15 紅い瞳と、王命
「フィ〜リアっ!」
じゃーん!と効果音がつきそうな勢いで、
ヴェルナが差し出したのは――
先日雑貨屋で「可愛い!」と目を輝かせていたうさぎのチャームだった。
「こっちのピンクの方がフィリアね!
好きな色、何かな〜って思ったんだけど……」
チラリとフィリアの翠の魔石の指輪を見る。
「なんか、翠色よりピンクの方が似合う気がしたの!」
ニコニコと笑うヴェルナ。
「これでお揃い!」
制服の留め具に、ぱちん、とチャームをつける。
自分にも、フィリアにも。
「この間の魔獣討伐事件では本当にありがとう。
お礼…こんなんじゃ足りないけど、
いつかフィリアが困っていたら絶対助けるからっ!」
ヴェルナは小さく拳を握り、
もっと強くなるから!と笑った。
フィリアは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
――ああ、ヴェルナが友達で、本当によかった。
◆
始業の鐘が鳴る。
「最近、魔獣の動きが活発化しています」
教師の声に、教室が静まり返る。
「王宮より、“魔力共有”の講義要請がありました」
ざわり、と空気が揺れた。
そして――視線が一斉に、フィリアとヴェルナへ向く。
先日の魔獣討伐。
魔力不足だったフィリアへヴェルナが魔力を送り、
Cランク魔獣『蒼嵐牙ヴァルグレイ』を討伐したという噂は、すでに学院中へ広まっていた。
「皆さんも知っての通り、
あと少し魔力があったら助かったであろう、
そんな状況が今後起こりうる可能性があります」
先生は少し息を吐き、言葉を続ける。
「魔力共有は本来、推奨されません。
魔力欠乏は死に直結し、魔力過多は“酔い”を引き起こします」
ごくり、と誰かが唾を飲む。
「ですが、噂だけで試みて事故が起きるよりは――
正しい知識のもとで学ぶべき、という判断になりました」
一瞬、教師は目を伏せた。
「同属性でペアを組み、共有は三秒間のみ。
同じ属性同士でも相性があります。
少しでも反発を感じたら、即座に中断すること」
そして。
「フィリア・リヴァリエさん」
教室の空気が張り詰める。
四属性適性を持つ彼女は、誰と組むのか。
そもそも組めるのか――期待と好奇の眼差し。
「魔力共有をしたことがあるヴェルナさんと組んでください」
どこかで残念そうな溜息が漏れる。
それを打ち消すように、
「それでは、皆さんペアを組んで!」
先生がパンパンと手を叩き、指示を出した。
◆
「フィリア、流すよ?」
先日無意識下で流したとは言え、
今回も成功するとは限らない。
失敗したらと思うと、緊張する。
ヴェルナは深く息を吸い、
静かに魔力を込め始める。
じわり、と温もりが手のひらから伝わる。
身体がぽかぽかと温まり、
内側から力が湧いてくるような感覚。
ふと、ヴェルナと目が合う。
その瞬間。
「――っ」
突然魔力の流れが止まった。
「ヴェルナ、どうしたの?」
「フィリア、その瞳……」
ヴェルナは気づいてしまった。
休日、王都で遊び歩いたあの日――
フィリアの瞳には、薄く翠色が宿っていた。
そして、今は……。
(何が運命よ、あのストーカー!)
「私の目がどうかしたの?」
不思議そうに尋ねてくるフィリア。
……これは、教えていいことなのか。
そのとき、ひやりと冷たい風が教室を撫でた気がした。
「……ちょっと紅く充血してるかなって、思っただけ」
そう濁した。
そうこうしているうちに、
「フィリアちゃん!俺とも魔力共有しようよっ!」
人懐っこい笑みを浮かべてカイルが近づいてくる。
「聞いてよ〜、この間ヴェルナとやってみたらさぁ、
ヴェルナの魔力が熱いの何のって…」
ドゴッ!
激しい音と共に、カイルのお腹にヴェルナの拳がめり込む。
前に見た光景だなぁ……。
それでもめげないカイルは、
「ねぇ、3秒だけでいいの〜。一瞬だけだからさ〜。
ほら、他の人の魔力って気になるじゃん!」
他の人の魔力が気になる気持ちはわかる。
フィリアは、ほんの少しだけ躊躇したが――
「一瞬だけなら…」
そう言って手を差し出すフィリア。
ラッキー♪と手を繋ぐカイル。
「この、馬鹿っ!!」
ヴェルナが止めに入るが、コンマの遅れ。
「うわっ、なにこれ。ちょー気持ちいい!!」
カイルの嬉しそうな声が教室に響き、
学生たちが色めき立つ――かに思えた。
突如、空気が重く、薄くなる。
教室内が一瞬、暗く感じる。
その中心で。
エルヴィンだけが、にこやかに――微笑んでいた。
終業の鐘が鳴った。
助かったとばかりに、学生たちは大きく息を吐き、
この場にいたくないとそそくさと立ち去っていく。
「なぁ、ヴェルナ。
一瞬すげぇ寒くなかった?」
プチっ!
何かが裂ける音が聞こえた気がする。
ヴェルナの声が怒りで震えている。
「カ〜イ〜ル〜!ちょっとこっちへきなさ〜い!
フィリア!また今度ね!」
と言って、騒動の主犯を引っ張って去っていった。
残されたフィリアとエルヴィンは先生に呼ばれた。
「フィリア・リヴァリエさん。
貴方には今後きたるべき時に備えて、各属性の方と魔力共有の練習をしていただくことになりました」
その言葉に、エルヴィンが即座に反応する。
「他属性と魔力共有って、どういうことですか?」
「火属性はヴェルナ・イグナティアさん、
風属性はエルヴィン・アステリアさん、
水属性はクラウス教諭……」
一拍。
「――これは、王命です」
空気が、凍る。
「また詳しいお話が来るでしょう。
それまでは、魔力酔いを起こさない程度に魔力共有の練習をしていいですよ?」
とフィリアとエルヴィンを交互に見て、
先生は静かに去っていった。
「……王命、だと?」
エルヴィンは静かに呟き、
怒りに震えていた。
◆
それから数日後。
レオニス殿下から、
個別サロンへの招待状が届いた。
まるで、すべてを見透かしているかのような、
美しい筆跡で。




