14.5 甘い贈り物と、満たされない欲求〜エルヴィンの初めてのお買い物〜
これはおまけ話です。
本編とは少し離れたお話のため、
飛ばしていただいても大丈夫です(*´꒳`*)
エルヴィン様の初めてのお買い物。
おまけエピソード書いてみました。
「お見舞いの……品ですか?」
王都でも指折りの商業区。
だが、アステリア公爵家の嫡男が自ら足を運び、
品を選ぶなど――前代未聞である。
雑貨屋の店員は、複雑な表情で悩みに悩んでいた。
ーー
フィリアが倒れてからというもの。
エルヴィンは、自分だけが出入りを許された特別室を確保し、
密やかな逢瀬の時間を楽しんでいた。
目覚めてほしいと願いながらも、
二人きりで過ごせるこの時間に、
確かな優越感を覚えている。
だが――それだけでは、足りない。
(……贈り物を)
フィリアに、お見舞いの品を渡したい。
目覚めたとき、たくさんの贈り物に囲まれて驚く顔が見たい。
そんな想像に、エルヴィンの口元が緩む。
これまで贈り物を自ら選んだことはない。
だが――フィリアに贈るものだからこそ、自分で選びたい。
そうして、王都の商業区へと足を運んだのだった。
ーー
「贈る相手は女性の方ですか? ご年齢は? 病院に持ち込み制限などは……」
店員は失礼のないよう、慎重に言葉を選びながら問いかける。
そして、導き出した答え。
「それでしたら、こちらのハンドクリームはいかがでしょう。香りも控えめで、保湿力も高く、人気の商品でして」
ピンクのパッケージに、小花があしらわれた可愛らしい一品。
「……なるほど」
フィリアが喜ぶ姿を思い浮かべ、満足げに頷く。
――助かった。
店員は心の中で深く息を吐く。
(今日一日分は、働いたな……)
達成感に満ちた笑顔で、エルヴィンを送り出した。
(……まだ、足りない)
ーー
次に足を向けたのは、王都で評判の菓子店。
新鮮な果実を使った菓子が並ぶ中、
一番人気の飴には「完売」の札がかかっていた。
(あれは……)
図書室でフィリアに渡したものだ。
「とても美味しかった」と、嬉しそうに笑っていた。
エルヴィンは店主を呼び出す。
突然の来訪に、店主は顔を青くした。
「ア、アステリア様……!?」
「在庫がないのは承知しています。それでも、なんとか――」
エルヴィンは穏やかに微笑み、丁寧に頼み込む。
(……本当に、在庫がないんです)
平身低頭の勢いで謝罪する店主。
だが、ふと何かを思いついたように顔を上げる。
「……ございました。アステリア家へ卸す予定の分が」
「それを、ここでお渡しする形では――いかがでしょうか」
「助かる」
迷いなく頷くエルヴィン。
幻の飴を手にし、わずかに表情を緩めた。
(……これで、少しは)
店主は深く安堵する。
(今日一日分は、働いた……)
ーー
(まだだ。足りない)
(目覚めたとき、退屈してしまうかもしれない)
そうだ、本だ。
エルヴィンは迷いなく書店へ向かった。
「おすすめ、ですか……?」
書店員の眉間に、深い皺が寄る。
(これは……試されているのか……?)
「最近お読みになった本などは……?」
慎重に探る。
エルヴィンは少し考え――
「魔力効率の本や、多重魔法陣の展開についてかな」
(よし……!)
書店員の目が光る。
「それでしたら、こちらの『魔法陣大全』はいかがでしょう。新規理論の魔法陣も多数収録されておりまして――」
「……いいな」
フィリアが読む姿を想像し、満足げに頷く。
書店員は静かに拳を握った。
(今日一日分は、働いた……!)
ーー
(……まだ、何か足りない気がする)
その時、ふと閃く。
(花だ)
目覚めたとき、部屋が香りで満たされていたら――
ーー
花屋に足を踏み入れる。
「香りの良い花を教えてほしい」
穏やかに微笑むエルヴィン。
花など贈ったことも、選んだこともない。
「香りなら……クチナシ、ユリ、ラベンダーあたりだな」
無骨な店主が指差す。
だが、どれもしっくりこない。
「たくさん贈りたくて」
少しだけ頬を染めながら続ける。
「目が覚めたとき、部屋いっぱいに香りが広がるように」
店主はじっとエルヴィンを見た。
(……なるほどな)
にやりと笑い、奥へ引っ込む。
やがて持ってきたのは、白い小花を連ねた花。
「月下香っていう。夜に強く香る花だ」
「傷を癒すって逸話もあってな」
「――夜の女王、なんて呼ばれてる」
「……いい」
エルヴィンの表情が明るくなる。
迷いなく、大量に注文した。
「兄ちゃん、頑張れよ」
店主は笑って送り出す。
ーー
両手いっぱいの贈り物を抱え、
足取り軽く医務室へ向かうエルヴィン。
その花が、
“危険な快楽”という花言葉を持つことも。
結婚式で用いられる花であることも――
彼は、まだ知らない。
「え、こんなにいいんですか?」
退院の準備をしながら、フィリアは持ちきれないほどの荷物に目を丸くした。
部屋に置かれていたものは、てっきり備品だと思っていたのに――
すべて贈り物だというのだから、特別室ってすごいなって思う。
特に、今年度版の魔法陣大全。
入院中、もっと読みたかったと思っていた本だ。
(エルヴィン様に、お礼言わないとなぁ……)
ふわりと胸が温かくなる。
天国のような空間に名残惜しさを感じながら、
フィリアはそっと病室を後にした。
背後で、ほのかに甘い香りが残っていたことに――
フィリアは気づかなかった。




