第69話 魔導科学の福音と五系統の定義
クライ国から日本へ帰国したヒミコたち一行が最初に向かったのは、聖女教科学技術局――という名目の、ヒミコの屋敷であった。
軋む扉を開けた瞬間、生温かい空気と大量のモニターから放たれる青白い光が一行を出迎えた。
無造作に引かれたケーブルの山を掻き分け、髪を振り乱した白衣の男が飛び出してくる。留守を預かっていた科学技術局の責任者、木島だ。
「ひ……ひひ……ッ!! 待ってたぞ源田! クライ国でのあのエネルギー反応、原子レベルでの空間歪曲……最高だ! 最高すぎて反吐が出るぜぇ!」
充血した目を見開き、口の端に泡を飛ばしながら歓喜の咆哮を上げる木島。
だが、源田はその異様な熱量に微塵も動じることなく、射抜くような鋭い眼光でマッドサイエンティストを冷徹に見据えた。
「木島、騒ぐな。成果だけを話せ」
「ひっ……相変わらず冷てぇ野郎だ! だが、今回は腰を抜かすなよ!」
源田の威圧感に一瞬怯みながらも、木島はニヤリと笑う。
そんな緊迫した男たちのやり取りなどどこ吹く風で、ヒミコはデスクの隅に積み上げられていた「特製ツナマヨおにぎり」の包みを器用に開け、幸せそうに頬張り始めていた。
「サクッ……もぐもぐ……ん、これ美味しい」
木島は興奮で震える手でキーボードを激しく叩き、部屋の壁にに巨大なデータを投影した。無数の数式と、護衛チームの面々のシルエットが浮かび上がる。
「見ろ! これは物理学の葬式だ! お前らがクライ国で見せた魔法は『奇跡』なんかじゃねぇ、魂という名の演算機が叩き出す『新しい物理』なんだよ!」
木島は声をひっくり返しながら、一つ一つのデータを指差した。
「俺は魔法のプロセスを五つの系統に分類した。まず魔力放出系! 三上の野郎はこれだ! 魔力をそのままぶっ放す、脳筋エネルギー砲だ! 効率も良く、単純な破壊力なら一級品だぜぇ!」
「脳筋って言うな」と三上が顔をしかめるのを無視し、木島は次へ飛ぶ。
「魔力変質系! 真壁は魔力をハニカム構造の光壁に書き換えてやがる。熱力学の法則をゴミ箱に捨てやがった! 応用が効きすぎて解析が追いつかねぇ!
次、魔力体感系! このレイナって娘の『心眼』は、魔力で神経系をハイレベルにOSアップデートしてる。体感そのものをバグらせて超感覚を得る、自己強化の極致だ!」
息継ぎも忘れたように語る木島の眼は、狂気的な科学の光を帯びていた。
「そして魔力干渉系! 剣崎! こいつが一番イカれてる! 空間そのものに干渉して、座標を書き換えやがった。アインシュタインが泣いて逃げ出すレベルだぞ、ひひっ!」
「……俺はただ、ヒミコを運んだだけだ」
無表情に答える剣崎に構わず、木島は最後に、ツナマヨおにぎりの二個目に手を伸ばしている白銀の少女へと狂信的な視線を向けた。
「……そして『聖女様』だ。他の四つが事象の『処理』なら、この方は『再定義』だ。魔力独尊系……既存の枠に収まらない、唯一無二の独尊の輝き……! ああ、もっと研究させろ! もっとだ!」
既存の科学が死に絶え、新たな法則が産声を上げたという人類史の分岐点。その恐るべき事実が語られる横で、ヒミコは「もぐもぐ……」と無垢な顔でおにぎりを食べている。
「ひひっ! この五分類があれば、魔法を誰にでも教えられるようにパッケージ化できる! 魔導科学文明の幕開けだ! 科学と魔導の融合……ひひっ、世界を掃除してやるよ!」
木島の高笑いが響く中、源田は冷徹な声でその熱狂に水を差した。
「五つの系統に分類したことは分かった。……で、その魔法とやらを『発現』させる方法は分かったのか?」
その問いに、木島の笑い声がピタリと止まる。
「……あ?」
「いくら立派な育成理論や分類があっても、そもそも魔法が使えなければ意味がない。凡人を魔法使いにするメカニズムは解明できたのかと聞いているんだ」
源田の鋭い瞳に射抜かれ、木島はバツが悪そうに頭を掻きむしった。
「……まったく分からん! 物理的なアプローチじゃ、どうやっても『魔力の種』みたいなもんを後天的に植え付けることはできねぇ! つまり、魔法を発現させる最初のプロセスだけは……」
木島は、ツナマヨおにぎりを頬張っている白銀の少女を指差した。
「ヒミコ様の『奇跡』に頼るしかねぇんだよ!」
その答えを聞き、源田の脳内では凄まじい速度でビジネスの計算が弾き出されていた。
(なるほど。誰もが開花できるわけではなく、入口の扉を開けられるのはヒミコただ一人。そして扉を開けた後の育成は、俺たちの持つ独占理論というわけか)
ハワードをはじめとする巨大資本や、アメリカ政府が血眼になって欲しがるわけだ。ヒミコという「発現器」と、木島の「育成理論」。この二つが揃って初めて、魔法学校は完成する。
(特許という紙切れ以上の重みで独占できる。……世界中から莫大な授業料を巻き上げられる、最高のシステムだ)
源田は口元に不敵な笑みを浮かべた。理論と鍵は揃った。あとは実践の場を作るのみだ。
「……ゲンさん」
最後のおにぎりを飲み込んだヒミコが、口の周りにご飯粒をつけたまま、源田のコートの裾を引いた。
「学校、ツナマヨ食べ放題がいいな」
世界を揺るがす特大の利権を前にしても、彼女の願いは相変わらずささやかなものだった。
「検討しよう」
源田は短く答え、手元のアタッシュケースから一冊のファイルを取り出した。
それは、彼自身が独自に調べ上げ、すでに密かに目を付けていた「学校建設候補地」のリスト。
源田はページをめくり、新たな戦場となるその広大な土地のデータに、静かに鋭い視線を落とした。
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