20.5 喪失と執着 〜ラグナの追憶〜
これはおまけ話です。
本編とは少し離れたお話のため、
飛ばしていただいても大丈夫です(*´꒳`*)
19話後のお話。ラグナ様のエルヴィンへの想い。
おまけエピソード書いてみました。
呼吸すら忘れる静寂の中で――
ラグナは、ふっと笑った。
「……見事だ」
実に愉しかった。
あれほど心が躍る闘いは、未だかつてない。
子供の頃に抱いた確信は、間違っていなかった。
エルヴィンには、どこまでも伸びていく才がある。
……精神は、まだ幼いがな。
静かに瞼を閉じた。
◆
「なぜ母様が虐げられなければならないのです!」
黄金の瞳が怒りに震え、
灼紅の髪が熱を孕んで揺れている。
紫がかった淡紅の髪の女性は、諭すように微笑んだ。
「ラグナ、大丈夫よ。いつかわかってくれるから」
今にも消えてしまいそうな、儚い微笑みだった。
怒りの矛先を誤ったと悟った瞬間、
悔しさと悲しみが胸を満たす。
そのすべてを理解したように、母は優しく抱きしめてくれた。
……父様が憎い。
母様と父様は恋愛結婚だったらしい。
学園の高嶺の花だった母様を、やっと手に入れたのだと――
父様は誇らしげに語っていた。
その言葉に嘘偽りは感じられないが、
愛も感じられなかった。
ただの戦利品。
母様は、一度たりとも愛されたことなどなかったのだろう。
貴族とは、そういうものだ。
それでも母は言った。
「今の生活は幸せだ」と。
日を追うごとに、髪はより灼紅に染まり、黄金の瞳は輝きを増した。
本来は中等学院前に行う属性検査を、四歳で受けることになった。
結果は――凄まじかった。
屋敷中を眩い光と熱で染め上げる魔力量。
誰もが息を呑んだ。
父様だけが、怯えた目でこちらを見ていた。
そして始まった。
母の不貞の疑い。
学園時代に親しかった王弟殿下の子ではないかと。
ーー
黄金の瞳が嫌いだった。
これがなければ、母様が疑われることはなかったかもしれない。
いくら正妻の子だろうが、
いくら魔力量が多く次期当主の器に相応しかろうが、
現当主の権力の前に、子供が勝てるものなどない。
腫れ物のように扱われ、存在は無きものとされた。
母様の存在は――消えた。
……間に合わなかった。
守る力がなかった。
あの時すべてを持っていたなら、奪われなかった。
復讐は、あっさりと終わった。
驚くほどつまらなかった。
心は晴れず、残ったのは空虚だけ。
失ったものは戻らない。
いらない地位と、権力と、金と――
どうでもいいものばかりだ。
手にした以上、責任は果たす。
あの男と同じになるのは御免だ。
あまりにもつまらない日々が始まった。
……幸せとは、なんなのだろうな。
◆
「嫌な記憶を思い出したものだ……」
ラグナはゆっくりと身を起こす。
周囲では学生たちが興奮気味に語り合っている。
エルヴィンは――いない。
循環の小娘も、レオニスも。
「……ふっ」
笑いがこみ上げた。
誰も俺の心配をしないとは。
あいつとは、正反対だな。
あれほど愛されているのに。
なぜ、人形のように生きていたのか。
◆
初めて会ったのは、四歳頃だったか。
レオニスの後ろに隠れて震えていた。
何度か遊ぶうちに慣れ、後ろをついて回るようになった。
すべてが初めてのように、無垢な瞳を輝かせて。
ある日、レオニスと木に登ると、下から泣き声がした。
「レオニスもラグ兄様もずるい!!」
“ずるい”とは何事か。
力も魔力もある。
物理でも魔法でも、登る方法はいくらでもある。
少し努力すればいいだけなのに、何もしない。
こっぴどく叱った。
あの日は大泣きして、
「ラグ兄様のバカー!」と去っていったが、
次に会った時には木に登れるようになっていた。
エルヴィンの成長が、純粋に嬉しかった。
だが同時に――怖かった。
すべてを持つ者が、すべてを奪われる危うさを。
この世界は、純粋なままでは生きられない。
誰も教えないなら――
俺が教えてやろう。
奪われてからでは、遅いのだと。
何度か会ううちに、骨のあるやつになった――
そう思っていたのに。
久々に再会したエルヴィンは変わっていた。
大切なものを失った目。
気づいてやれなかった。
言葉は届かず、壁だけが残った。
昔の呼び名は消え、公爵家として接するようになった。
時が経っても変わらない。
つまらない男になったものだ。
――会うこともなくなった。
◆
学園で見かけた時、驚いた。
たった一人の少女のために怒りを見せていた。
フィリア・リヴァリエ。
あれが、変えたのか。
オーロラの髪からふわりと香った甘い果実の匂い。
あれの魔力は“美味しい”らしい。
思わず笑みがこぼれた。
まだ――誰のものでもない。
そして思い出す。
エルヴィンの真剣な顔。
――ヴォイド・テンペスト。
真空のドーム。
炎龍の消滅。
そして窒息。
詠唱は遅い。次は対処できる。
熱膨張による圧力爆発。
爆風対策の減圧シールドも必要だ。
……あの黒い雨。
魔力そのものを分解していた。
魔法そのものが消える可能性。
一体、あれは何だ。
口元が歪む。
……面白い。
次に相まみえる時が、楽しみでならない。
夕闇の中、静かに燃える焔が溶けていった。




