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第75話 宣戦布告の星条旗

挿絵(By みてみん)


 初夏の日差しが照りつける、港区の廃校跡地。

 改修工事が急ピッチで進む中、プレハブの休憩室にただならぬ緊張が走っていた。


 壁に設置された大型モニター。そこに映し出されているのは、遠く海を隔てたホワイトハウスの会見場である。

 星条旗の鮮やかな青と赤を背負い、アメリカ大統領が凍りつくような笑みを浮かべてマイクを握っていた。


『世界の医療と経済の前提を覆す“未知にして特異な恩恵”。それを同盟国であるはずの一国が不当に独占し、不透明な運用を続けている状況を、我々はこれ以上看過できない。――我が国の国内産業保護、および巨額の貿易赤字を解消するため、本日より日本からの全輸入品に対し、五十パーセントの追加関税を課す大統領令に署名した』


 表向きの理由は、あくまで経済政策と雇用の創出。

 しかし、その「未知にして特異な恩恵」という言葉の裏から露骨に滲み出ているのは、誰の目にも明らかだった。未知の資源である「魔法」を独占する日本への、あからさまな威嚇と羨望に他ならない。


 発表からわずか数分後。

 画面の端に表示された日本の株価指数が、血のような赤色を点滅させながら垂直落下を始めていく。

 SNSやニュース速報は、瞬く間に阿鼻叫喚のパニックへと陥った。


『魔法のせいで日本経済が潰れる!』


『源田は今すぐアメリカに魔法の権利を明け渡せ!』


 画面の向こう側で、国家という巨大な怪物が、理不尽極まりない牙を剥き出しにしている。


 しかし、騒乱の中心地となるはずの現場において、源田の佇まいはどこまでも静かだった。

 工事のけたたましい喧騒と、モニターから垂れ流される経済の断末魔。二つの不協和音が混ざり合う空間で、源田は手元のタブレットに流れる絶望的な経済指標を無表情に追う。


 その瞳の奥にあるのは、狼狽ではない。冷徹な思考の歯車だ。

 源田は底冷えのするような双眸をさらに数ミリだけ細め、世界規模の盤面を静かに俯瞰する。国家がなりふり構わず「五十パーセントの関税」という異常なカードを切ってきた事実。それは裏を返せば、ヒミコの魔法とこの学院の価値が、ついに「超大国を根底から揺るがすレベル」に到達したという圧倒的な証明でもある。


 源田の口元に、氷のように冷たく、不敵な微笑が浮かんだ。


          ◇


 校門の外では、すでに特ダネを狙うメディアや、不安に駆られた野次馬たちが群れを成し始めている。


「通せ! 魔法の権利について説明する義務があるだろう!」


 怒号が飛び交い、一部の暴徒が鉄門を強引に押し開けようと殺到する。


「……ここから先は、一歩も通さん」


 門の前に立ち塞がった真壁が静かに足を踏み鳴らすと同時に、彼女の魔法『絶対防御』が発動した。

 淡い光の境界線が瞬時に展開され、目に見えない堅牢な城壁となって群衆を弾き返す。どんな物理的な圧力も、悪意に満ちた怒号も、その絶対的な盾を越えることは決してできない。その後方では、剣崎と三上が万が一の事態に備えて油断なく周囲を警戒している。


 少し離れた場所からその様子を見つめるレイナが、密かに『心眼』を凝らす。

 鉄門の外側から押し寄せてくるのは、どす黒く濁った「欲望」と「恐怖」の色。だが、彼女の背後――源田が立つ場所から立ち上っているのは、どんな嵐にも決して折れることのない、鋼のような揺るぎない意志の輝きだった。


          ◇


 世界が数字と利権で殺気立つ中。

 校庭の片隅にある小さな花壇の前だけは、まるで別次元のような平穏が保たれている。


「お水、いっぱい飲んでね」


 ヒミコが泥だらけの手で、真新しい苗にそっと水をやっていた。

 昨日植えたばかりの、真っ赤なバラ。亡きおばあさんが息子と再会するための『道しるべ』として選んだ、美しいあか

 モニターから響く大統領の傲慢な声も、門の外の喧騒も、彼女の耳には届いていない。ヒミコはご機嫌な様子で鼻歌を口ずさみながら、傍らに置いたアルミホイルを開き、大好物のツナマヨおにぎりを幸せそうに頬張った。


 利権の奪い合いも、国家の恫喝も、今のヒミコにとっては「バラの成長」や「おにぎりの美味しさ」に遠く及ばない。ただ純粋に、おばあさんとの約束を守り、日常を慈しむ。その超然とした聖女の姿が、鮮烈なコントラストを描いて夕陽に照らされていた。


 源田はタブレットの電源を落とし、静かな熱を宿した眼差しでヒミコの小さな背中を見つめる。


「……世界がどれほど喚こうと、この平穏を乱すことは許さん」


 星条旗の巨大な影が日本を覆い始める中、冷徹な策士と無垢な聖女が、時代の荒波に真っ向から抗うための静かな狼煙を上げた。


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