモンみたいにさっぱりしたものに、少し甘さがあるのが好きなんだ」


唐突な好みの告白。


すん、と鼻から息を吸うと、

確かに殿下からは柑橘系の爽やかな香りがする。


「ふふふっ」


突然、レオニスが吹き出した。


何が起こったのかわからず、フィリアは目を瞬かせる。


「君の魔力は、本当にわかりやすいね」


肩を震わせながら言う。


「え……?」


戸惑うフィリアを見て、

レオニスはようやく笑いを収めた。


フィリアの手を軽く握ったまま、

ちらりとエルヴィンを見る。


唇を噛み締め、拳を握りしめながらも、

視線だけはフィリアから逸らせないエルヴィン。


その翡翠の瞳に宿る暗い情念は、

もはや“お母さん”のそれとは程遠い。


レオニスはその翠の視線を軽くいなし、呟いた。


「なるほどね」


意味ありげな笑み。


「これは確かに――」


ほんの少し声を落とす。


「独占したくなる」


その言葉に、

エルヴィンの肩がぴくりと動いた。


「殿下……」


低く制止する声。


けれどレオニスは、どこ吹く風だった。


「安心していいよ、フィリアさん」


優しく微笑む。


「僕は誰かと違って、奪ったりはしない」


そう言って手を離す。


けれど。


去り際のように、ぽつりと付け足した。


「――今のところはね」


フィリアの心臓が、どくんと鳴った。


レオニスは微笑んだまま、

その様子を楽しむように眺めていた。


まるで、面白い盤上でも見つけたかのように。

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