第92話 崩壊する偽救世主
テレビ局内の薄暗い無人の機材室。
犯人は、自らが世間に与えた絶対的な恐怖の余韻を味わうため、嗜虐的な笑みを浮かべてスマートフォンを取り出した。
連日、ヒール屋へのバッシングで埋め尽くされていた国内最大の匿名掲示板。今日も愚かな大衆が恐怖に震え、無能な警察に協力するオカルト集団を袋叩きにしているはずだ。
しかし――画面に表示された巨大なスレッドのタイトルと、異常な速度で滝のように流れていく書き込みを見て、犯人の指がピタリと止まった。
【速報】港区幼女誘拐殺人事件、被害者が火葬場で生き返る【ガチ】
1:名無しさん@オカルト
ニュース速報から飛んできた。火葬場で焼かれる直前にヒール屋の連中が乗り込んできて、被害者の女の子をヒミコ様が生き返らせたってマジ?
15:名無しさん@オカルト
んなわけあるかw 遺体安置所じゃなくて火葬場だぞ? ヒール屋の魔法が凄いのは知ってるけど、死者蘇生はやりすぎだろ。デマ流すな。
42:名無しさん@オカルト
いや、マジっぽい。現場にいた親族のSNS裏垢から動画漏れてる。これ見てみろ。
89:名無しさん@オカルト
動画見た。え、なにこれ。映画の撮影? 昨日ニュースでブルーシートに包まれてたあの子じゃん……。
124:名無しさん@オカルト
棺桶の前に立ってるの、あの白い髪のヒミコ様だよな! ヒミコ様が手をかざした瞬間、眩しい光が出て、犯人がつけた傷が全部塞がっていったぞ!?
178:名無しさん@オカルト
聖女教がガチの奇跡起こせる集団なのは知ってたけど、マジで死者蘇生までできるのかよ。物理学とか医学とか全部過去のものになったな。どうなってんだこれ。
231:名無しさん@オカルト
女の子が「ママ」って言って起き上がった時の、両親の泣き崩れ方見てみろよ。あんなの演技でできるわけねえだろ! やっぱりヒミコ様は本物の聖女だ!!
290:名無しさん@オカルト
今まで便乗して聖女教を叩いてたコメンテーター息してる? 死者蘇生とか完全に神の御業じゃねーか!! 崇めるしかないだろ。
355:名無しさん@オカルト
これ犯人涙目www せっかく警察出し抜いてドヤ顔で声明文出してたのに、殺した相手がヒミコ様に生き返らされるとか究極の嫌がらせだろwww
412:名無しさん@オカルト
ゲンさんが昨日の生放送で「本物の魔法の前では小手先の細工など無意味」って言ってたの、ただのハッタリじゃなかったんだな。物理法則ガン無視じゃん。
508:名無しさん@オカルト
犯人、今頃発狂してるだろうなw 自分が「汚れた世界から解放した」とか芸術家ぶってたのに、本物の聖女様に全部台無しにされたんだからw
620:名無しさん@オカルト
マジで犯人が惨めなピエロで草。殺すことしかできない無能は、一生地下に引きこもって震えてろwww 薄汚いネズミめwww
異常な速度で更新されていく掲示板の文字。リロードするたびに数百のレスが追加され、そのすべてが、ヒミコの起こした奇跡に対する熱狂と、犯人への容赦ない嘲笑で埋め尽くされていく。
スマートフォンの画面をスクロールする犯人の指が、ガタガタと痙攣するように激しく震え始めた。
画面の中で再生されているのは、現場に居合わせた者が撮影した数分間の動画。自分が「汚れた大人たちの世界から解放」し、完璧で猟奇的な装飾を施して完成させたはずの至高の芸術作品が――結衣という名のただの小娘が、両親の腕の中で元気に泣き笑っている姿だった。
「あり得ない……っ、死んだんだぞ!? 私が完璧に切り裂いて、美しく飾ってやったのに……!」
喉の奥から、ヒューッという奇妙な音が漏れる。
自分が絶対的な救世主として与えた死という名の救済が、忌々しい白髪の聖女の手によって完全に修復され、薄汚れた元の世界へと強引に引き戻されてしまったのだ。
警察を出し抜き、日本中を恐怖で支配していると信じていた知能犯としての絶対的なプライド。
他者の命を一方的に奪うことでしか満たされなかった歪んだアイデンティティ。
それが今、圧倒的な生の奇跡と、ネット上の無数の嘲笑を前にして、音を立てて無残に崩壊していく。
『犯人涙目www』
『惨めなピエロで草』
『一生地下に引きこもって震えてろwww』
画面に踊る文字が、昨夜の生放送で源田が放った言葉と重なり、犯人の脳髄をガンガンと殴りつけた。
「あいつだ……あのヒミコとかいうバケモノが、私の芸術を汚した……ッ!」
密室の中で、犯人は獣のような叫び声を殺しながら、自身の頭を力任せに掻き毟った。きっちりと整えられていた髪が乱れ、爪が食い込んだ頭皮から血が滲む。
犯人の瞳から、これまで保っていた知的な冷静さや、社会人としての理性が完全に消え失せた。
もはや、自分が捕まるリスクも、緻密に計算した逃走経路も、社会的な地位もどうでもよかった。
脳内を支配しているのはただの一つの目的のみ。自分の完璧な世界をぶち壊した、あの規格外の白髪の少女を殺すことだけだ。
犯人は、お詫びの品として偽装したセラミックナイフ入りの箱を引ったくるように抱え込み、機材室の扉に手をかけた。
そこには、世間を欺いてきた冷徹な知能犯の面影はどこにもない。
犯人はハァ、ハァと荒い息を吐き、血走った目を見開き、口の端からヨダレを垂らすような異様な形相のまま、自らの破滅が待つ地へと突進していった。
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