15.5 甘い香りと、秘密の香油〜フィリアの恋の余熱〜
これはおまけ話です。
本編とは少し離れたお話のため、
飛ばしていただいても大丈夫です(*´꒳`*)
桃の香りのフィリアさん、
おまけエピソード書いてみました。
「魔力共有の、練習かぁ……」
ヴェルナ、エルヴィン様、クラウス先生。
クラウス先生は、置いといて……。
練習相手として、身近な人を設定してくれたことは嬉しい。
けど、どうやってするんだろうな……。
二人っきりで……するの?
熱を帯びた眼差しで、優しく魔力を流し込まれたあの時。
胸を優しく撫でて、くすぐる感じの魔力の奔流に一睡もできなかった。
そして、魔力酔いを起こし甘えてきたエルヴィン。
指先をほっぺで擦られた時に、どうしようもない色気にやられそうだった。
あんなのが続いたら、身体も心も絶対にもたない。
思い出すだけで、恥ずかしくなる。
自然と赤くなる頬を両手で覆い隠し、ゆっくりと息を吐いた。
落ち着いた頃に、いつもの香油を手に取る。
リヴァリエ家秘伝、桃の香油。
水分量の多い桃は、精油の抽出が難しく、できても香りがほぼしない。
つまり、一般的にはできない幻の存在。
それを可能にしたのが、薬師のお母さん。
女手一つで安定した生活を送れたのも、この香油あってのものだとも思う。
元々薬の材料の余りをなんとか出来ないか、
から始まったらしいけど、
今では薬よりも、この香りを求めて訪れる人が後を絶たないほどだ。
と言っても、
王都より離れた田舎で作ってたので、
知る人ぞ知るなんだけど……。
香油を数滴手に垂らす。
桃の香りがふわっと広がり、鼻腔をくすぐる。
指で擦るようにして撫で、広げていく。
オイルとしてはさらりとしており、
指の間にすぐに馴染んでいく。
髪の毛の内側から毛先にかけて馴染ませ、
櫛で髪をといていく。
まとまりをもった髪から、
瑞々しい甘い香りがほのかに香ってくる。
うん、いい香り。
香りを楽しむと同時に、
エルヴィンが耳元で囁いた言葉を思い出す。
「フィリアは、美味しそうな桃の匂いがするんだね」
「……僕の、好きな香りだ」
イタズラを含んだ、甘い声音。
先程払ったはずの熱が、すぐに戻ってくる。
「……エルヴィン様の、好きな香り」
その言葉に、顔がさらに赤くなる。
あぁ、もう。
首を振って雑念を払う。
香油をしまおうと手に取ると、
いつの間にか軽くなっていたことに気づく。
「香油、少なくなっちゃったな」
瓶を少し傾けてみる。
香油がゆっくりと瓶の中を動いていく。
あと数回で終わってしまうかも。
寝るにはまだ早いし、
明日もお休みだし、
……よし、作るか!
フィリアは棚からごそごそと調合器具を引っ張りだす。
丁寧に包まれたガラス器具を、一つ一つ、割らないようにそっと机の上に並べていく。
乳白色の乳鉢を取り出し、表面を軽く触る。
厚みがあり、滑らかな陶器の触り心地が好き。
これで、ゴリゴリと粉砕、混合している時間がたまらなく心地よい。
フィリアが愛用の調合器具たちを並べ終えると、
いつでも出来るよ!ときらりと光った気がした。
――
「材料は……」
夜明け前に摘んで乾燥させた桃の花。
調合の要となる、杏と桃の種。
「あ、皮と果汁が足りないか」
家から送られてきたばかりの桃を取り出す。
果物ナイフで丁寧に皮を剥く。
皮しか剥いていないのに、果汁が自然に溢れ、指を伝っていく。
熟れた芳醇な香りがしてくる。
慣れた手つきで桃を剥き終えると、
このままにしておけないし……。
と言い訳しながら果肉を頬張る。
噛むとじゅわっと広がる瑞々しく甘い果汁に、
自然と幸せな顔になっていく。
(どうしてこんなにも美味しいんだろう……)
美味しさに夢中で、果肉を少し残さなきゃいけないのを慌てて思い出す。
残りを全て食べ終えると、幸せが溢れ、胸の奥まで満たされていく。
このまま眠ってしまいたくなる衝動を抑え、調合に気持ちを切り替える。
「皮を乾燥させないといけないけど……」
本当だったら、香りが飛ばないように数日陰干しをしないといけない。
でも、今作りたいし。ちょっとくらいいいよね?
ちらりとクローバーの指輪を見る。
エルヴィンから贈られたそれは、正直つけているのも忘れてしまうくらいピッタリと嵌っている。
「熱で香りが飛んじゃうから、純粋な風だけで。飛んじゃわないように抑えめで……」
桃の皮を乾かすためだけの魔法陣を構築していく。
こんな感じかな?
魔法陣を描き終えると、
指輪からそっと魔力を流していく。
が。
予想に反して、魔力の流れが早く、強く、抑えめにしたはずなのに風が吹き荒れた。
一瞬で髪はボサボサになり、桃の皮が上からはらはら舞い降りてくる。
フィリアは呆気にとられ、自分の指輪を見つめた。
何かおかしい。
魔力は、ほんの少ししか流していないはずなのに。
静まった部屋の中で、クローバーの指輪だけが、妙に存在感を放っている。
――見た目はあの雑貨屋で見たものと同じはずなのに、指輪が放つ輝きの『重み』が、まるで違う。
ん?
あれ??
――魔石が違う!
魔石の色は以前よりも深く、エルヴィンの瞳により近い翠色に変質しており、何より、魔石としての純度が段違いだ。
さらに、素人目にも分かるほどの増幅魔法が付与されている。
もっと言うならば、この小さな魔石に、ありったけのエルヴィンの魔力が込められており、光に反射して輝いているのではなく、それ自体が輝いている。
……。
言葉を失う。
あの時の、あの値段で買える代物ではない。
これはもう既に、彼が私のために作らせた、特注のオーダーメイドである。
あの人は、もう……っ!
おかしいと思った。
魔力を少ししか流していないのに、
すぐに魔力酔いを起こしたエルヴィン。
指輪のせいじゃない。
今まで気づかなかった自分に少し腹立たしく思い、
何事もなくさらりと指輪を渡してきたエルヴィンを思い出し、頬を膨らます。
部屋に散った、桃の皮を拾いながら呟く。
「エルヴィン様の……ばかっ!」




